第13話 ハッサン兄上とラジック兄上

 夜のチェンナイは、いかがわしい雰囲気に満ちていた。


「あら、お兄さん~、遊んで行かない?」


 道に面した小さな娼館からは、肌も露わな娼婦達が客引きをしていたので、ショウは目のやり場に困る。


「レッサ艦長、ハッサン兄上の住まいは何処でしょう? 先ずはハッサン兄上とラジック兄上と話し合わなくては」


 沖から眺めても灯りが煌々とついているのは見えていたが、歓楽街は男達で賑わっている。船乗りが多いので、何人か徒党を組んで、娼婦達を物色しながら歩いていたし、酒場からは賑やかな音楽と、酔っ払い独特の大声が聞こえる。


 レッサ艦長に案内されてハッサンの屋敷まで歩いているうちに、ショウは何度も声を掛けられて、サンズで飛んで行けば良かったと後悔する。


「あれは、ストリップショーですか?」


 港近くの安い娼館や酒場を抜けると、少しマシな建物が増えてきたが、煌々と篝火が掲げられた建物の入り口に大勢の男たちが飲み込まれていく。看板は肌も露わな扇情的な女の人の絵姿で、建物の中からは音楽と、おお~っという男達のどよめきがもれる。


「まぁ、肌踊りはレイテでもありますから……」


 東南諸島の女性の服装は下層になる程露出が多くなるし、上流の女性は外を彷徨かない。故に、外国人が目にするのは胸当てと巻きスカート姿とか、更紗を巻き付けただけの女性だけで、一夫多妻制とセットになって誤解される原因になっているのにと、ショウは溜め息をついた。


「どのような踊りか、見学されますか?」


 からかうレッサ艦長に、後の楽しみに取っておきますとショウは返す。一瞬、レッサ艦長とワンダーはドキッとしたが、冗談だろうとスルーする。


 歓楽街を抜けると、少ししっかりした屋敷が建っている。


「此処がハッサン王子のお住まいです。ラジック王子も一緒に住まれてますよ」


 チェンナイ貿易拠点の行政を取り仕切っている割には、こじんまりした屋敷だなぁと、ショウは贅沢好きのハッサンにしては変だと感じる。


「夜なのに、屋敷に灯りが余りともっていませんね。留守なのかなぁ」


 ショウはハッサンとラジックが留守なのかと心配したが、ワンダーは屋敷のドアをノックする。出てきた召使いにハッサン王子とラジック王子が在宅かと尋ねると、カジノへ出かけられたと返事が返ってきた。


「どうされますか? 屋敷で待たれても良いと思いますが……」


 今夜のところはカドフェル号に帰艦して、明日の朝に出直したら如何ですかとレッサ艦長は提案したが、ショウは娼館やストリップショーでないカジノならどのような所か見てみたいと思った。レッサ艦長とワンダーは王太子になるショウ王子を、カジノに連れて行って良いのか少し迷ったが、チェンナイの視察だから仕方ないと案内する。


 レッサ艦長とワンダーがカジノの場所を知っている様子なのを、ショウは不審に思う。


「二人とも賭事をするのですか?」


 ショウの賭事をする人のイメージは悪くて、酒飲みの生活破綻者と同じように考えていた。


「ええ、少し暇つぶしにカジノを覗く程度ですがね。それにチェンナイの中で、真っ当な酒が飲めるのはカジノのバーだけですから」


 レッサ艦長の答えに、成る程ねとショウは頷く。道端の酒場で酒を飲んでいるレッサ艦長は想像できなかったからだ。


「ただ、乗組員達の一部は賭事に熱中し過ぎる者もいます。カジノなんて経営者が儲かるようになっているのに、それがわからなくなるのでしょうね」


 ワンダーも航海中は士官達と仲間内で賭事をする事があるが、カジノでボロ儲けという夢を持つことはなかった。港まで帰ってハッサンの屋敷の反対側へと進むと、かなり大きな建物が目に入り、続々と客が中に入っている。


「思ったより大きな建物ですね」


 東南諸島風の石造りの柱と風を通す木のブラインドの付いた雨戸という立派な建物で、ハッサンの屋敷より大きくて豪華だ。


「さぁ、中に入りましょう」


 入り口で掛け金のレートの高い部屋と低い部屋とに別れていたが、ハッサンが低いレートの部屋に居るとは思えず、高いレートの部屋を選ぶ。


「えっ? カジノに入るのに、お金がいるのですか?」


 レッサ艦長が三人分を纏めて払っているのを見て、ショウは驚いた。受付の男は身なりの良いショウに、丁寧に中ではお酒はフリーですからお楽しみ下さいと微笑んで、高いレートの部屋へと案内する。


「フリードリンク? なら、酒場より得なのかな?」


 首を傾げているショウに、レッサ艦長は笑う。


「フリードリンクなのは、レートの高い部屋だけですよ。高いレートで賭けをしたら、かなりお金を損しますから、フリードリンクでも元が取れるのでしょう。低いレートの部屋は、フリードリンクではありませんよ。まぁ、酔わせて気を大きくさせようと、若い娘達に酒を持って歩かせてますけどね」


 部屋を見渡すと入り口近くは賽子の賭けらしく、人がテーブルの周りを囲んでいる。奥に行くほど高いレートなのか、人が少なくなり、テーブルや椅子も高級そうだ。


「これは東南諸島の大広間に似てますね」


 夜風が中の熱気の間を通り抜けていて、壁沿いにはバーコーナーが設けてあり、賭事をしている男達に綺麗なお姉さんが酒をサービスしている。


 ショウは、ハッサンもラジックも見つけられなかった。


「カジノに居ると言ってましたが、見あたりませんね? 入れ違いに屋敷に帰ったのかな?」


 未だ宵の口なのに、ぼろ負けでもしない限り屋敷には帰らないだろうと、レッサ艦長とワンダーは考えて、少し遊んで待ってましょうと提案する。


「僕は賭事をしたことが無いので、ルールも知りませんよ」


 レッサ艦長はバーコーナーにいそいそと向かったので、ワンダーに簡単なカードゲームのルールを教えて貰って、高いレートの部屋の中では低め目のテーブルにつく。


「ショウ様、ここのテーブルは一回の最低掛け金が3マークです。幾らほどチップに交換しますか?」


 常連客はワンダーに世話をやいて貰っているショウを、東南諸島の金持ちの坊々だと笑う。


「このチップは、お金に交換してくれるんですよね? なら、待っている間、暇つぶしにゲームするので300マーク変えようかな?」


 客達は大人の男が一月働いて150マークにしかならないのに、暇つぶしにポンと300マーク使うと言ったショウに驚いたが、高いレートの部屋にくるのは懐は暖かい客だけだったので騒いだりはしない。


 ゲームはブラックジャックに似ていて、21にするのだが、細かいルールは少し違っていた。前世でもショウは賭事はしたこと無かったが、兄達とトランプゲームにマッチ棒を賭けて遊んだ事があり、賢い兄達に鴨られては使い走りをさせられていた。


 ショウは、このゲームは確率の問題だと考える。出たカードをカウントすれば、負けない。前世のカジノではカウンティングは違法だったけど、此処ではどうなのかショウは試してみることにする。


 ボロ勝ちしたら、怖いお兄さんが出てくるのではないかとショウは考えたが、それは、それで視察になるし、ワンダーとレッサ艦長がついてるから、そんじょそこらの強面では勝ち目ない。


 ショウはハッサンがいつカジノに現れるのかわからないので、最低掛け金の3マークずつ賭けてルールの確認と出たカードを憶えていく。


 ワンダーも賭事が目的でカジノの来たのでは無いので、ぼちぼち賭けていたが、ショウがどんどんとチップを確実に貯めて行くのに驚いた。


 基本は3マークずつ賭けていたが、良い手になりそうな1が来るとド~ンと10マーク賭けて、チップを稼いでいく。ショウの前にはチップが山積みになっていき、ワンダーはパロマ大学で数学が得意だったのを思い出し、何か上手い手を考えついたのだろうと思った。


「お客様、このテーブルはクローズ致します」


 ディーラーがショウが儲けすぎだと判断して、テーブルを閉めようとしたが、同じテーブルの客達が騒ぎ出す。


「おい! 私達はどうなるんだ! 他のテーブルはレートが高すぎるぞ」


 ショウは自分が高いレートのテーブルに移ると言って、チップを高額の10マークに換えさせる。


「幾らになってます?」


 10マークチップになっても、かなりの枚数になっているのを見て、ワンダーは尋ねてきた。


「300マークあったのが、1000マークかな? 今夜はツイてるのかな?」


 種明かしをカジノの中で言うわけにはいかないので笑って誤魔化して、10マークのレートのテーブルに移ろうとしたが、マネージャーらしき男が慇懃に50マークのVIPテーブルに案内する。


「ここは私は無理です、横で見ています」


 ワンダーは、海軍一族の出だし、士官なので裕福な暮らしをする資産を持っていたが、一回のゲームに普通の男の週給を賭ける気持ちにはならない。士官はもう少し高給取りだし、海賊討伐の際は、取り戻した船や積み荷の一定額を貰えるので、50マークの勝負もできなくは無かったが、無駄にお金を失うのは主義に反している。


 ショウの横で綺麗なお姉さんが運んでくる酒を飲みながら、どんどんチップを山積みにしていくのを眺める。


「チップを100マークに代えても宜しいですか」


 ディーラーは流れを変えようと、山積みのチップを100マークのチップに交換したり、綺麗なお姉さんに酒を勧めさせたりしたが、ショウの前には今度は100マークチップが山積みになる。


 チップが2万マークに達しようとする頃には、ショウの後ろにはギャラリーが集まっていた。レッサ艦長もバーから離れて、ワンダーと共にショウに付き添う。


「こんなに儲かる物なのか?」


「凄いよ!」


 ギャラリーを背負っても、常に侍従達に取り巻かれて育ったショウは、なにもプレッシャーを感じなかったので、着実に勝ち続ける。レッサ艦長はショウの賢さを知っていたので、何か普通では無い遣り方なのだろうと察して、カジノ側が放置するわけが無いと気を引き締める。


 3万マークになろうとした時、カジノの支配人らしき男がテーブルをクローズさせると告げた。ギャラリー達は不満の声をあげたが、ショウはそろそろ飽きて来たので、チップを現金に交換するように求める。


「こんな大金を持ち歩きになっては危険です。つきましては、用心棒を手配しますので、その間は特別室でお寛ぎ下さい」


 ニッコリ笑った顔が引きつっていて、これは用心棒と言うより、強盗を手配するのかなとショウは考える。レッサ艦長とワンダーも身構えたが、店内で乱闘騒ぎは拙いので、送り狼ごと返り討ちにしようと考えて目配せする。


 特別室に通されたショウは、これは完全にハッサンの趣味だなぁと、金ピカの装飾品を眺めた。低めのソファーにも金の房の付いたクッションがアチコチに置いてあり、離宮のハッサンの部屋を思い出しながら待っていたが、バーンと扉が乱暴に開けられた。


「どこの若僧が、私のカジノでいかさまをしたのだ!」


 現れたハッサンは金ピカの上着を羽織ったヤクザなカジノのオーナーに見えたし、後ろに控えて腰の半月刀に手を掛けているラジックは用心棒に見えた。


「ハッサン兄上! ラジック兄上! 何ですか? その格好は?」


 ハッサンは慌てて趣味の悪い金ピカ上着を脱いで、ラジックに投げつける。


「おお! ショウ! よく来たなぁ!」


 いかさま野郎と怒鳴ったのは、無かった事にしようと愛想良く話しかけてきたハッサンに、これは難航しそうだとショウは溜め息をついた。 

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