第12話 チェンナイは歓楽街だぁ!
ショウはサンズ島の改良は、メルトに任せて大丈夫だと考えた。
渋い顔はしていたが、レッサ艦長からも、乗務員達がサンズ島で休暇が取れると助かると言われ、メルトも自身の部下をチェンナイでは上陸休暇させたくないと思っていたので、温泉や、酒場、宿屋ぐらいは容認しようと考えを変えたからだ。
民間人の宿屋や、酒場の主人もメルトの監督下では、いかがわしい商売は出来ないだろうとショウは安心する。聖人君子のような考えは持ってなかったが、自分の島では売春はして欲しくなかった。
「レッサ艦長、此処での視察は終わりました。明日、カドフェル号は出航できますか?」
ショウの要請に、レッサ艦長は準備できてますと答えた。
短い滞在だったが、ワンダーの言うとおり、開発された港の周辺では蛇を見かけずにすんで、ショウはホッとする。椰子の木の上でのんびりと寛いでいるターシュに、明日は出航すると告げる。
『この島は気に入った。人が少ないし、獲物も多い。水浴びできる泉もある。また、来たいな』
何時までターシュが自分と一緒にいるのかわからなかったが、また来るよと約束する。サンズは海水浴三昧で、のんびりと海岸でショウと沈む夕日を眺める。
『私もこの島が気に入ったよ。ショウ、此処で過ごせたら良いのにね』
『本当だね、年を取ったらサンズ島で過ごすのも良いね。毎日、温泉に浸かって、夕日を眺めて暮らしたいな』
こうしてショウはサンズ島に別れを告げて、ゴルチェ大陸を目指す。
カドフェル号でチェンナイを目指しながら、ハッサンをどう説得しようかショウは悩んでいた。
「くよくよ悩んでも仕方ない! チェンナイに行って、その現状を視察してからだよね」
大きく伸びをすると、ショウは帆に風を送った。船足がグンと速くなった艦に、乗組員達はショウが風の魔力を使ったのだと喜ぶ。
「チェンナイは久し振りなんだ!」
「カジノで前の損を取り戻すぜ」
「馬鹿か! カジノなんて胴元が儲かるようになっているんだぜ。それより、俺の可愛い子ちゃんが待っているんだ。早く、チェンナイに着かないかなぁ」
乗組員達がチェンナイに妄想を膨らませているのを、士官達は問題をおこすなよと怒鳴りつける。士官達は妻帯者が多く、チェンナイの娼婦にさほど興味を持たなかったが、お年頃の士官候補生達は陰でコソコソ話し合う。
「前にチェンナイで裸踊りを見たんだ。若い女の子が薄い絹を着て踊るんだぞ」
先輩の士官候補生の話を目をまん丸にして聞いている新米達を、士官は子守りもしなくてはいけないのかと頭が痛くなる。
「こら! お前ら、士官候補生はチェンナイになんか上陸させないぞ!」
えぇ~! と、士官候補生達から悲鳴があがったので、ショウは驚いて振り返って見る。火を噴く竜の竜騎士であるショウ王子に注目された士官候補生達は、蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの持ち場に去る。
「ワンダー? 何だったんだ?」
ワンダーは露骨に逃げ出した士官候補生達に眉を顰めたが、怠けているとチェンナイに上陸させないと士官が告げたから、自分の任務に帰ったのでしょうと誤魔化す。
「ふ~ん? サンズがあの子達に火を噴くとでも思ったのかな? 箝口令は余り効果が無かったみたいだね」
メルト艦長とカリン艦長を尊敬しているワンダーは赤面して謝ったが、ショウはどうでも良いと手を振って制する。
少し離れた場所でワンダーとショウの会話を聞いていたレッサ艦長は、その仕草がアスラン王に重なって見えてドキッとする。顔や態度は似ていないと思っていたレッサ艦長だったが、ショウが成長するにつれて、可愛い顔に綺麗なアスラン王の面影をふと垣間見るようになっていた。
「男の子は成長すると顔が変わるからな。幼い頃は母上に似ていたのだろうが、段々とアスラン王に似てきておられる。性格も似てくるのだろうか?」
アスラン王は優れた王だが、レッサ艦長はショウ王子の優しさが失われるのを少し残念に思った。
そう思っている瞬間、ターシュがショウの肩に舞い降りた。鶏をねだって髪の毛を突つくのを大袈裟に痛がっているショウの姿を見て、やはりアスラン王とは違うなとレッサ艦長は笑う。
『鶏をあげるよ! 髪の毛を突っつかないでくれ!』
ショウが大きな鷹とふざけているのを、ワンダーも呆れて乗組員に鶏を甲板に一羽出すようにと命令する。
ターシュは甲板を逃げ回る鶏を一瞬で捕まえて、マストの上で啄む。
『ターシュ、羽が落ちるから、下で食べてよ~』
ショウの言葉に知らん顔で、わざと羽をばらまくターシュに、甲板掃除をする乗組員達は苦笑する。
「どうせ甲板掃除をするのだから、構いません。エドアルド国王の愛鷹なのでしょ。機嫌を損ねない方が良いですよ」
レッサ艦長に取りなされて、ショウは仕方ないなぁと諦める。
レッサ艦長はフラナガン宰相に渡された書簡に書かれている指令を遂行するには、ターシュの助けが必要だと思っていたので、甲板掃除など気にもかけなかったのだ。
「このまま航海すれば、チェンナイには夕方には着きそうです」
普通は夜に入港しないのだが、今回の視察の目的には好都合かもしれないとショウは思った。しかし、チェンナイが近づくにつれ、夕闇の中に沖からでも、ランタンの赤い灯、青い灯に照らされた歓楽街の賑わいが見て取れた。
「お~お! チェンナイだぁ!」
乗組員達はチェンナイの歓楽街の灯りに誘われて飛び込む蛾のように、気持ちを飛ばせる。
「こら! しっかり働かないか!」
艦の欄干に鈴なりになった乗組員達を士官達が叱り飛ばすのを見て、士官候補生達もあたふたと自分の班の乗組員達にそれぞれ指示を出したが、目がチェンナイの灯りにともすれば釘付けになる。
「レッサ艦長? 何だか碇泊している船が多いですね~」
レッサ艦長は、船乗り達には、チェンナイは人気の寄港地だからと苦笑する。
「本来の貿易拠点の方も、これくらい発展していれば良いのですが……」
港に入ると娼婦達を乗せた小船があちこちに出張しているのが見えて、乗組員達は浮き足立つ。普通にゴルチェ大陸北部や、カザリア王国へ航海するのなら、上陸させないで水や食糧の補給だけでスルーできる。しかし、今回はショウ王子がチェンナイに数日は碇泊して、視察と改善を指示する予定なので、上陸休憩を与えないわけにいかない。
交代で上陸休憩を与えると発表した途端に、どどぉと歓声で揺れた気持ちがしたが、レッサ艦長は帰艦時間を厳格に守れとキツく言い聞かせる。
『サンズ、チェンナイに行こうか!』
賑わう歓楽街に腰の引けてるショウは、レッサ艦長とワンダーを乗せて、灯りが怪しく誘うチェンナイへと飛び立つ。
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