第10話 蛇はいないかな?

 結局、ショウは埋め立て埠頭への出資の受け付け開始日に手伝って、集まった商人達に質問責めに遭う。


「結構、大口の出資が多いですね~。やはり、優先使用権を手に入れたいからかなぁ」


 夕方に、初日の受け付けを締め切ったが、レイテの商人達の裕福さにショウは驚いてしまう。


「これなら、予定の金額は楽に集められそうだな」


 サリームとナッシュは、巨大なプロジェクトを半官半民でやろうとショウが言い出した時は、上手く行くのかと少し不安だったのだが、初日から好調なのでホッとする。


 シーガルは、商人だけでなく、結構の数の武官や文官の出資が多いのに気づいて、引退後の生活費に配当金を当てるつもりだと気づく。


 武官や文官は、引退の時に纏まった恩給が出るので、それで船を買って船長に任せたら悠々自適の生活を送れるのだが、たまに船長が金を誤魔化したりするので、キチンと配当金が見込めそうな埋め立て埠頭に出資する者もいたのだ。



 サリームの屋敷で簡単な宴会を開いて、初日に借り出された文官達を労った。


「ショウ、明日はサンズ島への視察に出航するのか?」


 宴会から帰ろうとするショウに、サリームとナッシュが良い航海をと声を掛ける。


「サリーム兄上、ナッシュ兄上、後はお願いしておきます」


 これから宴会が盛り上がるのになぁとナッシュが残念そうなのに苦笑して、ショウはサリームの屋敷から離宮に帰る。


「兄弟で宴会が苦手なのは、僕だけだなんて……」


 カリンもそう宴会好きとは思えないが、武官には宴会好きが多いから慣れたみたいだし、もっと大人になれば楽しく思えるのかもと溜め息をつく。


 明日からの航海は楽しみだったが、サンズ島に蛇が出なければ良いなと少し心配しながらショウは眠りについた。




『おはよう! ターシュ、これからサンズ島まで航海に出るんだよ。何羽か鶏は籠に入れて乗せているけど、朝に食べておいた方が良いよ』


『やっと出かけるのか、わかった食べておこう』


 竜のサンズは1週間は食べなくても平気なので、東の端のペナン島で食べさせたら、サンズ島まで持つだろうと考える。万が一の為に山羊を乗せてはいたが、士官達はそれぞれ山羊や、鶏を何羽か乗せていたので飼育係が面倒をみてくれるので支障はない。


「冷蔵庫がないから、肉類は生きて運ぶんだよね~。缶詰があれば便利だよなぁ。塩漬けの肉か、ジャーキー以外は、家畜を乗せるしかないもんね」


 缶詰の造り方ってどうだったかなぁと記憶を探っても、あるのが普通な品物だし、興味を持っていなかったので、何も思い出せずにガッカリする。


「密封して加熱処理する筈だけど……密封って、ニューパロマは金属加工の工房があるけど、できるのかな?」


 ぶつぶつ言いながら、ショウは出航の挨拶を父上とミヤにするために部屋に向かった。


 


「あ~! やっぱり海は気持ち良いなぁ」


 カドフェル号の甲板でサンズに寄りかかって、マストの先にチョコンととまっているターシュを眺めながら、ショウは大きく深呼吸する。東端のペナン島までは、大小の島が点在するので、ターシュは気紛れに島へ飛んで行ったりしては、カドフェル号のマストにとまる。


「立派な鷹ですなぁ」


 レッサ艦長は、ターシュの見事さに惚れ惚れと感嘆の声をあげる。


「ターシュはカザリア王国のエドアルド国王の愛鷹なのです。ニューパロマの王宮の庭に飽きて、僕について来たのです」


 レッサ艦長はカザリア王国の伝説のターシュですかぁと、立派な筈だと見上げる。


 久し振りに訪れたペナン島には、大きな酒場や、宿屋、倉庫が港に並び、東航路の中継地として賑わっていた。カドフェル号も、水と食糧の補給と、一晩だけの休息をとることにする。


「ワンダー、ペナン島も変わったね」


 前に新航路を発見する航海に出た時を思い出して、鄙びた島だったのになぁと感慨を深くする。


「ショウ王子は、外交で忙しくされていましたからね。私は東航路を何回か航海しましたから、ペナン島が変わっていくのもあまり気づきませんでした」


 確かに前よりは賑わっているが、ペナン島までは他の島も点在しているので、サンズ島ほどは変わったとは思わないワンダーだ。


「サンズ島は、メルト伯父上が開発して下さっているけど、ワンダーも何回か補給に寄港したんだろ?」


 ワンダーは、井戸の整備や、食糧の保管庫、家畜の飼育、簡単な船の修理もできますよと、ショウが聞きたかった事への直答を避ける。


「ふ~ん、やっぱりね! 酒場や、宿屋は無いんだね」


 軍艦ばかりが寄港するわけではないし、商船は足も遅いので、休養したいと思う乗組員達も居るだろうにと、ショウは溜め息をつく。


「ハッサン兄上と足して2で割りたいな」


 ぶつぶつ愚痴を言っているショウが口に出した、ハッサンが開発しているチェンナイを思い出して、ワンダーは眉を顰める。


 チェンナイは、レッサ艦長や士官にとって頭の痛い寄港地になっていたのだ。


 乗組員達が酒を飲もうと、娼婦と過ごそうと、規定の時間に帰艦すれば、艦長も士官も風紀委員では無いので文句はつけないが、どうも誘惑に負ける者が続出している。規律違反者は当然罰していたが、こう頻繁になると艦の規律が緩むのでは無いかと、頭を悩ませていたのだ。


 その上、カジノで給金を巻き上げられて、喧嘩をする乗組員達も出る始末で、チェンナイをどうにかして貰いたいと考えている。乗組員達からは文句が出そうだが、チェンナイで有り金を使い果たすより、サンズ島に酒場や宿屋があれば、上陸させて休憩を取らした方が、規律違反を取り締まらなくてよいのだ。


「ワンダー? サンズ島に酒場や、宿屋をつくろうと思うんだけど、できれば民間人に経営して貰いたいんだ」


 ワンダーは、ショウの島なのだから、思うようにしたら良いと笑う。


「それより、ワンダーに聞きたい事があったんだ」


 ショウ王子の真剣な顔に、まさかメルトに限って不正とかは考えられないがと、気を引き締めたワンダーは質問を聞いてドッとずっこける。


「蛇は港では見かけませんよ。島の奥地のジャングルにはいるかもしれませんがね。ショウ王子、蛇嫌いをなおさないと!」


 ゴルチェ大陸の西海岸の測量でも、ジャングル地帯で蛇を見たら、飛び上がって逃げ出したショウを思い出して、その頃は10歳の子供だったから仕方ないが、立派な王太子になられたのにとワンダーに叱られる。


「蛇は、無理だよ~」


 ワンダーとショウ王子の会話を聞いていたレッサ艦長は、フラナガン宰相から渡されたアスラン王の書簡がドッと重く感じるのだった。



 ゴルチェ大陸からの逆流の海流を避けて、サンズ島には順調に着いた。沖からサンズ島を見て、何棟か高床式の建物が建っているのに気づく。


「あれは?」


 物珍しそうに高床式の建物を眺めているショウに、レッサ艦長はゴルチェ大陸の東海岸沿いでもよく見られると説明する。


「嵐の時も浸水しないから、便利なのでしょう。もっと開発が進んで、内陸部にも建物が建つようになれば、普通の建築様式のも増えるでしょうね」


 何隻かの商船が湾に碇泊して、小船で食糧や水の補給をしていたが、メルトのエルトリア号もカリンのハーレー号の姿もない。


「生憎、メルト伯父上は留守みたいですね。帰って来られるまで、視察をしながら待つしかないのかなぁ」


 少しガッカリしたショウに、レッサ艦長は上陸して、港の施設を見てご覧なさいと勧める。


「サンズで港まで行きますが、レッサ艦長も一緒にどうですか?」


 レッサ艦長はあまり竜に乗るのは気乗りしなかったが、ショウ王子を一人で上陸させるよりはとサンズに乗る。


『少し、サンズ島の上を一回りしてくれ』


 サンズと島をざっと見て回り、港近くに家畜の放牧地や、開墾された畑を確認する。


「最初に見つけた泉の辺りも、整備されてますね」


 船に積み込む水は港に井戸を作ってあったが、乗組員達が水浴びしたり、洗濯をするために泉に通う道がついている。


「航海中は、風呂に入れませんからね」


 そうレッサ艦長が言っているうちに、ターシュが泉にダイブしてパシャパシャと水浴びをする。


『ターシュ、港に行っているよ。水浴びが住んだら、何か鶏以外のものを食べさせてあげるから来てね』


 ターシュは水浴びをしながら、周りのジャングルを見渡して、獲物がいそうだと思った。


『適当に狩りをするから、大丈夫だ。夜までには港に行く』


 ショウはエドアルド国王に任されているので少し心配したが、大型の肉食獣がサンズ島にいるとは聞いていなかったので、蛇やネズミを狩って食べるだろうと港へ向かう。


 港にはカドフェル号の到着を知って、メルトの副官のキラー大尉がショウ達を出迎える。


「ショウ王子、レッサ艦長、ようこそサンズ島へ。生憎、メルト艦長はチェンナイまで、資材を購入しに行かれましたが、もうそろそろ帰ってこられると思います。それまで、どうぞお寛ぎ下さい」


 キラー大尉は、高床式の建物にショウ達を案内する。


「へぇ~、風が通り抜けて気持ち良いですね。港も一望できるし」


 港に碇泊していた商船が補給を終えたのか、一隻出航していくのを見送って、乗組員達は休めたのかなぁと心配する。


「キラー大尉、済みませんがサンズに食事をさせなくては」


 キラー大尉は竜が腹ぺこなのかと慌てて、家畜の放牧地から好きなのを食べさせて下さいとショウに言う。


『サンズ、好きなのを食べて良いって』


 竜は生き餌で無くても食べるので、普段は屠られた家畜を与えるが、サンズは丸々と太った水牛の首を軽く捻ると、空に持ち上げて、海岸でゆっくり食べる。


『美味しいよ~』


 毎回、サンズの食事風景を見ると、食欲減退するショウだったが、他の家畜の前で食べなくて良かったと胸をなで下ろす。家畜達は目の前で竜が食事をすると、パニックになって逃げ惑い、痩せてしまうのだ。


「折角の家畜を痩せさせたら、メルト伯父上に叱られるもの」


 サンズは骨一つ残さず食べると、満足そうに長い舌で顔を舐める。


『満腹になったか?』


『ああ、美味しかったよ。メルトは家畜の飼い方が上手い』


 サンズ島は、サンズには好評だなと、ショウは笑う。キラー大尉は竜が丸々とした水牛を丸かじりするのを、恐怖心を抑えて見ていたが、火を噴く竜が満腹になったので、少し安堵する。


 ショウはキラー大尉に部屋に案内されたが、実用的で清潔に保たれてはいたものの、折角の風光明媚なサンズ島なのに窓も小さくて少しガッカリする。


 しかし、従卒がお湯を運んできたので、喜んでお風呂に入る。


「あれ? この香りは……微かな硫黄の香りと、滑らかな肌触りのお湯? まさか、温泉!?」


 サンズ島は火山島ではないかと推察していたが、まさか温泉に入れるとは思っていなかった。


 航海の疲れを温泉で癒やしたショウは、清潔な服に着替えてキラー大尉がもてなしの宴会を準備している大広間へ向かう。


「酒場はないけど、宴会場はあるんだぁ」


 宴会が苦手なショウは少し腰がひけていたが、小船で上陸した士官達も、風呂に入ったり水浴びして、こざっぱりとした様子で広間に集まっていたので欠席はできない。


「未だ、宴会が苦手なのですか?」


 上座にショウと座らされたレッサ艦長は、ニューパロマのパシャム大使の宴会攻撃に困っていたのを思い出して苦笑する。


「あまり、酒が強くないからかなぁ。兄上達に練習すれば酒は強くなると言われるのですが、体質だと思います」


 レッサ艦長はお酒はいける口だったし、軍艦乗りは宴会好きが多いので、苦にはしていなかった。


「レッサ艦長、乗組員達は休憩を取れてますか?」


 上陸しても酒場も無いのにと、ショウは気の毒に感じたが、交代で陸に上がった乗組員達は各々水浴びしたり、洗濯をしたりして過ごしている。


「キラー大尉が、海岸でバーベキューを用意してくれました。乗組員達にはコップ一杯の酒の配給も有りますし、適当に騒いでますよ」


 そういえば芸達者な士官達の音楽の演奏の合間に、海岸から歌声が風に乗って聞こえてくるとショウは安心する。


「ショウ王子、もう一献如何ですか?」


 カドフェル号の士官と士官候補生達に酒をついで、また帰ってきたキラー大尉にショウは酒よりも温泉について聞きたいと思う。

 

「キラー大尉、お酒はもう十分です。それより、温泉のお湯は何処から引いているのですか?」


 キラー大尉は温泉が湧き出ている場所から、大樽に汲み上げて運んで来たのだと言った。


「わざわざ汲んで来てくれたのですか。とてもリラックスできました」


 ショウは金属の筒があれば温泉を引いて来れると考えた。


「キラー大尉、明日、温泉の湧き出ている場所に案内して下さい」


 風光明媚な南海の孤島に温泉は、前世なら一大リゾートになる立地だと、ショウは満足そうに微笑む。


 後は、宿泊施設の充実だけだなぁと、ショウはどうやってメルトを説得して、宿屋と酒場と温泉浴場を作らせるか考えながら、残った酒を飲み干した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る