第9話 サンズ島に行きたいな

 後宮の庭の惨状にミヤは怒ったが、大事に育てている高山植物は無事だと、ホッと胸を撫で下ろす。


「庭師を総動員しなくては! ザッと片付けるのには、男手も必要ですわね。その間は夫人達は部屋に居て貰わなくてはいけませんわ」


 テキパキと庭や壊された雨戸を取り替えさせているミヤに此処は任せて大丈夫だと、アスランは王宮へ逃げ出す。


 ショウはパメラと海水浴に行ったが、楽しそうに遊ぶ竜達を眺めながら、少し気に掛かっていることがあった。


「パメラは何故スローンとだけ話せるのだろう?」


 ブツブツ言っているショウに、パメラは一緒に泳ごうと誘ってきたので、まぁ後々には他の竜とも話せるようになるのかなと上着を脱いで、海に走り込む。




 後宮にいたらミヤに八つ当たりされると王宮に帰ったアスランは、フラナガン宰相に捕まって事の顛末を説明させられた。


「アスラン王、パメラ王女を孫のシーガルに嫁がせて宜しいのですか? 竜騎士の王女なら、もっと相応しい嫁ぎ先があるのでは無いでしょうか」


 ふ~っと、大きな溜め息をアスランはついて、スローンに王宮を壊されるぞとフラナガン宰相を脅す。竜のことは詳しくないフラナガン宰相だったが、竜が竜騎士に背くのを見たことが無かったので、本当ですかぁと疑問視したが、なら見てこいと言われて、後宮の惨状を目にして驚いた。

 

 わたわたと走って戻って来たフラナガン宰相は、産まれたばかりのスローンが、こんな事をしたのですかと慌てて質問する。


「未だスローンという竜は小さいですよねぇ。メリルやサンズのように巨大になるのですか……」


 孫のシーガルのもとにパメラ王女と共に竜も嫁いで来るのかと、腰が引けてしまっているフラナガン宰相だ。




 パメラとスローンの騒動が収まり、後宮の荒らされた庭も新しい花が植えられた頃、ショウはシーガルやフォード教授と埋め立て埠頭の建設費の概算を終えて、その凡そ半分を民間からの出資で賄う事にした。 


「本当に僕が説明会に出る必要があるのですか? 明日、東航路の航海に出る商船があるんだけど……」


 サリームとナッシュは自分達が説明するより、発案者のショウがするべきだと言い張った。


「それより、何も商船に便乗しなくても、軍艦に乗った方が速いぞ。少し待てばカリン兄上か、メルト伯父上が、帰国されるのではないのか?」


 ナッシュの意見に、サリーム兄上も、そうだと同意したが、ショウは一刻も早くチェンナイの視察に行かなければと焦っていたし、商船の方が気楽だと思う。




「わぁ~、凄く人が集まったなぁ。十数人ぐらいを、考えていたよ」


 レイテ港の集会所は、椅子に座りきれず立っている人達もでる大盛況で、やっぱり年上のサリームから説明するべきじゃないかなとショウは悪足掻きする。


「ショウ、そろそろ始めようか」


 他人事だと思って! と、内心で毒づきながらショウは埋め立て埠頭の管理組織の説明と、出資額、その見込み配当、特典としての埠頭優先使用権を説明する。


 出席した商人達は、説明書を真剣に眺めながらショウの説明を聞いていたが、終わるや否や質問を浴びせる。が、何度もフラナガン宰相やシーガル達と考え抜いていたので、余裕を持って答えていく。


「やはり、ショウは後継者だけあるんだなぁ」


 サリームは、末の王子で若いのに、外交で他国の王や王子達と話し合った経験で、遣り手の商人達に質問責めされても全く動じない態度に感心する。


「まぁ、この位は出来ないとねぇ。商人達も、ショウの品定めをしているのではないのかな? もう、そろそろ質問も出尽くしたみたいですよ」


 ナッシュの言うとおり、同じような質問が多くなったので、サリームはそろそろ説明会をお終いにしようと合図する。


「もう、質問も出尽くしたみたいですし、後はレイテ港の埋め立て埠頭事務所に質問に来て下さい。本日は夜遅くまで、御参加感謝いたします。出資の申し込みは、明後日から事務所にて受け付けます」


 後継者のショウ王子と個人的に知り合いになりたいという商人達から、シーガル達がガードして、集会所からサリームの屋敷へと場所を移した。




「ショウ、お疲れ様だったな」


 クッションにぐったりと寄りかかったショウに、サリームは召使いがいれたお茶を手渡す。


「サリーム兄上、ナッシュ兄上、明後日は大混乱にならないように、シーガルに文官を何名か連れて行って貰います。こんなに人が集まるとは思いませんでした」


 一株1万マークと安くないし、百株分出資しないと優先使用権は与えられないので、一株株主が増えるのかなぁと呑気な感想をショウは持っていたが、レイテの商人達の財力を侮っていた。儲け話に鼻のきく商人達は、こぞって出資したいと考えていたのだ。


 サリームやナッシュは、ショウよりレイテの商人については詳しかったので、明後日は大忙しになると心配していた。


「なぁ、ショウ、明後日はお前も来てくれないか?」


 そんな大金を持ち歩く商人はいないから、明後日は仮契約だけなので大丈夫でしょうと、ナッシュの要請を断ったが、サリームとシーガルからも初日ぐらいは手伝って欲しいと頼まれる。


「出来れば、サンズ島に早く行きたいのです。チェンナイも視察したいし、ローラン王国への訪問の日程が決まりましたから、少し余裕を持って行動したいのです」


 シーガルは埋め立て埠頭で手一杯だったが、ショウ王子がフラナガン宰相に指命された他の文官と何やら難しそうな顔であれこれ話し合っている姿を王宮で見ていたので、何かまたプランを考え出したのだと気づいた。


「ローラン王国に、何か計画を提案されるのですか?」


 シーガルにも相談に乗って貰いたいとショウは思ったが、埋め立て埠頭の件に集中して欲しかった。


「うん、まぁね、上手くいったらお互いの国にとって利益になると思うんだけど……でも、埋め立て埠頭に資金を投資した後では、ちょっとキツいかなぁ」


 今夜の集会所に思いがけない程の出席者があったので、ローラン王国への出資が難しくなるかなぁと頭を悩ませる。




 王宮に帰ったショウは、父上から説明会の様子を聞かれて、その懸念を口にした。


「元々、ローラン王国は信頼が失墜しているからな。しかも、ローラン王国の債券など紙屑になる危険もあるときたら、出資は渋るだろう。イルバニア王国辺りに保証人になって貰えば安心だろうが、其処までお人好しではないだろうしな」


 いくら王女が嫁いでいるからといって、他国の債券の保証人などするわけないとショウは呆れる。


「このプランで我が国の資金がローラン王国に流れるのは仕方ないが、キチンと利息を取り立てられるのか?」

 

 この時点で世界で一番資金が余っている東南諸島連合王国だが、地力はイルバニア王国の方が有利だったし、ゴルチェ大陸には金鉱や、貴重な宝石、香辛料と発展が望めそうだ。


「ローラン王国が利子を払うのを渋るというか、払えないのではという懸念は持ってます。そこで、造船所の建設地を利息代わりに貰う案を考えたのですが……」


 他国の土地を債権の利息代わりに手に入れようとする考えに、アスランは笑う。


「それは面白い案だが、ルドルフ国王が嫌がるだろうな。先のイルバニア王国との戦争で、バロア一帯を分譲させられたローラン王国が、残された東南地区の沿岸部の土地を手放すわけないぞ」


 ショウもそうだよなぁと思う。


「この提案は、此方側は急ぐ必要が無いのですから、ローラン王国が音をあげるまで待っても良いですね。ダカットは、もはや国際通貨としては通用してませんから。ローラン王国と交易している商人達を、チェンナイに集める動機にもなりますしね」


 可愛い顔なのに酷い事を平然と言うショウに、アスランはフラナガン宰相にかなり鍛えられたと驚く。


「う~ん、私はヘッジ王国のルートス国王に、ローラン王国の債券の発行人になって貰う案を考えていたのだがな。ルートス国王なら、キッチリ利息を取り立ててくれそうだがな」


 ショウは、ルートス国王がルドルフ国王の王座の前に居座る姿を想像して吹き出してしまった。


「父上がルートス国王に頼んで下さるなら、良いですよ。僕は少し苦手なんで……」

 

 アスランも銀行員のようなルートス国王と、話などしたくないと首を横に振った。


「イルバニア王国は歴史的に未だかかわるのは無理ですから、造船所の土地の使用権ぐらいで手を打つかもしれませんね。ローラン王国には、ルートス国王をほのめかしてみます。絶対に嫌がるでしょうからね」


「いや、それにはヘッジ王国へ訪問しておかないと、ルートス国王のカードは使えないぞ。お前には良い経験になるだろう。それにヘッジ王国の羊は、塩気があって美味しいから、サンズは喜ぶぞ」


 他人事だと思って、好き放題なことを言う父上に、溜め息しか出ない。離宮に帰ろうとしたショウに、アスランは釘をさした。


「サンズ島やチェンナイには、カドフェル号で行け。ハッサンがお前の忠告に耳を貸さない場合は、レッサ艦長に武力で制圧させるぞ。仮にも私の王子が娼館の親爺では拙いからな、監督不行き届きだぞ」


 監督不行き届きと言われても、ずっとユングフラウやニューパロマに居たのにと内心で愚痴ったが、久しぶりにワンダーに会えるかなと軍艦での視察を受け入れた。




 離宮に帰るとドッと疲れて、ターシュは夜目がきかないからサンズ島に行くのは明日の朝に話そうと、思っているうちに眠ってしまった。


 夢の中で、ハッサンとラジックが綺麗な娼婦達に囲まれて楽しそうにお酒を飲んでいるのに、自分には前のチェンナイにいた太った小母さん娼婦を押し付けてきて、嫌だ! 側によるな! と逃げ回った。


「……酷い……悪夢だよなぁ……」


 もしかして正夢ではと、ショウはゾッとする。


 出来れば気楽な商船で航海したかったけど、確かに軍艦の方が速いし、サンズ島の視察が長引こうが、レッサ艦長なら文句も言わないと、気持ちを切りかえる。


 父上がカドフェル号と名指しされたからには、レイテ港の近くにいるのだろうとショウは考えた。


「いつ出航できるかレッサ艦長に聞いてから、サリーム兄上やナッシュ兄上へ挨拶に行かなきゃ。あっ、ララとロジーナにも会いに行かないと……」


 ザッと顔を洗うと、朝食もそこそこにサンズとレイテ港の上空からカドフェル号を探す。


『あそこにカドフェル号が碇泊している! サンズ、降りてくれ』


 突然舞い降りてきた竜にも、カドフェル号の乗組員達は驚かない。


「ショウ王子! ようこそカドフェル号へ」


 士官の白い服が板についたワンダーが出迎えてくれたが、ショウ様と前は呼んでくれていたのになぁと、規律の厳しい海軍だから仕方ないとはわかっていても少し寂しく感じる。


「レッサ艦長はいらっしゃるかな?」


 ワンダーに質問しているうちに、甲板にレッサ艦長が現れた。


「ショウ王子! また御一緒できますね」


 レッサ艦長とは何度も航海していたし、新航路発見の航海も信頼して任せられたので、ショウは安心して大船に乗った気分になる。


 艦長室で、サンズ島の視察と、問題のチェンナイ貿易拠点の視察と方向性の変更について、レッサ艦長と打合せを済ませる。


「レッサ艦長、いつカドフェル号は出航できますか?」


 カドフェル号はアルジエ海のパトロールから帰国したばかりだったので、あと2日もあれば出航準備を済ませますと、レッサ艦長は少し待たせるのを申し訳無さそうに言う。


「良いですよ、早くチェンナイ貿易拠点の問題は解決したいですが、ゆっくりしている間にリンクがハッサン兄上達に忠告をして、僕が行く頃には改善策を提示してくれるかもしれませんしね」


 そんなに上手い具合には進まないだろうと二人ともわかっていたが、ショウ王子も外交で嘘をつくのを覚えたのだなぁと、10歳の頃から知っているレッサ艦長は苦笑して別れた。


 甲板で、ワンダーはショウに祖父のザハーンの件でカリンに口添えして貰ったお礼を手短に述べる。


「ワンダー、あればカリン兄上のお手柄だったのだから、僕にお礼など必要無いよ」


 あっさりいなして、サンズと去って行くショウを、乗組員達はヒソヒソと竜が火を噴いたんだよなぁと、畏怖の眼で眺める。


 ショウがバルバロッサ討伐の時に、サンズに火を噴かせた事は、現場にいた乗組員達に厳しい箝口令が敷かれたのにも関わらず、軍艦乗りの間では枯れ草に野火が広がるように広がっていた。


「士官候補生、ペチャクチャ乗組員達を喋らせてないで、水と食糧の補給をさせろ! ぐずぐずしている班には、陸上休暇は与えないぞ」


 士官候補生達もボオッとあの竜が火を噴いたのかなぁと眺めていたが、ワンダー少尉に怒鳴られて、それぞれの班の甲板長に乗組員達を働かせろと命じた。


 レッサ艦長はカドフェル号の出航準備を士官達に任せて、久し振りにレイテの屋敷で一日を過ごそうとカドフェル号を降りた。しかし、屋敷で寛いでいたレッサ艦長は、王宮から至急の呼び出しを受けることになる。


「えっ、フラナガン宰相、それはショウ王子に秘密なのですか? そんな事して大丈夫なのでしょうか?」


 にっこり笑ったフラナガン宰相から、チェンナイ貿易拠点の問題を解決したら、これをショウ王子に渡すようにとアスラン王の書簡を渡されたレッサ艦長は、複雑な顔をして命令には従いますと王宮を辞す。


「アスラン王は、ショウ王子に厳しいなぁ」


 レッサ艦長は王太子になるショウを少し気の毒に感じながら屋敷に帰った。


 そんな遣り取りがあったとは知らないショウは、ララやロジーナに少し留守にすると告げに行っていた。

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