第8話 スローンとパメラ

「お前は、こんな重大な事を、黙っていたのか!」


 ラシンドの屋敷から帰ったショウを、アスランはいきなり怒鳴りつけた。フラナガン宰相に捕まって夕方まで、留守中の報告を聞かされていたアスランはうんざりして、メリルに癒やして貰おうと竜舎に行き、スローンがパメラと喧嘩したのを聞いたのだ。


『何かショウが隠していると思ったが、これだったのだな』


 メリルは子竜のスローンの面倒をみてくれたショウを怒らないでくれと頼んだが、アスランはどうせ甘い事を考えて黙っていたのだと腹を立てる。


『パメラが竜騎士なら、政略結婚させられると考えたのだろう。彼奴は、どうしてヘナチョコなのだろう』


『ショウは、ヘナチョコじゃ無いよ!』


 海水浴に連れて行って貰ったスローンは、よほど楽しかったのかショウを庇う。


『アスラン、スローンはパメラが気に入ったみたいだ。私はスローンを手元に置いておきたいから、外国に嫁がさないで欲しい』


 ミヤもきっとシーガルとの婚約解消に難色を示すだろうと、アスランはウンザリしたが、ともかく呼び出して叱ろうと思った。


 怒鳴りつけられて、ショウは黙っていたことを謝ったが、サンズとは話せないし、スローンとのみ話せるので、竜騎士の素質があるのかわからないと反論する。


「お前は……」


 自分に逆らったことが無かったショウが、反抗期になったのかとアスランは怒った。


「確かにパメラがスローンと話せた事を報告するべきでしたが、竜騎士になれるか疑問だったので、様子を見た方が良いかと思ったのです」


 白々しい言い訳など聞きたくないとショウを下がらせたが、パメラが他の竜と話せないのは何故かと、アスランは考え込む。


 やっと落ち着いてきたパメラが、政略結婚の為にシーガルと別れさせられて荒れるのをショウは恐れて、父上にスローンの件を話すのを躊躇ったのだったが、結局バレてしまったなぁと、トボトボと離宮に帰る。 


『サンズ、何故パメラはスローンとだけ話せたのかな?』


 父上に叱られたり、パメラが政略結婚の道具にされるのではという心配で、ドヨドヨになったショウはサンズに会いに行った。巨大な身体を離宮の竜舎で休めていたサンズは、ショウが落ち込んでいるのに気づいた。


『ショウ? パメラとスローンが何故話せるのか私にもわからないよ。パメラがもう少し成長したら、私達とも話せるようになるのか、それともスローンとしか話せないのか様子を見なくてはね』


 ショウは、未だ産まれて半年も過ぎていないスローンの言葉は、聞き取り難く感じていた。


『パメラもスローンも親と離れて寂しかったからかなぁ。僕にはサンズの声の方が聞き取り易いけどね』


『当たり前だよ! 私はショウの騎竜だもの』


 サンズがショウに甘えてくるので、目の周りを掻いてやっているうちに、心が落ち着いてきた。


「パメラを何処に嫁がせるかは、父上の考え次第なんだ。僕には口出しできないけど、できる限りの援護はしよう。エリカはウィリアムのことをどう思っているのかな? 嫌だと思っているのなら、こちらも援護してやらなきゃ」


 今まで関わってこなかったエリカとパメラが、こんなにも気に掛かる存在になるとはなぁと、ショウは困惑する。嫁に行った姉上達は、それぞれ幸せに暮らしているのかなぁと思いながら、ショウはサンズにもたれたまま眠ってしまった。




「やはり、此処で寝ていたか……」


 叱ったショウを心配して離宮を覗いたが、もぬけの殻でサンズに慰めて貰ったのだと、幼さの残る寝顔を見て溜め息をつく。


「抱いてベッドに運んでなんかやらないぞ!」


 鼻をピンと指で弾くと、うにゃうにゃと寝言を言って寝返りをうつ姿に苦笑したアスランは、背ばかり伸びても未だ子供だなと竜舎を後にした。


「パメラをどうするかな」


 イルバニア王国には未だ二人も王子がいるし、ローラン王国のナルシス王子は15歳年上だが独身だと考えながら、花の香りが漂う夜の庭を歩く。他にも竜騎士の素質を持つ王女を娶りたがる国はあるのだがと、アスランは珍しく躊躇している自分に気づく。


「ショウの甘さが、私を弱くしているのか?」


 アスランは自分が年を取って甘くなっているのかと自問しながら、後宮へと帰っていった。




 翌日、アスランはパメラを竜舎に連れて行き、スローンと話せるのか試してみようとしたが、エリカ姉上のように許婚を取り上げられると警戒して、黙り込んだのに手を焼く。


「パメラ! 重要な事なのだ!」


 パメラが頑なに口を開かないので、スローンの方から話し掛けてみようとしたが、耳を塞いでしゃがみこんでしまった。


「ショウを呼んで来い!」 


 竜舎の係りにショウを呼んで来させようとしたが、暫くすると外出しておられますと恐る恐る告げられた。


「あの馬鹿、朝から何処へ行ったのだ!」


 ショウはリンクの屋敷に、埋め立て埠頭の投資について相談するというのを口実に訪問の約束を取り付けていたが、朝っぱらからは失礼だろうと、王宮から離れた海へサンズと出かけていた。


 昨夜のクサクサした気分を晴らしたいのと、少し王宮を離れたいと思ったからだ。


「商人達への説明会を終えたら、サンズ島とチェンナイに行こう! 東航路を航海する船に乗せて貰えば良いさ」


 レイテ港を出航する船の多くは未だメーリングや、プリウス運河経由でカザリア王国や、ゴルチェ大陸の東海岸へ向かっていたが、東航路を航海する船も少しずつ増えている。風の魔力持ちなら、どの船でも乗せてくれるだろうと、海に浮かんでショウは考える。


 パメラを見捨てるようで、チクリと胸が痛んだが、結婚相手を決めるのは父上だし、自分がきゃんきゃん騒いでも仕方ないと諦めた。


 海水浴したショウは、離宮に風呂に入りに帰るのも面倒だと、海岸沿いの漁村の井戸で水を被って、リンクの屋敷へ向かう。


 リンクはショウ王子の訪問が、チェンナイの件ではと考えていたが、埋め立て埠頭の投資の条件の相談だと聞いてホッとする。


「埠頭使用優先権ですか。それは魅力的ですね、この出資は株券として売買したり、相続できるのでしょうか? それなら、引退後の生活の為に、買っておこうとする人が多いですよ。年に幾らぐらいの配当が見込めるのかも、説明会で概算して言った方が良いですね」


 ショウは商人以外にも出資者が増やせそうだと思った。ここまでは順調な話し合いだったが、どうやってチェンナイの事を切り出そうか悩んで、良い口実を思いつく。


「リンクさんのところで、東航路を航海する船はありませんか? サンズ島に視察に行きたいのですが、カリン兄上のハーレー号や、メルト伯父上のエルトリア号が都合よくレイテ港に帰港するとは限りませんから」


 にこやかなショウ王子の真意は何処にあるのかと、リンクは焦る。少し、ハッサン王子は、やり過ぎているかもしれないから、注意しておこうと決める。


 サンズ島の視察だけでなく、チェンナイの貿易拠点の視察をするに決まっていると、リンクは冷や汗をかいたのだ。


「さぁ、上手くショウ王子の予定とあう船があると良いのですが……勿論、出航予定の船があれば、乗船頂いてかまいませんよ」


 微妙に口調が変わったリンクが、どこか後ろめたい気分なのだと察して、今はこれで十分だと屋敷を辞した。




「レイテ港の測量をしている、フォード教授達の所へ行こう」


 空からまた観測したいと要請されるかもしれないと、ショウはレイテ港にある事務所に向かう。


「ショウ王子、何処に行かれていたのですか? 王宮に至急に帰るように、侍従が探してましたよ」


 研究員達に言われたが、どうせパメラが拗ねているのだろうと溜め息をつく。


「ショウ? 良いのか?」


 帰ろうとしないショウに、ナッシュは心配そうに声を掛ける。


「僕が帰っても意味がありませんから。父上はパメラを……」


 シーガルとサリームがフォード教授と事務所に入って来たので、ショウは口を閉ざす。


「ショウ! 父上がお呼びだぞ」


 サリームに言われて、ショウは渋々出て行った。




「王宮に帰りたくない!」


 海水浴していた時は諦めようと思っていたが、納得できない気持ちでいっぱいになったショウは、サンズと何処かへ逃げ出したくなる。


『ショウ? 王宮へ帰るんじゃないのか?』


『サンズ……王宮へ向かって』


 ショウは自分が逃げ出しても、パメラの為にはならないと、大きく深呼吸して王宮へと戻る。


 朝から苛々とショウの帰りを待っていた、アスランの機嫌は最悪だ。末っ子のパメラに反抗されて、息子ならキツく叱りつけるところだが、アスランは娘に弱い。


 そんな自分の甘さを突き付けられて、苛ついている最中にショウは帰ってきて、遅い! と怒鳴られた。


「何か御用でしょうか?」


 ショウもムッとして反抗的な態度で尋ねる。


「パメラが、スローンと話そうとしない。説得して、スローンと話させるのだ。他の竜と話せるのかも、もう一度試してみろ」


「父上が無理だったのに、僕ができるわけがありません」


 シラ~と言い切るショウに腹を立てたが、ミヤが部屋に入ってきたので、グッと我慢する。


「アスラン様、パメラを泣かしてしまって!」


 せっかく素直になったパメラを竜姫に戻すつもりかと、ミヤにピシッと叱りつけられる。 


「何も泣かしてなんかいないぞ。スローンと話をしてみろと言っただけだ」


 ミヤはアスランのする事に反対などしなかったが、今回は難しい顔をする。


「エリカと同じ目に会うのが嫌なのでしょう。許婚を取り上げられて、政略結婚させられるのをパメラは気づいたから、スローンと話すのを拒否したのですわ」


「ミヤ、パメラは王女なんだぞ! シーガルと婚約させたのも政略結婚じゃないか。外国の王子と結婚するのも一緒だ。いや、むしろショウの願いに近いではないか、竜騎士を重要視する国の多くは一夫一妻制だからな」


 理屈では父上の言う通りだし、シーガルとも一度ぐらいしか会って無いのだから、婚約解消も有り得るとはわかっていたが、ショウには受け入れ難かった。


「でも、何処の国に? イルバニア王国にはエリカが嫁ぎますし……」


「ローラン王国には第二王子のナルシスがいるし、サラム王国や、ヘッジ王国、マルタ公国もあるぞ」


 ミヤは首を横に振った。


「ローラン王国のナルシス王子は25歳ですか? パメラは未だ9歳なんですよ。16歳も年上じゃないですか? あっ、無駄ですよ、ご自分の夫人にもその位年下の夫人がいると仰っても。ナルシス王子は31歳まで待ってくれませんよ。海賊の寝ぐらや、ケチな島国に、パメラは嫁にやれませんわ」


 ケチョンケチョンに言い負かされて、アスランは憮然とする。


「大変です! 竜がパメラ王女の部屋を襲ってます!」


 女官が真っ青な顔で飛び込んで来て、アスランとショウとミヤは驚いてパメラの部屋に向かう。


 後宮は竜がパメラ王女を襲っていると、逃げ惑う女官達や侍女達の悲鳴に溢れていた。パメラの部屋は雨戸が閉めてあり、ふてくされて閉じこもっていたのだが、その風は通せるようになっている雨戸にスローンがアタックをかけている。


『スローン! 止めろ!』


 アスランは驚いて止めたが、興奮しているスローンには聞こえない。


『メリル! スローンを止めろ!』


 困ったように眺めているメリルに、アスランは命じる。


『無理だ! スローンは小さ過ぎるから、私が止めたら怪我をさせてしまう』


 サンズも飛んで来て、スローンに、止めろ! と叫んだが声が届かず、困り果てる。


 小さいとはいえ竜のスローンは、バリバリと部屋の雨戸を壊して、柱も倒しかねない勢いだ。


「パメラを外に出します。木の破片とかが飛ぶと危ないし、怖がっているでしょうから」


 ショウがそう言って部屋に飛び込もうとするのを、アスランは突き飛ばして、自らパメラを抱きかかえて出てくる。


 パメラは竜に部屋を壊されて、ブルブル震えていたので、助けに来てくれた父上に抱きつき泣いていた。


『パメラ!』


 雨戸をやっと壊したのに中にパメラがいないと知ったスローンの悲痛な叫びに、アスランとショウは胸を突き抜かれる。


『馬鹿者! パメラはここだ』


 部屋に座り込んでいたスローンは、あたふたと庭に出て、アスランに抱かれているパメラ目掛けてヨタヨタと走り寄る。


『パメラ! 海水浴に行こう!』


 アスランとショウは、海水浴に行く為にパメラの部屋を破壊したのかと、スローンの我が儘振りに呆れてしまう。


『嫌! 竜とは遊ばないわ! シーガル様と結婚するんだから!』


 パメラは父上の腕から降りて走って逃げたが、小さくても竜は飛べるので逃げおおせるわけもなく、綺麗に花が植えられた後宮の庭は滅茶苦茶に荒らされていく。


「父上、これは鬼ごっこでは? そろそろ止めないと、スローンに後宮を壊されますよ」


 ミヤは自分が管理して見事な花を植えている庭が、スローンに着地や離陸を繰り返されて踏み荒らされていくのを見て気絶しそうになったが、アスランを叱りつける。


「今すぐ止めさせて下さい! 酷いわ! あの花はなかなか咲かないのよ!」


 貴重な高山植物を植えている一角にスローンが着地するのを見て、アスランを睨みつける。ミヤが何年も手入れさせているのを知っていたので、これは拙いとアスランは慌ててスローンに止めろ! と叫んだが、声が聞こえてないので、パメラの方を説得することにする。


「パメラ! シーガルと結婚させてやるから、スローンと遊んでやれ!」


 パメラは庭の木立から父上の前に飛び出て、本当に? と息を弾ませたまま尋ねる。


「こんなじゃじゃ馬をシーガルが嫁に貰ってくれるかは知らないがな」


「やったぁ!」


 父上に抱き付くパメラを見て、途中からはわざとミヤが大事にしている花の側に逃げたのではと、ショウは疑念を抱いた。


『パメラ~! 捕まえた! 私はパメラと絆を結びたい!』


 背中からドシンと頭突きされて、パメラは父上ごとスローンに押し倒された。


『スローン! 未だ卵から孵ったばかりなのに許しませんよ!』


 成長しきってないのにとメリルに叱られて、いつになったら絆を結べるの? と親竜に聞いているスローンを、サンズとショウは自分達を思い出して笑った。

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