第6話 家族の問題

 ショウは暇を見つけてはパメラと話したり、勉強を見てやった。そして、パメラが少しずつ落ち着いて来ると、母親のルシアをミヤが追い出したのでは無いと説得した。


「僕も子供の時に、母上を父上が後宮から追い出したと思っていたから、パメラの気持ちもわかるよ。でも、母上が再婚相手と幸せそうなのを見て、誤解だったと気づいたんだ。パメラが母上と会いたいなら、僕が連れて行ってあげるよ」


 パメラは未だ母上と会う気持ちの整理が出来ていないと躊躇う。


「今は、私を後宮に置き去りにして、新しい家族と幸せに暮らしている母上と会う気持ちにはなれないわ。でも、もう少ししたら……」


 ショウはもう少しパメラが落ち着いて、会いたいと思ったら会わせてあげると約束する。


「それにしても、パメラは頭が良いね。これならパロマ大学の聴講生になれるよ」


 勉強をサボったり、家庭教師に反発していたパメラだったが、ショウ兄上に勉強を見て貰うのに馬鹿だと思われては嫌だと、真面目にしだした。


「ショウ兄上もシーガル様も、パロマ大学に留学されたのよね。パロマ大学って、どんな所なの?」


 ショウはパロマ大学の変わった教授や、面白い授業を話して聞かせる。


「僕はパロマ大学には実質は半年しか通わなかったんだ。ゴルチェ大陸の測量をしてばかりだったからね」


 もっと学生時代をエンジョイしたかったなぁと、ショウは溜め息をつく。


「ショウ兄上?」


 パメラが心配そうにしているので、ショウは何でも無いよと笑ったが、父上の不在が重くのしかかっている。




 午前中はフラナガン宰相に実務を習い、昼からは武術の稽古や、パメラの勉強を見たり、レイテ港の測量を始めた教授達の様子を見に行ったりする。


 バルバロッサ討伐の際に、自分だけが戦闘から外されたのをショウは情けなく思っていたので、近頃は外交でサボりがちだった武術の稽古に身を入れた。


 許婚のララとロジーナに会いに行く時間がなかなか取れないのが悩みだったが、レイテの埋め立て埠頭に出資して貰う件をラシンドとリンクに相談しなくてはいけないと、身体が二つ欲しいと思うショウだ。


 パメラはショウ兄上が仕事で忙しい合間に、短い時間でも顔を見せてくれるのを楽しみにしていた。そして、許婚のシーガルの事を聞くにつれて、馬鹿な女の子では飽きられてしまうと悟った。


 パメラは、シーガルとは年齢に差があるから仕方ないけど、もう妻がいるのだと溜め息をつく。自分が15歳になるまで他の人と暮らしている屋敷に、嫁いで行くのだ。

 子供も産んでいるかもしれない夫人達と、シーガルの愛を争うことなる。王の娘である自分を粗略には扱わないだろうし、ショウとも親しいなら、優しく接してくれるだろうが、それだけでは嫌だと思う。


 パメラはシーガルの第二夫人になりたいと決意を固めた。愛情に飢えていたのもあったが、自分の子供に自分と同じ寂しい思いをさせたくなかったのだ。


「ショウ兄上、男の人は第二夫人をどうやって選ぶの?」


 突然、妹からの微妙な質問にショウは驚いて、何故そんな事を訊くのかと質問をし返す。


「第二夫人になれば、他の男の人の所に嫁がないで済むでしょ。そうすれば、子供達と別れなくても良いわ」


「未だ、結婚もしていないのに……それに第二夫人でなくても、再婚したく無ければ、しなくて良いんだよ。シーガルは確かに結婚しているけど、パメラを追い出したりはしないさ」


 ショウ兄上の言葉で、未だ結婚の恐ろしさを知らないのだと、後宮育ちのパメラは溜め息をつく。


「母上は今は再婚して幸せかも知れないけど、後宮の争いに負けたのよ。父上の寵愛をつなぎ止められなくて、自ら出て行ったの。ミヤを恨みながらも、少しは気づいていたの」


 ショウは気づいていたのに、何故ミヤに反抗したのか不思議に思った。


「ショウ兄上は後宮で育ってないから、わからないのよ。父上は第二夫人を選ばれなかったわ。父上が心より愛しているのは、ミヤだけですもの」


「馬鹿な! 父上とミヤはそんな関係じゃないよ」


 幼い頃は第一夫人の意味を知らなかったので、ミヤの部屋で寛ぐ父上とどういう関係なんだろうと不思議に思ったのを忘れて怒る。


「肉体関係が無いのは知っているわ。でも、愛情はあるでしょ」


 9歳の妹に肉体関係とか言い出されてドキッとしたが、確かに愛情はあると思った。


「そうかぁ、父上が自ら選んだのは、第一夫人のミヤだけなんだ。でも、第二夫人を選ばなかったのは、多分後継者問題が絡んでくるからじゃないかな? 兄上達が本来なら後継者になるべきだったんだからね」


 後継者問題に口を出すのは後宮でもタブーだと教え込まれていたので、パメラは黙って聞いていたが、第一王子、第二王子、第三王子を産んだ夫人が後宮に残っているのに、第六王子のショウ兄上を選んだ時の後宮に走った衝撃を思い出した。


 その当時一緒にいたエリカとパメラは、少しスッと胸のすくような思いをしたのだ。親の地位や王子を産んだからと、後宮で幅をきかせている夫人達に、自分達の母上が負けて出て行ったのを悔しく思っていたからだ。


 父上や第一夫人のミヤの前では、絶対に後継者のこの字も口に出さなかったが、後宮で三人の夫人達の裏に回ったバトルが続いていた。が、思いもかけない第六王子が後継者になり、がっくりと寝付いたり、ホッとしたりと、長いバトルが終わった後宮は気が抜けた雰囲気になった。


「そうかぁ、第一夫人ねぇ。必要性は感じているけど、どうやって選ぶのかなぁ」


「もう、ショウ兄上! 私が聞きたいのは、第二夫人についてよ」


 パメラに叱られても、未だ結婚前のショウには答えられず、こういう方面はどうやらパメラの方が詳しいと思った。


「シーガルは僕とも違うし、聞いても意味は無いと思うよ。でも、あまり我が儘だったり、馬鹿な女の人を、第二夫人にはしないな。性格が良くて、側にいると寛げる人が良いな」


 ショウ兄上が忙しそうなのはパメラも気づいていたので、癒し系に惹かれるのだろうと笑う。


「シーガル様は、どんな人が好きなのかしら?」


 ショウはニューパロマでおっとりとした許嫁のことを恥ずかしそうに話していたシーガルを思い出して、竜姫のパメラが虐めたりしなければ良いがと心配になる。


「優しい人が好きだと思うよ」


 賢いパメラはショウ兄上が友人のシーガルの家庭が揉めないように、自分に釘をさしたのだと察した。


「優しい振りならできるけど、私は優しくないわ」


「優しい振りが、化けの皮が剥がれず出来れば上等だよ。シーガルも振りには気づくだろうけど、パメラの努力にも気づくさ。それに、パメラは優しい所もあるよ」


 優しいと言い切らず、優しい所もあると正直に言ったショウ兄上に、パメラは笑い転げる。


「ショウ兄上、もっとお世辞を勉強しなきゃ駄目よ」


 自分でも苦手だと思っている方面なので、こればかりは仕方ないなぁと溜め息をついた。


 パメラが明るさを取り戻して来たので、ショウは留守番をどうにかやり遂げたなと安堵した。




「いつになったら、父上は帰国されるのかなぁ」


 パメラがスローンとのみ話せる事や、商人達への出資説明会、ローラン王国訪問、チェンナイ貿易拠点の件、サンズ島視察、スーラ王国訪問、サバナ王国訪問、話し合わなくてはいけない事が山積みだ。その上、ショウは法の整備や、大学の必要性も考えていたので、早く帰国して貰って片付けていかなくてはと考える。


 しかし、ショウは片づけても、又、別の問題がおこるのを身にしみていなかった。


 留守がちだとフラナガン宰相に怒られながらも、長年、王位についているアスランは、王の仕事に終わりが無いのが身に染みていたので、良い留守番が居るのだからと羽を伸ばしていた。ミヤとユングフラウの大使館に滞在して、エリカやミミを外泊させて甘やかしたり、丁度オペラシーズンが始まったのでミヤを連れて行ったりと楽しむ。


「グレゴリウス国王陛下からの招待状が届いてますよ」


 ミヤの名前だけで、リューデンハイムに外泊許可を出させたが、人目に付くアスランをイルバニア王国が見逃すわけがない。


「ユーリには会いたいが、グレゴリウスには別に用は無いな。そうだ、のこのこ王宮に出かけて行ったら、政治の話になる。今回はミヤと旅行なんだ、パスしてくれ」


 ヌートン大使はそんな失礼な事をと咎めたが、面倒くさいとミヤとメーリングへ飛んで逃げてしまう。


「如何でした? アスラン王は招待を断ってきましたか?」


 東南諸島連合王国とは貿易や、プリウス運河の件で話し合わなくてはいけない懸案が山積みの上に、リューデンハイムに留学中のエリカ王女との縁談をアスラン王と話し合いたいとグレゴリウス国王は思っていたのだが、ユングフラウを既に発ったと大使から丁重な詫びの手紙が届いた。 


「本当に、ショウ王子を少しは見習って欲しいですね。ニューパロマでも各国の王や大使と対談したり、エドアルド国王陛下から海賊討伐の要請を受けたりと、真面目に働いてましたよ。

 少し、ローラン王国とカザリア王国と仲良くし過ぎですがね」


 マウリッツ外務次官の言葉で、グレゴリウス国王はフィリップ皇太子が、アレクセイ皇太子やスチュワート皇太子に出遅れてショウ王子と親しくなっていないのを感じる。


「フィリップはもう少し頑張らせないといけないな」


 王女達には甘いグレゴリウス国王は、フィリップ皇太子、ウィリアム王子、レオポルド王子には結構厳しい父親だと、マウリッツ外務次官は笑う。


「アレクセイ皇太子は年上ですし、スチュワート皇太子はパロマ大学でショウ王子と一緒でしたからね。

 それにアレクセイ皇太子は東南諸島にダガット金貨の改鋳資金を頼んだみたいですよ。ローラン王国は切羽詰まってますね」


 グレゴリウス国王は娘のアリエナ王女の嫁ぎ先のローラン王国の抱える問題点を思い出して溜め息をつく。


「お話し中ですが、失礼いたします」


 コンコンとノックと同時に、フランツ卿が顔を覗かせる。弟の不作法にマウリッツ外務次官は眉を顰めたが、親友が必要性も無いのにこんな真似をしないと知っているグレゴリウス国王は、何かな? と尋ねる。


「アスラン王が、ユーリ王妃と密会しますよ」


「何だって! フランツ、どういう事だ!」


 顔色を変えたグレゴリウス国王に、慌ててフランツは説明する。


「アスラン王が、第一夫人とユーリ王妃を会わしたいと招待状を送ってきたのです。私はユーリ王妃にその招待状を渡しただけです」


 マウリッツ外務次官は弟のフランツを睨み付けたが、ユーリ王妃ならアスラン王の第一夫人と会いたいと思うだろうと溜め息をつく。


「アスラン王は、私の招待を断ったのに……」


 国政は立派なグレゴリウス国王だが、相変わらずユーリ王妃のこととなると青年の時に戻って嫉妬を露わにする。


「グレゴリウス国王! ユーリ王妃と喧嘩なんかされてはいけませんよ。アスラン王は、第一夫人をユングフラウに連れて来ただけで、外交とかはしたくなかったのでしょう。王宮への招待を断ったのは、そのせいです。フランツ、第一夫人の情報はあるのか?」


 ビシッとマウリッツ外務次官に注意されて、フランツの第一夫人の話を聞いているうちに嫉妬に燃えていた頭も冷えた。


「ミヤ様は賢い女性ですよ。留守がちのアスラン王の後宮を全て管理してますし、王の個人財産も管理運用しています。ショウ王子もミヤ様に赤ん坊の時から育てられたと聞いています。王子や王女達の教育も全てミヤ様が心を配っておられるみたいですね。エリカ王女もなかなか成績が良いみたいですし、家の息子達の教育もお願いしたいですよ。あっ、ミミ姫の祖母になるんでした。ショウ王子の許嫁のララ姫もミヤ様の孫ですね」


「それは絶対にユーリが会いたがるなぁ。できればアスラン王とは会わせたく無いのだが……」


 結婚して20年を過ぎているのに未だラブラブの国王夫妻に、マウリッツ公爵家の二人は溜め息をつく。


「陛下、いつまでアスラン王に嫉妬されるのですか?」


 親友のフランツ卿に呆れられて、グレゴリウスはアスランの腕の中からユーリを引き離して連れ去った時から23年も過ぎたのだと、心を静めた。


「エドアルド国王には、そんなに嫉妬しないのに変ですねぇ」


 ユージンは、フランツの余計な言葉を目で抑えたが、グレゴリウスはウッと落ち込む。


「エドアルド国王は、ジェーン王妃がいる。でも、アスラン王には正妻の第二夫人がいないんだ」


 馬鹿馬鹿しいと昔馴染みの二人に笑われたが、これほど長い年月を一緒に過ごしてもユーリが自分を選んだのを後悔してないか不安になるグレゴリウスだ。


「なら、付いていけば良いでしょう。今度はハトコだなんて、名乗らないで下さいね。夫なのですから、妻に付き添えば良いでしょう」


 昔、アスランからユーリとどういう関係だと尋ねられて、ハトコだと答えてしまい、エドアルドが求婚者だと言ってのけたのに凹んだ記憶が蘇って、グレゴリウスはフランツ卿に夫だから付いていくと言い切る。


「国王夫妻がお忍びで、アスラン王と第一夫人と会われるのですか……」


 外務省としては、少しどうかなぁと思う状況だったが、異国の公の場に現れないアスラン王と会えるチャンスを逃すよりは良いと考えた。


「あっ、ユージーンは駄目だよ、直ぐに仕事の話になるだろ。私が付いて行くから」


「そうだな、マウリッツ外務次官まで連れて行ったら、アスラン王は逃げ出してしまうな」


 フランツだけでなくグレゴリウス国王からも、非公式の食事会だからなぁと同行を断られて、ユージーンは居残ることにした。




「グレゴリウス様、アスラン王から夕食に誘われたの。第一夫人のミヤ様を紹介したいのですって」


 行く気満々のユーリ王妃が綺麗なドレスに着替えて、グレゴリウス国王に外出の許可を求めにきた。


「ユーリ、私もミヤ様に会いたいな、フランツ卿と一緒に付いていくよ」


 綺麗なドレス姿を誰に見せるつもりなのかと少し嫉妬しながら、ユーリ王妃をエスコートして出掛けるグレゴリウス国王だ。




「ユーリ、久しぶりだなぁ、こちらがミヤだよ」


 招待していないグレゴリウスとフランツを無視したアスランだったが、ミヤにこちらは? と尋ねられて渋々紹介する。


 ユーリとミヤは一目でお互いに気に入り、和気藹々と話していたが、アスランとグレゴリウスの話は弾まない。


 しかし、エリカとウィリアムが結婚するとなると親戚になるのだなぁと、喧嘩は控えた二人にフランツはホッと胸をなで下ろす。

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