第5話 拗ねたパメラ
「う~ん……今日こそは、フラナガン宰相に捕まる前にパメラと会わなくちゃ……」
昨夜の宴会を途中で抜けて帰ったショウは、大きな伸びをしながら、ベッドでどうやってパメラのご機嫌をなおしたら良いのかと考える。
「ショウ王子、おはようございます」
侍従に洗面の用意が出来たと促されて、ザッと顔を洗って差し出されたタオルで顔を拭いたショウは、目の前のフラナガン宰相にドキンと飛び上がる。
「おはようございます」
にこやかなフラナガン宰相に、ショウは何か問題が起こったのかと身構える。
「フラナガン宰相、朝から何事でしょう?」
「いえ、年寄りは朝が早いものですから。今日のスケジュールを確認しながら、朝食を食べて下さい」
ショウは、父上が王宮を逃げ出すのが理解できた。
「フラナガン宰相、ミヤからパメラの勉強を見てやるようにと頼まれているのです。だから、今日は少し……」
フラナガン宰相は、孫のシーガルの許嫁のパメラ王女がご機嫌が悪いのを知っていた。う~んと少し考えて込んだフラナガン宰相に、これなら時間をとれるかもとショウはホッとしたが……甘かった。
「それなら余計に、サッサと仕事を片付けませんとね。さぁ、朝食を早く食べて下さい」
昨日も山ほどの書類を片付けた筈なのに、今朝もズシンと書類を積まれてトホホな気分になる。
「フラナガン宰相、毎日こんなに書類が来るのですか? 父上が書類仕事に、これほどの時間を費やしておられるとは思えないのですが……」
フラナガン宰相は、にっこりと笑う。
「あの方の遣り方を、真似なさってはいけませんよ」
ショウは、これは逆らわない方が良いみたいだと感じる。
笑っているけど、滅茶苦茶怒っているのがショウには伝わってきて、真面目にわからない所は質問しながら書類仕事を片付けた。
「これなら昼からは、パメラ王女との時間が取れそうですね。ショウ王子は真面目で助かります」
今度は本当の笑顔で、フラナガン宰相はショウを労う。
昼食を一緒に食べながら、ショウは昨日の埋め立て埠頭の件で自分には判断できなかった、出資した商人達にどれほどの利益を与えるべきかを話し合う。
「埠頭の使用料から、管理費と維持費を引いた利益を出資率に応じて渡すことになりますね。後は、優先使用権でも付けますか? これはタダですし、商人達には有り難いでしょう。サッサと荷下ろしできますからね」
それぐらいの特権が有っても大丈夫だろうとショウも考えていたので、フラナガン宰相も同じ意見だと確認できて安心する。
「一度、ラシンドにも意見を聞いてみたいのです。商人達にとって出資する魅力がないと困りますからね」
フラナガン宰相は、ショウ王子が人の意見を取り入れようとする態度を評価する。
「ラシンドだけでは、身内だけに聞いたと思われますよ。リンク辺りにも、聞いた方が良いですね。アリが引退させられた直後は少し勢いが削げましたが、盛り返してますからね」
ショウは、リンクを訪ねなくてはいけない理由があるのだとピンときた。
「ハッサン兄上のチェンナイ開発と関係あるのですか?」
口には出さなかったが満面の笑顔で、伯父のリンクとハッサンがチェンナイ開発でボロ儲けをしているのだと察した。
「リンクの商船隊に参加させて貰ったこともありましたから、意見を聞きに行ってみます」
フラナガン宰相との昼食を終えたショウは、後宮へ久しぶりに足を踏み入れる。
「何だか、全然覚えてないやぁ」
5歳まで暮らしただけだったし、その後は入り口の近くにあるミヤの部屋にしか来たことがなかったので、女官に案内されながらパメラの部屋まで付いて行く。
「パメラ王女~!」
部屋の中から叫び声が聞こえたと思ったら、東南諸島の大きな掃き出し窓からパメラが庭に逃げ出すのを見つけた。
ショウは咄嗟にパメラを抱き止める。
「何をするの! 私を誰だと思っているの? それに後宮に何故男がいるの」
逃げ出そうとしたのを捕まえられて、怒ってパメラは腕の中で暴れ出す。
「パメラ、お前の兄のショウだよ。父上に勉強を見るように言われたのだ」
パメラは暴れるのを止めたが、ふてくされた態度だ。
「ショウ兄上、ミヤに言いつけられたのでしょう! 父上は私のことなど忘れておられるわ」
部屋の中から花瓶の水を掛けられたのか、頭に花を一本のせたままの家庭教師が出てきて、ショウ王子に捕まっているパメラ王女を叱りつける。
「パメラ王女、こんな侮辱には耐えられません。貴女に教えるのは無理です」
フンとそっぽを向くパメラを諫めて、家庭教師に謝らしたものの、ショウにも言葉を機械的に言っただけで反省しているとは感じられない。
「すみせん、後で言い聞かせておきますから。今日は服を着替えなくてはいけないでしょうから、授業はお休みにして下さい」
家庭教師は王太子になるショウ王子に頭を下げられては、怒っているわけにもいかなかったが、態度が変わらないようなら辞めさせて貰うと言って帰る。
「あんなお爺ちゃん、クビにしたら良いのよ」
家庭教師の後ろ姿にベーッと舌を出すパメラに、ショウはどこから説得すべきなのか頭を痛めたが、少し厳しくしなくてはと心を鬼にする。
部屋に入ると、机の周りには花瓶の水と花が散乱していた。
「パメラ、花を拾って、床の水を拭きなさい」
「そんなのは侍女の仕事だわ」
反抗的なパメラにショウは投げ出したくなったが、ミヤには世話になったのでグッと我慢する。
「お前が花瓶の水を先生に掛けたんだろう! うっかり花瓶を倒したのなら、侍女に拭かせば良いけど、これはお前が拭かなくてはいけない!」
オロオロしている侍女から雑巾を取り上げると、パメラに渡して床を拭くように命じた。
「酷いわ! ショウ兄上なんか大嫌い!」
シクシク泣き出したパメラに、手伝ってあげるからと言い聞かして、花を拾わせて床を拭いた。
「私は王女なのに床なんか拭かされるのね。末っ子だから馬鹿にされているのかしら?」
雑巾を侍女に渡して、ショウはパメラの考え違いを正す。
「パメラ、末っ子だから馬鹿にされてるなんて、ひねくれたことを言っては駄目だよ。エリカも今頃はリューデンハイムで慣れない寮生活で苦労していると思う。ほら、これはエリカがユングフラウでパメラに選んでくれたんだよ」
ミヤに自分で渡した方が喜ぶと言われた可愛いお土産をパメラに渡した。パメラはパッと顔を綻ばせたが、スッと表情を暗くする。
「エリカ姉上は竜騎士の素質があるから、父上に可愛がられるわ。私は誰からも愛されてないのよ」
お土産を開けもしないでポンと机の上に置いたパメラに、ショウは前途多難だと溜め息をつく。
「馬鹿なことを言うんじゃない! 父上もミヤもお前のことを心配しているよ」
優しいと思っていたショウに叱られて、パメラはポロポロ涙をこぼす。
「良い子だから、泣かないでよ」
抱き寄せて頭をヨシヨシしてやると、良い子じゃないもん! と拗ねるパメラに困り切る。
くさくさした気持ちになったショウはサンズと海水浴に行きたいなぁと思いつき、妹だから問題ないかと誘う。
「ええっ? 竜と海水浴?」
パメラは驚いたが、エリカがユングフラウに行ってからは、後宮には父上の夫人達だけで、女官しか遊び相手がいないので退屈しきっていた。
竜は少し怖いと思ったが、ショウと海水浴に行くことにする。
女官達は兄上とはいえ良いのかしらと戸惑ったが、付き添っていれば問題ないでしょうとコソコソと話し合う。パメラの我が儘振りには困り果てていたから、少しでも機嫌がよくなればミヤの留守に問題が起こらなくて済むと考えたのだ。
パメラは海水浴用の服に着替えて、ショウと竜舎に向かった。
「竜って、凄く大きいのね~。前にも見たけど、やっぱり少し怖いわ」
ショウはサンズは賢いし、優しいから大丈夫だよと笑う。
「そうなの? 私にはショウ兄上やエリカ姉上みたいに話せないから、怖く思えるわ。あら、この竜はとても小さいわね」
サンズの身体の陰からスローンが顔を見せたが、成長したもののパメラより背も低い。
『小さくないよ!』
スローンがピイピイ少し高い声で文句を言うのを、サンズとショウは笑ったが、ハッとパメラの言葉がわかったのかと問いただす。
『よく聞き取れないけど、小さいと言われたのはわかった』
サンズにパメラの言葉は聞き取れなかったので、人間でも悪口だけは聞こえる年寄りがいるから、ニュアンスだけが伝わったのかなとショウは首を捻る。
二人と二頭とで、王宮が面している海岸で海水浴をする。女官達は日傘をさして、少し離れた場所で寛いでいたし、ショウも久しぶりの海水浴を楽しむ。
『サンズ、崖の上に連れて行って!』
昔、兄上達とよく崖の上から飛び込んだのを思い出して、ショウはサンズに連れて行って貰うと、勢いよく海へとジャンプする。一連の外交や、帰国してからの忙しさに溜まっていたストレスが海に飛び込んだ時の水しぶきと一緒に飛んで行く気持ちがした。
ショウが海面に顔を出すと、サンズが横に降りて来たので、泳いで浜に帰らずに楽をして乗って行く。
「ショウ兄上、凄いわ! 私も飛び込みたいわ~」
一緒に海水浴をして、パメラが運動神経が良いのに気づいたので、低い崖なら大丈夫だろうと思う。
「僕もいきなりは一番上からは飛び込めなかったよ。低い崖からにしよう」
パメラは少し不満だったが、初心者なので我慢して、ショウの指示に従う。
「鼻を指で摘まんで、足から飛び降りるんだ」
ショウのように格好良くないわと思ったが、いざ崖の端に行くと低いと思っていたのに、下の海が遠く感じる。
「怖いなら無理しなくて良いんだよ」
女官達はパメラが低いといえ崖からダイブするつもりだと気づいて、お止め下さいと叫びだした。その声を聞いたパメラは、エイと勢いよく海へ飛び込む。
バッシャーンと水しぶきがあがり、ショウはパメラが飛び込んだ反対側に飛び込む。
海面に顔を出したパメラは、女官達に止められるのが嫌で慌てて飛び込んだので、鼻を摘まむのを忘れて思いっ切り海水が入った。ショウに助けられて、サンズに乗って浜辺へと降り立ったパメラは思いっ切り咳き込む。
「大丈夫か? 鼻を摘まむのを忘れるからだよ」
海水浴を楽しんだスローンはのんびりと日向ぼっこを楽しんでいたが、パメラが咳き込む騒ぎに目を開けて『うるさいなぁ』と文句を言う。
『チビ竜なのに、うるさいとは何よ!』
『私が昼寝しているのに、横で咳き込むから、うるさいと言ったんだ! チビ竜じゃないよ! 毎日大きくなっているんだから』
パメラとスローンの口喧嘩をショウは呆れて聞いていたが、サンズには聞こえないのが不思議に思えた。
『サンズ? 本当に聞こえないの?』
ショウの問いにサンズは自信なさげに、ニュアンスしか解らないと答える。
ショウは、パメラには竜騎士の素質が有るのかもしれないと思ったが、サンズとは会話できないので未だ分からない。自分には判断できないので、父上が帰って来られたら、スローンとだけ話せるのか調べて貰おうと保留する。
パメラはリベンジを要求して、今度は忘れずに鼻を摘まんで成功させた。
「この崖は兄上が住んでいる離宮に面しているから、私は普段は使えないの」
愚痴るパメラに今は自分しか離宮にいないから、前もって言ってくれれば侍従達に海岸に行かせないようにするので、崖を使っても良いよと許可する。
「でも、少しづつ上の崖にするんだよ。あと、女官で泳ぎの上手な人を付き添わせなきゃ駄目だよ」
パメラも海に飛び込んで、くさくさしていたのがスッキリしたのか、素直に頷く。
「パメラは素潜りできる? あちらの崖の下には魚や海老が沢山いるんだ」
女官達に火をおこさせておいて、ショウはパメラと海老や魚を素潜りで捕まえる。
「此処に銛を置いてあるんだ。使っても良いけど、血を洗っておくんだよ」
そう言いながら、魚を捌く遣り方をパメラに教える。
女官達は自分達では火をおこせなかったが、台所から火を持ってきて、流木を集めて焚き火をおこしてくれていたし、フルーツやジュースやパンも持って来てくれていた。
魚と海老を、台所から取ってきた金属のクシにさして焼いている間、フルーツを半分に切って手掴みで食べる。女官達は王女様がそんなことをと顔を見合わせたが、第一夫人のミヤに留守の間はショウ王子の指示に従うようにと厳命を受けていたので口出しは控える。
手についた果物の汁を海水で洗うと、焼けたての魚と海老を食べた。
「凄く美味しいわ~」
大漁だったので二人では食べきれないと、女官達にも分けたが、そんな串刺しをと躊躇う。
「美味しいわよ、それに私とショウ兄上がとった魚が食べられないと言うの!」
竜姫のパメラには逆らえないと、女官達は串刺しの魚にかぶりついたが、とれたての魚だから美味しいに決っている。
パメラは女官達が食べ出したのに満足して、二本目の魚の串刺しを食べた。ショウはパメラと魚を食べながら、色々と話をする。
「勉強したって意味は無いわ。どうせ父上が決めた相手と結婚するだけよ。その相手だって私と結婚したいわけじゃ無いわ、父上が王だから私と結婚するだけよ」
「そりゃ、パメラの言う通りだけど……。でも、それだけじゃ無いよ。僕も許嫁を勝手に決められて困惑したけど、何度も会ったり、一緒に旅に出て、性格を知るにつれて好きになったんだ」
パメラは、ショウが正直に自分の経験を話してくれたので考え込む。
「許婚のシーガルとはパロマ大学に一緒に留学したから、よく知っているけど、賢くて優しいよ。今のままのパメラじゃあ、シーガルが気の毒に思うな~」
酷い! と言いつつも、一度会ったシーガルの優しい顔を思い出して、パメラはちょっと反省する。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます