第3話 フラナガン宰相と留守番は大変だぁ
机に山積みされた書類を、フラナガン宰相に質問しながら片付けたショウは、少し休憩にしましょうと、にこやかに言われて身構えてしまう。
フラナガン宰相がにこやかだと、緊張してしまうショウだ。
侍従にお茶を用意させたフラナガン宰相は、真面目に書類を片付けたショウ王子を満足そうに眺める。
「さぁ、これからはショウ王子の今後のスケジュールを説明しましょう」
そういえば昨日そんなことを言っていたなと、ショウは思い出しながらお茶を飲む。
「ショウ王子はモテモテですなぁ~。各国から縁談が舞い込んでますよ」
フラナガン宰相の言葉に、飲んでいたお茶が気管にはいって、ショウは咳き込む。
「フラナガン宰相、僕はこれ以上の許嫁はいりません」
ビシッと言い切ったショウに、やれやれとフラナガン宰相は首を振ったが、この件は後でアスラン王と話し合おうと一旦は棚に上げることにする。
「まぁ、冗談はこのくらいにして、各国から訪問を願う書簡が届いてます。来年には成人式と結婚が予定されてますので、招待する国の要請にはなるべく応えていきたいですね」
ショウは渡された一覧表にローラン王国からも訪問の要請があるのを見て、フラナガン宰相に造船所の件を相談する。
「カザリア王国の軍艦を見て、かなり遅れている上に、造りの雑さに驚きました。サザビー提督は海賊船として使用されていた船を、惚れ惚れとして眺めていましたよ。僕はローラン王国の目の詰まった木材を輸入してレイテで造船するより、コストが安くなるからゾルダス港辺りに造船所を建設すれば良いなと思ってましたが、造船技術が此処まで違うのを知って戸惑っています」
フラナガン宰相は海賊船として使用されていたのが商船だったので、遺族の希望通りにパシャム大使に売却を許可していた。誰が買い手だったのか、チェックしなくてはいけないとメモを書く。
「それ程の違いがあるとは、私も知りませんでした。しかし、商船の古くなったのは、今までも外国によく売却されていますから、問題ないと思います。でも、ローラン王国に造船所を作るのなら、商船に限定してはどうでしょう」
ショウも同じように考えていたので、フラナガン宰相の意見を聞いてホッとする。
「これこれ、ショウ王子。そんなに考えを顔に出してはいけませんよ。それと造船所の建設を、なるべくローラン王国側から提案して貰うようにしなくてはいけません」
好条件を引き出すのには、相手から望まれて仕方なく協力するのだと思わせるべきだと諭される。
「う~ん、僕に誘導できるかな?」
年上のアレクセイ皇太子に造船所の建設を思い付かせて、ローラン王国側から土地の提供や、労働者の確保、一番大事な良質の木材を格安で売却して貰うのはショウの手にあまりそうだった。
「こういう場合は、ライバルの建設予定地を登場させるのです。カザリア王国の北部にも、良質な木材はあるのですからね。レイテに運ぶのはローラン王国の東南部が近いですが、造船所を造るなら近さは意味が有りません。そうだ、本当に両国に競わしても良いですね~」
遣り手のフラナガン宰相にかかると、ショウなどは未だ雛っ子に過ぎなかった。
「ショウ王子、目の付け所と発想は良いですよ。後は交渉技術ですが、こればかりは場数を踏まないと身につきませんね」
慰められて、ショウは少しだけ復活する。
「カザリア王国の北西部にはサラム王国が有ります。同じように、ローラン王国の東南部にはヘッジ王国が有ります。両国とも小さな島国で貧しいのは共通ですが、サラム王国のヘルツ国王には拘わりたく無いですね。ヘッジ王国は羊の方が人間より多いような国ですが、ルートス国王はケチなこと以外は問題ありませんからね」
ショウはヘッジ王国のルートス国王とも、スチュワート皇太子の結婚式の後で話し合いを持ったが、パシャム大使が呆れる程のケチだった。国王というより銀行員と話している気になったし、貿易赤字の細かい数字を延々と文句を付けられたのを思い出して眉を顰める。
「確かに海賊の寝ぐらにはなりそうに無いですね。でも、ヘッジ王国のルートス国王はみすみす自国の対岸に造船所が建設されるのを指を咥えて見ているかなぁ。何だか理屈を捏ねて、通行税を取りそうですよ~」
「そんな事はローラン王国が許しませんよ。戦争になりかねませんし、ルートス国王はケチですから戦争のようなお金のかかることはしないでしょう。せいぜい航海中の食糧に羊を売りつけようとするぐらいですよ」
失礼なことに、見たことも食べたことも無かったが、ヘッジ国の羊は筋張っているのではないかと考えてしまう。
「ゴルチェ大陸からも何ヶ国か招待状が来ていますね。一度、ハッサン兄上に任せっきりの貿易拠点を視察しに行きたいと思っているのです」
フラナガン宰相はハッサンの名前を聞いて、満面の笑顔で是非とも視察されるべきだと言う。
「えっ? 何か問題が起こっているのですか?」
「いえ、チェンナイは目覚ましい発展を遂げそうですよ。但し、貿易拠点と言うより、一大歓楽街になりそうなのが問題です。港には酒場や、娼館がつきものですが、カジノや、裸踊りを見せるショーなどで連日連夜賑わっているそうです。船乗り達には好評ですが、ちょっと風紀を取り締まらないと、我が国のイメージにも悪影響が出ます」
ショウは貿易拠点として、地道に地場産業を育成したり、商人達の商館を誘致したりしないで、目先の利益を追ったハッサン兄上らしいと頭を抱える。
「まぁ、ショウ王子、そんなに深刻に考えないで下さい。いずれは商人達も居着くでしょう。しかし、やり過ぎの所が鼻につくので、もう少し真っ当な街づくりに方向を変えさせれば良いのですよ」
フラナガン宰相にアドバイスされて、ショウは溜め息をつく。
「チェンナイ港はウンバニ族長が治めている国ともいえない未開の土地でしたが、族長とは揉めてないのでしょうか? そんな歓楽街になってしまって」
フラナガン宰相はウンバニ族長なら、自分の娘を売りかねないと、その点は心配していない。
「後、メルト伯父上に任せたサンズ島の補給地点としての開発は、どうなっているのかご存知ですか?」
ニューパロマでメルトから報告を受けたが、井戸や、食糧倉庫、野菜や果物の栽培、家畜の飼育、船の修理施設、医療施設と真面目な方面は素晴らしく整備されつつある印象を受けたが、ハッサンと違い酒場のさの字も見あたらなかった。
フラナガン宰相はにこやかにサンズ島はショウ王子の領地なのだから、行った方が良いですよと言う。
「やはり、問題ありなんですね~。ハッサン兄上と足して二で割って貰えると嬉しいのですが……メルト伯父上にチェンナイ港の風紀委員になって貰い、ハッサン兄上にサンズ島の開発を任せようかな?」
フラナガン宰相は飲んでいたお茶を吹き出しそうになって、慌てて止める。
「ショウ王子、それは余りに無茶です。メルト様に娼婦や酒場の主人達と話させるなんて! それにメルト様では商人達を誘致するどころか、敬遠されてしまいますよ。此処は適所適材で、方向性をショウ王子が調整していった方が良いですね」
確かにメルトが酒場の主人と話しているのは想像できなかったが、ある程度の娯楽施設も必要だと思う。
……港の近くなら開発されているから、ヘビもでないだろうし……
そんなことを考えていたショウに、フラナガン宰相はショックを与える。
「ゴルチェ大陸で力を付けている、スーラ王国とサバナ王国には、是非とも行って貰いませんとね」
サンズ島の蛇のことを考えていたショウは、スーラ王国と聞いて無理だ! と反射的に答える。
「何が無理なのですか?」
フラナガン宰相にも自分の蛇嫌いを知られたくないと、ショウはしどろもどろに言い訳をしたが、そんなことで誤魔化される相手では無い。
「もしかして、蛇が嫌いなのですか?」
父上には内緒にして下さいと頼むショウを、やれやれと呆れるフラナガン宰相だ。アスラン王が知ったら嫌がらせをしそうだと、留守番のご褒美に自分の口からは言わない約束をしてくれた。
「しかし、それとスーラ王国とサバナ王国が重要な交易相手国である事実とは別ですよ。この二国には行って貰いませんとね」
蛇が嫌いなショウには、蛇神様を信仰するスーラ王国のゼリア王女との婚姻は無理だろうかと、フラナガン宰相は溜め息をつく。
「アスラン王が帰国されるまでは、レイテを離れられませんから、その間に各国との日程を調整しましょう。ローラン王国、スーラ王国、サバナ王国は外せませんよ」
ショウはサバナ王国とローラン王国は許嫁を押し付けて来そうだが、キッパリ断る気持ちを固めていたし、それぞれ現地に行って話し合う必要性があると認めたが、スーラ王国はパスしたいとごねる。
「ショウ王子! 竜に乗っているのに、蛇ぐらい怖く無いでしょう」
フラナガン宰相にメッと叱られたが、蛇と竜は別ですよと抗議する。
「あっ、ショウ王子! ターシュがいるじゃ無いですか。蛇は鷹を恐れますから、ショウ王子の側に近づきませんよ。但し、蛇を襲わしたりしたら、絶対に駄目ですよ。スーラ王国の大使の蛇を、サバナ王国の大使の豹が殺して、一触即発の危機でしたからね」
アレクセイ皇太子の結婚式のハプニングは耳にしていたので、ターシュに言い聞かせますとショウは断言する。
「それと、レイテの埋め立て埠頭の調査に、パロマ大学から教授と研究員が到着してますよ。サリーム王子と、シーガルが出迎えましたが、ショウ王子も挨拶に行った方が良いですね」
「えっ、知りませんでした。これから行って挨拶します」
ショウは張り切って返事をしたが、シーガルの名前で妹のパメラを思い出して溜め息をつく。問題が山積みだ。
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