第2話 レイテで留守番

 レイテに帰ったショウは、ララとロジーナをそれぞれの屋敷に送り届けて、やっと離宮に帰る。離宮の庭の木にターシュが羽を休めるのを見て、メーリングからの航海中も昼間は上空を旋回していたので、疲れてないかなと心配する。


『ターシュ、長旅で疲れたろう?』


 木の下から声を掛けたショウを見下ろして、ターシュは身繕いをする。


『この位で疲れたりしないが、羽が潮くさい。水浴びがしたい』


 竜は海水浴が好きなのに、鷹は真水で水浴びしたいみたいだ。離宮の噴水で良いかなとショウは案内する。ターシュは噴水が気に入ったようで、勢い良くパシャパシャと水浴びをすると、満足そうに木の枝に止まる。


「おい、その鷹はどうしたんだ?」


 父上に声をかけられて、帰国の挨拶をしようとしたショウを面倒臭そうに制して、ターシュをジッと見つめる。


「え~と、エドアルド国王から愛鷹を預かって来ました。ターシュというのです」


 ターシュはアスランを見つめていたが、紹介が済んだと知ったのか身繕いをし始める。


「お前がエドアルド国王のターシュをさらって来たのかと、驚いたぞ。そんな事をしたら戦争ものだからな」


 人聞きが悪いなぁと、ショウは苦笑する。


「ターシュは王宮の庭に飽きていたので、大海原の上を飛びたいと付いて来たのです。あっ、餌をやらなきゃ!」


 ショウは慌てて侍従に生きた鶏を用意するように伝える。


「ターシュは生き餌が好きなので、離宮に鶏を何羽か離しておけば勝手に食べますよ」


 ショウは父上の執務室で、エリカがリューデンハイムに入学したことや、ウィリアム王子とは学校に慣れてから顔合わせすることにしたと報告する。ミミのことは手紙でカジムに伝えていたが、ララを見送って行った時に直接顔を合わせて説明したと話した。


「おい、カジム兄上にミミも許嫁にしたと言ったんだろうな? ちゃんと挨拶しないとゴネるぞ」


 ショウは父上じゃあるまいし、挨拶をしましたよと答える。


「そうか、なら良い、ミヤに顔を見せてやれ」 


 本来なら1ヶ月前に帰国していた筈だったのだ。ミミとメリッサが竜騎士の素質を持っているのが判明したり、海賊討伐で長期間の留守になったショウは、ミヤに会いに行く前にフラナガン宰相につかまってしまう。


「ショウ王子、お帰りなさい。アスラン王は全くいい加減な報告しかして下さらないのですが、ショウ王子は違いますよね」


 にっこり笑ったフラナガン宰相には、気を付けなくてはいけない。ショウはミヤに帰国の挨拶をしなくてはと逃げ出そうとしたが、細身の文官とは思えない強力で腕をつかまれて、執務室に引きずり込まれる。


 アスラン王から、エリカ王女をイルバニア王国に嫁がせるとか、海賊討伐とか、凄くいい加減な報告しか聞けず、フラナガン宰相は苛々が溜まっていた。


 各国との外交はヌートン大使と、パシャム大使から、しっかりとした報告書が届いていたのでチェック済みだったし、海賊船に使われていたラシーヌ号とリエンヌ号の後始末の報告は受けていたが、海賊討伐の経緯は不明だったし、エリカ王女の縁談の進行状態も知りたかった。


 ショウはフラナガン宰相にみっちり質問攻めにされて、ゲッソリしたが、かなり端折った説明で勘弁して貰う。


「今日のところは帰国されたばかりですし、このへんにしておきましょう。明日はこれからのスケジュールを説明しますから、しっかりとこなして下さいね」


 満面の笑みを浮かべたフラナガン宰相にショウはゾッとして、ダリア号で逃げ出したくなる。


 ミヤにお土産と妹パメラのお土産をことづけて、エリカがリューデンハイムに入学したことを報告する。


「侍女がいない生活に耐えられるでしょうか? ミミとキャサリン王女がいらっしゃいますから、少しは安心ですが……」


 ミヤはエリカも子供の時から育てたので、やっていけるのかと心配する。


「一度、リューデンハイムに訪ねてやったらどうですか? 東南諸島から母親が来たなら、外泊も許されますよ」


 ミヤは未だパメラがいるのにと躊躇った。


「おい、ショウ! お前にしては良いことを言ったなぁ。ミヤ、リューデンハイムで、エリカやミミがホームシックで泣いているかもしれないぞ。慣れない異国で、不自由な寮生活だからなぁ」


 前からミヤに色んな世界を見せてやりたいと思っていたアスランが、部屋に入って来るなり口説きだす。


「でも、パメラが……」


 躊躇うミヤに、ショウが面倒みるさと言い切る。


「パメラはお前も知っているシーガルの許嫁だ。もう少し勉強させないと、賢いシーガルには物足らないだろうから、ミヤが留守の間は家庭教師をしてやれ」


 ショウは王女にも家庭教師がいるでしょうと断ったが、パメラは家庭教師の手におえないと返された。


「不機嫌なエリカを、手懐けたお前だ。勉強嫌いのパメラを、シーガルの嫁に相応しくしてくれ」


 父上やミヤが無理なのにとショウはブツブツ言ったが、ミヤに旅行に行って貰いたかったので引き受ける。


「パメラも母上と離れて寂しいのです。頭は良い子ですし、母上のルシアが嫁ぐまでは勉強も熱心だったの。その上、嫁いだ母上に赤ちゃんが出来たと聞いてからは、拗ねてしまって……私も何度も注意したのですが、どうも誤解しているようで耳をかしてくれないの」


「パメラは、ミヤがルシアを追い出したと誤解しているのだ。ルシアは文官のバーナムに嫁いで幸せに暮らしているというのになぁ。ショウ、パメラが落ち着いたら、ルシアに会わせてやれ」


 ショウは自分も父上が母上を追い出したと誤解していたのを思い出した。


「そうですね、パメラが拗ねるのを止めたら、バーナムの屋敷に連れて行っみます」


 ミヤは王女を家臣の屋敷に行かせるのかと難しい顔をしたが、ショウに任せろとアスランに言われて、溜め息をついて了承する。その様子を見て、遣り手のミヤを手こずらせる妹のパメラの竜姫振りを感じたショウは、溜め息をついた。




 次の日の朝、日頃からサンズが子竜のスローンを甘やかしている上に、世話を喜んで引き受けたので、親竜のメリルも安心してアスランと旅立った。


「ショウ王子、アスラン王とミヤ様は……」


 フラナガン宰相は竜舎に息を切らして走ってきて、ショウにしがみついて何処へ行ったのかと、ゼイゼイ言いつつ尋ねる。


「えっ! 父上は何も言わずに、出かけられたのですか? ミヤとユングフラウに、エリカとミミの様子を見に行かれましたよ」


 がっくりしたフラナガン宰相は、ショウだけでも逃がすまいと、ガッシリと肩を捕まえる。


「ショウ王子、アスラン王の留守の間は王宮から出ないで下さいよ」


「あのう、弟と妹にお土産を買って来ているのです。持って行って遣りたいのですが……」


 それは後で侍従に届けさせますと、フラナガン宰相は無情な事を言って、ショウを王の執務室に連れ込んだ。


「ショウ王子、アスラン王のように王宮を留守にしてはいけませんよ。本当に困るのですから」


 フラナガン宰相は長年の愚痴をショウにぶつけたいと思っが、元々、ぎっしりとスケジュールを組んでいたのに、アスラン王の代わりも勤めて貰わなくてはいけないので、そんな暇はないと気持ちを切りかえる。


「父上! こんなに仕事を残して行くなんて!」


 ショウはミヤに旅行に行って貰いたいと思った自分の甘さを、父上に利用されたのに腹を立てたが、容赦ないフラナガン宰相にビシバシこき使われた。


「ザハーン元軍務大臣が、挨拶に来られています」


 取次の文官の言葉にフラナガン宰相は、アスラン王が留守なのにと迷ったが、引退の挨拶を拒む事は出来なかった。


「ショウ王子、ザハーン元軍務大臣を労って下さい」


「え~? それは父上の役目でしょう? 僕みたいな若輩者が労っても、ザハーン元軍務大臣は喜びませんよ」


 そのくらいフラナガン宰相も重々承知していたが、アスラン王が逃げ出したので仕方無かったし、いたとしても嫌がるだろうと溜め息をつく。


 ザハーン軍務大臣はバルバロッサを逃亡させた責任を取って辞任したのだが、本来ならもっと重い処罰が下されてしかるべきだ。しかし、孫のカリン王子がバルバロッサを打ち取った功績により、ザハーン軍務大臣は辞任という軽い処分になったのだ。


 アスラン王は、この件には少し複雑な気持ちを抱いていた。


「元々、ザハーンが海賊討伐を怠けて、商船の護衛ばかりしていたから、バルバロッサなんて下らない海賊が出たのだ。本来なら責任を取らすところだが、カリンが命乞いなどするから、辞任という甘い処分になってしまった」


 フラナガン宰相もアスラン王にしては甘い処分だと感じたが、カリン王子の祖父だし、長年の功績もあるので穏便な判断だと思った。


 フラナガン宰相は、神妙な顔つきのザハーン元軍務大臣の引退の挨拶を聞きながら、タイミングの悪さを内心で嘆く。


 アスラン王の不在が自分の管理不足のように、思われるのが嫌だったのだ。


 ザハーン元軍務大臣の引退の挨拶をショウ王子は受けて労う。


「長年の献身に、感謝します。父上に伝えておきます」


 ザハーンはアスラン王はこういう儀式が大嫌いだと知っていたし、辞任という処分を下したのを、自分の甘さだと自己嫌悪で逃げ出したのだろうと察した。


 ザハーンはバルバロッサを取り逃がしていたと知って、討伐したと思った時に参戦していた中に海賊と繋がっていた者がいると気づき、徹底的に調査して処刑していた。

 

 そして、自分もアスラン王から厳しい処罰を受けるのは当然だと思い、身辺整理をしていたが、思いがけず辞任という軽い処分で許されたのだ。


 孫のカリンがバルバロッサを討伐して、アスラン王に自分の命乞いをしたのだと聞かされて、恥ずかしさに自害を考えた。しかし、後に続く息子や孫達に海軍での汚点を残すのを恐れたのと、カリンの思いを裏切る行為は出来なかった。


「ショウ王子、カリン王子に口添え頂いたと聞いております。私は引退いたしますが、息子のルーダッシュ、孫のワンダーは引き続き東南諸島連合王国の為に尽くす覚悟ですので、宜しくお引き立てを願います」


 息子のルーダッシュが軍務次官になれるのも、自分が辞任という軽い処分だったからだと、ザハーンはアスラン王に口添えしてくれたショウに感謝して王宮を辞した。


「フラナガン宰相? もし、ザハーン軍務大臣が処刑されたり、牢に繋がれたりしたら、ルーダッシュや、ワンダーは軍歴に傷が付いたのでしょうか?」


 フラナガン宰相は厳しいですが、父親の不祥事は息子や孫にも影響を及ぼすと話す。


「ザハーンの一族は軍務に付いている者が多いので、辞任で済んでホッとしているでしょう。それにしても、ショウ王子は何故カリン王子に口添えされたのですか? あまりザハーン軍務大臣の遣り方は、お好きで無かったでしょうに」


「カリン兄上が真剣にザハーン軍務大臣の命を救おうとされていたから……あっ、何とか救えないかと法律書を少し読んだのですが、王の考えで処罰が決まるのはどうなんでしょう? 恩赦とかは有りですが、少し考えた方が良いのでは?」


 フラナガン宰相は王になったら、お好きなように法律の整備をなさると良いですと笑って、次の書類を机の上にズシンと置く。


「え~? こんなに……」


 ショウは妹のパメラにも会いに行かなきゃいけないのにと、トホホな気分になった。

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