第五章 王太子への道 ゴルチェ大陸編

第1話 仲人も楽じゃないよ

 ユングフラウに帰ったショウは、アリエナ王女、ロザリモンド王女と結婚が続いた上に、来年にはフィリップ皇太子の婚礼が行われるので、何となく街中が浮かれているように感じる。


「イルバニア王国はいつも呑気ですが、フィリップ皇太子が結婚されるので、ウエディングブームなのですよ」


 ヌートン大使のコメントを聞いたショウは、皇太子の結婚とウエディングブームの関連性が分からず、ぽかんとする。


「フィリップ皇太子の妃を狙っていた令嬢方は、諦めて婚約、結婚していきます。それに、フィリップ皇太子の王子の御学友を産むとか、さっさと子供を産んでリリアナ皇太子妃の側近になるのを狙っているのでしょう」


「イルバニア王国の皇太子妃も大変ですね。結婚前から王子を期待されたり、側近になりたいとアピールされるのですか?」


 ショウは何回か会った大人しいリリアナ嬢が、貴族達の多いイルバニア王国の王宮で苦労するのではと溜め息をつく。


「イルバニア王国の一番のお荷物は貴族達が多すぎる事ですね。ユングフラウで贅沢三昧の貴族達は、男は能力がないと官僚にもなれませんから、奥方や令嬢を王妃や皇太子妃の側近にしたがります。ユーリ王妃の側近は、そんな下らない貴族の奥方など選ばれていませんが、大人しいリリアナ嬢は断りきれるでしょうかね」


「ユーリ王妃を、見習えば良いのでは?」


 ヌートン大使は、ショウが何も知らないと溜め息をつく。


「ユーリ王妃は、絆の竜騎士で、フォン・フォレスト家の出身です。誰も恐ろしくて逆らえませんよ」


 ショウはそんなに恐ろしそうには見えなかったけどと反論する。


「ショウ王子、貴方は未だ女性を見る目が甘いですね。ユーリ王妃は絆の竜騎士の王子や王女を八人も産んだのですよ。竜騎士でなければ王になれないイルバニア王国では、グレゴリウス国王陛下の前の世代に竜騎士が一人も王家に産まれなくて、後継者がいないという非常事態を経験しています。絆の竜騎士の四人の王子を産んだユーリ王妃に、誰一人逆らえませんよ。それにグレゴリウス国王陛下は、ユーリ王妃に未だにメロメロですからねぇ、浮気の一つもしません」


 夫婦が仲が良いのは結構じゃないかとショウは思ったが、ヌートン大使はハニートラップも仕掛けられないし、隠し子騒動も無くて退屈だと溜め息をつく。


「これからは退屈しなくてすみますよ。エリカとミミがリューデンハイムに入学しますから、週末は大使館に休みに来ます。外泊できないか、聞いてみますよ」


 前よりはエリカの機嫌も良くなってはいるが、ショウがいなくなったら元の竜姫にかえるのではとヌートン大使は心配する。


「う~ん、エリカはヴェスタがお守りしてくれますよ。竜はパートナーや絆の竜騎士の孤独感を癒やしてくれますからね。ただ、リューデンハイムの寮暮らしに耐えられるでしょうか?」


 二人はレイテの後宮で侍女に大事にされて育ったエリカが、不自由するのではと心配する。ミミもカジムの屋敷で不自由無く暮らしていたが、今は見習い竜騎士になってショウのお嫁さんになろうと燃えているので、此方はほっておいても頑張りそうだ。


「イルバニア王国もエリカの事に気づいているでしょうが、グレゴリウス国王陛下に二人の入学を正式に頼みに行って来ます。二人を連れて行った方が良いですよね?」


 ヌートン大使は当たり前ですと、何故そんなことを言うのかと不審に思う。


「はぁ~、何だかエリカが可哀想な気がして……だって、未だ九歳、あっ十歳になったんだ! プレゼントを買ってあげる約束なんです。ニューパロマより、ユングフラウで買って欲しいと言われたんです」


 ヌートン大使は十歳なら許婚がいても当然でしょうと笑う。


「それはわかってますが、僕が仲人なのは初めてなので……エリカには幸せになって貰いたいので、相手を好きになれば良いのですが…」


「エリカ王女はなかなか見当たらない程の美少女ですから、ウィリアム王子も好きになられますよ」


「ヌートン大使、僕が心配しているのは、エリカの気持ちです。僕も何人も許嫁を父上に勝手に決められましたが、男ですし、彼女達が僕で良いと言うので受け入れましたが、エリカは女の子だから……嫌な相手と結婚したく無いでしょう?」


「ウィリアム王子は、綺麗な顔立ちですよ。結婚するのが嫌になるような相手ではありません。というか、フィリップ皇太子が婚約してからは、令嬢方に追いかけ回されていますよ」


 ショウはウィリアム王子の顔立ちはエリカも気に入るだろうが、竜馬鹿なので少し心配していたのだ。


「まぁ、ここで心配していても仕方ないですね。エリカとミミを連れて、王宮にグレゴリウス国王陛下にリューデンハイム入学許可を貰いに行きます。エリカがウィリアム王子を気に入れば結構ですし、駄目だったら、その時に考えましょう」


 余所行きに着替えたミミとエリカを連れて、ショウはグレゴリウス国王に面会を求めた。


 予め、ヌートン大使から面会の約束を取り付けていたし、イルバニア王国もショウ王子と話したいと思っていたので、スムーズに会見室に通される。ヌートン大使は今回はショウ王子に任せますと同行していなかったので少し緊張するかなと思っていたが、ミミとエリカが同行しているので、リラックスしてグレゴリウス国王と話せた。


「グレゴリウス国王陛下、私の妹のエリカと、従姉妹のミミをリューデンハイムに入学させて頂きたいのです」


 グレゴリウス国王はマウリッツ外務次官から、多分エリカ王女も竜騎士の素質があると報告を受けていたので快諾する。 

 

「リューデンハイムの女子寮には、今はキャサリンしかいないのです。姉達が卒業して寂しがっていたので、あの子も喜ぶでしょう」


 ショウはリューデンハイムに侍女を同行できないかと尋ねたが、グレゴリウス国王にキッパリと拒否された。


「リューデンハイムには、侍女も侍従も同行できないのです。自分の事は自分でするのを身に付けさせる為と、身分に関係なく学ぶ為でもあるのです。しかし、女子寮には男子生徒は一歩も足を踏み入れないから、安心して下さい」


 未婚の王女が侍女の付き添い無しなのを心配させまいと、グレゴリウス国王はリューデンハイムの女子寮の扉には魔法が掛けられているから、男子生徒は絶対に中に入れないと話す。


「それは安心ですが、お恥ずかしいことにエリカは後宮から出た事がありませんので、慣れるまでは週末だけでも大使館に外泊させて貰えないでしょうか?」


 グレゴリウスは美少女のエリカが、女ばかりの後宮生活からいきなり、食べ盛りの少年達と共同生活をするのを気の毒に感じたが、予科生には外泊は許可できないのですと首を横に振る。 


「何か納得できる理由があれば、外泊許可がでますが、地方からリューデンハイムに来ている生徒もいますからね」


 ショウは少し不安そうなエリカとミミの為に何かして遣りたいと思う。


「納得できる理由には、東南諸島から兄が会いに来たというのも入りますでしょうか。距離的にはとても遠いから、特別な理由になると思いますけど」


 グレゴリウス国王はショウの粘り強さに、異国から兄が訪ねて来た場合は外泊許可を出すように校長に伝えておくと妥協する。


「ただし、週末だけですよ」


 エリカとミミがパァと笑顔になったので、ショウもホッとする。


 グレゴリウス国王も、リューデンハイムに女子学生が二名増えたのを喜んだ。女性の竜騎士は希少で、イルバニア王国にはユーリ王妃を筆頭にアリエナ王女、ロザリモンド王女、キャサリン王女がいたが、上の二人の王女が嫁に行ったので、キャサリン王女しか独身の竜騎士は残っていない。


 下のテレーズ王女も竜騎士の素質を持っていたが、未だ九歳だったし、グレゴリウス国王はアンドリューに失恋したばかりのキャサリンがリューデンハイムの女子寮に一人なのを心配していたのだ。年末に十歳になるテレーズを秋学期から入学させようかとも考えていたが、他の子供達に十歳になるまではリューデンハイムに行かせないと宣言した手前こまっていた。


「ミミ姫はリューデンハイムを見学されたことがあるそうですが、エリカ王女は見学されてないのですよね」


 リューデンハイムは王宮の隣にあるので、見学して帰ったら如何ですかとグレゴリウス国王に勧められて、ショウはエリカにどうする? と尋ねる。


「お言葉に甘えて見学させて頂きます」


 グレゴリウス国王は見習い竜騎士のキャサリンを呼び出して、エリカとミミをリューデンハイムを案内するように命じた。


「秋学期からリューデンハイムに入学するのだから、色々と教えてあげなさい」


 キャサリンは姉上達が結婚して、リューデンハイムの女の子は自分一人だけになっていたので、異国の姫君達を歓迎する。


「私はキャサリンよ。キャシーと呼ばれているの。エリカ王女って堅苦しいわね、エリカ様でいいかしら? ミミ姫もミミ様でいい?」


 エリカとミミに異存は無くて、三人は楽しそうにリューデンハイムへと出かけて行った。


 ショウはグレゴリウス国王に少し話があると、引き止められる。


「キャシーがリューデンハイムを案内している間、お茶でも飲みながら話しましょう」


 にこやかなグレゴリウス国王だったが、ショウは矢張りそうきたかと気持ちを引き締める。


「ショウ王子も会った事があると思いますが、私の第二王子ウィリアムには婚約者がいません。十五歳で見習い竜騎士になったばかりですが、東南諸島の姫君と縁があれば良いのですが……」


 ショウは、東南諸島の姫君とは、ミミのことか? エリカのことか? と悩みながら聞いていた。ミミが承知しないのはわかりきっている。ショウのお嫁さんになるのを条件にエリカに付き添ってリューデンハイムに入学するのだ。


「グレゴリウス国王陛下、東南諸島の姫君とはエリカのことでしょうか? エリカには許婚がいませんので、本人が気に入れば問題ありません」


 グレゴリウス国王は『エリカには・・許婚がいない』という言葉で、ウィリアム王子からミミ姫がショウ王子にベタぼれだと聞かされていたので、許嫁になったのだと理解した。


「エリカ王女は、お幾つでしたか?」


「エリカはこの前十歳になりました。武術もあまり習ったことがありませんから、リューデンハイムの修行に付いていけるのか心配しています」


 十五歳の王子と十歳の王女ならバランスも良いだろうと、グレゴリウス国王はにこやかに頷く。


 ショウはリューデンハイムのことを色々と質問して、グレゴリウスは丁寧に答えた。


「リューデンハイムもユングフラウ大学と提携しているのですね。ウェスティンもパロマ大学に協力を頼んでいるみたいです。竜騎士の学校で学んでみたかったですね」


 ショウが未だ十四歳なのだとグレゴリウス国王は思い出して、十三歳のレオポルドはもちろん、十五歳のウィリアムよりしっかりしていると驚く。


「今からリューデンハイムに入学されますか?」


 ショウはそんな贅沢は許されませんと苦笑する。


「来年には成人ですから、それまでに勉強しなくてはいけない事が山積みなのです。東南諸島では十五歳で独立しなくてはいけませんからね」


 ショウはメリッサやミミやエリカを羨ましく感じていたが、グッと飲み込んで笑顔で答える。


「イルバニア王国でも十五歳で見習い竜騎士になったら、社交界デビューして大人扱いをされるようになります」


 そう言いつつも、見習い竜騎士には指導の竜騎士が付いているのだと考えて、単身で他国の王と話し合っているショウはかなり厳しく鍛えられていると思った。


 そうこうしているうちにキャサリンがエリカとミミを連れて帰って来たので、ショウは大使館へと帰った。




「どう? やっていけそうか?」


 エリカとミミは不自由そうだけで、やっていけると頷く。


 ショウはエリカに約束の誕生日プレゼントをユングフラウの街で買ってやり、もう二人の妹のパメラ王女と、マリリンにもお土産を選んで貰う。


「ショウ兄上は異父妹のマリリンには、私達よりよく会っているのね」


 ちょっと拗ねたエリカだが、後宮には父上以外の男は踏み入れられないのだから仕方ないと諦める。


 例外はサリーム、カリン、ハッサンが母親を訪ねる事で、それも女官達が付き添っていた。ミヤの部屋は後宮の入り口にあり、離宮から訪れるショウをエリカとパメラは目にしていたが、今まであまり話すことはなかった。


「これからはユングフラウに来る度に会えるよ。男子生徒が多いし、武術は大変だと思うけど、ミミも一緒だから大丈夫だよね」


 エリカはショウがレイテに帰ってしまうのを心細く感じたが、また訪ねて来るよと約束してもらって我慢する。


 王太子になるショウが忙しいのは、この一ヶ月の間に各国の王や外交官達と会合を持ったり、海賊討伐したりしているのを見て理解していた。


「ショウ兄上も身体に気をつけてね」


 初めレイテに来た時のエリカからは考えられないような優しい言葉に、ショウは政略結婚させようとしているのを後ろめたく感じる。


「エリカ、ウィリアム王子が気に入らなかったら、僕に正直に言うんだよ。絶対にエリカを嫌いな相手とは結婚させたりしないからね」


 カミラ大使夫人からウィリアム王子と縁談があると聞かされていたエリカは、ショウの優しい言葉を喜んだが、未だ会ってないからと笑って答える。


「あっ、そうだよね~、少し焦り過ぎちゃったなぁ」


 未だ幼いエリカのお見合いは、リューデンハイムの入学して慣れてから、ゆっくりとすることにしようとイルバニア王国側からも了承を取り付けている。


 見習い竜騎士のウィリアムもリューデンハイムで寮生活をおくっているし、姉上のキャサリン王女がエリカやミミの世話をするなら、自然と知り合うだろうと両国は考えたのだ。


 お互いに知り合って、好意を持つようになれば良いのだがとショウは願った。


 エリカとの別れはどうにか済ませたが、ミミとの別れにショウは困りきった。


「ショウ様、リューデンハイムで頑張る為にご褒美が欲しいわ」


 ショウはミミが何を欲しいのかわからず、買ってあげるよと答えた。


「ううん、買って貰わなくて良いの!」


 ショウは嫌な予感がした瞬間、ミミに抱きつかれた。


「ミミ!」


 未だ十二歳のミミをショウは幼く感じて、許嫁としては見ていなかった。


「ちょっとだけ、こうしていて」


 カジムの庇護を離れて異国で竜騎士修行するミミの望みを、ショウは無碍に断れず、少しの間好きなようにさせておく。


「ユングフラウにはちょこちょこ来るから、またすぐに会えるよ」


 ミミは抱きついても、キスもしてくれないのねと寂しく感じたが、絶対に諦めないと乙女心に火を燃やす。


 ミミは、ララは十二歳の頃にはショウ様と何度もキスしていたのに狡いと心の中で愚痴る。あの頃のショウなら背が低く、顔が近かったのにと残念に思う。


 ショウの胸に顔を埋めて、トクトクという心臓の音を聞きながら、ミミは自分の心臓はドキドキしているのにと悔しく感じる。


「さぁ、最後に皆でアイスクリームを食べに行こう!」


 もう少しこのままでいたいとミミは願ったが、アイスクリームの誘惑もたちがたい。


「ショウ様の隣は私よ!」


 ショウはユングフラウに残るミミの願いを聞くと約束したので、アイスクリームを食べに行くことにして、やっと離れた。


 ショウが旅立つのを、エリカとミミは泣きながら見送ったが、カミラ大使夫人にリューデンハイムの予科生の制服が出来ましたよと声をかけられて、試着しようと二人は争って大使館へと駆け出した。

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