第30話 ターシュとショウ王子
翌朝は、少しゆっくりと休んで疲れを取る。
「エドアルド国王陛下に海賊討伐の報告をして、パロマ大学に埋め立て埠頭の指揮を取ってくれる教授に挨拶したら、ニューパロマでの用事も終わるな~。スチュワート皇太子の結婚式で来たのに、本当に長居しちゃったよ」
ショウはユングフラウでも、エリカとミミをリューデンハイムに入学の許可を貰ったりと、なかなか航海には出れないのに落胆する。
「ララとロジーナをレイテに連れて帰ったら、カインズ船長と航海に出るぞ! でも、サンズ島や貿易拠点も本当に視察しなきゃな」
ゴルチェ大陸の貿易拠点ぐらいならカインズ船長を説得して、向かわせることもできるかな? と考えながら食堂に向かう。
メルトとカリンはとっくに朝食を終えて、各々の艦に補給の管理や、負傷者の様子を見に出かけていた。
「おはようございます」
エリカと許嫁達に囲まれて、サマースクールのことを聞きながら、ショウは朝食をゆっくり食べる。
「ショウ王子、そろそろ出掛けるので、少し打ち合わせをしましょう」
「えっ? 昼からだと思ってました」
昨夜は眠くなって、大まかな話しだけで、午前中にパシャム大使と話し合ってから、エドアルド国王に面会しようと思っていたショウは慌てる。
「先ほど、エドアルド国王陛下から、海賊討伐のお礼に簡単な昼食会でもてなしたいと手紙が届いたのです。メルト様とカリン王子を呼び寄せる間、少し話し合っておきましょう。あっ、誰か女性を同伴された方が良いですね」
パシャム大使も突然の昼食会だなんてと慌てていたが、ショウは誰を同伴するのか悩んだ。
「メリッサはパロマ大学とウェスティンに入学するのだから、エドアルド国王陛下にお礼を言っておいた方が良いですね。支度をするように伝えて下さい」
自立性を唱っているパロマ大学はいざ知らず、竜騎士の修行をウェスティンでするのだから、メリッサを正式に紹介しておこうと考える。
「私達まで、昼食会に行く必要があるのか?」
艦に着いた途端に呼び戻されたメルトとカリンは渋い顔で、パシャム大使はそれは海賊討伐の立役者ですからとご機嫌をとる。
メリッサは短時間で着替えたとは思えない、白のスッキリしたドレスを見事に着こなしていて、スタイルの良さが引き立つ。ショウは髪の毛を一旦結い上げて、片方に巻き髪としておろしているのをウットリとして見つめる。
メルトがいなければ、メリッサの巻き髪を指でクルクルしたいなぁと思いながらも、パシャム大使に出発しますよと急かされて馬車にエスコートして乗り込む。
ラッキーな事に馬車の中でも注意をしようと、パシャム大使はカリンとメルトを別の馬車に乗せていた。ショウは細々とした注意を聞きながら、触りたくて堪らなかったメリッサの巻き髪をクルクルする。
「メリッサの髪は、もともとウェーブがあるから、巻き髪が綺麗にでるね」
「私はストレートの髪に憧れますわ」
「ストレートも好きだけど、髪をセットするのにはウェーブがある方が持ちが良いよね」
パシャム大使は説明を聞いてますか? と怒ったが、ちゃんとショウは髪の毛の手触りを楽しみながら聞く。
「細かい交渉は、パシャム大使に任せるよ。僕は、いや、私はエドアルド国王陛下に海賊討伐の報告をして、メリッサを紹介したら終わりかな?」
パシャム大使はそれなら昼食会を開いた意味が無いだろうとぶつぶつ言う。
「何か怪しいですよね。バルバロッサの出自を、暴き立てるつもりですかねぇ? 海賊討伐で変わった事がありませんでしたか?」
変わった事をした身に覚えがあるショウは、拙いなぁと呟く。パシャム大使にもできればサンズが焔を噴いたのは秘密にしておきたかったと、内心でエドアルド国王の招待を毒づいた。
「何か隠していますね」
ショウの態度で、パシャム大使はピンとくる。
「う~ん、もしかしたらマゼラン外務大臣は気づいたから、昼食会に招待したのかも。サンズに焔を噴かして、海賊船の帆を焼き落としたんだ。パロマ大学のアレックス教授から教えて貰ったんだけど、秘密だよ!」
秘密だよ! は、パシャム大使に向かってではなく、メリッサの唇に人差し指を立てて言う。パシャム大使に口止めしなくても、絶対に口を割らないと知っている。
パシャム大使はショウがこの件は口に出したくないのだと察したが、カザリア王国にバレたのは拙いだろうと、頭の中で対応策を考える。
質問したい事は山ほどあったけど、ショウが答える気が無いのは確実なので、パシャム大使は欲求不満になったが、メルトとカリンが朝早くから自分の艦に帰ったのは乗組員達に箝口令を徹底するからではと考えた。大使館の工作員にレキシントン港の酒場を見張らすのを忘れないようにしようと考えているうちに王宮に着く。
「海賊討伐、お疲れ様でした」
今回もベンジャミンとジェームズに出迎えられて、エドアルド国王との昼食会の会場まで案内される。外務省勤務の二人は愛想よくショウ王子達を案内したが、美しいメリッサから目を離すのに苦労する。
昼食会はエドアルド国王が海賊討伐の感謝を表したいと催されたのだが、国王夫妻とマゼラン外務大臣夫妻と接待役のジェームズとベンジャミンという極少数の集まりで、ご婦人方が同席しているので戦闘の話もでない。
ショウはエドアルド国王に、メリッサのウェスティン入学を正式に申し込み、許可を受けた。
「こんなに綺麗な姫君がウェスティンに通われるのですね。少し、卒業して竜騎士になったのを後悔します」
ジェームズの言葉に熱意が入り過ぎていると、父親のマゼラン外務大臣は眉をピクッと動かす。
「メリッサは武術はあまり身につけていませんが、大丈夫でしょうか?」
エドアルドは、昔のユーリも武術が苦手だったと、ほろ苦い失恋を思い出す。
「予科生から始めて貰いますから、大丈夫ですよ」
ジェーン王妃はエドアルド国王が、ユーリを思い出していると察して苦笑する。
「予科生の女性用の制服は無かったですわね」
ジェーン王妃の言葉で、そういえばとエドアルド国王とマゼラン外務大臣は顔を見合わせる。
「カザリア王国には創立期に一人だけ女性の竜騎士がいただけですから、ウェスティンにも女性用の制服はありません。予科生は水色の制服ですので、メリッサ姫は水色の服ならどんなデザインでも構いませんよ」
兄のマゼラン外務大臣のいい加減な言葉に呆れて、殿方には服装については任せておけないわと、ジェーン王妃とマゼラン外務大臣夫人が、あれこれアドバイスをしながら昼食会は和やかに進む。
「今日は良い天気ですから、庭でデザートにしましょう」
エドアルド国王の提案で、庭で食後のデザートやお茶を楽しんでいたが、やはりこのままでは済まされないというショウの予感は的中し、若いジェームズとベンジャミンが王妃や外務大臣夫人と共にメリッサに庭を案内すると言い出す。
「王妃と外務大臣夫人が一緒なら、若い二人がメリッサ姫を案内しても問題無いでしょう。彼らもパロマ大学とウェスティンを掛け持ちしていましたから、メリッサ姫には参考になる話をしてくれるだろう」
女性達が席を立つと、これからが本番なのだとショウは気を引き締める。
「ショウ王子、海賊討伐は初陣だったのですか? そうなら、お祝いしなくてはいけませんね」
にこやかなエドアルド国王が、何を目的に誘い水を注いでいるのか、ショウはピンとくる。
「そういえば、私は初陣だったのですね。後方で見ていたので、あまり実感がありませんでした。メルト伯父上や、カリン兄上が、実際に海賊討伐をして下さったから」
無口なメルトは一言も話さないので、エドアルド国王やマゼラン外務大臣の質問にカリンも言葉少なく返答を返していたが、カザリア王国側がショウに何を聞きたいのかは全員が気づいていた。
エドアルドはマゼラン外務大臣と共に若い時に、フォン・フォレストでユーリから竜心石の使い方を習った事があったし、アレックス教授がショウ王子が古文書を読んだと言い訳したのを思い出して、竜に火を噴かせたのだと推察していた。
イルバニア王国の竜がローラン王国との戦争で火を噴いたのを、ユーリがさせたのだと察していたが、遣り方はわからずじまいで知りたいと長年思っていたのだ。
二人は、これは口を割りそうに無いと目で合図する。
エドアルド国王とマゼラン外務大臣も、そう易々と教えて貰えるとは考えて無かったが、若いショウ王子が武勇伝を吹聴して、ヒントでも漏らさないかと期待していたのだ。
少し甘かったなぁと、エドアルドは残念に感じながら、変人のアレックス教授と真名を勉強しなくてはいけないのかとトホホな気持ちになる。エドアルドは真名と相性が悪く、見ただけで頭痛がするし、我慢して見続けると発熱して寝込んでしまうのだ。
表面上は海賊討伐の様子を聞いたりしながら、互いに和やかな会話を続けていたが、苦手な真名と、凄く苦手なアレックス教授に関わるのかと、エドアルドはかなり凹んでいた。
その落ち込み具合を察したのか、王宮の庭に住み着いた鷹のターシュが、気ままな性格で何時もは呼んでも来たり来なかったりするのに、珍しくエドアルドの肩に舞い降りる。
エドアルド国王はターシュが大好きで、久しぶりに肩に止まってくれたので上機嫌になり、砂糖菓子をやって甘やかす。
『ターシュ、元気だったか?』
ショウ達は鷹にしては大きくて立派なターシュに驚いたが、エドアルド国王の鷹は有名なので間近で見られてラッキーだったと喜ぶ。
「凄く綺麗な鷹ですね」
ショウの感嘆する言葉に、ターシュに見とれていたエドアルドも笑い返す。
「ええ、ターシュというのです」
ショウはターシュの金色の力強い目と目が合った。
『お前は誰だ?』
ショウは鷹のターシュに話しかけられてビックリしたが、ヘビが話すのだから有りかと返事を返す。
『ターシュ、はじめまして。僕はショウといいます』
エドアルド国王とマゼラン外務大臣は驚いた。ターシュとはエドアルド国王しか話せなかったのだ。竜騎士とはいえ、カザリア王国の血筋でも無いショウが話せるのに、心より驚く。
『ショウからは海と風の香りがする。大海原の上を飛んでみたいな』
そう言うターシュにエドアルド国王は慌てて、引き止めにかかる。
『ターシュ、私の側に居てくれると言ったじゃないか』
ユーリに失恋してどん底まで落ち込んだ時に救ってくれて、浮上するきっかけを作ってくれたターシュが、自分を見捨てるのかと、エドアルド国王は文句を言う。
『エドアルドからは離れない。でも、少し大海原の上を飛んでみたくなったのだ』
王宮の庭にターシュは飽きていたのだと、エドアルド国王は溜め息をつく。
『帰って来てくれるのか?』
ターシュはエドアルドが大海原の上を飛んでくるのを許してくれるのだと喜ぶ。祖先のターシュからの血の契約を感じるエドアルドだったが、もう二十年も王宮の庭に住み着いて、羽がウズウズしていたのだ。
『帰って来るさ!』
そう言い放つと、ショウの肩にターシュは飛び移る。
マゼラン外務大臣は遣り取りはエドアルド国王の声しか聞こえなかったが、旧帝国時代のリヒャルド皇子と契約を結んだターシュが、とうてい血筋とは考えられないショウ王子に付いて行くと察して驚いた。
ショウは肩に止まったターシュと微かな絆を感じたが、エドアルド国王の寂しそうな顔を見て、良いのでしょうかと尋ねる。
「ターシュが望んでいるのだから仕方ない。ショウ王子、少しの間ターシュを面倒みてやってくれ」
『私がショウの面倒をみるの間違えだろう』
ターシュの言葉に、落ち込んだ時は庭で慰めて貰ったなぁと、改めて別離を寂しく感じたエドアルドだった。
『又、落ち込んでいるな。しっかりしろ! 大海原をひと回りして、海に飽きたら帰って来る』
カリンやメルトやパシャム大使は、全くターシュの言葉は聞こえなかったが、エドアルド国王とショウの言葉で、話せる鷹がショウに付いて来るのだと困惑する。
特にパシャム大使は長年ニューパロマで大使を勤めていたから、エドアルド国王がターシュを愛しているのを知っていたので驚いてしまう。
ショウにターシュの世話について細々と注意を与えているエドアルド国王を、複雑な気持ちでマゼラン外務大臣は眺める。
マゼラン外務大臣は、ショウがターシュと話せることに、心底驚いていた。リヒャルド皇子の子孫のカザリア王家の血が流れている自分やスチュワート皇太子でもニュアンスしか伝わらなかったのだ。
ショウの強い魔力に気づいたマゼラン外務大臣は、竜に火を噴かせられるのはユーリ王妃だけではないと確信した。
馬車で大使館に帰りながら、上空を付いてくるターシュをパシャム大使は困った顔で見上げる。
「なんでエドアルド国王陛下の愛している鷹なんか、誘惑したのですか?」
人聞きが悪いと、ショウは抗議する。
「私はターシュを誘惑なんてしていないよ。ターシュが王宮の庭にうんざりしていただけだよ。ターシュはリヒャルド皇子の血筋のエドアルド国王から離れないさ」
何でも良く知っているパシャム大使だが、リヒャルド皇子? と聞き返す。
「もしかして、赤ん坊のリヒャルド皇子を、臣下の反逆から助けた鷹のターシュですか?」
メリッサが驚いたのに、パシャム大使は勉強不足で済みませんが、教えて下さいと頼む。
「サマースクールで、アレックス教授の講座を受講したんだね。そうか、今年はターシュだったんだね」
二人で納得しないで下さいとパシャム大使に文句を言われて、ショウは旧帝国のリヒャルド皇子を赤ん坊の時に逆臣からターシュが救った伝説を説明する。
「カザリア王国の始祖アレキサンダー王は、リヒャルド皇子の子孫なんだ。その後、ターシュは伝説として知られていただけだったのを、エドアルド国王がアレックス教授と一緒にターシュの子孫を見つけ出したんだよ。ターシュは魔力を持った鷹で、話せるんだ」
パシャム大使は、ショウ王子はカザリア王国の血筋で無いのにと尋ねた。
「う~ん? それは僕もよくわからないよ。ターシュは王宮の庭に飽きていたからじゃないかな? あっ! ターシュの真名を知っているからかな? メリッサもサマースクールで習った?」
メリッサは変な記号みたいなのは習ったが、何も感じなかったと言う。
「ふ~ん? メリッサは竜やヘビと話せるのに、ターシュとは話せないのかな? 大使館に帰ったら試してみようよ」
パシャム大使は、いずれエドアルド国王に返さなくてはいけないのですよと、ショウに釘をさす。
ターシュとはエリカもミミもメリッサも話せなかったが、東南諸島の大使館の庭に満足そうに居座った。
パシャム大使は庭の木の枝から見張られているようで、ドキドキして過ごしたが、レイテから二隻には悲しい思い出しか無いので売却を望むと遺族から返事が届くと、メルトとカリンも航海に出たし、ショウもユングフラウへと飛び立っていった。
メリッサはショウが旅立つのを見て悲しくなったが、子供の頃から憧れていたパロマ大学へ留学できるのだと涙を拭く。
ニューパロマに残ったメリッサは、パシャム大使夫人とイルバニア王国のリューデンハイムの制服の色違いにしようと二人で話し合って、秋学期の準備をして過ごした。
パシャム大使は、ショウ王子と賑やかな許嫁達がいなくなって宴会ができないと寂しく思った。
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