第29話 ニューパロマで……
エジソン港で新しいマストと帆を付け替えた海賊船を伴って、レキシントン港へと南下した。
「ダリア号は綺麗にして返さないとカインズ船長に怒られるから、レキシントン港までに掃除しておいてくれ」
ショウはサンズであちこちの船に飛び回って遅れないようにしていたが、元々が商船の上に荷物を積んでいるダリア号が一番船足が遅かった。
カインズ船長はごつい顔だが、清潔好きだったので、ダリア号もインガス甲板長に甲板掃除を乗組員達にさせていた。基本的に軍艦は商船より、整理整頓がされており、甲板掃除も徹底的にされているのだが、ダリア号を任された士官はショウ王子の命令を言葉以上に重く受け止めた。
「塵一つ無いように掃除しろ! ショウ王子がカインズ船長から、怒られるなんてあってはいけない!」
エルトリア号からの乗組員達は、火を噴く竜を間近で見たので、ショウ王子を畏怖していた。全員が士官の命令に厳密に従った。
お陰でカインズ船長にダリア号を返した時には、甲板もピカピカだし、船室や、台所の鍋も顔が写る程磨かれていたし、荷物を積んである貨物室にすら塵ひとつ落ちて無かったので、海軍はすげぇなぁと乗組員全員が呆気にとられた。
「なかなか帰って来ないから、酒場の椅子に根が生えるかと思ったぜ。なんだぁ? 小麦をこれっぽっちで売ったのか!」
帳簿を調べてカインズ船長はショウを怒鳴りつけたが、上等のウィスキーと、最高級品の毛織物を満載して帰ったと聞いて、機嫌をなおす。ウィスキーの樽から味見をして、毛織物の軽くてしなやかなのに満足したカインズ船長は、水や食糧も満タンだと喜んで出航していった。
やれやれとダリア号を見送ったショウに、メルトはサンズ島へ帰ると言い出す。
「せめてレキシントン港で、休息して下さい。それにもしかしたら、ラシーヌ号とリエンヌ号をレイテの持ち主の所まで届けて貰うかもしれません」
メルトはパシャム大使の宴会に付き合うのかと溜め息をついたが、海賊討伐の後始末も海軍の任務だからサンズ島へ行くのを延期する。
戦闘の後は乗組員達に休暇を与えるのが慣例なのだが、出来ればカザリア王国の酒場で酔っ払って余計な事を喋らしたく無かったのだ。
「ゴルチェ大陸の酒場でも箝口令は敷くが、少しはショウの能力を隠せると思ったのだが。彼奴らは、酔っぱらうと口が軽くなる」
士官達に自分の受け持ちの乗組員達に箝口令を徹底させたが、メルトは酔っ払った軍艦乗りの性質を心得ていた。
「ショウ、竜が火を噴くのがバレるぞ」
カリンも同じ事を心配したが、ショウはバレたらバレた時の事だと取り合わない。
「マゼラン外務大臣は、もう気付いているかもしれませんね。あれはパロマ大学のアレックス教授から聞いた話をヒントにして思い付いたのですから。なるべく吹聴はしたくありませんから、乗組員達には秘密にするように言って下さい。でも、酔っ払ったら無駄かなぁ」
ショウはいずれバレると思っていたが、他国に遣り方をもらすつもりは無い。
「カインズ船長がメーリングの酒場で竜が火を噴くと聞いた時も、酔っ払いの言う事だからと信じなかったみたいですよ。まぁ、遣り方がわからなければOKですけど、本家のイルバニア王国は知ってますよね。真似しただけだから、バレても仕方無いですよ」
カリンとメルトは、そんな物なのかと疑問を持ったが、魔法の魔の字も知らないのでショウの判断に任せる。
その夜はパシャム大使が祝勝会の大宴会を開いたが、心配し過ぎて少し痩せたのなら理解できるが、ストレスから食べ過ぎてより狸親爺度をあげている姿を、ショウ達は何だかなぁと思って眺める。
ハーレー号とエルトリア号の士官達も宴会に招待されていたので、エリカも許嫁達も参加しないで、衝立の隙間からショウを眺めていたが、話からゴルチェ大陸の貿易拠点の視察ではなく、カザリア王国北西部で海賊討伐していたと気づいた。
「ショウ様が海賊討伐!」
「そんな危険なことをしていたのに、私達に嘘をついたのね」
「大丈夫だったのかしら?」
「ちょっと押さないでよ! ショウ兄上が見えないわ~」
4人の許嫁達とエリカが衝立の隙間の場所を争って、押し合いへし合いしていたが、バッタンと衝立ごと倒れてしまった。
「きゃ~、メリッサが押すからよ」
「なによ! ミミが横から押すから」
宴会に出席した士官達は、綺麗な姫君達におお~! と、どよめく。
メルトは娘の失態に眉をピクンとさせたが、カリンはショウも苦労してるなぁと呟く。
エリカはこうなったらショウ兄上に久しぶりに思いっきり甘えようと、宴会に乱入して上座まで走って行くと、ショウ兄上~と抱きつく。
「エリカ、今夜はちょっと……」
ショウは身内だけなら構わないけど、士官達もいるので駄目だと言い掛けたが、エリカが横に座って抱きついているのを見て、許嫁達も半月以上も放置されていた不満が爆発した。
「エリカ様だけ狡いわ」
ミミがエリカの反対側からショウに抱きつくと、ララとロジーナとメリッサも抑えがきかなくなった。ショウの横に座っていたカリンとメルトは許嫁達に押しのけられた。
「こら、メルト伯父上とカリン兄上に失礼だろう」
日頃、優しいショウに叱られて、しょんぼりする可愛い女の子達に士官達はメロメロで、良いではないですかぁ~と酔った勢いではやし立てる。
「ショウ様、私達に嘘をついたのですね」
「海賊討伐だなんて、怪我とかされませんでしたか?」
ショウが士官達の声に躊躇っていると、許嫁達は口々に文句を言い出す。
「メルト伯父上、カリン兄上、申し訳ありません。皆、文句は後で聞くから、この場は遠慮してくれないかな? 士官達をもてなしているのだから」
ショウ王子があたふたしているのを、士官達は微笑ましく思う。
「良いじゃないか。これからは社交とかで、お前の夫人達は人前に出る機会も多くなるだろう」
カリンも男だけの宴会より、可愛い従姉妹達がいるほうが楽しいと、しょんぼりして可哀想だと援護する。
ショウもカリンの言い分ももっともだと感じたので、メルトに良いですかとお伺いをたてる。
「好きにすれば良い」
メルトの許可が出たので、エリカと許嫁達は宴会に参加する事になり、流石に行儀よくしていたが、ショウに料理を皿に取って遣ったりと、甲斐甲斐しく世話を焼きまくる。
メルトや、カリンにも、あれこれ世話を焼いているのを、ショウは仕方ないなぁと苦笑して見ていたが、士官達は庶民ではめったにいない美人を眺めて、やはり王家の姫君達は違うなぁと溜め息をつく。
宴会が終わるとショウは許嫁達に謝ったが、なかなか許しては貰えなかった。
「私達はショウ様が危険な海賊討伐をしている時に、呑気にサマースクールに通っていたの。万が一の事があっても、知らないままだったのよ」
ララが涙ぐんで怒るのに、たじたじになったが、心配させたく無かったからと嘘をついた言い訳をする。
「私達はショウ様の許嫁なのだから、心配する権利があるのよ!」
ロジーナに詰め寄られて、ショウは心配して暮らすより、サマースクールに通った方が有意義だっただろうと話を逸らす。
「何の講義を受けたの?」
白々しい作戦だったが、それぞれが自分が学んだことをショウに話して、一緒に考えて貰いたいとうずうずしていたので、エリカが自分が受講した文学の講座について話し出すと、一緒に受講したララとミミもあれこれ口を挟む。
こうなると、ロジーナや、メリッサも自分の受講した講座の話をしたがり、パシャム大使は海賊討伐でお疲れなのにと同情する。
「ショウ様、お疲れなのですね。また、明日にしましょう」
頑張って話を聞いていたショウが、うとうとしかけているのに気づいたララが、夜も更けてきたからと解散させてくれたが、パシャム大使と話し合っておかなくてはいけない事がある。
「パシャム大使、海賊船に使われていたのは、ラシーヌ号とリエンヌ号だったのです。大使館には東南諸島の船舶の記録があるでしょう。ラシーヌ号とリエンヌ号の持ち主を調べて下さい。もし、持ち主が乗船していても、金持ちの商人なら人質として身の代金で解放されているかもしれませんし、駄目でも遺族がいるでしょうから返還したいのです」
ショウが話している時から、書斎の棚から船舶の記録が書いてある分厚いファイルを机に出してきて、ラシーヌ号とリエンヌ号のページに行方不明との記述が書き込まれているのを見つける。
「う~ん、ラシーヌ号は船主は乗って無かったのか、調査依頼が届いてますね。あっ……リエンヌ号は息子の独立を祝って贈った新造船だったみたいです。船主の父親から、何通も調査依頼が届いてます……」
ショウは改めて海賊に憎しみを感じる。若い息子の独立を祝って、新造船を買い与えた父親の悲しみを感じたパシャム大使は暫く無言だったが、処分するのか、レイテまでの輸送を求めるのか、手紙を書いて至急に届けますと言った。
「明日、エドアルド国王陛下に海賊討伐の報告に向かいます。パシャム大使も同行して下さい。エジソン港にマゼラン外務大臣が来ていて、僕では荷が重かったんだ」
ショウは簡単に話し合いの内容を説明したが、途中で欠伸が出てくる。
「ショウ王子、お疲れでしょう。明日の朝にしましょう」
ショウもこれ以上は無理だと、ベッドに向かった。
「リエンヌ号に乗っていた息子は、何歳だったんだろう?」
王家は15歳で独立するし、裕福な商人も若い時に独立する。新造船を贈って貰える程の裕福な商人の息子なら、自分とさほど年も違わなかった筈だと痛ましさを感じながら、ショウは眠りについた。
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