第19話 メリッサ

 馬車でメリッサの肩にもたれて寝てしまったショウだが、大使館に着くとハッと目覚めて、目の前に白い胸があるのに慌てて身を起こす。


「御免、寝ていた」


 真っ赤になって謝っているショウにキュンとしたメリッサは、大使夫妻がいなければと残念に思う。


「ショウ様、疲れていらっしゃるのね」


 許嫁達は結婚式、昼食会、舞踏会と一つずつだったが、全部に出席したショウは慣れない社交に疲れたのも事実だが、やはりアルジェ女王の蛇が堪えたのかもしれない。


「メリッサも疲れただろう、さぁ、寝よう」


 パシャム大使はアルジェ女王と何を話したのか聞きたくてうずうずしていたが、眠いから朝にしてくれとスルーされた。



 舞踏会でも注目の的だったショウだが、パシャム大使はご馳走を前にお預けをされた気分で寝室へ向かう。


「あの嫌がり様は、絶対に縁談だと思うが、蛇嫌いなショウ王子には酷な話だな……」


 ショウはパシャム大使が父上に報告するのを止められないのを、ヌートン大使で経験済みなので、絶対にアルジェ女王との話を知られないようにしようと思う。


「スーラ王国だなんて、ヘビだらけなんだ。無理、無理、絶対に無理! それに嫁を貰うならいざ知らず、婿だなんて無茶苦茶だよ~。蛇だらけの国で、エッチなんてできないよ~」


 スーラ王国は代々女王が統治していて、逆ハーレムを作っていた。ただ、逆ハーレムには問題がある。何人男を侍らそうと、産むのは女王一人なので多数の王族を増やせない。


 王子にもハーレムを持たせ、沢山の姫を作らせたりして、一定数の王族を確保していたが、アルジェ女王は跡取りとしたゼリア王女の婿の一人にショウ王子を選んだのだ。


 アスラン王を蛇神がすこぶる気に入って、その血統をスーラ王国に混ぜたいと神託を下したのもあるが、ショウ王子を自分の可愛がっているデスが気に入ったので絶対にゼリア王女に孫娘を授けて貰う決意を固めていた。


「アスラン王には素気なく断られたけど、ショウ王子は逃さないわ。蛇神様の子供のデスもショウ王子を気に入ったのですもの、間違いないわ。優れた王女を授けてくれるでしょう」


 ショウはベッドに身を投げ出して、この縁談だけは絶対にパシャム大使に知られないようにしようと思い、どう切り抜けようか考えているうちに眠りについた。





 翌朝、目覚めたショウは大きく伸びをしたが、今日のスケジュールを思い出してベッドから出るのを止めたくなる。


「ショウ王子、おはようございます」


 毎回、どこかで監視しているのではというタイミングで、侍従に洗面を促されて、渋々ショウはベッドから出る。


「このまま、何処かに逃げ出したいなぁ」


 気持ちの良い春の陽気に、ショウはこれからの会合地獄から抜け出したくなる。


「父上が予定を大使達に知らせない気持ちが理解できたよ。予め、訪問予定を知らせていたら、ビッシリとスケジュールを入れられるからなぁ」


 食堂には満面の笑みのパシャム大使が待ち構えていて、ショウは思わず回れ右したくなったが、エリカに一緒に朝ご飯を食べようと待っていたので、抱きつかれて果たせなかった。


 パシャム大使と二人っきりになりたくないショウは、ゆっくりとエリカと話しながら朝食を食べて、サンズに会いに行かなきゃと席を立つ。


「ショウ兄上、私もヴェスタに会いに行くわ」


「私もラルフに会いに行かなきゃ!」


 エリカとミミが竜舎に向かうのは理解できたが、何故か許嫁達が全員ついて来る。途中で、エリカは竜との交流を邪魔されたくないと腹を立てて、追い返そうとする。


「なんでゾロゾロ付いて来るの? 邪魔だわ!」


 ロジーナは、エリカは苦手だけど、そんなことを言ってられないと勇気を振り絞って抵抗する。


「だって、メリッサが蛇と話したと言うのですもの。前にユングフラウでは、私達は竜と話せなかったけど、もしかしたらメリッサは話せるようになったかもしれないって言うから……ミミだけ年を取らないのって不公平だと思っていたのに、メリッサまで竜騎士になったら困るじゃない」


 ショウは、アルジェ女王のデスと話をしたと聞いて驚いた。


「え~、メリッサ、そんなこと昨夜は言ってなかったじゃないか」


「話したと言っても、少しだけですもの。それに、ショウ様はヘビがお嫌いでしょ。でも、蛇と話せるなら、竜とも話せるかなもしれないとララに言ったら、ロジーナが狡いと怒り出してしまったの」


 なる程、何となく朝食の席で許嫁達が大人しかったのは揉めていたのだと、ショウは溜め息をつく。


「メリッサが竜と話せるかどうか試してみよう。ああ、わかったよ、ロジーナもララも何回でも試してみたら良いよ」


 ロジーナもララも、アスラン王が実年齢より若いのは知っていたが、イルバニア王国のユーリ王妃の若さに衝撃を受けたのだ。それと同時に、カザリア王国の若さを保っているエドアルド国王と、少し年上に見えてしまうジェーン王妃に自分達の未来を見てしまい焦った。


 ショウも許嫁達が何を考えているのかピンときた。夫婦とも絆の竜騎士のイルバニア王国の国王夫妻と並ぶと、気の毒だがジェーン王妃は年上に見えてしまうのにショウも気づいた。でも、ショウはジェーン王妃の上品な人となりが、年齢により磨きが掛かっているように見えて好意を持ったのだが、女の子達にはそうは感じなかったのかなと残念に思う。


『サンズ、メリッサと話せるかい?』


 メリッサとサンズは少しだけ話せたが、ロジーナとララは無理だった。二人は落ち込んで、ロジーナは泣き出してしまう。


 サンズはショウが困っているのを察した。


『竜騎士でなくても若さを保つ人はいるよ。ロジーナとララがショウと同じ時を過ごしたいなら、私が一緒の時を過ごせるようにしてあげるよ』


『そんなのできるの? でも、ならジェーン王妃は何故……』


『普通は絆の竜騎士の妻や夫も年を取りにくいものなのだけど? ジェーンは絆の竜騎士と離れて暮らしていたのかもしれないね』


 そういえば父上の後宮の兄上を産んだ方達は実年齢より若いかもとショウは合点したし、ジェーン王妃は一時期エドアルド国王の浮気を怒って離宮暮らしをしていたのだと思い出した。サンズの説明をショウから聞いて、ロジーナとララはホッとする。


 メリッサは今は絆の竜騎士レベルではないけど、竜に乗るぐらいならできるだろうとサンズが保証した。


「私もリューデンハイムに入学しなくちゃいけないのかしら? 結婚まで1年しか無いのに……」


 竜騎士になるのは移動も楽になるし、行動的な生活ができると嬉しく思ったが、パロマ大学に留学したいと考えていたメリッサは困惑する。


「リューデンハイムで無くても竜騎士の修行はできるよ。僕も家庭教師に勉強を、武官に武術を習っただけで、騎竜は自己流だもの。確かカザリア王国の竜騎士の育成システムは、パロマ大学を活用していた筈だよ。スチュワート様はパロマ大学と竜騎士の学校のウェスティンを掛け持ちされていたから」

 

 ミミは自分もそっちの方が寮に入らなくても良さそうなのでいいと言い出したが、パロマ大学に入学できる学力が無いでしょうとメリッサに却下される。


「でも、私は見習い竜騎士にならないと、ショウ様と結婚出来ないのよ。メリッサも同じ条件にするべきよ!」


「あら、私はもともとショウ様の許嫁なのよ。見習い竜騎士で無くても結婚できるわ」


 ミミとメリッサの言い争いにショウは困惑する。


「僕は一度に全員と結婚するつもりは無いよ。何だかいい加減に感じるから、君達も嫌だろ。一人づつ婚礼した方がいいだろう?」


 それは勿論だとは頷いたが、じゃあ誰と最初に結婚するのかと牽制しだす。


「僕はララと最初に結婚するよ。8歳からの、許嫁だもの……ちょっと、ロジーナ泣かないで……」


 やっぱり私は二番手なのねと、ショウに抱き付いてロジーナは泣き出す。


「嘘泣きは止めてよ」


 ちゃっかりショウに抱き付いたロジーナは他の許嫁達に引っ剥がされる。


「ええっ、嘘泣きだったの? だって、涙が溢れていたのに……」


 ロジーナとメリッサはララだけ狡いと揉めだして、ショウは嫌がっていたパシャム大使に会合の時間だと救い出される有り様だ。


「何を揉めてらしたのですか?」


 朝っぱらから許嫁達が揉めて疲れ気味のショウだったが、メリッサも竜騎士の素質があると説明する。


「でもメリッサはパロマ大学に留学したがっているから、リューデンハイムではなくウェスティンで竜騎士の修行をすれば良いと思うんだ。でも、父上に相談してみないとね」

 

 パシャム大使は、アスラン王から許嫁達やエリカ王女に関してはショウ王子に任せると命じられていますと伝えた。


「いちいちレイテにお伺いを立てていたら、外交は成り立ちませんよ。ある程度の事は、ショウ王子の判断で交渉しても良いでしょう。重大な問題だけアスラン王の判断を仰げば良いのですよ。ただし、断る方便にレイテに問い合わせないといけないと、保留にする手は使えますけどね」


 ショウは外交の駆け引きの初歩から覚えていくんだなぁと溜め息をついているところを、古狸のパシャム大使に隙を突かれてしまった。


「ところで、アルジェ女王は貴方をゼリア王女の婿にと言われたのですか? それとも王家の姫を嫁にと言われたのですか?」


 グサッと心臓にナイフを突き立てられた気持ちになって、ショウは立ち止まる。


「何故、そんな事がわかったのですか?」


 ショウにそんなの考えればわかりますと、満面の笑みをパシャム大使は浮かべる。


「お願いです、絶対に父上には報告しないで下さい」


 無理を承知で、ショウはパシャム大使に頼み込む。


「良いですよ、私からは報告しないでおきましょう。そのかわり、今日からの話し合いに集中して下さいね」


 ショウはやったぁ! と飛び上がって喜んだが、ハッと何か裏があるのではとパシャム大使に詰め寄る。


「何て嘆かわしい事を仰るのですか、ショウ王子とは長い付き合いじゃないじゃないですか」


 長い付き合いだからこそ、疑うんだと内心で毒づく。


「アスラン王から許嫁の事はショウ王子に任せると指示がありましたからね、許嫁を増やすのも同じでしょう。拡大解釈すればですけどね」


 ショウはまだ少しは疑っていたが、話し合いに紛れて忘れてしまった。パシャム大使は自分が報告しなくても、アルジェ女王がアスラン王に直接申し込むのは目に見えていたから、そう言って話し合いに集中させたのだ。 


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