第20話 カリン兄上とメルト伯父上

 ショウはパシャム大使の指導のもとで、かなりの数の会合をこなした。東南諸島連合王国は、ほぼ全王国と交易をしていたので、問題も小さな物から大きな物まで各国との間に生じている。


 本当なら大使が話し合ったら良いような案件も、経験を積んだ方が良いと任せられた。相手国も次代の王との顔つなぎの意味合いを兼ねての会談が多く、何ヶ国からは縁談も持ち掛けられたが、ショウはパシャム大使からその場で断るのは失礼だとの警告通りに、レイテと相談してからと保留にする。


「はっきり断った方が、良いのでは無いですか?」


 ショウは悪い予感がしてパシャム大使に文句を言ったが、その場で縁談を断るなんて外交ではあり得ないと、キツく叱られてしまった。


「大体、会合も終わりましたね。ショウ王子、お疲れ様です」


 ショウはパシャム大使の白々しい顔を見て、問題のエドアルド国王との会談が残っているじゃないかと内心で毒づく。


「ああ、そんなに睨まなくてもエドアルド国王陛下との会談は覚えていますよ。彼方も各国との会談で忙しくされていましたので、スケジュール調整に手間取りましたが、明後日の午後を予定しています」


 スケジュール調整が遅いと睨んだわけじゃないと、ショウは古狸のパシャム大使の白々しい言葉に怒りを感じたが、逃げられないのも明らかなので素直に助言を求める事にする。


「パシャム大使、もしエドアルド国王陛下から縁談を持ちかけられたら、どう断れば角が立たないでしょうか?」


「一夫一妻制なら断るのも仕方ありませんが、一夫多妻制なのに断るのは難しいですね」


 ショウは何とかならないかと頭を悩ましていたが、良い解決方法は見つからず、父上が拒否してくれるのを願うしかなかった。鬱々とした気分になったショウは、サンズと港に行ってみることにした。


「ダリア号で航海したいなぁ。カインズ船長やインガス甲板長が懐かしいや」


 港の船を眺めていると、ショウの中の東南諸島の血が騒いだ。


「この一連の外交を終えたら、航海に出よう! サンズ島にも寄ってみたいし、ハッサン兄上が開発している貿易拠点も見に行ってみなきゃ。そういえば、カリン兄上やメルト伯父上と、この時期にニューパロマで報告を受ける予定だったのにどうされたのかな?」


 スチュワート皇太子の結婚式にショウが参列するのは、前から予定が組まれていたので、その前後にニューパロマで報告を受けて、話し合いを持つつもりだったが、風まかせの航海なので4、5日の遅れは気にしていなかったが少し心配になってきた。


「嵐に遭ってなければ良いけど……」


 春から夏はゴルチェ大陸から北上する生暖かい風で嵐が多いので、何年も西海岸の測量をしたショウも何回か遭ったが、沿岸沿いに航海していたので港に避難して嵐が通り過ぎるのを待ち被害は受けなかった。


 だが、東航路の途中では逃げ込む港や湾も無いだろうと、カリンやメルトの艦の到着が遅いのが気になった。


 ショウはレキシントン港の近くにサンズと舞い降りたが、カリンのハーレー号もメルトのエルトリア号も見あたらなかった。


 しかも、何隻かの船舶が嵐に遭ったダメージを受けているのに気づいた。ショウは不安になって被害を受けた船にサンズを向かわせたが、ハーレー号やエルトリア号を見かけた船長はいなかった。


「見かけて無いのは良い報せなのか、悪い報せなのか……」


 憂さ晴らしに港に来たのに、却って心配事を増やしたショウだったが、暫くすると商船隊がレキシントンの港を目指して来るのが見えた。


『サンズ、東南諸島の船舶かもしれない。行ってみよう!』


 遠目でも嵐に遭った様子のヨタヨタした航行振りで、ショウは商船隊にサンズを飛ばす。商船隊の中に懐かしいダリア号を発見して、ショウは甲板へサンズをおろす。


「ショウ様、久しぶりだなぁ! もう、チビ助と呼べないほど背が伸びたじゃないか」


 竜が矢のように此方に向かって来るのを見て、カインズ船長は船主のショウ王子だと気づいて待ち構えていて、乱暴に背中をバシバシ叩く。


「カインズ船長、本当に久しぶりだ。嵐に遭ったのか?」


 ダリア号はゴルチェ大陸の北部からカザリア王国へと向かう途中で嵐に遭ったとカインズ船長は説明する。


「商船隊の中型船と、小型船がダメージを受けて足が遅くなっちまったが、ダリア号は大丈夫だったぜ」


 ダリア号に被害が無かったのは嬉しかったが、ダメージを受けた何隻かに救援に向かう前にハーレー号とエルトリア号を見かけなかったか尋ねる。


「見かけませんでしたが、東航路からゴルチェ大陸にかけては嵐が通り過ぎるのを待つのに良い湾や港があるから、遅れているだけさ。商船でも耐えられた嵐だから、軍艦なら大丈夫だろう。まぁ、よほど馬鹿な艦長が下手をしないかぎり、軍艦が難破することはないぜ」


 相変わらず上品な口のききかたをマスターできていないカインズ船長の乱暴な言葉にショウは少し安心して、ダメージを受けた何隻かの救援に回った。


「相変わらず風の魔力は便利なもんだなぁ」


 ショウがダメージを受けた船をレキシントン港へと送り届けるのを見ていたカインズ船長は、ごつい顔のわりに小動物好きだったので、自分と同じぐらいに背が高くなったのを少し残念に思う。


「ダリア号でレキシントン港まで行くよ」


 ほんの目の前の港までだが、ショウと一緒に航海するのは何年振りかなぁとカインズ船長は喜んだ。


「今回はゴルチェ大陸からコーヒー豆や、紅茶、カカオ豆と金になる品物を沢山運んだんだ。荷下ろしが済んだら、今夜はレキシントン港で豪遊しようぜ」


 カインズ船長と酒場でバカ騒ぎするのも良いかもしれないと、荷下ろしが済むのを待っていたショウは、夕日に浮かび上がった2艦に気づく。


「ハーレー号とエルトリア号だ! カインズ船長、今夜の酒盛りは延期してくれ、カリン兄上とメルト伯父上が無事に到着されたんだ」


 サンズに飛び乗りハーレー号に舞い降りたショウは、カリンから嵐が通り過ぎるのを港で待っていたと説明される。


「無事で良かったです。港で嵐に遭った船を見て、少し心配していたのです」


 ショウはエルトリア号のメルトの艦にも寄って無事を喜んだが、相変わらず何を考えているのかわからない無表情で、顔に考えが出やすいとパシャム大使から度々注意を受けているので少し羨ましく感じる。


 レキシントン港に碇泊した艦の管理を部下に任して、ショウと共に大使館へ到着したカリン王子とメルト様を、パシャム大使は熱烈歓迎して宴会でもてなす。


「メルト伯父上、エリカと私の許嫁達も一緒に宴会に参加しても良いでしょうか? 彼女達は宴会が好きなのです」


 久しぶりの風呂に入ってサッパリしたメルトは機嫌が良かった。


「ショウ王子の許嫁なのだから、好きにされたら良い。エリカ王女も、身内ばかりだから良いでしょう」


 カリンは元々どちらでも良いと考えていたが、何故エリカが此処に居るのか不思議に思って質問する。


「エリカとミミは竜騎士の素質があるのがわかって、父上がリューデンハイムに入学させるようにと命令されたのです。あっ、メリッサも竜騎士の素質があると少し前にわかったのです」


 カリンは竜騎士では無かったので、さほど興味を持たなかったが、メルトは娘が竜騎士の素質を持っていると聞いてピクンと眉を動かす。


 ショウは、メルトが表情を変えられるんだと驚いた。でも、怒っているのか、喜んでいるのか、全然わからなかった。


 エリカは少し苦手なカリンと、余り会ったことが無いメルトが居るので大人しくしている。その猫の被り方を見て、もしかして自分は、なめられているのかもとショウは少し落ち込んだ。

 

 宴会好きのパシャム大使もメルトの無表情振りに始めの内は、はしゃぐのも控え気味にしていたが、段々とご馳走や酒に音楽と盛り上がって、大人しくしていたエリカや許嫁達も踊り出す。


「お前の許嫁達は陽気だなぁ~。エリカも凄く楽しそうだ」


 カリンは後宮に母上が残っているので、ショウよりはエリカに会う機会があったが、いつも礼儀正しい挨拶をするだけで、こんなに笑いながら踊っている姿を見て嬉しく思う。


「メリッサのことは、ショウ王子にお任せしよう。あれも楽しそうだ」


 娘や姪達がショウ王子のもとで生き生きと暮らしているのを見て、メルトは弟のアスラン王とは全く違っているが、これはこれで良いと思う。




 宴会が終わると、ショウはカリンとメルトから報告を受けた。


「一度、サンズ島と、ゴルチェ大陸の貿易拠点を見に行きます。でも、その前に片付けなきゃいけない事がいっぱいで……」


 深い溜め息をつくショウを見て、カリンは後継者に自分が選ばれなくて良かったと心の底から思った。第二王子として産まれたカリンは、ライバルの第一王子のサリームでは東南諸島連合王国を纏めていく力が無いと思い、自分こそが後継者に相応しいと考えて育った。


 父上が末弟のショウを後継者に指名すると聞いた時は、少し気落ちしたのも確かだったが、これがサリームやハッサンだったら納得出来なかっただろうと思う。ショウが新航路を発見したり、レイテ港の整備の企画したのを、父上が評価したのだとカリンは後継者になれなかったのを諦めたのだ。実際に外交で苦労しているショウを目の前にして自分には無理だったと悟る。


 メルトもメリッサをパロマ大学で学ばせながら、ウェスティンで竜騎士の修行をさせると言うショウ王子の意見には、少し娘を甘やかし過ぎではと感じたが、自分の妻なのだから好きにすれば良いと思った。


 メルトは、少しショウ王子は甘い所があるが、それで苦労するのは本人だから、口を出すことでは無いだろうと考えたのだ。


 東南諸島の王家の女に勉強させたり、竜騎士の修行などさせたら、手が付けられなくなるぞと思ったが、メルトは余計な事を口にする習慣を持たない。


 父上にパロマ大学へ留学する許可を貰ったメリッサは、喜んでショウに抱き付いた。


「狡いわ~」


 ロジーナに引き離されているうちに、ちゃっかりミミが勉強を教えてと甘えたり、エリカが私のショウ兄上から離れなさいと怒ったりと、メルトには耐えられない煩さだ。


 早々にエルトリア号に帰艦したメルトだったが、カリンも早く航海に出たいと思ってしまう。


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