第18話 スチュワート皇太子の結婚式

 スチュワート皇太子の結婚式には、ショウはララをエスコートして参列した。


 春の気持ちの良い天気で、ロザリモンド王女はグレゴリウス国王にエスコートされて、長いベールを優雅にたなびかせながらスチュワート皇太子のもとまで歩いて行く。


「とても綺麗な花嫁様ね」


 式の最中なので小声でショウに話しかけたララは、来年の自分の結婚式を思ってウットリとする。


「スチュワート様も嬉しそうだね」


 パロマ大学に留学中に散々ノロケを聞かされたショウは、心より良かったなと喜ぶ。


 カザリア王国の国王は浮気癖があるが、スチュワート皇太子は多感な思春期に父王の浮気と庶子の誕生に苦しまれたから、反面教師にするだろうとショウは考える。




 結婚式の昼食会は、ロジーナを同伴した。


 隣の席はローラン王国のアレクセイ皇太子で、ショウはミーシャ姫の件で気まずく感じたが、お祝いの席なので当たり障りの無い会話をして過ごす。


「来年はフィリップ皇太子殿下とショウ王子の結婚式ですね」


 その件は触れて欲しく無かったなぁと、普通ならお祝いの席に相応しい話題なはずだけど、ショウは少し困った。


「イルバニア王国は婚礼続きですね。アリエナ皇太子妃、ロザリモンド皇太子妃、フィリップ皇太子殿下と、三年連続とはおめでたいですね」

 

 アリエナはショウ王子が夫の言葉をすり替えて返事を返したのに気づいた。


「ロザリモンド皇太子妃はとても綺麗ですわね。アリエナ皇太子妃もお美しいし、イルバニア王国の王女方は美人揃いですのね」


 ロジーナはアリエナがショウが話をすり替えたのを蒸し返そうとするのを、無邪気な感想で切り上げさせる。


「そうですね、スチュワート様からずっとノロケを聞かされていましたが、納得できる美しさですね」


 アリエナもお祝いの場で、相手が避ける話題を取り上げるつもりは無いので、新婚の二人の笑えるエピソードを話したりして座を盛り上げた。


 アレクセイは天使のように可愛いロジーナが、頭も切れるの気付いた。


 アレクセイは、外交の場ではロジーナのように、天真爛漫そうに見えて、余計な口出しをしない女性が望ましいと高く評価した。アリエナは、賢さが顔に表れ過ぎて、アレクセイは大好きだが、万人受けしないという問題を抱えていた。


 フォン・フォレストの美貌を受け継いだアリエナは、美人過ぎて怖く見えるのだ。それに引き換えロジーナは、可愛い無邪気なお姫様に見えて、出席者の視線を惹きつけていた。


 和やかな昼食会も終わり、舞踏会まで大使館で休もうとショウは考えていたが、花婿の付添い人達に捕まった。


「お久しぶりです、覚えておいででしょうか? パロマ大学のサマースクールでお話したベンジャミン・フォン・シェパードです」


 ショウはアン・グレンジャー教授の女性学で鋭い論客だったベンジャミンを思い出した。


「覚えていますよ、ヘインズさんはエミリー嬢とどうなったのですか? あれからパロマ大学には、ご無沙汰なもので気になっていたのです」


 ベンジャミンはスチュワート皇太子の付添い人のジェームズと共に、ショウ王子をマゼラン外務大臣に引き合わせる。


「スチュワート皇太子殿下の御婚礼おめでとうございます」


 結婚式の当日にややこしい話は無いだろうとは思ったが、少しショウは緊張したのを上手く隠してお祝いの言葉を述べる。


「前にお会いした時より、大人になられて驚いております。来年はショウ王子も御結婚だと伺っています。おめでとうございます」


 お祝いを言うために、自分を執務室に息子のジェームズや駐東南諸島連合王国大使の子息のベンジャミンに、連れて来させたのでは無いだろと思う。


「今日はお祝いでゆっくり話せませんが、一度エドアルド国王陛下との会談を持って頂きたいのです。わかってます、お忙しいでしょうが、そこをどうにかスケジュールを調整して頂きたいのです」

 

 ショウは裸足で逃げ出したいような悪い予感がしたが、マゼラン外務大臣に捕まって、面と向かって国王陛下との会談を申し込まれたのを拒否はできない。


「ショウ王子、お綺麗な許嫁でお幸せですね」


 人を虎の穴に放り込んでおいて、控え室でロジーナと歓談していたベンジャミンとジェームズを呪い殺したい気分になったが、グッとこらえてありがとうございますと返事を返す。


 馬車で待っていたパシャム大使も、う~んと唸ったが大使夫人やロジーナの手前、スケジュール調整が大変ですねとしかコメントはしない。


 パシャム大使は、確かエドアルド国王には庶子のシェリー姫がいた筈だ。年齢は10歳か、9歳だったか? 縁談ではないかとほくそ笑む。


 ショウもアレクセイの提案があっただけに、同じ事を考えてしまってドッと落ち込んだ。どうにか会談を、パスしたい。


 大使館に帰るとパシャム大使と書斎に籠もって、エドアルド国王陛下との会談の要件を推察する。


「カザリア王国と我が国には、話し合わなくてはいけない案件が多数ありますが、スチュワート皇太子殿下の結婚式に申し込むほどの火急な物はありません。やはり、これは……」


 ショウ王子に止めてくれと制されて、パシャム大使は口を閉じる。


「僕は許嫁をこれ以上増やしたくありません。もう、4人もいるんですよ。いや、ミミには気を変えて欲しいです。メリッサはパロマ大学に留学して独立して貰いたいし、ロジーナは他にもっと相応しい相手がいるはずです」


 我慢の限界だと駄々を捏ねだしたショウ王子を、パシャム大使はまぁまぁと窘める。


「まだ、縁談と決まったわけではありませんよ。カザリア王国は交易を我が国に独占されている件で、前から文句を付けて来ていますからね。特に、東航路には警戒しています。ゴルチェ大陸を東南諸島連合王国の独擅場にされるのではないかと、海軍を派遣したりしてます」


「言っては失礼だが、カザリア王国の海軍など商船隊の護衛艦にも劣ると聞いてますよ。そんな案件では無いでしょう……」


 パシャム大使の誤魔化しにも、ショウは落ち込んだまま浮上しない。


「舞踏会に備えて、少し休みます」


 大丈夫かなとパシャム大使は心配したが、軽めの夕食を食べるまで昼寝したショウの機嫌は浮上していた。


「縁談だと決まったわけではありませんし、父上が断るかもしれません。兄上達の後継者争いに、外戚が絡むのを嫌がられていましたから。外国の紐付きの姫を、嫁に貰いたく無いでしょう」


 パシャム大使は確かにハッサン王子を後継者にしようと祖父のアリが暗躍して牢に繋がれたのを思い出して、外国の紐付きの姫などアスラン王は自分の後宮には受け入れないだろうと思ったが、ショウ王子にはどうだろうと首を傾げる。


 アスラン王は外交や社交の場に姿を現さなかったが、ショウ王子には積極的に参加させている。時代が変わろうとしているのを感じているのだろうと、パシャム大使は考えていた。いずれは東南諸島連合王国も三国と同盟を結ぶか、ゴルチェ大陸の国々と同盟を結ぶ必要に迫られるだろう。


 せっかく機嫌がなおったショウ王子を刺激したくないと、パシャム大使もエドアルド国王陛下と会ってから考えようと軽食を食べる。


「舞踏会には、メリッサ様をお連れするのですね」


 軽食後に正装に着替えなおして、サロンで寛いでメリッサが着替えるのを待つ。


「ええ、メリッサはユングフラウではエスコートしてませんから、初めての舞踏会になりますね」


 そうこうしていると大使夫人とメリッサがドレスに着替えて降りてきた。もともとスタイル抜群のメリッサは結婚式の舞踏会なので、デビュタントの白ではなくコーラルピンクの胸の開いたドレスを着ている。


「メリッサ……」


 ぼぉっと、ショウは白い胸に視線が釘付けになって、褒める言葉も宙に浮いてしまった。


「ショウ王子、メリッサ様をエスコートして下さい」


 若いショウ王子には刺激的過ぎるかもと、パシャム大使は苦笑しながら馬車に乗り込む。


 呆然としているショウ王子の代わりに、パシャム大使は初舞踏会のメリッサに、新婚のスチュワート皇太子殿下とロザリモンド皇太子妃に挨拶して、主催者のカザリア王国の国王夫妻に招待を感謝したら、イルバニア王国の国王夫妻にお祝いを言えば良いと説明する。


 メリッサはショウと見つめ合いながらも、パシャム大使の説明を聞いていたので、王宮でもスムーズに挨拶を交わした。


 新婚ほやほやのスチュワート皇太子も、ショウ王子の新しい許嫁には少し羨ましさを感じてしまい、花嫁のロザリモンド妃に睨まれた。


「今度の許嫁は凄くセクシーだな。私はロジーナ姫が外交や社交の相手としては望ましいと思ったが、今度の方の名前を知っているかい?」


 マゼラン外務大臣の子息のジェームズは、シェパード大使の子息のベンジャミンに尋ねる。


「彼女はメリッサ姫だと思うよ。ショウ王子の今いる許嫁達は全員、アスラン王の兄上達の姫君だ。彼女は確かメルト様の姫君だった筈だよ。細身なのに胸が……」


 ベンジャミンもメリッサのスタイルの良さにクラクラしてしまう。


「ララ姫は大人しくて優しそうだし、ロジーナ姫は陽気だし、メリッサ姫はセクシーだなぁ~。カザリア王国も一夫多妻制だったら良いのにと、少し思ってしまったよ」


 呑気なジェームズの言葉に、ベンジャミンはショウ王子はそうは考えてないだろうと苦笑する。父親が東南諸島連合王国に大使として赴任しているので、長期休暇にはレイテに何度も行ったことがあるベンジャミンは、一夫多妻制が此方で考えている男の夢のハーレムではないと知っている。


 やっと招待客との挨拶が終わったので、国王夫妻と皇太子夫妻が入場してウェディングダンスが始まった。


 ショウもメリッサとダンスをしたが、ホールドすると胸が当たってクラクラしてしまい練習を思い出してステップを踏むのが精一杯だ。


「メリッサ、君が綺麗すぎてダンスのステップを忘れそうだったよ」


 途中までメリッサにリードして貰う始末のショウは、始まったばかりなのに休憩しようと大使夫人の席へとエスコートする。


 しかし、そこにはショウが絶対に避けたいと思っていたスーラ王国のアルジェ女王が待ち構えていた。アルジェ女王は40代とは思えない若々しさで、メリッサよりも迫力のあるナイスボディだったが、問題は首から肩に掛けている蛇だった。


 苦手な蛇から目を離そうとするのだが、目と目が合ってしまう。ヘビに睨まれた蛙のように、ショウは固まってしまった。


『私はお前を食べたりしないわ。食べるには育ち過ぎですもの。母上なら美味しく食べるかもしれないわ、とても良い香りがするから』


 一瞬、アルジェ女王に話し掛けられたのかとショウは勘違いしかけたが、スーラ王国の蛇神は話すのだと思い出して、ヘビに話し掛けられたのだと気絶しそうになる。


『これ、デス、行儀が悪いわよ。ショウ王子、私はアルジェと申します。この子はデス、まだ幼いので不作法を許してやって下さい』


 ショウは走って逃げたくなったがグッと我慢して、アルジェ女王の手を取ってキスをする。


『デスは話せるのですね、驚きました』


 パシャム大使は蛇の声など聞こえなかったが、竜騎士のショウ王子は蛇と話せるのだと驚いた。


『ショウ王子は良い香りがすると、デスも気に入ったみたいですわ。この子は気紛れなので、めったに話しませんのよ』


 愛しそうにデスを腕に絡めているアルジェ女王を、メリッサは興味深く見る。


『あら、貴女のことも気に入ったみたいよ。蛇は人見知りなのに珍しいわね』


 そう言うとアルジェ女王は、メリッサに蛇を差し出す。


「まぁ、とても可愛いわ」


 ショウなら気絶しただろうが、メリッサはアルジェ女王からデスを受け取った。


「私にショウ王子をお貸し頂けます? ダンスの間はデスを代わりにお貸ししますわ。貴女はきっと蛇と話せますわ、試してみて下さい」


 ショウは蛇を首から掛けているメリッサに呆れてしまったが、アルジェ女王にダンスを誘われて下手なんですよと言い訳をしながら、仕方なくダンスフロアーにエスコートしていく。


「ドヒャ~! ショウ王子もチャレンジャーだなぁ。スーラ王国の女王と踊っているよ」


 ベンジャミンはジェームズの声に、シャンパンを飲んでいた目を上げて、まるで年上の貴婦人の若いツバメみたいだと、飲んでいたシャンパンを吹き出しそうになる。


「おい、ジェームズ、父上がお呼びだぞ」


 小国が多いゴルチェ大陸で、次々と隣国を吸収していっている大国のスーラ王国の女王が、海の覇者の東南諸島の王子とダンスをしているのを、カザリア王国の外務大臣が見逃すわけがない。


 重臣の自分が動くと目に付くので、同じ世代の息子のジェームズや、ベンジャミンに、蛇女王が何を考えているのか探れと命じる。


 花嫁のイルバニア王国側も気づいて、フィリップ皇太子に探らせたし、アレクセイ皇太子も何を話したのかとショウに探りに来た。


 幸いスチュワートは花嫁のロザリモンドに夢中で、結婚舞踏会でそんな騒ぎが起こっているとは全く気づかず、それの騒ぎに乗じて花嫁と逃げ出すのに成功した。


 花嫁と花婿が早々に逃げ出しても、舞踏会は夜中まで続き、ショウはアレクセイ皇太子やフィリップ皇太子の質問責めから逃れる為にメリッサと踊り続けた。

  

 やっと夜中に舞踏会がお開きになった頃には、ショウは疲れ果てて馬車の中でメリッサの肩にもたれて寝てしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る