第9話 ロザリモンド王女のお別れ会

 イルバニア王国のロザリモンド王女のお別れ会は何度か行われるが、ショウは若い貴族達やリューデンハイムの学友達が大勢招待される、園遊会と舞踏会に出席することになっていた。


 園遊会が行われる日の朝は、春らしい暖かな陽気で、もともとバラの多いユングフラウの街が花で埋もれそうだった。


 東南諸島連合王国の大使館の庭のバラも満開で、ショウはララがカミラ大使夫人のアドバイスを受けながら身支度している間、留守番のロジーナとメリッサとミミのご機嫌を取るために庭でお茶を飲んでいた。


「ショウ様は、東南諸島の服装なのですね」


 女の子達は帝国風のドレスを着てパーティーに参加するが、ショウは東南諸島の服装のままだ。


「冬場は帝国風の服装の方が暖かいから、パロマ大学に留学していた時に着ようかなと思ったけどね。こっちの服装の方が、慣れているから気楽なんだ。ロジーナやメリッサは平気?」


「私は此方のドレスも大好きだわ」


「色々なデザインがあるから楽しいわ」


 女の子達はそれぞれ自分の個性を引き立てるドレスを着ていたので、ショウは楽しそうで良かったと笑う。


「でも、ララは国の正装を着ると言っていたわ。ショウ様に合わせるそうよ」


 ララは露出の多いドレスが苦手で、特に帝国風の正装は胸や背中が開いているので、着るのを恥ずかしく感じていた。


「カミラ大使夫人、この正装でおかしく無いかしら?」


 東南諸島の王族の正装は肌を殆ど見せないが、エキゾチックな雰囲気に満ちている。カミラはララの正装の着付けを侍女に指示しながら、とても綺麗だし、ララに似合っていると感じた。


「東南諸島連合王国の王子の許嫁に、相応しい服装ですわ。今日の園遊会には各国の王族も招かれていますが、彼らも自国の正装で来れば良かったと悔しがる筈ですわ」


 ファションの都であるユングフラウで、帝国風のお洒落なドレスを着こなすのは外国人にはハンデがあるが、大使夫人は社交界に出入りも長いので綺麗に着こなしていた。  

 

 しかし、ララの姿を見て、自国の正装を見直した。


「薄い化粧もお若いララ様には相応しいですし、きっと参加者の注目を集めますわ。園遊会では主役のロザリモンド王女と、主催者のグレゴリウス国王陛下とユーリ王妃に挨拶すれば、後は気楽に話をしたりして過ごせば良いだけですの」


 東南諸島では女性は社交の場に出ないので、少し緊張しているララにアドバイスする。


「ショウ様が付いていて下さるのね」


「もちろんですわ。此方では、ご婦人をエスコートするのが、殿方のマナーですもの。許嫁のララ様をショウ王子は護って下さいますわ」


 ずっとショウと一緒なのだと、ララは嬉しそうな顔をする。カミラ大使夫人も夫の何人かの夫人と第二夫人を争った昔を思い出して、王族の姫君達の争いは苛烈だろうと同情した。


 ララは、王家の女としては大人しいので、ロジーナやメリッサに勝てるか、カミラ大使夫人は危ぶむ。これからショウは外交の場に出る事が多くなるけど、見た目は天使みたいだけど策略家のロジーナや、色気たっぷりだけど知性派のメリッサの方が、その社交界で上手くやっていけそうだ。


 その上、妹のミミが天真爛漫風を装って、ショウを虎視眈々と狙っているのにも気づいていた。


 カミラ大使夫人は一ケ月の滞在で、ドレスを作る世話をしながらショウの許嫁達の性格を把握していたので、他の許嫁達より大人しいララを少し気の毒に感じていた。


「ああ、ララも東南諸島の正装にしたんだね。とても綺麗だよ」


 ショウは大使夫人と階段を降りてきたララの姿に、黒髪を下ろした方が素敵だとうっとりと見つめた。


「さぁ、参りましょうか」


 お互いに見つめ合う二人に、大使が時間に遅れますよと注意をし、ショウはララをエスコートして王宮へと向かった。カミラ大使夫人はどうやらショウはララに夢中だから、自分の心配は無用のようだと内心で笑った。


「凄い人出ですのね」


 レイテでは屋敷からあまり外出する事もないララは、バラの花が満開の王宮の庭に集まった国内外の貴族達に驚いた。


「イルバニア王国には貴族が多いし、園遊会は若い貴族達が大勢招待されているんだ。さぁ、主役のロザリモンド王女と、主催者の国王夫妻に挨拶に行こう。それさえ済めば、後は適当に話して疲れたら帰ったら良いさ」


 ショウも社交は苦手だし、大勢の招待客から注目されて居心地の悪そうなララを気遣った。帝国風の服装の中で、ショウとララの東南諸島の正装は目立っていた。


 特に男の服装は大使とか他の外交官や商人で見慣れていたが、外に出ない王族の女性の正装を見るのは初めてな招待客が殆どなので興味を引いていたのだ。


「やはり帝国風のドレスを着れば、良かったかしら」


 ララはじろじろと見られて恥ずかしくなってきたが、ショウにとても似合っていると褒められると自信がついた。


「ほら、あちらにロザリモンド王女と、グレゴリウス国王陛下、ユーリ王妃がいらっしゃる。結婚のお祝いと、園遊会に招待して下さったお礼を言おう」


 ショウは挨拶の列に並び、グレゴリウス国王陛下とユーリ王妃とロザリモンド王女にお祝いと招待のお礼を述べた。


「こちらが、私の許嫁のララです」 


 ララはとても八人もお子様を産んだとは思えない若々しいユーリ王妃と、そっくりのロザリモンド王女に丁寧に挨拶した。


「ゆっくり園遊会を楽しんで下さいね」


 ユーリ王妃に声を掛けられて、ほっと一仕事終えたララをエスコートして主催者側から離れようとした時、突然スチュワート皇太子がやってきた。


「まぁ、スチュワート様! 明日、来られると思ってましたわ」


 同盟国の皇太子と王女という政略結婚だが、お互いに相思相愛な二人は、人目もはばからず抱き合ってキスした。


「これ、他の招待客の皆様と挨拶の途中ですよ。スチュワート皇太子殿下、いらっしゃいませ、一緒に挨拶されますか」


 若い二人を引き離してユーリ王妃は、仕方ないわねと微笑んだ。


「そうですね、でも少しショウ王子と話したいので。ロザリー、後で合流するよ」


 目ざとくショウを見つけて、イルバニア王国の貴族達との退屈な挨拶から逃れたスチュワート皇太子に、グレゴリウス国王は苦笑した。


「スチュワート皇太子殿下、宜しいのですか?」


 とっとと主催者側の席を離れようとするスチュワートに呆れたが、本人はケロッとしているので良いのだろうと歩き出す。


「ところでショウ様、私も前のようにスチュワートと呼んで下さいよ。こちらの美しい姫君を紹介して下さい」


「こちらは、私の許嫁のララです。スチュワート様とはニューパロマで一度会っていますよ」


 スチュワートはショウがパロマ大学に留学していた時に訪ねて来た女の子だと思い出した。


「失礼いたしました。とてもお綺麗になられたので、いえ、前も可愛らしかったですが、眩いぐらいですね」


 そう言うと、ララの手をとってキスをする。帝国風の挨拶に慣れていないララは、ポッと頬を染めた。


「スチュワート様、僕の許嫁を口説かないで下さいね。ロザリモンド王女に言いつけますよ」


 ショウとスチュワートにエスコートされて、美味しいシャンパンを飲みながらララは園遊会を楽しんだ。


「スチュワート様、いらしたのですね」


 フィリップ皇太子は、弟のウィリアム王子からショウのことを聞いて、話してみたいと思っていたので、義理の弟になるスチュワート皇太子と歓談しているのに合流する。


「ああ、フィリップ様、本当は明日来る予定だったのですが、ロザリーに会いたくて来てしまいました。ショウ様、フィリップ皇太子殿下と婚約者のリリアナ嬢です。フィリップ様、ショウ王子と許嫁のララ姫です」


 お互いにこれから国を背負っていく立場の三人は、仲良く挨拶を交わしながら、性格や考え方をさぐり合う。お淑やかで控え目なリリアナとララは恥ずかしそうにだが、少しずつ話をし始めて、来年結婚するのだと祝福しあう。


「おや、スチュワート様、こんな所にいて良いのですか? 婚約者のロザリモンド王女に叱られますよ」


 迫力のある美女のアリエナ皇太子妃をエスコートして、ローラン王国のアレクセイ皇太子も、挨拶三昧の主催者側を離れて合流する。ショウはローラン王国のアレクセイが、幼い時からカザリア王国で祖父のゲオルク前王から逃れる為に暮らしていたのを知っていたので、苦労されたのだろうと同情していた。


 アリエナは美しいだけでなく男勝りの性格なのか、大人しく話しているリリアナ嬢やララには合流しないで、皇太子達の会話に加わった。


「ショウ王子には、会いたいと思っていたのです。今度、大使館を訪ねても宜しいですか」


 社交の場で政治的な会話はタブーなので、ローラン王国と東南諸島連合王国の間にある数々の懸案を話し合う約束だけを取り付けて、後はロザリモンド王女の結婚の話題でスチュワートをからかったりして過ごす。


「おい、フランシス! あちらを見ろよ」


 学友のウィリアム王子が令嬢方に取り巻かれるのを捌くのに忙しくしていたチャールズは、フランシスに旧帝国三国の皇太子と東南諸島連合王国の王太子が仲良く話しているのを教えた。


「う~ん、凄いね! でも、チャールズ、お前がぼやぼやしているからウィリアム様が令嬢方に又取り囲まれたぞ。助けると約束しただろ~。一人だと可愛いレディなのに、集団になると怖いからなぁ」


 社交が嫌いなウィリアムが不機嫌な顔をしているのを、やれやれとチャールズは首を振って良いアイディアを実行した。


「ちょっと失礼! ウィリアム王子、アリエナ皇太子妃がお呼びですよ。ショウ王子との騎竜訓練を聞きたいと仰ってますよ」


 令嬢方を掻き分けて、ウィリアムを皇太子達の団体に合流させたチャールズをフランシスは頭が良いなと褒めた。


「あの煌びやかな団体に、乱入できる令嬢はいないだろう。さぁ、ウィリアム様のお守りは終わったから、私は可愛い令嬢と話しをしてこよう」


 あれほど令嬢方に迷惑を掛けられたのに、全く懲りていないフランシスの女好きに、チャールズは呆れてしまう。だが、恋愛の都でもあるユングフラウでは、フランシスが一般的な若い貴族で、園遊会のあちらこちらで恋愛ゲームが行われていた。真面目なチャールズはやれやれと肩をすぼめて、シャンパンを一気に飲み干した。




「傲慢なアスラン王に、似ていない王子でしたわね」


 やっと招待客の挨拶から解放されたユーリ王妃は、グレゴリウス国王からレモネードのグラスを受け取りながら笑った。


「ああ、でもショウ王子は優れた竜騎士だと、ジークフリート卿が言っていたぞ。可愛い顔に、誤魔化されないようにしないといけないな」


 娘のお別れの園遊会なのに政治の事を考え出したグレゴリウスをメッと叱りつけると、婚約者のスチュワートに合流したロザリモンドの嬉しそうな顔を見てユーリは微笑んだ。


「アリーに続いて、ロザリーまで嫁に行くんだなぁ」


 自分で政略結婚をお膳立てしたのにと、ユーリに苦情を言われながら、花嫁の父親のグレゴリウスは複雑な気持ちを持て余す。


「来年はフィリップが結婚しますから、娘が増えますよ。リリアナは可愛い娘だし、優しいからきっと二人は幸せになれるでしょう」


 ユーリに慰めて貰って、そうだなと溜め息をつくグレゴリウスだった。バラが満開の王宮の庭で行われている恋愛ゲームの駆け引きに、二人は若い頃を思い出して、仕方ないわねと微笑んで、後は若い人達に任せましょうと王宮へ帰った。

 

 こうしてロザリモンド王女の園遊会は賑やかに続いた。


 ショウはフィリップ皇太子や、アレクセイ皇太子と知り合いになり、スチュワート皇太子ともより親密になった。

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