第8話 それぞれの思惑
ミミとリューデンハイムの見学から帰ると、三人の許嫁達にショウは捕まってしまった。出掛ける前にいい加減な口約束をしたのをショウは後悔したが、カミラ大使夫人とお洒落な小物を売っている店に全員を連れて行く羽目になった。
可愛い店内には、レースやビーズが散りばめられたショウには何に使うのかよく理解出来ない物が沢山置いてあって、ちゃっかり付いて来たミミと一緒にキャキャと言いながら選ぶ。
「どれでも買ってあげますよ」
大型船のダリア号の交易のお金と、新航路の発見の報奨金で、ショウの経済状況は改善されていたので、高級宝飾店では無いので好きな小物を買ってあげることが出来た。
それぞれ、あれこれ悩みながら好みのバッグや、レースのベール、コサージュと手に入れて、ホクホクと上機嫌になった。
「せっかく美食の都のユングフラウにいるのよ。素敵なレストランに行きたいわ」
ロジーナは華やかなユングフラウが気に入った。街を歩く紳士や貴婦人もお洒落だし、レイテでは屋敷から街に出る事もなく過ごしていたので、見るもの全てがキラキラ輝いて見える。
「カミラ大使夫人、どこかお勧めのレストランは有りますか? 予約をしないと駄目ですか」
ショウは許嫁達が父親の屋敷から解放されて、生き生きしているのを見るのが楽しかったし、一夫多妻制の引け目から少しでも機嫌良く過ごして欲しいと思った。
「一旦、大使館に帰って、予約を取って出直した方が良いでしょう。それに夕食は、昼間のドレスではマナー違反ですのよ」
いちいち夕食のドレスに着替えるのかとショウは驚いたが、女性陣は何を着ようかしらと賑やかに騒ぐ。
「私も連れて行って下さる?」
ミミは、此方では社交界デビューしていない子供は留守番が多いと聞いていたので、ショウに甘える。
「カミラ大使夫人、どうなんでしょう? 僕は連れて行ってあげたいのですが、駄目なんですか」
「ミミ様は小さな子供ではありませんし、キチンとドレスコードを守れば大丈夫ですよ。でも、大声や喧嘩は駄目ですよ」
嬉しいとショウに抱きつくミミを、三人で引き離している騒ぎに、カミラは今夜の外食を止めますよと脅した。
ショウ達がユングフラウの一流レストランで美味しい食事を楽しんでいた頃、マウリッツ公爵家の屋敷では、チャールズが父親のユージーンにミミが竜騎士であると伝えていた。
「東南諸島連合王国には竜騎士が少ないのに、アスラン王、ショウ王子と二代続けて竜騎士の王がたつのだ。その上、ミミ姫まで竜騎士なのか……確かにショウ王子はミミ姫は許嫁では無いと言われたのだな」
父上に確認されて、チャールズは困った。
「ショウ王子はミミ姫は許嫁の妹にすぎないと言っておられましたが、どうやらミミ姫はショウ王子にぞっこんです。お嫁さんになりたいと言って、叱られてましたね」
チャールズの言葉に、ユージーンは考え込む。今は竜騎士の後継者に不足は無いが、もしリリアナが産む子供達が竜騎士の素質が無かったらと悩んでいたのだ。
皇太子妃になるリリアナの父親としてユージーンは不安を感じていたので、出来るならウィリアム王子に女性の竜騎士であるミミ姫が嫁いでくれれば安心だと考えた。
「ミミ姫は、十二歳なのだな」
父上が何を考えているのか察したチャールズは、ウィリアム王子もミミ姫には関心を示したと告げる。
「う~ん、竜にしか興味を示されないウィリアム王子が、ミミ姫に? 女性の竜騎士として興味を持たれたのだろうが、ミミ姫の容姿は可愛いのか?」
真面目なチャールズにしては珍しく、プッと吹き出してしまった。
「なんだ、吹き出すなんて! まさか不細工なのか? 東南諸島連合王国の王家は、美男美女揃いだと聞いているぞ。後宮に入る夫人は代々美人だから、アスラン王も性格はともかく綺麗な顔立ちをしていると、フランツも言っていたし、ショウ王子も優れた容姿に恵まれている」
チャールズは、慌てて否定する。
「ミミ姫は、チャーミングな姫君ですよ。東南諸島には珍しく栗色のカールした髪と、クルクル表情が変わる可愛い女の子です。私が笑ったのは、強烈な性格を思い出したからです。ショウ王子の騎竜サンズに、自分をお嫁さんにするように説得させようとしたり、隙をみて押し倒そうと画策しています」
ユージーンは未だひょろっとした印象だが、背が高いショウ王子が、十二歳の女の子に押し倒されはしないだろうと苦笑する。
「かなりお転婆な姫君だな」
「ええ、でもウィリアム王子は、ミミ姫の話に爆笑されていましたよ。キャサリン姉上ですら、アンドリュー卿の騎竜を使おうとは考えなかったと。しかし、一夫多妻制というのは、男性の夢とはかなり違いますね。ショウ王子は、許嫁達にかなり苦労されている様子でした。だから、ミミ姫がお嫁さんにしてと頼んでも、キッパリ拒否していましたね」
それは好都合だと、ユージーンは考える。東南諸島連合王国との婚姻は、前から何回か検討されたが、イルバニア王国の王女を嫁がすのは一夫多妻制で問題が多くて実現できなかった。しかし女性竜騎士のミミとの婚姻は、イルバニア王国としても有益で望ましい。
チャールズは見習い竜騎士として、外務省で実習を受けているので、外務次官の父上が頭の中であれこれ画策中なのを察して部屋を辞した。
「姉上がフィリップ皇太子と婚約してから、父上は悩みが増えたな。他の貴族達から、嫉妬の目で見られているし……」
チャールズは、姉が皇太子妃になるので、自分も言動に気をつけなくてはいけないと気を引き締めた。
明日のロザリモンドのお別れ園遊会の為に、リューデンハイムの寮に外泊届けを出して、王宮で過ごしていたウィリアムは、ローラン王国に嫁いだアリエナを交えての夕食会に参加した。
ウィリアムは、年の離れたフィリップとの間に、アリエナ、ロザリモンド、キャサリンと三人の姉上達がいる環境で育ったので、無口な青年に成長した。容姿も姉のアリエナと、自分がフォン・フォレストの美貌を受け継いでいるのに、コンプレックスを感じている。
フィリップと末弟のアルフォンスは、父上にそっくりで、弟のレオポルドは姉のロザリモンド、キャサリン、テレーズと同じくマウリッツ公爵家の容姿を引き継いだ母上にそっくりだった。美貌を褒められても、アリエナもウィリアムも何となく屈折した気持ちを持って育ったのだ。
ウィリアムは、母上の実家のフォン・フォレストが嫌いなわけじゃ無いけど、両親に似ていないのは嫌だった。でも、エリスと絆を結んでからは、容姿のことなど気にしなくなった。
竜にベッタリのウィリアムだったが、見習い竜騎士になり社交界にデビューしてからは、王子の身分と美貌に群がる令嬢達にうんざりしていた。
「ウィリー、何を考えているんだ?」
フィリップは弟が家族が集まるサロンで、少し離れた窓辺に座って物思いに耽っているのを心配した。
「今日、リューデンハイムを、ショウ王子とミミ姫を案内したのです」
無口な弟から女の子の名前が出たので、フィリップは驚いた。
「ミミ姫とは誰なんだ?」
「ショウ王子の許嫁の妹です。彼女は竜騎士の素質を持っているのです。とても面白い女の子なのですが、竜騎士になるよりショウ王子のお嫁さんになりたいと困らせていました。ショウ王子はかなり厳しく叱ってましたが、いつかミミ姫に押し倒されるかもしれませんね。凄いパワーを、感じましたから」
無口なウィリーが、竜や武術に関しては熱弁をふるうことはあったが、女の子の事でこれほど言葉を費やすのを聞いたことが無かった。
「ウィリー、ミミ姫が好きなのか?」
ポッと頬を染めたウィリアムに、フィリップは一肌脱いでやりたいと思った。
父のグレゴリウスは娘達に甘く、ウィリアムは常に姉達に頭を押さえつけられて成長した。東南諸島の姫君に惚れたのなら、どうにか結婚できるようにしてやりたいと、フィリップは考える。
「明日のロザリモンドの園遊会に、ショウ王子はミミ姫を連れて来られないのかな?」
ウィリアムは、残念そうに首を振った。
「彼女はショウ王子の許嫁ではありませんし、十二歳ですから社交の場には同伴されないでしょう。多分、ミミ姫の姉上を、連れて来られると思いますよ」
そう言いながらウィリアムは、ショウが許嫁達に押し倒されてキスされている妄想を思い出して笑った。整い過ぎた美貌が不機嫌に見えるウィリアムが笑うと、ぱぁと雰囲気が柔らかくなり、フィリップまで微笑んで何を笑っているのか尋ねた。
「いえ、ショウ王子が許嫁達に押し倒されて、キスされている妄想を思い出して。ミミ姫は力不足で押し倒せないと嘆いて、ショウ王子に叱られたのです。まぁ、ショウ王子も、許嫁達に力で押し倒されているわけでは無いと思いますがね」
フィリップはお淑やかな婚約者のリリアナに自分が押し倒されてキスされるなんて、嬉しい状況になったことが無いので、少し羨ましく感じた。
「王宮に到着の挨拶に来られた時に、ちらっと見ただけだが、割と細身だが背は高くなりそうに感じた。許嫁達が腕力で押し倒しているわけでは無いのだろう」
「ショウ王子は、武術もかなり鍛えられていますよ。彼の騎竜サンズのバランスの良い成長振りと、騎竜訓練の様子を見たら、可愛い外見とかなり差があると気づきましたから。サンズはフランツ卿のルースの子竜ですが、とても優秀な竜です。エリスと交尾飛行させたいな」
いつの間にか竜の話題になっている竜馬鹿のウィリアムにフィリップは呆れたが、優れた竜の血統が混ざるのは大歓迎だった。
「未だ、お前が交尾飛行させるのは百年早い。見習い竜騎士を卒業して、一人前の竜騎士になってからだな」
痛い所を兄上に突かれて、ウィリアムは苦笑する。
「明日の園遊会が楽しみになってきたな。ショウ王子と会って話をしてみたい」
婚約者のリリアナ嬢といれば園遊会だろうが舞踏会だろうが楽しんでいるくせにと、社交嫌いなウィリアムはこれから延々と続くロザリモンド姉上の結婚式までの行事にウンザリして、大きな溜め息をついた。
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