第7話 リューデンハイムで大騒ぎ

 ショウはレイテの父上に、ミミが竜騎士の素質があることを知らせた。


「返事がくるまで少しは僕から説明しますが、リューデンハイムに一緒に見学に連れて行こうと思います」


 ヌートン大使は、竜騎士については詳しくなかったので、ショウの考えに任せると言った。


「ショウ兄上とお出掛け! 何処でも良いわ~」


 ルンルンのミミに、許嫁達の冷たい視線が向けられたが、完全に無視する。


「何を着ていこうかな?」


 お洒落なカミラ大使夫人に相談しているのを眺めていたショウは、三人の許嫁達の頭の上で嵐の前触れを感じる。


 これは拙い! さっさと出掛けるか、何かフォローしておかなきゃ、きっと酷い目に遭いそうだと慌てる。


 着替えに上がったミミを恨めしそうに眺めて、先ずは昨夜かなり盛り上がっていたのを水をさされたメリッサに、メルトにパロマ大学への留学の件を手紙に書いたと伝える。


「ユングフラウに帰ったばかりのホインズには気の毒だけど、ミミの件と一緒に手紙を届けて貰ったよ」


 メリッサは本当にパロマ大学に留学できるのかもと、ショウに抱き付いて喜んだ。


「父上は、許可して下さるかしら?」


 少し不安そうなメリッサに、許婚の自分が許可するのだから大丈夫だよと安心させる。


 べたべたショウに引っ付いているメリッサを、ララとロジーナが睨んでいるので、慌てて買い物や図書館へ連れて行く約束をすると、帝国風のドレスに着替えたミミを連れてリューデンハイムへとサンズと向かった。




 サンズに抱き上げてミミを乗せると、ショウは身軽に飛び乗った。


「しっかり鞍の持ち手を握って……えっ? ちょっと……」


 ミミにぎゅっと抱きつかれてショウは慌てたが、まぁ、すぐそこまでだからと飛び立つ。


「リューデンハイムは王宮の一部なんだ! ほら、見えてきたよ」


 会合の終わりにマウリッツ外務次官から、リューデンハイムの見学をされたらと申し出を受けたショウは楽しみにしていた。


 リューデンハイムの校舎と寮の前の庭にサンズと降りたショウは、ミミを抱き下ろす。


「お待ちしていました、ショウ王子ですよね。私は父から案内するように言われたチャールズ・フォン・マウリッツです。こちらはウィリアム王子とフランシス・フォン・キャシディです」


 一目でマウリッツ外務次官の息子だとわかる金髪に緑目の整った容貌のチャールズが、外交官の一族らしい如才なさで声を掛けてきた。ショウは紹介されたウィリアム王子の美貌に驚いたが、無口なのか社交辞令の挨拶のみだった。


「こちらの可愛いレディは、ショウ王子の許嫁ですか?」


 華やかな雰囲気のフランシスに、連れのミミを尋ねられて、ショウは何人も許嫁を同伴しているのが、評判になっているのだろうなぁと苦笑する。


「こちらは、従姉妹のミミ、許嫁のララの妹なのです。彼女も一緒にリューデンハイムを見学しても良いですか?」


 フランシスは勿論ですと、ミミをエスコートしたが、ウィリアムは女の子よりサンズの方に興味があるみたいだ。


「ショウ王子、この竜は貴方のパートナーですか?」


 竜を惚れ惚れと眺めるウィリアムに、サンズを紹介した。


「サンズは私の騎竜です。でも、未だ十三歳の若い竜なのです」


 ウィリアムの騎竜エリスも割と若い竜なので、サンズに興味津々で全身を調べる。


「サンズは凄くバランスの良い竜ですね。もしかして、ルースの血統ですか?」


 ウィリアムが何故それを知っているのか不思議に思ったが、確かにサンズはメリルとルースの血統だった。


「驚きました。まさかサンズを見て、わかったのですか?」


 ウィリアムがにっこり笑って、フランツ卿が東南諸島で交尾飛行をしたのを聞いたからと言った。


「交尾飛行? 何なの?」


 竜について無知なミミの質問だったが、お年頃の見習い竜騎士には女の子には説明しにくかった。


『竜が子竜を産むために、飛行して交尾するんだ』


 ミミに説明するサンズに、イルバニア王国側の全員が驚いた。


「ショウ王子、ミミ姫は竜騎士なのですか?」


「竜騎士の素質はあるのですが、本人は竜騎士をあまり知らないので、リューデンハイムの見学に連れて来たのです」


 現在、女性の竜騎士はユーリ王妃、アリエナ皇太子妃、ロザリモンド王女、キャサリン王女、幼いテレーズ王女も素質があるが、それを含めてもたった五人しかいないのだ。


 特に旧帝国三国は竜騎士でなければ王位を継げないので、竜騎士の確保に苦労した歴史があった。幸い、今のイルバニア王国にはフィリップ皇太子、ウィリアム王子、レオポルド王子、アルフォンス王子と、後継者には不足はしていないが、グレゴリウス国王の父親は竜騎士の素質が無く一代抜けた苦難の日々があった。


 アリエナ王女がローラン王国に、ロザリモンド王女がカザリア王国に嫁ぐので、イルバニア王国にはキャサリン王女とテレーズ王女しか残らない。女性の竜騎士は、魅力的な結婚相手と見られるのだ。


 ミミは、本当にショウ王子の許嫁では無いのか? 俄然、ミミに興味を示した見習い竜騎士達にショウは苦笑したが、ミミは熱い視線に気づいて、べったりとショウに引っ付いた。


「さっき、ショウ兄上は許嫁では無いと言われたけど、私は絶対にショウ兄上と結婚するつもりなの。サンズ、ちゃんとショウ兄上に私と結婚するように言って」


 ミミの逆プロポーズにたじたじになっているショウに、一夫多妻制も大変そうだと全員が感じる。


『それは、ショウの問題だよ』 


『ええっ! サンズはショウ兄上の騎竜なんでしょ! 一緒に人生を過ごすパートナーなんだから、私をお嫁さんにした方が良いと勧めてよ』


 竜まで巻き込む強引さに、可愛いミミの実情を知って驚いたが、ウィリアムは失礼な事に爆笑してしまった。


「キャサリン姉上ですら、アンドリューの騎竜を利用しようとは考えなかったな。ミミ姫、騎竜にショウ王子を口説かせるのですか」


「まぁ、ウィリアム王子、竜だけには頼りませんわ。でも、未だ押し倒すには、力不足なの。姉上達みたいに、ショウ兄上とキスしたいわ」


 ショウは真っ赤になって、ミミの口を塞いだ。


「子供の言う事ですから、本気にしないで下さい。ミミ、馬鹿な事を言うんじゃない。そんな態度なら、大使館に帰るぞ」


 いつも優しいショウにビシッと叱られて、悄々とミミも謝った。


「ごめんなさい、ショウ兄上、ちゃんと竜について勉強するわ」


 イルバニア王国側も、ショウが許嫁達に押し倒されているシーンを妄想して頬を赤らめていたが、ミミがしょんぼりするのを見て取りなした。


「ミミ姫は、ジョークを言われたのでしょう」


 チャールズがミミの失言を冗談で済ませると、フランシスもしょんぼりしている女の子を庇った。


「こんな可愛くて冗談も面白い姫君を、リューデンハイムを案内できるなんて、幸せですね」


 ショウもキツく叱り過ぎたかなと、ミミに笑いかけた。


「さぁ、リューデンハイムを案内してもらおう」


 機嫌をなおしたショウの腕をちゃっかり取って、ミミはリューデンハイムを一回り案内して貰った。


 ウィリアムは、許嫁では無いみたいだけど、ミミはショウに首ったけみたいだと、案内しながら、少し残念な気持ちになった。問題はショウがミミをどう思っているかだとウィリアムは観察していたが、どう見ても妹扱いにしか思えなかった。


 学友の二人も、ウィリアム王子は十五歳、十二歳のミミとは良い取り合わせなのに、ショウ王子にぞっこんな様子に残念に思う。


 東南諸島連合王国の姫君とウィリアム王子の縁談の利点は多いし、まして竜騎士の素質があるのはありがたい。


 フランシスは社交界デビューしてから、ウィリアムの美貌に惚れ込む令嬢達をさばくのに苦労していたので、ミミがスルーしたのを面白く感じた。


 大概の令嬢達は王子という身分と美貌に群がるのだが、自分を普通に見てくれるミミにウィリアムも好感を持った。


「寮で、お茶でも飲みましょう」


 珍しく女の子に優しく接しているウィリアムに、チャールズとフランシスは驚いた。


「灰色の制服は、予科生ですよ。十歳で入学して寮生活をしながら、見習い竜騎士、竜騎士を目指すのです」


 お茶を飲みながらリューデンハイムの仕組みを説明してもらい、竜と竜騎士の多さにショウは羨ましく思った。


「お茶を飲んだら、騎竜訓練を見学しませんか? 騎竜訓練は竜騎士隊で行われているのです。隊列を組んでの編隊飛行などの訓練をするのです。私達も見習い竜騎士になったばかりで、やっと五頭の隊列訓練が終わったところなんですけどね。ショウ王子も参加しませんか?」


 ショウは竜騎士が五人も揃って騎竜訓練なんて、東南諸島連合王国では考えられないので、この機会を逃したくなかった。


「そうさせて頂ければ、嬉しいです」


 ミミは大人しく見学していたが、元々は活発なので騎竜訓練と聞いて喜んだ。


「まぁ、ショウ兄上も騎竜訓練なさるの?」


 他のメンバーはイルバニア王国の騎竜訓練は厳しいし、若いサンズは騎竜訓練を受けた経験が無いので、ミミの前で恥をかくのは気の毒だと思った。しかし、本人が乗り気なので、知らないぞと内心で呟いた。




 サンズに乗って竜騎士隊の訓練場所に舞い降りたショウは、前に会ったキャシディ竜騎士隊長と再会した。


「この前は、お世話になりました。今日も騎竜訓練に参加させて頂くだなんて光栄です」


「いえ、それにしても可愛いレディをお連れですね。宜しければ紹介願います」


 優雅なキャシディ卿に、ミミもお淑やかに振る舞う。


「私の従姉妹のミミです。竜騎士の素質があるのですが、よく理解出来ていないので見学に連れて来たのです」


「こんなに可愛い女性の竜騎士だなんて、大歓迎ですよ。ミミ姫、ジークフリート・フォン・キャシディと申します」


 キャシディ卿はミミの手を取ると、貴婦人にするようにキスをした。ウィリアム王子の美貌にも、フランシスの華やかな雰囲気にも、平常心だったミミがポッと頬を染めた。


「まぁ、キャシディ卿は、お優しいのですね」


 フェミニストのキャシディ卿はミミを丁重に案内しながら、ショウの竜が若いのを気にした。


「ショウ王子の竜は若く見えますが、何歳なのですか?」


「サンズは十三歳です。私もサンズも、騎竜訓練など受けた事が殆ど無いのです。前にカザリア王国で、一度だけウェスティンで騎竜訓練をしたのみです」


 キャシディ卿は少し見学してから、騎竜訓練に参加する事を勧めた。


「そうですね、足手纏いになると悪いですからね」


 少しがっかりした様子のショウに、キャシディ卿は説明する。


「ウィリアム王子、チャールズ卿、それと息子のフランシスは見習い竜騎士になったばかりなのです。彼らは未だ騎竜訓練に慣れていませんから、一緒に飛ぶのは危険です。指導の竜騎士を交えて飛ぶのです」


 キャシディ卿の説明通りに、五頭のうち二頭は指導の竜騎士なのか、他の三頭より明らかに安定感があった。間隔を開けて編隊飛行をするのを見学していたショウは、大きな溜め息をつく。


「真っ直ぐ飛ぶと言っても、他の竜との間隔を保ちながらは難しそうですね。あっ、左に旋回した!」


 真っ直ぐの時は等間隔に保っていたが、旋回し出すとグシャグシャと編隊飛行が乱れてしまった。


「やはり、未だ見習い竜騎士が三人だと難しいですね。竜騎士を増やして、二人づつにしましょう。ショウ王子も飛んでみますか」


 ショウが嬉しそうに頷くのを、ミミは心配そうに見つめる。何故なら、ウィリアム達はグシャグシャになっても接触はしなかったが、他の見習い竜騎士達の中には接触して、竜から落ち掛けたり、命綱でかろうじて落下を免れたりしているのを見たからだ。


 キャシディ卿に命綱の付け方を教わっているのをミミは止めたい気持ちになったが、ショウがどれほど楽しみにしていたのか知っていたので我慢して見ていた。


「チャールズ卿とフランシスは、見学していなさい」


 ショウは、ウィリアム王子と三人の竜騎士達と編隊飛行をした。


「凄い! 初めてだとは思えないな」


 ミミには真っ直ぐ飛ぶだけなのにと、チャールズとフランシスが驚く意味がわからなかった。


「ウィリアム王子のエリスも若い竜なので、騎竜訓練をあまり受けていないのですが、サンズは全然受けていないのに他の竜との間隔の取り方が上手いですね」


 フランシスがミミに説明するのを聞きながら、キャシディ卿もショウ王子が可愛い見かけだけでは無いと表情を引き締めた。


『左旋回しろ!』


 竜騎士隊長の号令で、五頭が綺麗に左旋回するのを、チャールズとフランシスは溜め息をついて眺める。


 キャシディ卿は、ショウ王子もウィリアム王子と同じ竜馬鹿なのかと思うほど、見事な騎竜振りだ。


 未だ見習い竜騎士の二人はウィリアム王子と絆を結んだエリスみたいに、自分の意思をパートナーの竜に伝えるのに慣れていなかったのだ。どうしてもタイムラグが生じて、真っ直ぐ飛ぶのは出来でも、旋回に入るタイミングがズレてしまうのだ。


 降りてきたショウに、ミミは駆け寄って抱きついた。


「ショウ兄上、心配したけど、格好良かったわ」


「大丈夫だよ、それに竜騎士が上手だから、ちゃんと出来たんだよ」


 ショウが手慣れた感じでミミを引き離すのに、キャシディ卿は気づいて苦笑した。


 東南諸島連合王国では一夫多妻制だから、複数の許嫁を持つショウは女性を引き離すのに慣れている様子を面白く見学していた。


 キャシディ卿は、かなりミミ姫は夢中みたいだが、脈は無さそうだと気の毒に思った。


「上手に飛ばれるのに、驚きました。誰に習われたのですか?」


 ウィリアムの質問に、ショウは困惑する。


「私は自己流ですから。父上に鞍の付け方と、跨いで飛べとだけ教わりました」


 キャシディ卿は、若い頃に会った傲慢なアスラン王なら言いそうな事だと笑った。


「跨いで飛ぶだけなら、私にも出来るかも。でも、ショウ兄上に教えて貰わないと怖いわ」

 

 ショウに甘えるミミに、ウィリアムは少し嫉妬を感じている自分に驚いた。


 それから何回か騎竜訓練に参加させて貰い、ショウは丁重にお礼を言ってミミを連れて大使館へと帰った。


「キャシディ卿、何故ショウ王子は騎竜訓練を受けた事が無いのに上手なのでしょう」


 ウィリアムは、自分のエリスより若いサンズに乗っているのにと疑問を持った。


「ショウ王子は新航路を発見したりされていますから、騎竜訓練は受けていなくても、実経験が多いのでしょう。航海中には、嵐も何度か遭ったでしょうから。それと多分、風の魔力持ちだから」


 キャシディ卿は、東南諸島連合王国では風の魔力持ちが重要視されていると説明した。


「東南諸島連合王国では、一夫多妻制なんですよね。ミミ姫の姉上はショウ王子の許嫁だと聞きましたが、女の人達はそれで良いのでしょうか?」


 竜以外にあまり興味を持たないウィリアムの言葉に、キャシディ卿は女性の竜騎士であるミミに気持ちが動いたのだと察した。


「さぁ、女性は嫉妬するものですからね。でも、他国の結婚制度に、口出しは御法度ですよ」


 これからロザリモンド王女のお別れ会が開かれるので、社交の場での議論は困ると、キャシディ卿はウィリアムに釘をさす。 


「ユージーン卿は、ミミ姫が竜騎士の素質があるとチャールズ卿から聞いたら、驚くだろくでしょうね」


 キャシディ卿は昔からの友人であるユージーン卿が顔色を変えずに、内心の驚きを息子のチャールズにも隠す姿を想像して笑った。

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