第6話 ミミと竜

 ショウは大使館に帰ると、留守番していた許嫁達に取り囲まれた。


「ショウ兄上、アイスクリームを食べに行きたいわ~」


「お洒落な小物を見に行きたいの、ショウ様連れて行って」


「ショウ様、勉強を見て頂きたいわ」


「ユングフラウ大学の図書館へ行きたいの」


 慣れない外交で疲れているのに気の毒だと、ヌートン大使はショウを打ち合わせがあるからと書斎に避難させた。


「ヌートン大使、助かりました」


 ショウは外交より疲れると、ソファーにドッと身を投げ出す。


「ショウ王子、今度のロザリモンド王女のお別れ会は、どなたをお連れするのか決められましたか?」


 ショウは、ウッと言葉に詰まる。大使館にカザリア王国へ嫁ぐロザリモンド王女のお別れ会への招待状が届いていたのだが、誰を同伴するのか決めかねて保留にしていたのだ。


「このお別れ会は、どのような形式なのでしょう? それによって考えます」


 未だ決めていないのかとヌートン大使は溜め息をついたが、さっきの許嫁達に取り囲まれていた様子を思い出して、確かに難しい選択だと苦笑する。


「ロザリモンド王女のお別れ会は、何回か開かれますが、ショウ王子が招待されたのは園遊会と舞踏会ですね。リューデンハイムの同級生や、若い貴族達が大勢招待されていますよ。年配の貴族達は親密さに応じて、お茶会や晩餐会に招待されているみたいです」


「園遊会は王宮の庭で催されるのですよね。う~ん、全員連れて行っては駄目ですか? 一人選ぶのは難しいから……駄目ですよね……」


 ヌートン大使は考えるのが面倒だからと、全員連れて行くと言いだしたショウに呆れてしまった。


「別に、イルバニア王国は文句は言わないでしょうが。ショウ王子、誰をエスコートするのですか? 社交の場で、許嫁達との修羅場は困りますよ」


 選ぶのを諦めて、全員連れて行こうなんて無謀な事を口にしたショウだったが、矢張り無理だなぁと大きな溜め息をつく。


「園遊会には、ララを連れて行きます。舞踏会には、ロジーナを。メリッサは、勉強を見てあげますよ」


 え~い! とショウが決定したのを、ヌートン大使はやれやれと笑った。


「本当に、一夫一妻制にしたい気持ちです」


 それぞれ綺麗な許嫁達なのにとヌートン大使は窘めたが、ショウに本当にそう思ってますかと上目使いに眺められて、外交官の面の皮の厚さを見せて頷いた。


 案の定、全員がそれぞれ苦情をショウに言ったが、メリッサだけ同伴されないので、他の二人は何となく胸をなで下ろす。


「ララ、ロジーナ、今回はメリッサを連れて行けないのだから、勉強を見るぐらいは大目に見てくれないかな」


 書斎で二人っきりにさせるのは不満だけど、さりとて園遊会や舞踏会を諦める気持ちになれない二人は渋々承知した。


 メリッサはショウが単純に年の順で決めたのだと察していたが、少し拗ねてキスの先に進もうと内心でほくそ笑む。


 ミミはメリッサがショウと二人っきりになるのが心配だったが、年のハンデを感じていた。


「このままでは、本当にショウ様のお嫁さんになれないわ。ロジーナやメリッサだけでなく、次々と許嫁が増えそうですもの……」


 ミミは書斎を心配そうに眺めたが、邪魔をしないようにと言われたので、手が出せない。ララとロジーナはそれぞれ部屋でドレスに似合うアクセサリーや髪型を選ぶのに熱中しているので、誰にも相談が出来なかった。


 ミミは、ショウが絶対に行く場所で待ち伏せしようと思いついた。


「そうだわ! 竜は少し怖いけど、ショウ様と絆を結んでいるぐらいだから、女の子に意地悪しないわよね。絶対、ショウ様は勉強が終わったら、竜舎に来られるわ」


 ただ、ミミの思惑とは違い、大使館付きの竜騎士のホインズのパートナー竜のダークまで居るのは計算外だった。


『きゃあ! サンズじゃないわ!』


 竜としては寛いでいる所を起こされて、機嫌が良いわけが無かった。ギョロリと金色の眼が開くと、黒い縦型の瞳孔が五月蠅い侵入者に焦点を当ててきた。


『キャア~! 食べないでぇ~』   


 頭を抱えてしゃがみこんで、ギャアギャア騒ぐミミに起こされて、のっそりと奥からサンズが出てきた。


『御免、ダーク。この子供は、ショウの許嫁ララの妹だ。なんで竜舎に来たんだろう?』


 見知らぬ竜に驚いたミミだったが、サンズに許嫁ララの妹と、雑魚扱いされたのにカチンときた。


『失礼ね! 私はミミよ。それに子供じゃないわ! もうすぐ十二歳なんですもの』


『え? 私の言葉が聞こえるの?』


 ミミも、サンズの言葉が聞こえているのに気づいて驚いた。


『竜って、本当に話せるのね。サンズとだけ話せるのかしら?  私とショウ様が結ばれる運命だから、絆を結んでいるサンズと話せるのかも』


 凄く勝手な妄想をしているミミには残念な事に、ダークの『少し静かにしてくれないか』という苦情も耳に入った。


『竜って文句を言うのね。なんだぁ、サンズとだけ話せるのって、何かショウ様と縁が有りそうで、ロマンチックだと思っていたのにガッカリだわ』


 サンズとダークは、ミミの勝手な言い分に呆れた。


『ミミは竜騎士になれるんだよ』


 竜騎士って何? と怪訝な顔をしているミミに、竜達は説明はショウに任せようと決めた。


『ねぇ、そんな事より、サンズ~、ショウ様に、私の事を売り込んでよ。ミミは可愛いし、頭も良いし、気だても良いって言ってよ』


 サンズは、人間の美醜はわからなかった。


『竜は嘘がつけないんだよ。可愛いのかどうかは、わからないよ』


 そのくらいで諦めるミミでは無い。


『あら、私は超可愛いのよ。まぁ、頭も良い方だし、性格も……兎に角、ショウ様の為に一途だわ。私はショウ様を愛しているの』


 サンズもミミがショウを愛しているのは嘘では無いと信じた。

     

『可愛くて、頭も良くて、性格も良いなら、ショウもミミが好きだと思うよ』


 ミミはサンズに嬉しい言葉を貰って喜んだ。


『え、ショウ様は私を好きだと言ってるの?』


 生憎、竜は嘘を付かないので、いやと否定された。


『ララの妹として見ているよ』


 がっかりしたミミに、サンズは困る。ミミの落ち込んだ気持ちが竜舎に満ちて、サンズもダークも寛いだ気持ちになれなかった。


『サンズ、ショウを呼んで、この子を連れ出して貰えないか。私はレイテからの長旅で、疲れているんだ』


 大使館付きの竜騎士は、定期的にレイテへと連絡を取るために島伝いに往復していたので、ユングフラウに帰ったばかりのダークは疲れていた。


『そうよ! ねぇ、サンズ~、ショウ様を呼び出してくれれば、私は喜んで竜舎から出て行くわ』


 やれやれとサンズは、ショウに竜舎に来てくれと呼んだ。


 丁度、ショウはメリッサの勉強を見ている筈なのに、何故かソファーでキスをしていた。


「メリッサ、勉強をしなくて良いの?」


「私だけ留守番なのですもの。その時に勉強はしますわ」


 一応は抵抗したものの、ソファーに押し倒されてディープキスをしているうちに、ショウも勉強などどうでも良い気分になる。


 これ以上進むのは拙い! そう思いつつも、ショウは欲望に負けそうになっていた。


『ショウ! すぐに竜舎に来てよ』


 突然、サンズに呼びかけられて、ショウは驚いた。キスにうっとりしていたメリッサは、突然ショウに押しのけられて驚く。


「ごめん、サンズに呼ばれたんだ。竜舎に行かなくちゃ」


 折角、良いムードだったのにと、メリッサはガッカリしたが、このまま離れるのは勿体ない。一緒に竜舎に腕を絡まして付いて行った。


『もう! なんでメリッサまで呼んだの』


『知らないよ~。私はショウを呼んだんだ』


 竜舎に現れた二人を見て、ミミがサンズに苦情を言うのをショウは驚いた。


『サンズ? ミミは竜と話せるの?』


『そうなんだ、ダークはレイテから帰ったばかりなので疲れているから、ミミを竜舎から連れ出してくれないか』


 ダークがうんざりしているのに謝って、ショウは兎に角ミミを連れて大使館へと帰った。


 メリッサはこの分では今夜はキスの続きは無理そうだと諦めて、次回に備えて勉強を片付けておくことにした。


 ショウと二人っきりで、サロンのソファーに座ったミミだが、全然ロマンチックな展開にならないのにガッカリしていた。


「ミミは、竜騎士の素質があるんだね。父上が知ったら、驚かれるだろうなぁ」


 ミミとしては竜騎士より、ショウのお嫁さんになる事を話し合いたかった。


「竜騎士って言われても、私は女の子よ。そりゃ、竜に乗って飛ぶのは気持ち良いけど、ショウ兄上に乗せて貰えば十分よ」


 ショウは、イルバニア王国の王妃や、王女方も女性の竜騎士だと説明した。


「旧帝国三国でも、女性の竜騎士は少ないので貴重なんだよ。ミミは竜騎士になりたくないの?」


 肩に手を置いて顔を覗き込まれたミミはドキドキして、この際だから告白をしようと思いついた。


「私は竜騎士より、ショウ様のお嫁さんになりたいの」


 真剣な告白だったが、ショウはララの妹としてしか見ていなかったので驚いた。


「ええっ? でも、僕はララと結婚するんだよ。ミミは妹になるんだ」


「違うわ! 最初、父上は姉上と私を二人ともショウ様の許嫁にすると、アスラン叔父上に言われたのよ。その時から私の夫は、ショウ様だと決めていたの」


 ミミに抱きつかれて、ショウは子供を邪険にも出来ず困り果てた。


「ミミ! 何をしているの。ショウ様から離れなさい」


 園遊会や舞踏会のアクセサリー選びを終えたララとロジーナは、メリッサと書斎に籠もらすのは拙いと下に降りてきた。ショウからミミを引っ剥がして、ショウの両隣を確保した。


「ちょっと、ショウ兄上と真剣な話をしていたのよ」


 地団駄踏んで怒ったミミは、ショウの膝の上に座って首に手を回した。


「私はショウ様と同じ竜騎士なんだから、これからの事を話し合わなくちゃ」


 ショウは、両側からララとロジーナに何ですってと詰問され、膝の上のミミには顔を寄せられてショウは困り果てた。


「ミミは竜騎士になる気持ちがあるの?」


 先ずは一番重要な事を確認した。


「よく竜騎士の事がわからないの、ショウ兄上に説明して欲しいわ」

  

 甘えた態度に、ララとロジーナも頭に来た。


「ショウ様、私達も竜騎士になるわ!」


「私も!」


 ショウは竜騎士には、なりたいからといってなれるものでは無いと説明する。


「竜騎士になるには、竜と会話が出来ないとなれないんだ。でも、もしかしたら話せるのかもしれないね。確か竜騎士の素質は、同じ血筋に現れ易いと聞くから。僕達、従姉妹だもの」


 書斎のメリッサも呼び出して、サンズと試してみたが、残念な事にミミしか会話が出来なかった。


「ミミが、サンズの言葉を聞こえる振りをしているのでは無いの?」


 ロジーナはミミの罠に掛かったのを根に持っていたので、ショウの気を引く悪巧みではと言い出した。


「サンズがミミの言葉を聞き取れるのだから、嘘じゃないよ。でも、東南諸島で女性の竜騎士なんて居なかったから、どうなんだろう? 父上に相談しなくてはいけないな」


 ララは同じ姉妹なのにと残念に思ったが、竜騎士の事はあまり知らないので女の子に出来るのかと心配もする。


「僕のわかる範囲で、竜騎士について説明するよ。あっ、そうだ! 今度、イルバニア王国の竜騎士の学校のリューデンハイムに行くんだ。ミミも一緒に見学に行こうよ」


 ミミは竜騎士になるのは積極的では無かったが、ショウとリューデンハイムだろうが何処でも一緒に出掛けるのは大歓迎だ。 無邪気を装って、嬉しいと抱きつくミミを三人の許嫁達は手荒く引き剥がすのだった。

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