第5話 ショウの外交デビュー

 ショウは、イルバニア王国のクレスト外務大臣とマウリッツ外務次官との会合を持つことになった。会合の内容をレクチャーしたヌートン大使は、可愛い見た目より飲み込みが早いのに喜んだ。


「あまり緊張されていませんね」


 ヌートン大使はショウが初外交なのに、いつも通りに見えて安心する。


「まぁ、今回はヌートン大使に、ほぼお任せするつもりですから。彼方も、未だ嘴の黄色い私の意見など、求めていないでしょう。多分、どんな王子か知りたいだけなんでしょうね」


 ショウは、父上が全く外交の場に顔を見せないから、後継者が許嫁達を連れてレイテを出て来たので興味を持ったのだろうと、気楽に会見に臨んでいた。


「それも有るでしょうね。特に、マウリッツ外務次官には、気を付けて下さいね。クレスト外務大臣はそろそろ引退の時期ですし、ユージーン・フォン・マウリッツは皇太子妃になるリリアナ嬢の父親ですから。それにユーリ王妃は彼の従姉妹になりますし、マウリッツ公爵家から二代続けて王家に嫁入りさせるのです」

 

 ショウは、大らかなフランツ卿の兄のユージーンとは面識が無かったが、マウリッツ公爵家がイルバニア王国の名門であることは知っていた。


「ユーリ王妃の実家は、フォン・フォレストというのでは? 確かにマウリッツ公爵家から嫁入りした方が、格式が高くて良いのかもしれませんが」


「フォン・フォレストは、旧帝国三国では評判の良くない名前なのです。旧帝国のフォン・フォレストの反乱を起こした一族ですからね。まぁ、ユーリ王妃には母親から王家の血が流れていますから、問題にはなりませんでしたが。両親をローラン王国との戦争の際に亡くされたので、マウリッツ公爵家で嫁入り支度をしたのでしょう」


 ショウも歴史で習った時から、反乱を起こした一族が未だに血筋が残っているのを疑問に思った。


「パロマ大学のアレックス教授が、ユーリ王妃は魔法王国シンの末裔ではないかと言ってましたよ。だから、真名を読めるのだと………あっ、しまった! アレックス教授はフォン・フォレストの館から古文書を勝手に持ち出したんだ。僕はその古文書を読んだんだぁ~。その事がバレて、その当時は駐カザリア王国大使だったマウリッツ大使が、厳重にエドアルド国王に抗議したと、パシャム大使から聞いていたのを忘れてました。拙いな~、マウリッツ外務次官は、僕の名前まで知っているかな?」


 今まで落ち着いていたのに、急にソワソワしだしたショウに、ヌートン大使は古文書の無断持ち出しの件を詳しく聞いた。


「古文書を勝手に持ち出したのは、アレックス教授なのですから、ショウ王子に非はありませんよ。でも、ショウ王子は真名が読めるのですか? ユーリ王妃が魔力に優れているのは知ってましたが、魔法王国シンの末裔だとか、真名が読めるとは知りませんでした。ショウ王子、他に私に隠している事はありませんか?」


 ヌートン大使に顔がくっつくまで詰め寄られて、ショウは服の下から竜心石を取り出して見せた。


「これはアスラン王から、頂いたのですか? 東南諸島連合王国に代々と受け継がれている竜心石を、ショウ王子に渡されたのですか?」


 古狐のヌートン大使も、アスラン王が退位するつもりではと顔色を変えた。


「いえ、これは僕がメーリングの屋台で買った物です。色も少し変わっていますが、竜心石の真名で活性化しましたので竜心石に間違いありません」


 ヌートン大使には初耳な事ばかりで、竜心石が真名で活性化できると聞いて驚いた。


「その竜心石を活性化させて、ローラン王国との戦争で、ユーリ王妃はイルバニア王国の竜達に火を噴かせたのですね。前から何故イルバニア王国の竜達だけが、火を噴けるのか不思議に思っていたのです。ショウ王子は、サンズに火を噴かせられますか?」


「サンズに火を噴かす? う~ん、火の真名を知っていれば出来るかもしれないけど、僕はサンズにそんな事をさせたくありませんね。でも、イルバニア王国みたいに他国に攻め込まれたら、そんな悠長な事を言ってられないですよね。火の真名ねぇ……」


 考え込んだショウに、やはりアスラン王の息子だけあって得体の知れない所があると、ヌートン大使は鳥肌がたった。


 ショウは性格も穏やかだし、許嫁達に振り回されている姿を見ると、アスラン王の王子とは思えないが、頭脳明晰だし、魔力も強いと評価し直す。その上に真名など何処で学んだのか? 不思議な王子だと、ヌートン大使は次代の王はどのような治世をするのか想像もできないと首を横に振る。



 大使館の職員が馬車の用意が出来たと告げに来たので、ショウとヌートン大使はプリウス運河の件を話し合う為に外務省へと出向いた。


「此方に来て貰っても良いのですが、外務省を見学がてら出向きましょう。外務省は王宮の右翼に配置されています。イルバニア王国は官僚が多いですが、左翼の国務省とは仲が伝統的に悪いですね」


 ヌートン大使の説明を聞きながら、薔薇に埋もれそうな王宮へ到着した。


「あっ、ショウ王子! 僕は駄目ですよ、私と言って下さいね」


 何度となく注意されているのに、つい僕と言ってしまうショウに馬車から降りる前に釘をさす。


「もう、わかっていますよ」


 外務省の職員に出迎えられて、ショウとヌートン大使は会合が行われる部屋へと案内された。


「始めまして、ショウ王子。私はクレストと申します」


 温厚そうな外務大臣に出迎えられて、ショウもにこやかに挨拶を交わす。


「クレスト外務大臣、はじめまして。ショウと申します」


 ユージーンは確かにフランツの言う通り、傲慢なアスラン王の息子とは思えない可愛い系のショウ王子だと思った。


「こちらは、マウリッツ外務次官です。プリウス運河の件は、マウリッツ外務次官に任せております」


 ショウは大らかそうな弟のフランツとは違い、冷たい整った容姿のマウリッツ外務次官と丁寧な挨拶を交わす。


「フランツ卿には、前にお世話になりました」


 会合の席に付きながら、兄のマウリッツ外務次官にお礼を言うショウを、クレスト外務大臣はにこやかに眺めていたが、プリウス運河の使用料金や、優先順位についての話し合いは難航した。何年も揉めている懸案を一回で解決出来るとはお互いに考えていない様子に、ショウはレイテの商人達の駆け引きを思い出す。


 ショウは、場所や取り扱う案件は違うけど、お互いに譲らない振りをしながら、相手の妥協点を探るやり方は根気がいるので自分には向いていないと思う。


 ヌートン大使が、レイテのバザールの客に見えてきたショウは、こういう交渉は、大使に任せた方が良さそうだと、口出ししない。


 水を得た魚の如く使用料金を値切るヌートン大使を、一歩引いて見ているショウの態度に、イルバニア王国側は気付いた。


 ショウ王子は、初めての外交デビューだというのに、落ち着いていると驚く。鷹揚に構えて、熟練の外交官であるヌートン大使に任せている。若い王子なら、功を焦って口を挟みたくなるのにと、ヌートン大使は高く評価する。


 マウリッツ外務次官は、弟のフランツが言っていた通り、フラナガン宰相にしごかれたようだと思ったが、このままではショウ王子の考えがわからない。


 マウリッツ外務次官は、ヌートン大使が呼吸をするために言葉を途切れさせた機会に質問をふった。


「ショウ王子はプリウス運河について、どうお考えですか? 東航路を発見された御方の意見を、聞きたいですね」


 ヌートン大使はマウリッツ外務次官が、やはりショウの能力や考え方を知りたくて会合を設けたのだと察した。


「プリウス運河は、便利だと思います。ただ、使用料金と、優先順位が、我が国の商人達に不利なのは困った問題ですけど。後、大型船が通行出来ないのは、痛いですね」


 ショウが模範的な解答をするのを、ヌートン大使は、良く出来ましたとほくそ笑む。


「プリウス運河の建設に莫大な税金が投じられたのですから、使用料金に自国と他国の差が有るのは当然です」


 ショウは、マウリッツ外務次官がわざと正論をぶつけて来たのに驚いた。


「建設資金に税金が使われたのは、イルバニア王国の問題です。現在、プリウス運河を使用している船舶の三分の二は、東南諸島連合王国の船舶です。その使用料金で建設資金の穴埋めや、大型船の運行出来る運河への改築工事をされるのであれば、今の使用料金も、優先順位も不公平だとは思われませんか」


「プリウス運河を税金で建設したのが、イルバニア王国の問題とはどういう意味でしょう」


 ショウは少し面倒臭い事になったなぁと思いながら、自分の考えを説明する。


「私なら、プリウス運河の株式会社を設立します。株主に資金を提供して貰い、運営と利益の配分を任せますね。勿論、巨額の費用を全て個人の投資家で賄う事はできないでしょうし、国策に反する事をされても困りますから、国も投資して制御します。半民半官ぐらいに、しておきますね。着工が遅れている大型船の運行出来るようにする工事は、このやり方を導入されたら如何ですか? それなら税金の投入も抑えられるので、早く着工出来るのでは無いでしょうか」


 マウリッツ外務次官は、おっとり系に見えてもアスラン王の王子だと思った。


「その場合は東南諸島連合王国も資金を提供されるのですか?」


 ヌートン大使から、イルバニア王国側から第二期工事の資金提供には慎重に返答するように言われていたショウは、にっこり笑って論旨をずらせた。


「プリウス運河の運営が健全で配当が見込まれると、我が国の商人達が判断すれば投資するでしょう」


 商人達の資金提供ではなく、東南諸島連合王国が請け負うかとの質問だったのだがと、マウリッツ外務次官もクレスト外務大臣も舌打ちしたくなる気持ちだ。息子の年のショウがヌートン大使にキッチリ仕込まれているのは理解出来たので、追及しても無駄だと思った。


 実は、プリウス運河の建設の時に、株式会社を設立しようとユーリ王妃は提案したのだが、表立っては国政に口出し出来なかったので税金が投入されたのだ。


 それに着工当時は、ローラン王国への小麦の輸出規制をしていたのだ。株式会社にプリウス運河を管理させるのは、不安材料に考えられた。


 ショウの半民半官は良いアイデアだが、頭の固い国務省が受け入れるかなと、マウリッツ外務次官はグレゴリウス国王に話してみようと考えた。


 その後は使用料金については、外務次官とヌートン大使とで会合を持つとされて、和やかにお茶を飲みながらの雑談になった。


 会合の終わりに、マウリッツ外務次官からショウにリューデンハイムで騎竜訓練を受けてみないかと提案がされた。


「マウリッツ外務次官、是非受けてみたいです。ニューパロマのウェスティンで一度受けただけですから」


 目をキラキラと輝かすショウが、やっと年相応に見えたマウリッツ外務次官だった。ヌートン大使は、竜馬鹿なのは困ったものだと溜め息を押し殺した。  

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