第4話 クレスト外務大臣とマウリッツ外務次官

 イルバニア王国の外務省は、ロザリモンド王女の結婚とそれに参列する国内の貴族達の名簿の作成や、各国の要人達との会合の設定に忙しい。前年にローラン王国に嫁いだアリエナ王女も、アレクセイ皇太子と共にユングフラウに滞在して、嫁ぐ前の妹と一緒に過ごしていた。


 アリエナ皇太子妃は、姉妹と両親との穏やかな日々を楽しんでいたが、アレクセイ皇太子はローラン王国との山積みの問題を少しでも解決したいと連日の会合を持っていた。


 しかし、何年も敵対関係だったローラン王国とイルバニア王国の関係は、ゲオルク前王が亡くなったり、アレクセイ皇太子と婚姻を結んだりと、改善中ではあるがなかなか一朝一夕には友好的にはならない。


 ローラン王国との連日の会合で忙しい外務省だったが、今まで交渉とかは大使任せだった東南諸島連合王国のショウ王子がユングフラウに滞在している好機を逃したくないと、クレスト外務大臣とマウリッツ外務次官は、直接話し合う機会をつくろうと頭を悩ましていた。


「フランツ卿とショウ王子は、ペリニョン岬の井戸の使用料の不正の件で接触があったのですね。今回も、ショウ王子はフランツ卿を屋敷に訪ねられたと報告が上がっています。フランツ卿は、ショウ王子の事をどう評価していますか」


 クレスト外務大臣は、マウリッツ外務次官に、弟のフランツが、東南諸島連合王国の次期王をどう見たのか気になって質問した。


「それが、フランツにしては珍しく、言いよどんでましたね。つかみ所が無いと言う評価です。多分、フラナガン宰相に鍛えられたのだろうと言ってました。外交する相手国に余計な情報を与えないようにしようと、当たり障りのない話題を選んで話したそうです」


 クレスト大使は、手強いフラナガン宰相を思い出し、思わず眉を顰めたが、続きを促す。


「ショウ王子は、傲慢そのもののアスラン王の息子とは思えない、おっとり系だそうです。でも、九歳でパロマ大学に聴講生として留学したり、ゴルチェ大陸西海岸の測量をしたのですよ。それに十三歳で新航路を発見しているのですから、只のおっとりとは言えないでしょう。パロマ大学での成績も優秀だったみたいですし、後ろ盾の無い第六王子なのに、後継者に指名されただけはあると思います」


 クレスト外務大臣は引退して、マウリッツ外務次官に大臣を譲ろうとしていたので、彼と彼の弟の評価を真剣に受け止めた。


「そうですか、あのフランツ卿がつかみ所が無いと、評価するとは気になります。一度、私も直接会って話したいですね。貴方も来年はフィリップ皇太子殿下とリリアナ嬢の婚礼でお忙しいでしょうが、そろそろ私も引退してセリーナとゆっくり過ごしたいと思ってます。次期の王との付き合いは、貴方の方が長くなりそうですので、よく性格を見極めた方が良いですね。アスラン王のように大使任せの外交では無さそうですし、個人的に親しくした方が良いでしょう。ご子息や甥子達とは、年齢も近かったのではないですか?」


 ユージーンは考え込んでしまった。


「私の息子チャールズはウィリアム王子と同じ年ですから、ショウ王子の一歳年上ですね。フランツの長男は、レオポルド王子と同じ年だった筈ですから十三歳かぁ。こちらは社交界デビューもしていませんから、今はウィリアム王子や、チャールズ、あっジークフリート卿の次男のフランシス辺りが年が近いですね。でも、ショウ王子に、太刀打ちできるでしょうか?」


 美貌に反して無口なウィリアム王子を思い出して、二人は溜め息をついた。


「あの美貌を、外交に生かして頂きたいですがねぇ。武術と竜にしか興味が無いとは、残念至極です」


 クレスト外務大臣の口惜しげな口調に、ユージーンは苦笑する。


「物は考えようです。ウィリアム王子は優れた見習い竜騎士ですから、ショウ王子には却って興味深いかもしれませんね。東南諸島連合王国には竜が少ないですから、見習い竜騎士の学校で飛行訓練を受けて貰うとか」


「そうですね。私は竜騎士で無いので失念していましたが、ショウ王子は竜騎士なのですね。竜騎士の学校のリューデンハイムに遊学とかして貰えると、気性もよくわかりますし、ウィリアム王子と親しくして貰えるのですが。ただ、東南諸島連合王国では竜騎士は重く考えられていないそうですので、この点は如何でしょうか」


 ユージーンは少し考えて、竜騎士なら竜を愛する気持ちは国の事情が違えど同じだと思った。


「国で竜騎士が重く考えられて無いからこそ、リューデンハイムでの飛行訓練は楽しく感じられると思いますよ」

 

 この点は竜騎士であるユージーンに任せる事にしたが、社交の場以外でショウ王子と話してみたいとクレスト外務大臣は考える。


「出来れば、古狐のヌートン大使抜きで話し合ってみたいですが、そうはさせないでしょうね。いくら何でも十四歳ですからね。グレゴリウス国王陛下もカザリア王国との同盟締結の会議に出席された時は十五歳でしたが、特使という名前で経験を積むのが目的でしたからね」


 クレスト外務大臣とマウリッツ外務次官は、懐かしい昔を思い出した。


「そうですね、あの時はユーリを巡って、グレゴリウス皇太子とエドアルド皇太子が争われて、同盟締結の苦労より、そちらの心配が記憶に残っていますよ」


 ユーリの従兄であるユージーンがどれほど苦労したかを思い出して、クレスト外務大臣は笑った。


「貴方はユーリ王妃を、よく叱ってましたね。社交界デビューをしたくないと駄々をこねたりと、あの方も凄く変わっていらしたから。そういえば、大使館の庭で、ハーブや野菜を栽培したり、鶏を飼ったりされましたね」


 カザリア王国との同盟締結の時期に、駐カザリア王国大使だったクレストは、賑やかだったニューパロマの大使館の日々を語った。


「私の娘は大人しいので、王宮での暮らしに耐えられるか不安に思っています。ユーリ王妃ほど慣れるのに苦労はしないでしょうが、彼女のような逞しさは持っていませんから」


 フィリップ皇太子の婚約者リリアナの父親らしい顔を珍しく見せたユージーンに、クレスト外務次官はやはり王家に嫁がすのは大変なのだなと同情する。


「リリアナ嬢はマウリッツ公爵家で育ったのですから、さほど王宮に慣れるのに苦労はされないでしょうし、フィリップ皇太子殿下はお優しいですから大丈夫ですよ。幼い頃からの知り合いに、嫁ぐのですからね。それにお淑やかな皇太子妃は、女官達も安心して見ていられるでしょう」


 田舎育ちのユーリが皇太子妃として、王宮に慣れるまでの色々な失敗を思い浮かべて、従兄のユージーンは苦笑いした。


 皇太子妃としての嫁入り支度は、マウリッツ公爵家ではユーリの時に経験済みなので苦にならなかったが、ユージーンは父親として娘のこれからの生活を案じるのだった。


 しかし、親としての心配や不安をクレスト外務大臣に打ち明けても仕方ないと、ショウ王子との会合に話を戻す。


「ゴルチェ大陸への新航路の発見はありましたが、未だ西海岸は東海岸や北部に比べると未開発です。当分はプリウス運河の使用頻度は落ちそうに有りませんが、要注意ですね。東南諸島連合王国とは運河の使用料金や、優先順位についての話し合いも有りますし、大型船の通過が出来るようにするための工事に付いても揉めています。この件の会合に新航路を発見したショウ王子も参加して貰えると、どういった考えの持ち主かわかるのですがね」


 クレスト外務大臣もユージーンが親としての立場を振り切って、マウリッツ外務次官として会話を始めたのに気付いて、相変わらず冷静な態度だと感心する。


「まぁ、ヌートン大使も何時までもショウ王子を囲い込んではいられませんし、足馴らしとして前からの懸案の会合は参加させやすいでしょう。これまでの経緯や、交渉の要点を説明できますからね。会合でヌートン大使の主張だけを優等生として押してくるのか、それとも自分の意見を挟んでくるのか楽しみですね」


 ユージーンは、熟練の外交官であるクレスト外務大臣もなかなかの古狸だと笑った。


「まぁ、古狐のヌートン大使が余計な事を言わないようにショウ王子を教え込むでしょうけど、でもお互いに自国の利益をぶつけ合うだけで全く着地点が見えてませんからね。ヌートン大使がショウ王子に花を持たせようと、少し引いて解決させてくれれば有り難いですが、まぁしそうに有りませんね。兎に角、ヌートン大使にプリウス運河の件の話し合いを持ち掛けてみます。彼も此方がこの時期に会合を持ち掛けた意味に、ピンとくる筈です」




 東南諸島連合王国の大使館に、イルバニア王国の外務省から、プリウス運河の懸案についての会合を持ちたいと申し出があった。ヌートン大使は、ショウ王子が外交デビューするのに良い機会だと考える。


「イルバニア王国の外務省から、プリウス運河の懸案についての会合を持ちたいと申し出がありました。多分、クレスト外務大臣やマウリッツ外務次官が、ショウ王子と会ってみたいのでしょう。私は良い機会だと思いますが、どう考えられますか」


 ショウは外交デビューかぁと溜め息をついたが、プリウス運河は自分も興味があったので承知した。


「私もプリウス運河を二回通過して、問題点に気付いてます。通過使用料金の高さや、優先順位で、イルバニア王国と、同盟国のカザリア王国との間に差が有りますね。ヌートン大使、今までの交渉の経緯を説明して下さい。それと、大使の考えも教えて頂けますか?」


 ヌートン大使は、自分の意見を先に確認したいと言うショウ王子の慎重な態度に満足した。


 若いショウ王子を、古狸のクレスト外務大臣や、冷静なマウリッツ外務次官との会合に出席させるのは不安だったが、これなら大丈夫だろうと安心する。


 ヌートン大使はビシバシと今までの交渉の経緯と、自国の主張と、イルバニア王国の主張、そして自分が考えている妥協点を教え込んだ。ショウが大使と書斎に籠もってしまったが、許嫁達は公務だから仕方ないと舞踏会用のドレスの仮縫いなどで時間をつぶす。

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