第3話 ユングフラウの大使館で
ショウがメリッサの勉強を教えているので、ララとロジーナは苛々している。
「ミミ、書斎に様子を、見に行ってきて」
ララは、妹のミミを何度目かの偵察に行かそうとしたが、プンと膨れる。
「そんなに気になるなら、姉上が見に行ったら?」
ショウに勉強の邪魔をしないようにと釘を刺されて、自分が貧乏籤を引かされるのは御免だと偵察を断られる。
ララとロジーナは、二人で頭を絞る。
「そうだわ、イルバニア王国の王家の人達のレクチャーを、ヌートン大使からしてもらう予定だったわ。ショウ様も、一緒に復習すると言ってらしたわ」
「それだと、メリッサも一緒にレクチャーを聞くことになるわ」
ララは、二人が親密になるのが、とても心配で堪らない。
ララは、自分が他の二人より恋愛テクニックが下手だと自信喪失していた。ララは、ロジーナほど可愛い子ぶりっこも出来ないし、メリッサほどナイスボディでも無い。それに本を読むのは好きだけど、パロマ大学に留学したいとはまでは思わないし、全て中途半端だといじける。
「ショウ様も、何時かは私より魅力的な女の子に夢中になってしまうかも……」
ミミは、ララがうじうじ悩んでいるのを見ていられなかった。そんなんじゃ、ロジーナに取られてしまうと心配しているのだ。自分がショウと結婚できるまで、少しは頑張って貰わないと困るのだ。ロジーナと第ニ夫人の座を争うのは、大変そうだからだ。
全く身勝手な考えではあるが、少しは姉のララのことを心配もしている。
「先ずは、ヌートン大使を捕まえなきゃ! ロジーナと私で、大使は口説くから、姉上はメリッサを呼びに行ってね」
ララは二人が籠もっている書斎の前を行ったり来たりして、なかなかノックができなかったが、中からのドタンという物音で、ショウがメリッサに襲われているのではと慌てて入る。
「ショウ様、大丈夫ですか?」
書斎のソファーで勉強を見ていたショウは、質問がある時だけ教えるだけなので、暇潰しに自分もイルバニア王国の歴史を復習しとこうと本を読んでいたのだが、うとうとして重い本を床に落としてしまったのだ。
「え? ああ、ララ、何?」
うたた寝していたら、突然目の前に現れたララにショウは一瞬わけがわからなくなったけど、メリッサはララが自分が誘惑していないか心配したのだろうと苦笑する。自分が見当違いな妄想を持ったとララは恥ずかしく思ったが、もじもじとヌートン大使にイルバニア王国の王家の人々の事を説明して貰うと告げた。
「ああ、そうなんだ。今も、歴史の本を読み返していたところなんだ。メリッサも休憩がてら、ヌートン大使の話を聞くかい?」
メリッサは勉強していた本をパタンととじると、ゆっくりと立ち上がった。
「ええ、ショウ様とご一緒しますわ。ヌートン大使から直接教えて頂けるなんて、めったにない機会ですから」
ララは、ショウをメリッサと二人っきりにしたくなくて、ヌートン大使から話を聞こうとした自分達と心構えが違うと反省する。
ララは、ショウの足を引っ張らないように、しっかり聞こうと反省した。このまま何も努力しないでいたら、ショウの許嫁として恥ずかしいと思ったのだ。
サロンには、ヌートン大使とカミラ夫人が、公式の場での注意点をロジーナとミミに話し始めていた。
「ああ、ショウ王子、丁度お話しなくてはと思っていたので、ロジーナ様から言い出して頂いて良かったです。旧帝国三国のマナーは、レイテで勉強して来られていますが、実際に社交の場での微妙な事についても、カミラから聞いておいた方が良いですよ。特にユングフラウは、恋愛の都ですからね」
ロジーナとミミは恋愛の都と聞いて、目を輝かせる。
「ユングフラウは、恋愛の都ですの?」
ヌートン大使は王子の許嫁なのにと、浮ついた声に頭を痛めた。
「ええ、特にフィリップ皇太子の友人方は、お気を付けて下さいね。竜騎士や、見習い竜騎士の制服は、格好良く見えますから、令嬢達の憧れの存在ですの」
「でも、フィリップ皇太子は、マウリッツ公爵家の令嬢と婚約されているのでは?」
ショウの質問に、その通りだと頷く。
「フィリップ皇太子は、婚約者にベッタリですから大丈夫ですわ。でも、ウィリアム王子は男にしておくのが勿体ない程の美貌ですし、竜騎士隊長の子息達も華やかな容姿で、今の社交界は恋愛ゲームの真っ最中ですの」
ロジーナとミミは、イルバニア王国の王家の人達について詳しくなかったので、フィリップ皇太子の名前ぐらいしかわからない。
「フィリップ皇太子は、確かカリン兄上と同じ年だったですよね」
ショウは自分の記憶をヌートン大使に確認しながら、どうやら勉強不足なロジーナに説明する。
「イルバニア王国には二十二歳のフィリップ皇太子、昨年ローラン王国に嫁がれたアリエナ王女が二十一歳、そして今年カザリア王国に嫁がれるロザリモンド王女十九歳だったかな。他に、キャサリン王女が十七歳、ウィリアム王子が十五歳で社交界デビューされたのですよね。後は、レオポルド王子が僕より一つ年下の十三歳、あと年が離れた九歳のアルフォンス王子、テレーズ王女がいらっしいますよね」
指を折りながら数えていたショウ王子に、よく憶えましたねと、笑いながらヌートン大使が褒める。
「ええ、四王子、四王女と、子沢山です。こちらは一夫一妻制ですから、全員ユーリ王妃のお子様なのですよ~」
ヌートン大使は、考えられないと頭を振った。許嫁達は、八人も産んだのかと驚いた。東南諸島では、庶民の貧しい男に嫁いで一夫一妻の場合は子沢山もあるが、普通は一人か二人産むのだ。
「そんなに過酷な事……」
「ユーリ王妃が、気の毒ですわ」
ロジーナもショウとの間に子供は欲しかったが、そんなに沢山産んだらボディラインが崩れてしまうと心配する。
「それが、ユーリ王妃は、まるで結婚されたままのように若さを保っていらっしゃるのです。竜騎士は若さを保ち易いなんて、不公平ですわね」
カミラ夫人の言葉に、許嫁達はひぇ~と、顔色を変える。
「そう言えば、アスラン王も、とても若く見えるわ。威厳ある態度で誤魔化されてるけど、顔や身体つきは青年みたいだもの」
「キャ~! ショウ様も竜騎士ということは……」
元々ベビーフェイスで、可愛い系のショウが若いままなのに、自分が中年になるのを想像して鳥肌を立てる。全員が若さを保つ為に、あらゆる美容術を試みようと心に決めた。
「今、ユングフラウの社交界にデビューされているのは、フィリップ皇太子、ロザリモンド王女、キャサリン王女、ウィリアム王子ですね。フィリップ皇太子、ロザリモンド王女は、婚約者がいらっしゃいますから大丈夫です。キャサリン王女は、十七歳なのに婚約者がいないのです」
ショウ以外の全員が、十七歳なのに婚約者がいないと聞いて驚く。何故? という興味津々の瞳に見つめられ、ヌートン大使は、キャサリン王女の事情を話す。
「キャサリン王女はフィリップ皇太子の御学友のアンドリュー・フォン・キャシディ卿に夢中ですが、どうやら片思いで国王夫妻も困っておられます。先日、振られたとかいう噂が、ユングフラウに流れました。ショウ王子、キャサリン王女にはお気を付け下さい。失恋したての王女と、ややこしい関係は困りますから」
許嫁達は王女が家臣の子息に片思いしたり、又振られたりすると聞いて驚いた。
「そのアンドリュー卿は、首を斬られたりしないのですか? 王女にそんな侮辱を与えて」
メリッサの恐ろしい言葉に、ショウは慌てて説明する。
「旧帝国三国では政略結婚もあるけど、恋愛は自由だから首など斬らないよ。それにアンドリュー卿は竜騎士隊長のキャシディ卿の子息だから、キャサリン王女が夢中になるのも仕方ないかな。キャシディ卿と会った事があるけど、なるほど恋の都らしい竜騎士だと思ったからね」
ショウの言葉に、貞淑なカミラ夫人も同意する。
「キャシディ卿は華やかで優雅ですわ。フィリシティ夫人が恐ろしいですから、何方もちょっかいは出せませんけどね。独身の頃は、イルバニア王国一の色男と異名をお持ちでしたのよ。子息のアンドリュー卿もプレーボーイで、あちらこちらの令嬢やご婦人と浮き名を流していますわ。だから、国王夫妻もキャサリン王女の気持ちはご存知だったでしょうが、アンドリュー卿に無理強いするのを諦めたのでしょう。ああいうタイプの殿方は、もっと年を取らないと結婚は無理ですもの」
ロジーナはプレーボーイのアンドリュー卿や、美貌のウィリアム王子に会いたいと浮き浮きする。
「恋愛小説の舞台みたいだわ!」
ショウはロジーナなら、ユングフラウの恋愛ゲームを楽しむだろうと笑う。すかさずララとメリッサは、ショウ様だけで十分ですわと貞淑さをアピールする。
「あら、私もショウ様だけですわ! でも、恋愛ゲームなんて、見ているだけで楽しそうなんですもの。ショウ様、私は貴方だけのロジーナですのよ」
ロジーナはまるで傷ついた子猫のようにショウに甘えだして、ララとメリッサが引っ剥がす。ヌートン大使とカミラ夫人は、ショウも賑やかな許嫁達で大変そうだと苦笑する。
「ロジーナなら、ユングフラウの社交界でも上手くやっていけそうだな」
ショウは外交を自分に押し付けようとする父上の意図を汲んでいたので、ふとメリッサをニューパロマに、ロジーナをユングフラウに住ませたら良いかもと思いつく。
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