第10話 舞踏会の夜に

 ララは心配していた園遊会が楽しく過ごせたし、リリアナ嬢と仲良くなれたのと、ショウを独り占めできて、上機嫌だった。大使館へ帰る途中の馬車で、ショウとキスできてウキウキしていたララは、明日はロジーナと舞踏会へ出掛けるのだと思うと嫉妬する。


 ショウは、ヌートン大使にアレクセイ皇太子が対談を求めてきたと報告した。


「ローラン王国とは、山ほど話し合わなくてはいけない事があります。先ずはあのダカット金貨についてですね。百ダカット金貨を百クローネ金貨と両替しろなんて、どこの誰がすると言うのでしょうね。あんな粗悪な金貨を市場から回収するのに、ローラン王国の経済は破綻しますね。自国まで五十クローネで買い取るわけにいかないでしょうから」


 ショウもカインズ船長から前に乗っていた船が、ローラン王国との交易でダカット金貨には難儀したのを聞いていたのでヌートン大使に詳しく今までの経緯を説明して貰う。


「何だか、ローラン王国って袋小路に入ってますね。この資料によると去年は首都ケイロン周辺は豊作だったらしいですが、これはアリエナ皇太子妃のお陰ですかね。それとイルバニア王国からの小麦の輸入制限が緩まりましたから、農民が飢えてカザリア王国に逃げるのは減るかもしれませんね。ニューパロマには、ローラン王国の難民がたむろしてましたから」


 ヌートン大使は、アリエナ皇太子妃と豊作の関係にピンときていなかった。


「えっ、アリエナ皇太子妃は緑の魔力持ちなんですか?」


「この数字を見れば、多分ね。イルバニア王国には、緑の魔力持ちが偶に出現しますから。ユングフラウがバラで埋もれそうなのも、王家に緑の魔力持ちがいるからでしょう」


 ヌートン大使は、目から鱗の話に唖然とする。


「ショウ王子、そんな重大な事に気づかなかったなんて、私はアスラン王に首を斬られてしまいますよ~。他に私が知らない事ありませんよね」


 半泣きになったヌートン大使に言い寄られて、ショウは前から考えていたローラン王国の経済救済案を話した。


「ローラン王国の木材は、北の寒さで目が詰まっていて上質なのです。我が国の船もローラン王国の木材で造られていますよね」


 ヌートン大使はその位常識だと頷いて、先を促す。


「わざわざレイテの造船所に運ばなくても、ローラン王国で船を造れば良いでしょ。ローラン王国の南東部の港に、造船所を建造するのです」


 ヌートン大使はそれはローラン王国に有益だけど、東南諸島連合王国に何の利益があるのか疑問に思った。


「優れた我が国の造船技術をローラン王国に教えて、何の得があるのですか? それに南東部といえど不凍港ではありませんよ。ローラン王国はイルバニア王国の穀物地帯と不凍港が欲しくて、十数年も南下政策をとっていたのですからね」


「う~ん、直ぐには利益にはなりませんが、ローラン王国の経済が立ち直ってくれないと交易が上手くいかないんですよ。それに、造船所の建設資金をお互いに折半すれば、利益の半分は貰えますよ。あっ、レイテの船屋に資金を出させて、経営させても良いですね。ローラン王国には失業者が大勢いますし、冬場は農民達の出稼ぎもあるでしょう。雇用も促進できますよ……あっ、我が国の利益についてですね」


 ヌートン大使の、貴方は何処の王子ですかという呆れた視線に気づいて、ショウは少し考える。

 

「イルバニア王国の王女が、ローラン王国、カザリア王国に嫁ぐのですよ。三国同盟を結ばれて、お互いの国だけの利益を求めてきたら我が国は困るでしょ。今、一番手助けを欲しがっているローラン王国から手を結んでいこうかなぁと僕は思うのですが、ヌートン大使はどう考えられますか?」


「アリエナ王女がアレクセイ皇太子と結婚しても、両国の国民感情は一朝一夕では改善されませんよ。こちらでは嫌われ者のゲオルク前王でしたが、ローラン王国では何故か人気がありましたし、遺臣も大勢がケイロンにはびこっています。彼等はルドルフ王の指示に従いませんし、ましてやカザリア王国で育ったアレクセイ皇太子など余所者あつかいです。そうそう三国同盟などできませんし、第一、造船所の建設資金など貧乏なローラン王国には払えませんよ。農民達を食べさすのに精一杯です」


 ショウは、ルドルフ王の指示に逆らうゲオルク前王の遺臣など、首にすれば良いのにと、毒づいた。


「ひぇ~、前王の遺臣の首を斬るなんて、仰らないで下さい」


 ヌートン大使が首を押さえて怯えるので、私はそんな事しませんよと、慌ててショウは約束する。


 アスランが王位についた時、腐敗していた官僚の首を斬ったのを忘れていた。シャレにならないよと、ショウは自分の失言に冷や汗をかいた。 


「まぁ、この件はアスラン王に、お伺いをたててからにしましょう。先ずは彼方の出方を見ましょう」


 ヌートン大使も、わざと退位するまで腐敗官僚を見てみぬ振りをした前王と、アスラン王の過酷な通過儀礼には気づいていたので、ショウ王子に同じ通過儀礼をさせるわけがないと考えた。


 ショウも、傲慢な父上だけど、腐敗官僚を首を斬らす為に残して置くような事はしないだろうと考える。


「まぁ、それは僕を思いやるのではなく、我慢できないだろうから。うっ、まさか通過儀礼って、沢山の許嫁を押し付けるつもりじゃ無いよね……」


 あの父上なら自分が嫌がりそうな事を押し付けそうだと、身震いしながら、ショウはサンズに会いに行った。


『サンズ、竜騎士になったら、ショウ兄上は私のことを好きになってくれるかしら?』


 サンズは人間の恋愛は全く理解できないので、返答に困る。


『交尾飛行すると、絆の竜騎士も欲情するよ』


 これぐらいしか竜騎士になって、ショウとミミが繋がる事を思いつかなかった。


『ええ~、もし私の竜とサンズが交尾飛行したら、私とショウ兄上もってこと?』


 妄想大爆発中のミミに、サンズは竜と絆を結ばなくてはいけないし、竜騎士が性的に成熟しないと騎竜は交尾飛行しないと言った。


『だったら、絆の竜騎士になっても、ショウ兄上とエッチしないと交尾飛行出来ないんじゃない!』


 ぷんぷんミミに怒られて、そんなの知らないよとサンズが困り果てているところに、ショウが竜舎にやってきた。


『ミミ、何を怒っているんだ?』


 ハッと振り向いてショウに気づいたミミは、にっこりと笑って竜騎士についてサンズに質問していたのと言う。サンズは、嘘では無いのでスルーした。


『サンズ、又、竜騎士について教えてね』


 そう言うと竜舎から出て行ったので、ショウはサンズに寄りかかって、今日の園遊会であった事を取り留めもなく話した。


『ショウは、ララが好きなんだね』


 サンズはショウの気持ちが伝わるので、ララを愛しているのに他の許嫁を持つ葛藤に気づいた。


『そう、ララを愛している。でも……ロジーナやメリッサにも幸せになって貰いたいんだ。メリッサは第一夫人になりたがっているから、いずれは私の元を離れるだろう。その時により良い条件の男を見つけられるように、パロマ大学で学ばせてあげたい。ロジーナは、ユングフラウに居た方が伸び伸びと暮らせると思うんだ。後は、これ以上許嫁が増えないことを祈るだけだよ』


 サンズは、ミミからの願いを口に出せなかった。




 次の日は、夜は舞踏会なのでロジーナが昼寝をして体力を温存している間に、ショウはララとメリッサとミミをユングフラウ大学の図書館に連れて行ったりして過ごした。


「こんなに沢山の本があるのね」


 驚いているメリッサに、ララはパロマ大学の図書館はもっと大きいわと教える。本好きの二人と違いミミは図書館には余り興味を示さなかったが、ショウに竜についての本を探して貰って読んだ。


「う~ん、絆の竜騎士になるのと、パートナーの竜騎士の違いなんて何処にも書いてないわ~」


 どれどれとショウも竜についての本を隣に座って一緒に読むことですら、ミミには嬉しかった。ララとメリッサは、沢山の本に目移りしている間にミミにショウを取られて、しまったと後悔したが、図書館で騒ぐのは拙いと自制する。



 夕方になると全員で早めの軽食を食べて、ショウは簡単に着替えるとロジーナの身支度が終わるのをサロンでヌートン大使と待った。


「ご婦人の身支度は、何故こうも時間がかかるんでしょうなぁ。というか、出掛ける時間は予め決まっているのですから、逆算して支度を始めれば良いと何度もカミラに言っているのですが」


 ヌートン大使はショウ王子をお待たせするだなんてと、焦りまくって言い訳をする。


「カミラ夫人のせいでは無いですよ。多分、慣れないロジーナの着替えも手伝って下さっているのでしょう。それに舞踏会だなんて苦手だから、ゆっくり行ったらいいのでは?」


 ヌートン大使は東南諸島連合王国と違い、時間に遅れないのもマナーなんですと呑気なショウ王子を諌めた。そうこうするうちに着替え終わったロジーナとカミラ夫人が降りてきた。


 社交界デビューしたばかりの令嬢は白いドレスを着るのがマナーなので、ロジーナも白いドレスに水色のサッシュでウエストをくくっていた。その姿は実情を知っているショウですら、天使みたいに清らかで可愛らしく思えた。カミラ夫人は群青色のスッキリしたドレスを大人の貴婦人らしく着こなしている。


「ロジーナ、とっても可愛いね」


 自分の言葉に頬を染めるロジーナが、本当に初対面で押し倒してきた女の子とは思えなかった。




 煌々と灯りで照らされた王宮に、続々と招待された客が馬車で運ばれてくる。ロジーナはこんなに大勢の紳士や貴婦人や令嬢達を見たことがなかったので、少し気後れしてしまったが、カミラ夫人に控え室に案内されて、薄手の外套を脱いだのを付き添いの侍女に渡したりしているうちに落ち着いた。


「さぁ、主催者の国王夫妻と、ロザリモンド王女とスチュアート皇太子に挨拶しよう」


 少し緊張しているロジーナをエスコートして、ショウは主催者に挨拶して舞踏会の会場に入った。


「まぁ、とても綺麗なシャンデリアね」

  

 初めて王宮に来たロジーナをショウは案内しがてら、他の招待客が入場し終わるのを待った。


「今夜は、ララ姫では無いんだな」


 大人しいリリアナと気があったララ姫が来たら良かったのにとフィリップ皇太子は感じたが、表情には微塵も表さずにショウ王子に許嫁の紹介を願った。


「此方は、イルバニア王国のフィリップ皇太子殿下と婚約者のリリアナ嬢です。私の許嫁のロジーナです」


 リリアナは父上のマウリッツ公爵から東南諸島連合王国の一夫多妻制について説明を受けていたが、昨日会ったララ姫とは違うロジーナ姫にやはり困惑してしまった。


「ロジーナと申します。舞踏会は初めてなので、色々と教えて下さい」


 天使のようなロジーナの初々しい言葉に、リリアナは年上なのだからと親切に接する。


「私も舞踏会は初めてです。フィリップ皇太子殿下、ご指導お願いします」


 ロジーナを真似してふざけるショウ王子を、もう! と怒った振りで拗ねてみせる活発な様子に、フィリップはこの天使のような姫が押し倒したのだろうかと妄想してしまう。


 舞踏会は、ロザリモンド王女とスチュアート皇太子殿下のファーストダンスで始まった。ショウはできれば見学のみにしておきたかったが、若い貴族達は全員がダンスしだしたので、ロジーナをエスコートしてダンスフロアーに出た。


「ロジーナ、足を踏んだら御免よ」


 そう言いつつも、熱血ダンス教師に指導されたかいがあって、ロジーナも上手にステップを踏んで無事にダンスを一曲踊り終えた。


「ショウ様、もっと踊りたいわ」


 ユングフラウに来てからは、常に他の許嫁達と一緒なので、こんな好機を逃したくないとロジーナにせがまれて、ショウは2、3曲踊ったが、休憩をしようと大使や大使夫人が座っている場所へとエスコートする。


「ロジーナ様、こちらにお座り下さい」


 ダンス会場の壁添いには付き添いの貴婦人方の為に椅子が置いてあり、カミラ夫人は座って見学していた。


「本来ならショウ王子もお座り願いたいところですが、此方の風習では余程の年配でなければ殿方は椅子に座れませんの」 


 ロジーナに、ショウは回ってきた侍従からシャンパンをとってあげた。


「イルバニア王国は去年はアリエナ王女、今年はロザリモンド王女、来年はフィリップ皇太子殿下と結婚続きですね。毎回、こんな舞踏会を開くのですか、大変ですね」


 大使とショウがイルバニア王国の豊かな財政状況を考えて唸っていた頃、ロジーナはもっとショウと踊りたいと願った。


「ショウ様、もう少し踊りましょうよ」


 ロジーナにねだられて、仕方ないなぁと踊り出したショウ王子を、大使は気の毒にと同情していたが、2曲ほど踊ると何処かへ消えてしまった。


「ショウ王子がいらっしゃらない」


 慌てる夫に、カミラ夫人は野暮な事を言わないでと窘める。


「ダンスより楽しいことをなさっているのでしょう」




 カミラ夫人の予測通り、ダンスの苦手なショウは二、三曲踊ると、他の若い貴族を見習ってテラスへとロジーナをエスコートした。ダンス会場は春とはいえ人でいっぱいなので、テラスの風にあたると気持ち良く感じる。


「ロジーナ、寒くはない?」


 肩紐だけで腕も背中も出ているドレスに、春の夜風が寒いかなとショウは心配したが、ダンスで暑かったくらいなので気持ち良いと答えた。


「庭にランタンが飾ってあって、綺麗だわ。ねぇ、ショウ様、庭に降りてみましょうよ」


 何組かのカップルは仲良くテラスから階段を降りて庭を散策している様子なので、ショウもダンスよりはマシかなと考える。


「ショウ王子、庭にレディをお連れしてはいけませんよ」


 振り向くと、キャシディ卿が笑いながらシャンパンを差し出した。


「キャシディ卿、シャンパンありがとうございます。

 ロジーナ、此方は竜騎士隊長のキャシディ卿です。キャシディ卿、許嫁のロジーナです」


 キャシディ卿は、優雅にロジーナの手をとりキスをした。


「ショウ王子はお幸せですね。ロジーナ姫のようにお綺麗な許嫁をお持ちだなんて」

 

 ロジーナは華やかなキャシディ卿の言葉にポッと頬を染めて、ショウに甘えてみせる。


「ところで、何故庭を散策してはいけないのですか? 何かマナー違反なんでしょうか、何組か降りて行きましたけど?」


 不思議そうなショウが、可愛い許嫁と不品行な目的で庭に降りようとしていたのではないと知って、キャシディ卿は驚いた。


「それは失礼いたしました。しかし、これから此方で社交界に出られるなら、知っておいた方が良いでしょう。こういう舞踏会で庭に出ると、キスぐらいでは無い行為が行われていると見られてしまいますよ。まして、こんなに清純無垢な姫君を、庭になど連れ込んではいけません」


「え~! でも何組かは……」


 顔を赤らめて口を閉じたショウが、何も下心が無かったのにキャシディ卿は笑った。ロジーナは、折角のチャンスを逃がしたと内心で舌打ちする。


 キャシディ卿は若い頃イルバニア王国一のプレイボーイと呼ばれただけあって、天使のようなロジーナがショウを押し倒しすつもりだったのだと勘付いた。


 キャシディ卿は、男が押し倒されようが、かまわないとスルーする。


 キャシディ卿に、ショウはダンスが苦手なのですと打ち明ける。


「ロジーナは初めての舞踏会ですが、ダンスも上手なのに、私が下手だから気の毒なのです」


「ロジーナ姫は、ショウ王子以外とは踊られないのですか?」


 既婚者や婚約者がいようと他の人と踊れますよと、舞踏会を楽しむように言われたが、ロジーナはショウと踊りたいのと言い切った。


「他の人の方が、ダンス上手いよ」


「ショウ様と踊りたいの、他の人じゃ嫌!」


 可愛い許嫁の我が儘に苦笑しながら、ショウがロジーナをエスコートしてダンスフロアーに帰るのを、キャシディ卿は笑いながら見送った。

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