第17話 ショウと三人の兄上達

 ラズローの屋敷を這々の体で辞したショウは、女の子は怖いと少し悟った。


「あんな天使みたいな見た目なのに、ロジーナって肉食系だったんだ。あの時、ナタリーが東屋に来なかったら、どうなったんだろう……」


 想像しただけでポッと頬が赤くなったショウだったが、明日のメルトの屋敷を訪問するのが恐ろしくなった。


「メリッサって、見るからに肉食系なんだもの。そりゃあ、興味が無いとは言わないけど……」


 お年頃のショウは、自分の自制心に全く自信が無かったので、魅力たっぷりのメリッサに会うのが怖い。誰かに相談したいと思ったが、ミヤには言いにくい話題だ。悩んだショウは、兄上達なら同じ経験が有るのではと考えた。


「誰かレイテにいるかな? 皆、航海に出ているって事は無いだろうけど、できたらナッシュ兄上か、ラジック兄上がいたら聞き易いんだけど……」


 闇雲に兄上達の屋敷を訪ねるのも気が引けて、ショウはミヤなら全員の動向を把握しているだろうと思った。


「ミヤ、レイテにどの兄上がいるかな? 少し相談したい事が有るんだ」


 ミヤはラズローの屋敷から帰って来た途端の質問に、何があったのかしらと不審に思う。


「いや、フラナガン宰相に新航路の件や、埋め立て埠頭の件で兄上達の協力を求めるようにと言われたから。本当は、父上が命じて下さると思っていたんだけど……」


 一応は納得できる理由を挙げてきたが、ミヤは何か変だと感じる。


「今はナッシュとラジック以外は、レイテにいる筈ですよ。あの二人はそれぞれ自分の船で航海中ですわ」


 ミヤの部屋を出てから、ショウは落胆する。


「う~ん、一番話しやすい二人が留守だなんてついてないなぁ」


 離宮に帰りながら、どの兄上に相談しに行くか悩んでいたショウだったが、彼方から三人も押し掛けて来たので、悩む必要は無くなった。


 だがとても下半身の話題を、持ち出す雰囲気では無さそうだと、ショウは悩み相談を諦める。


 離宮の部屋には、サリーム、カリン、ハッサンの三人がシラーとした雰囲気で、ショウの帰りを待ち構えていたのだ。


「サリーム兄上、カリン兄上、ハッサン兄上、一体どうなさったのですか? 三人ご一緒で訪ねて下さるだなんて」


 三人とも相変わらず天然の末っ子に呆れる。


 サラームは、ショウはもう少し頭を使った方が良いなと苦笑した。どうして仲の悪いカリンやハッサンと一緒に訪ねて来たと思えるのか理解に苦しむ。


 カリンは、仲の悪い私達が、一緒に訪ねて来たと考えられるのはお前だけだと、呆れ返った。


 ハッサンは、ショウが賢いのか馬鹿なのかわからないと皮肉な目で見る。これをわざと言っているのなら、天才だが、どうやら本気で言っているようなので、ハッサンには理解不能だ。


 三人は各々話があってショウを訪ねたのだが、他の兄弟の前では言い出し難かった。


「お前が新航路を発見したお祝いをしてあげようと思ったのだ」


 こういう事に如才ないサリームが、他の皆がショウを訪ねて来た目的を察して、穏便な言い訳を口に出した。


「そうだ! ショウ、飲みに行こう。お前も十四歳になるのだから、少しは酒も付き合う練習をしなくてはな」


「そうだな、宴会の付き合いも大人には必要だぞ」


 ショウは三人の兄上達にレイテの高級料亭に連れて行かれた。



 一時間後、三人の兄上達は一杯の酒で酔っ払ったショウに愚痴を聞かされて、うんざりしていた。


「誰がショウに、酒を飲ませたんだ」


 偉そうなカリンに、サリームとハッサンがお前だろうと怒った。


「僕はララ一人で良いと言うのに、父上やミヤまで……ロジーナって……天使みたいなのに詐欺だよ~。なのに……明日はメリッサと会うんですよ~。兄上達は……許嫁に襲われそうになったことありますか? 僕は……どうすれば……良かったのですか~」


 後継者にならされた愚痴にはうんざりしていた兄達だが、この手の話には面白そうだと目を輝かせる。酔っ払ったショウにアレコレ質問したり、おお~っと大胆な従姉妹の行動をはやし立てたり、宴会は盛り上がる。


「姉上達の噂は聞いていたが、王家の女は恐ろしいなぁ。だが、少しショウ羨ましいぞ」


「お前は馬鹿か! 据え膳食わぬなんて恥だそ」


「ショウ、もしかして未だ……」


 三人の兄上達は、ほくそ笑む。


「お前にお祝いをしなくてはいけないと、考えていたのだ!」


 酔っ払ったショウを引きずるように、高級娼館へと連れて行った。酔っていてもショウは何か雰囲気がピンク色だと、あたふたしだしたがカリンとハッサンに両側から掴まれていた。


「サリーム兄上、ここは……」


 真面目なサリームに訴えたが、まぁまぁと笑っていなされてしまう。


「レイテで一番の美妓だから、良い思い出になるぞ」


「レティシィアかぁ、サリーム兄上も張り込んだなぁ~」


 わけがわからぬままに二階の案内されていくショウを見送って、それぞれの屋敷へと帰って行く兄達だった。



「ショウ王子様、そろそろお目覚めにならないと……」


「う~ん?……此処は……何処?」


 ショウは柔らかい羽根布団を抱きしめて、目の前にいる夢の様に美しい女の人を茫然と眺めた。


「え~? 昨夜は兄上達と料亭で飲んでいた筈なのに……」


「あら、ショウ様 あんなに熱い夜を過ごしたのに、覚えていらっしゃらないのですか? 情の無い、つれないお方ですわねぇ」


 薄い絹を羽織っただけの綺麗な御姉様に朝っぱらから恨み言を艶っぽく言われて、ショウは真っ赤になった。


「あのう~貴女はどなたですか? 何か無礼な事でも……」


 綺麗な顔が近づいたと思うと、ショウは今まで経験した事がないようなディープキスをする。


「無礼も何も、レティシィアと一晩寝て過ごした殿方は居ませんわ」


 ディープキスに欲望が刺激されて困惑したショウは、くすくす笑う綺麗な御姉様がレティシィアという名前だと聞いて、微かな記憶が蘇ってきた。


「え~、僕はレティシィアと初体験を? 全く覚えてないけど……ララになんと言ったら、いや、絶対言えないよ~」


 真っ赤になったり、青くなったり、百面相しているショウをレティシィアは見ながら嫣然と微笑む。


「ショウ様、これから仕切り直しても宜しくてよ」


「仕切り直す? えっ! もしかして、何も無かったのですか?」


 パッと安心した顔をしたショウの鼻をピンと桃色に染めた爪で弾いて、こんな恥をかかされた恨みは忘れませんわよと笑った。ショウは、冷静になってみれば服も着たままだと気づいた。


「すみません、酔って寝てしまったのですね」


 ペコリンと頭を下げるショウに、レティシィアはあら可愛いわねと食指を覚えたが、大変だぁ~と慌てて帰って行ってしまった。


「本当に、あの方が次の王様になるのかしら?」


 レティシィアは銀の長い煙管に火を付けながら、面白い世の中になりそうだと笑った。




「メリッサと顔合わせなんだよ~。遅刻したらメルト伯父上に睨まれるよ」


 ショウは兄上達とは馬できたが、娼館の女将に後で取りに来ると言うとサンズを呼び出した。慌てて離宮で風呂を使い、服を着替えているとミヤが部屋に顔をだした。


「ショウ、昨夜はサリームの屋敷に泊まったのですか?」


 ビクンと飛び上がりそうになったショウだけど、何も無かったのだと咳払いして、そうだと返事した。


「メルト伯父上の屋敷に行って来ます」


 そそくさと部屋を後にしたショウを訝しげにミヤが眺めていると、何処へ雲隠れしていたのかアスランが帰って来てケタケタ笑った。


「サリーム、カリン、ハッサンが、ショウに大枚叩いてレイテ一の美妓レティシィアを一晩買い上げたみたいだぞ。ショウは良い兄達を持ったなぁ。私の兄上達ときたら、真面目なカジムに、偉そうなラズロー、筋肉馬鹿のメルトと、ろくでもなかったのになぁ」


 ミヤは、ショウが高級とはいえ娼館に泊まったのかと眉を顰めた。


「まぁ、酔っ払って寝てしまったみたいだかな。勿体ないよなぁ、レティシィアなんて売れっ子を買い上げておいて」


 あまりミヤに心配をかけてもと、アスランはあっさりネタばらしした。


「まぁ、レティシィアの後なら、メリッサぐらい子猫に見えるかな」


 呑気なことを言っていたアスランは、ミヤから一昨日から何処へ雲隠れしていたのか、何故ショウが酔って寝たのを知っているのかと吊し上げになった。


「おお、フラナガン宰相に、ショウとララをカザリア王国の皇太子の結婚式に列席させると言うのを忘れていた」


 そんなの後でも良いでしょうと怒るミヤを振り切って、アスランは珍しく王宮の執務室に自ら向かうのだった。

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