第18話 メリッサ
「メルト伯父上、お言葉に甘えて、屋敷に遊びに来させて頂きました」
表情が読めないメルトが、機嫌が良いのか悪いのかもショウにはわからない。
「ショウはメリッサの許婚なのだから、屋敷を訪ねるのを遠慮することはない」
無表情のメルトと一緒にいると、昨日の饒舌で自慢タラタラのラズローが懐かしくなる程、ショウは気まずさを感じる。
「ところで、サンズ島を領地として貰ったと聞いたが、新航路の補給基地にするのか?」
ショウは、話しかけてきたメルトに驚いた。そして、確か前にアズイール号の艦長をしていたのを思い出し、新航路に興味があるのかと考える。
「ええ、軍艦は足が速いので、ゴルチェ大陸からの逆海流に邪魔されなければ一週間で航海できますから、補給は必要無いかもしれません。でも、商船は荷物を載せていますから、途中で水の補給が必要になります」
「サンズ島の水は、飲めるのか?」
「ええ、火山島みたいで、湧き水があります。ただ、湖はヘドロが堆積してますし、食物の栽培や、家畜の飼育など、しなければいけない事が山積みです」
ショウは、その前にジャングルを切り開かなくてはいけないと、やる事が山積みだと溜息を押し殺す。蛇がいてもジャングルだと気が付かないから、おちおち歩いてもいられない。
こんな厳めしいメルトに、蛇が嫌いだとは絶対に知られたくないとショウも要らない話はしない。
メルトが、う~むと唸って黙り込んだので、ショウは、まるでレスラーの蝋人形みたいだとか、馬鹿な事ばかり考えていた。
「お前は新航路の他にも、レイテ港の港湾整備や、ゴルチェ大陸西海岸に貿易拠点を造る計画だと聞いたが、自分一人でするつもりなのか」
ショウはメルトが情報通なのに驚いたが、父上から聞いたのだろうと勘違いした。アスランは国政に口を出されたく無いと、自分の兄達を排除していたので、メルトは軍関係から情報を仕入れていたのだ。
「いえ、兄上達に手伝って貰うつもりです。僕一人では、無理ですから」
その言葉を聞いて、ショウは傲慢なアスランの息子とは思えないと驚く。アスランなら絶対に兄達に手伝って貰うなんて考えなかっただろう。
メルトも閑職に追いやられてしまったと愚痴りかけたが、地位と名誉は与えてくれているから、閑職とは世間は思わないだろうと訂正する。
しかし、メルトは根っからの軍艦乗りだ。それを軍部高官に押し上げ、陸にあげるとは酷い弟だと、アスラン王を恨んでいたのだ。
メルトは新航路の発見に、若い時のようなときめきを感じていた。小型艦でも良いから、軍艦に乗って新航路を航海してみたいという欲望が込み上げていた。
「新航路の航路の調査はこれからなのか? カリンに任せるつもりか」
「ええ、カリン兄上に指揮をとって頂きたいと考えています。父上が命じて下さるとばかり思っていたのに、私に頼みにいけと言われるので困っているのです」
全く理解していないショウを馬鹿かとメルトは内心で罵る。
軍艦で新航路の調査をするなんて、カリンには猫に鰹節のような美味しい話だ。メルトも喉から手が出るほど、その役目が欲しかった。
アスランはショウに兄達に美味しい仕事を分配させる特権を与えたのだと、相変わらず人の欲望を上手く使うと感嘆する。
メルトは自分も婿のショウを助ける名目があると、内心でほくそ笑む。
「カリンは優れた軍艦乗りだが、サンズ島の補給基地として整備したりするのは苦手なのかもしれないぞ。未だ、軍の上層部には昇級していないから、事務系は経験が足りないのではないか? 私は長年にわたり、補給や、軍艦の製造に関わってきた。娘の婿と言うことは、私の息子の為だから一肌脱いでやろう」
筋肉自慢のメルトに一肌脱いで貰うのは御免だったが、カドフェル号のレッサ艦長も同じような意見を漏らしていたので、良い考えかもしれないとショウは思った。
「僕の一存では判断できませんので、父上やフラナガン宰相に相談してみます。もし、メルト伯父上がサンズ島の補給基地を管理して下さるなら安心です」
蛇のいそうなサンズ島を任せられたら、嬉しいなとショウは考える。
メルトは、アスランがショウの手助けをするのを見越して、メリッサを許嫁にしたのかもしれないと考える。アスランがいつも二三手先を読んで動いていたのを思い出したメルトは、埋め立て埠頭の方はラズローの息子や娘婿を手伝わせるつもりかもしれないと推測した。
メリッサを呼び出して、ショウに庭を案内するように命じた。二人が庭に出た後、メルトは弟の掌で自分が転がされているのかと苦笑したが、レイテを離れて航海できる事に比べたら些末なことだと割り切る。
一方、庭をメリッサに案内して貰っていたショウは、東屋で話をしましょうと言われて一瞬ドキッとしたが、人目除けのカーテンなどもないし、ごく普通の椅子が風通しの良い東屋から海が眺められるように配置してあった。
「ショウ様には、言っておきたい事があるのです」
メリッサの金色がかった瞳に見つめられると、少し呼吸が苦しくなるショウは、何事だろうと少し身構える。
「私は、第一夫人を目指すつもりです。だから、いずれはショウ様の元を離れることになりますわ。それを承知しておいて頂きたいのです」
「え? メリッサは第一夫人を目指しているのですか」
ショウの知っている第一夫人は、ミヤ、ハーミヤ、ユーアン、ラビーナ、ナタリーしか居ないけど、メリッサの様な色気ムンムンのタイプは居なかったので驚く。
「ええ、ショウ様は第一夫人を誰にするかもう決めていらっしゃいますか?」
メリッサにとってショウの第一夫人は、とても重要だった。自分がいずれ他の人の第一夫人として嫁ぐ時に子供を託さなくてはいけない相手だし、色々と教えて貰わなくてはいけない事があるからだ。
「いえ、未だ第一夫人は決めてませんが、これって結婚前から決めておくものなの?」
決めてないと聞いて、眉を顰めたメリッサにショウはたじたじになる。
「ショウ様は、第一夫人の重要性をご存知ないのですか? まして、多数の夫人を持たれると言うのに呑気過ぎますわ」
豹の様な目で睨まれてドキッとしたショウだったが、慌てて第一夫人が重要だと知っていると抗弁した。
「僕は父上の第一夫人のミヤに育てられましたし、何から何まで世話になりっぱなしです。それに兄上を見て、第一夫人が居ない家庭の大変さは知っているつもりです。ただ、僕は……ララと結婚するつもりだったから……」
「王太子なのに、一人と結婚するだなんて本気で考えておられるのですか? それが本気なら、失礼ですがあまりに考え無し過ぎますわ。ララとだけ結婚するつもりだったなんて、お伽話を信じるお子様ね。根性を叩き直す必要がありますわね」
メリッサの目がキラリンと光るのを見て、ショウは雌豹に狙われた鹿の気持ちになった。
その後、ショウが心配していたようなセクシャルな展開にはならず、延々とメリッサに後ろ盾のない王太子が夫人によって有力者と婚戚になる重要性を説教された。大人しく話を聞いていたショウは、前から疑問に思っていた事を、見た目とは違い男前なメリッサに質問する。
「僕が複数の夫人を持ったら、その夫人達は嫉妬とかしないのかな? 普通は一夫一妻でしょ?」
「馬鹿じゃない! 嫉妬するに決まっているでしょ。でも、嫉妬を露わにしたら、貴方はその夫人の部屋で寛げるの? 夫の足を遠ざけない為に、嫉妬を抑えているのに決まってるじゃない。本当にショウ様って、どうしようもないわね……私が側にいて守ってあげるわ」
えっ! と驚くショウを子鹿みたいだとクスリと笑うと、メリッサにレティシィア程では無いが、けっこう濃厚なキスをされて頭がクラクラしてしまった。
「まぁ、うぶね! 第一夫人になるのが私の目標だけど、ショウ様との結婚生活も楽しみになってきたわ」
にっこり笑ったメリッサにショウはゾクゾクッと悪寒が走った。
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