第16話 ミミの悪巧み

 ショウがラズローの屋敷に行くと知ってララは落ち込んだ。


「ショウ様を信じてはいるけど……ロジーナは天使にみえるけど、中身は悪魔だもの。男の人は外見に騙されてしまうわ」


 ミミはショウに関してはライバルの姉上だけど、他の従姉達に取られるのはもっと嫌だ。


「ロジーナは明日の為にきっと髪の毛の手入れをさせようと、家のテーベを借りると思うわ。ミヤ祖母様がショウ様は髪の綺麗な娘が好きだからと、王宮で髪結いをしていたテーベを回して下さったのに、図々しく借りるんですもの」


 一瞬テーベを買収して、ロジーナの髪の毛を虎刈りにでもしてやろうかと思ったが、第一夫人のユーアンにバレたら嫁に行くまで部屋に閉じ込められそうだと諦める。


「証拠が残ってはいけないのよ。それでいて、ロジーナの本性をショウ様に教えなくては駄目だし……そうだわ! 少し危険な手だけど、何もしなければショウ様はロジーナに騙されて心も身体も取られてしまうわ。これなら、失敗しても身体だけの筈よ」


 ミミは第一夫人のユーアンの部屋を監視した。暫く経つと、ラズローの屋敷から侍女が手紙をユーアンのもとへ届けに来た。


「やはり、ロジーナはテーベを屋敷に来させて欲しいと頼んできたわ!」


 ミミは、素知らぬ顔でユーアンの部屋に入る。


「あら、ラズロー叔父上の屋敷の侍女ね。もしかしたら、ロジーナの髪の手入れにテーベを連れにきたの? ユーアン、私も一緒にロジーナに会いに行って良い? ララは凄く落ち込んでいるの。ショウ様と顔を合わせただけだと、ロジーナから聞いて姉上に話してあげれば、落ち着かれると思うの」


 ユーアンはミミが何か企んでいるのではと疑ったが、ロジーナの足を引っ張る事ならやらしてみようと考えた。


「テーベが帰る時には、一緒に帰るのですよ」


「わかっていますわ」


 ミミが可愛く笑うのを見て、絶対に悪巧みを考えていると確信したが、ララを自分に託してカリン王子の第一夫人になったラビータに、何も手を打たずにロジーナに負けたとは言えないと思う。


「証拠が残っては拙い事ぐらい、ミミも承知している筈よ」


 万が一バレる様な拙い事をしでかしたら、ミミには罰を与えなくてはいけないとユーアンは考えながら、ラズローの屋敷にテーベと共にミミを派遣した。




 ラズローの屋敷はすぐ近くで、輿で揺られても十分とかからなかった。ロジーナは浴室で、侍女達にバラの香油でマッサージをして貰っていた。


「ああ、テーベ、待っていたわ。髪をパックして貰いたいの。明日は万全に整えて、ショウ様をお迎えしなくては……あら、ミミ? 何をしに来たの? ララに頼まれて、スパイしに来たのね」


 男には優しい天使の様なロジーナだが、女のまして年下の従姉妹には優しい言葉など無用だと言わんばかりの態度にカチンときたミミだったが、目的を思い出して我慢する。


「私は、ロジーナに良い情報を教えに来てあげたのに、そんな態度ならいいわ。メリッサに教えに行くわ」


 ライバルのメリッサにだけ情報が入るのは拙いと、ロジーナはころっと態度を改める。マッサージをしていた侍女達を下がらせると、テーベにお茶を飲んで待ってなさいと命じて、浴室にミミと二人っきりになった。


「あら、ミミ、そんな意地悪言わないでちょうだい。私と貴女は子供の頃から、よく遊んだ仲じゃない」


 ミミは、子供の頃から、2つ年上の天使の顔した悪魔に虐められたと、内心で罵りながらも、素知らぬ顔でニッコリ笑って同意する。


「そうよね、ロジーナとは本ばかり読んでいる姉上より、一緒に遊んだわ。その姉上の事なのよ! ララったら……ああ、こんな身内の恥をやはり話せないわ。ショウ様とは私が許嫁になる筈だったのに、姉上に取られたから腹が立ったけど、こんな恥ずかしいこと言えないわ」


 躊躇うミミに、ロジーナは天使の様に微笑みかけた。


「まぁ、何かしら? それにしても、ミミがショウ様の許嫁になる予定だったなんて初耳だわ」


「姉上はショウ様より数ヶ月だけど、年上ですもの。私は、ショウ様より2歳下だから。それに姉上はショウ様となんか結婚したくないと、初めは言っていたのよ。なのに、あんな事をなさるなんて……」


「あんな事って……まさか、ララみたいな本の虫が?」


 驚くロジーナに、ミミは有ること無いことを吹き込んだ。


「私も姉上には、騙されていたの。嫌だと口に出されていたのに、ショウ様と初めて会った日にキスをしたのよ」


 ロジーナは本の虫のくせに、十歳の時からキスをしていたのかと悔しがる。


「その上、ショウ様がパロマ大学に留学されていた時も、アスラン叔父上を騙して、ニューパロマに連れて行って貰ったりしたのよ。それに、留学から帰った時に、離宮に出向いてショウ様をベッドに押し倒したの……昨日も航海から帰国されたショウ様は、屋敷に泊まられたのよ……姉上ったら第一夫人のユーアンが寝たのを見計らって、ショウ様に夜這いをかけたのよ! こんな恥ずかしいこと無いわ……」


 ロジーナはララの大胆な行動に驚いたが、十歳の時からの許嫁だからといって好き放題させておくものかと決心した。ミミはショウとララの関係を真実を混ぜて、身体の関係を捏造して話した。


「ショウ様は姉上にサンズ島の星の砂をプレゼントされたけど、そんなロマンチックな物より身体の方がお土産なのよ」


「ララに勝手な真似はさせないわ!」


 ロジーナは、明日はショウ様を押し倒してみせると決意した。


 ミミはテーベに髪の手入れをさせているロジーナのもとを離れて、ラズロー叔父上の第一夫人ナタリーの部屋に挨拶に行った。


「あら、ミミ様? どうなさったのですか?」


「ナタリー様、テーベについてロジーナ様に会いに来たのです。姉上はロジーナ様がショウ様と深い仲になるのではと心配されているので、忠告しに来たのです」


 ナタリーは、聞き捨てならない事を聞いたと思った。


「まさか、ショウ王子はおっとりされている方だと聞いていますよ」


 ミミは顔を伏せて、蚊の鳴くような声で、ロールキャベツと呟いた。


「ロールキャベツ? まさか草食系に見えて、中身は肉食?」


 ミミは恥ずかしくて、これ以上は言えないと首を振った。


 ナタリーは、ロジーナは天使のように見えるけど、中身は王家の女だと知り抜いていた。ショウ王子も同じなかと、首を傾げる。どうせ結婚するのだから、いちゃつくぐらいは良いとは思うけど、結婚まで1年以上あるから、お腹が大きくなるのは拙い。

 

 これで明日は寸止めになる筈だと、ミミはほくそ笑んで屋敷に帰った。結婚まで純潔でいろとは言わないが、お腹の大きな花嫁を出すのを第一夫人達が監督不行き届きのように感じるのをミミは知っていたのだ。


「これが半年後だったら、使えない手だったわ。第一王子を産む為なら手段を選ばなくなるかもしれないもの。今からは未だ独立まで1年あるもの、ナタリーはロジーナがショウを襲うのを止める筈よ」




 翌日、ラズロー伯父上の屋敷を訪ねたショウは庭を案内されている途中で、東屋に立ち寄った。


「ショウ様、ここの東屋でお話ししましょう」


 にっこり微笑むロジーナの髪は、日の光を反射して綺麗に天使の輪ができていた。


「良いですよ」


 ショウは驚いたが、東屋には絨毯が敷きつめられ、クッションがあちこちに配置してあった。


「こちらにお座りになって下さい」


 何だか変な感じだと思いながらも、ショウは東屋に入る。


 普通、東屋にはテーブルや椅子が置いてある筈なのにとショウは不審に感じたし、何故か薄い布が柱と柱の間にかけられて、密室とは言わないが、遮蔽された空間になっている。


 ショウは戸惑いながら絨毯の上に座った途端、クッションの上に押し倒された。


「ロジーナ?」


 驚くショウの唇はロジーナの唇に塞がれて、軽いとはいえ馬乗りになられた。


「ショウ様、一目見た瞬間からこうしたかったの」


 ショウは豹変したロジーナに驚く。天使のような可愛い子だと思っていたのに、肉食系だったのだ。


「ロジーナ、少し落ち着いて話し合おう」


「私は、身体で話し合いたいわ」


 ショウは馬乗りになったロジーナに服を脱がされそうになって、慌てて抵抗を試みた。


「ショウ様は、私が嫌いなの?」


「いや、嫌いも何も……それに会って二日目でしょ。いきなり、こんな事をするものでは無いよ」


 ロジーナはショウの本心から戸惑っている様子に、しまった! ミミに騙されたと悟った。


「ロジーナ! 何をしているのです」


 ミミの悪巧みは功をそうした。ショウは東屋でクッションの上に押し倒されて、服を脱がされかかっているのをナタリーに助けて貰った。


 もちろん、ロジーナはナタリーに厳しく叱られたし、部屋に閉じ込められてしまった。第一夫人のナタリーには頭の上がらないラズローだったが、娘には超甘々なので弁護を試みる。


「ロジーナの可愛らしさにショウも男の子だから、クラクラとなって無体な事をしたのだろう。ロジーナは、むしろ被害に遭いかけたのでは無いのか」


 ナタリーはキッパリと否定する。


「ショウ王子をクッションに押し倒して、馬乗りになって裸にしようとしていたのですよ! 結婚までは、私の監督下に置きます!」


「可愛い私の天使が?」


 茫然自失のラズローに、あの子も王家の女ですよと釘をさす。


「嘘だ! 私のロジーナが王家の女だなんて……アスランの姫ではあるまいし……」


 この威張りん坊のお馬鹿さんの第一夫人は、楽では無いわとナタリーは溜め息をついたが、自分で選んだ苦労だから仕方が無いとロジーナの本性を暴露する。


「ショウ王子はロジーナに襲われて驚かれたでしょうが、実害があったわけではありませんし、いずれは結婚するのですもの問題有りませんわ」


 落ち込む夫を慰めながら、ナタリーはロジーナがミミに良いように騙されたのだと察していた。


 ナタリーは、自分よミミに騙されたのだと気を引き締める。未だ小娘だと思って油断したけど、ミヤ様の孫だけある。


「ロジーナには良い薬になるでしょう、後宮は一筋縄ではいかない女の戦いの場所だと身に染みたでしょうからね……」


 ショウ王太子の後宮での争いは、熾烈を極めそうだと、ナタリーはロジーナを教育し直す事にする。こんなに簡単にボロを出していては、第ニ夫人になどなれはしないのだ。

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