第15話 ロジーナとメリッサ

 ミヤに喝を入れられてショウは、父上にサンズ島のお礼を言いに行こうと王宮への回廊をとぼとぼ歩いていた。ちょうど、王宮の竜舎の前を通りかかった時、メリルを連れ出している父上にばったり出会った。


「父上、先ほどは失礼いたしました。サンズ島を下さり、ありがとうございます」


 アスランはショウの礼を面倒くさげに受け入れて、メリルに跨がるとサッサと飛べと、空へと舞い上がった。


「アスラン王~、何処へ行かれるのです。ラズロー様とメルト様が来られるのですよ~」


 王宮からフラナガン宰相が荒い息で、竜舎へと走ってきたが、アスランは飛び去った後だった。


「苦手な兄上達から逃げ出しましたね」


 フラナガンはポツンと残されたショウだけは確保しなくてはと、荒い息を整えるとニッコリ笑って、腕をがっしりつかんだ。


「竜騎士の王なんて、飛んで逃げてしまうから目が離せない! アスラン王は逃がしても、許嫁が訪ねて来るのにショウ王子までも逃がしてしまっては格好がつきません」


 ショウは手を振り払って逃げ出したい衝動を覚えたが、フラナガン宰相に引きずられるように執務室に連れ込まれた。


「まあまあ、お茶でも……」


 にこやかなフラナガン宰相にお茶を勧められて、父上に逃げられたので自分は絶対に捕まえておこうとしているのだと察した。


「フラナガン宰相、父上からサンズ島を頂いたのですが、僕は何をすれば良いのでしょう。それと、カドフェル号の乗組員達に恩賞が出ると言われたのですが、この件はどうなっているのですか」


 絶対に逃がすまいと目を離さないフラナガン宰相から、逃れるのは無理だと諦めたショウは、どうせなら聞いておこうと思ったのだ。


「カドフェル号の乗組員達への恩賞は手配しておりますよ。レッサ艦長以下、士官達、乗組員達には十分な金額が与えられます」


 ショウはフラナガン宰相が請け合ってくれるなら、恩賞については安心だと思った。


「サンズ島は東南諸島連合王国の新しい領地になります。当分は国が管理しますが、ショウ王子にも島主として色々と勉強して頂かないといけませんね」


 フラナガン宰相は良い機会だと、後継者としての心構えをレクチャーしだす。昼食を食べながらも、ショウに質問したり、答えに解説をつけたりしながら、フラナガン宰相の指導は続いた。


 ショウは、父王を逃してしまったフラナガン宰相が絶対に自分を逃がさないつもりだと察して、溜息をつく。


「ショウ王子の新航路の発見で、レイテの商人達は色めき立っていますが、ゴルチェ大陸の西海岸は北部や東海岸に比べると未だ未開の地区です。西海岸に貿易拠点を作らないといけませんし、サンズ島も補給基地として整備しなくてはいけません。その上、レイテ湾の埋め立て埠頭……とてもお一人では無理なのは、承知していらっしゃいますよね」


「父上は、新航路の整備と調査はカリン兄上に、ゴルチェ大陸の西海岸へ貿易拠点を作るのはハッサン兄上とラジック兄上に任せたら良いと言われました。埋め立て埠頭はサリーム兄上とナッシュ兄上に監督して貰えと言われました」


 フラナガン宰相は、アスラン王が放任主義なのに、各王子の特性を把握しているのに感嘆する。これで王宮に居着いて下されば、何の文句も付けようが無いのだがと、内心で愚痴る。


「では、ショウ王子は、兄上達に協力を求めなくてはいけませんね」


「えっ、父上が命じて下さるのでは無いのですか? 僕が兄上達を動かすなんて、無理ですよ」


 フラナガン宰相は、にっこりと笑った。


「何を気弱な事を言ってるのですか。ショウ王子は王太子になられるのですから、兄上とはいえ従えていくのですよ」


 ショウはフラナガン宰相が笑う時は、気をつけようと一つ賢くなった。




「ラズロー様とメルト様がお越しです」


 侍従が伯父上達の王宮へ到着したことを告げると、フラナガン宰相はアスラン王が逃げ出したのを思い出して眉を顰めかけたが、ショウににっこり微笑みかける。


「さぁ、伯父上達をお待たせしては失礼ですよ」


 笑顔満開のフラナガン宰相に、王宮のサロンに案内されたショウは逃げ出した父上に内心で思いっきり毒づく。


「おや、アスラン王はどうされたのだ」


 気難しげなラズローにフラナガン宰相は丁寧に挨拶した。


「ラズロー様、メルト様がいらっしゃるのを楽しみにしておられましたが、カザリア大使に危急な要件があると外出されたのです。アスラン王から、ショウ王子と姫君方の顔合わせを任せられて、私のような身分低き僕は光栄のあまり足が震える気持ちです」


 ショウはよくも白々しいことをと呆れてしまったが、ラズローは機嫌を直した様子で、王は落ち着きが無くて困ったものだとズッシリとクッションに寄りかかった。


 ショウは、ラズローを父上が苦手に思うのは無理ないと、偉そうな態度に嫌気がさす。メルトもガチガチの石頭の武官らしそうで、ショウは苦手なタイプだと、首を竦めたくなる。


 かなり中年太りのラズローと違い、身体を鍛え上げているのが王族の長衣の上からでもわかるメルトは、フラナガン宰相の言葉などどうでも良さそうに無視して、クッションに寄りかかりもせず、真っ直ぐに座っていた。


「ラズロー伯父上、メルト伯父上、ご無沙汰致しております」


 ラズローはショウを下から上まで舐めるように見て、この第六王子を後継者に決めたアスラン王の気紛れには困ったものだと溜め息をついた。


 メルトはザハーン軍務大臣から、ショウの噂は聞いていた。本心では優れた士官のカリンが後継者になれば良かったと考えていたが、ゴルチェ大陸西海岸の測量や、新航路の発見などは評価している。


 二人の伯父上達から値踏みされるような視線に曝されて、気まずい思いをしたショウだった。


「カジム兄上の屋敷ばかりでなく、我が家も訪ねて下さい。フラナガン宰相、侍女達にロジーナ、メリッサを連れて来させなさい」


 そちらから申し込んだというのに、まぁ婿として認めてやろうかと言わんばかりの偉そうな態度に、フラナガン宰相は苛ついたが、にこやかに侍女に二人の姫君を案内させた。


「おお、我が娘のロジーナだ。ほら、此処にお座りなさい」


 ショウは今までの偉そうな態度を一変させて猫なで声を出したラズローに気持ち悪いとゾッとしたが、伯父上に似ても似つかない可愛いロジーナに驚いた。


 キラキラ天使のリングが見えるほど艶やかな栗色の髪をなびかせながら、ちょこちょこっと小走りにラズローの横へ行き、ふわりと王族の衣装の薄い紗の上着を翻して座った。


「ショウ王子、初めてお目にかかります。ロジーナとお呼び下さい」


 にっこりと天使のように微笑みかけられて、ショウはポッと頬を染めた。


 ショウは、ロジーナの可愛さにグラッときたが、ララを思い出して踏みとどまる。


「メリッサも座りなさい」


 ショウはもう一人の姫君を振り返って見た。緩やかなカールした腰までの黒髪を片流しにしたメリッサが、十三歳とは思えないナイスボディを見せつけるように、雌豹みたいにしなやかに歩いてメルト伯父上の横に座った。


 肌を見せない王族の服なのに、身体のラインが引き立っていて、ショウの目を捕らえる。


「娘のメリッサです」


 メルト伯父上の言葉に、メリッサは強い金色がかった茶色の瞳をショウに向けた。


「ショウ王子、メリッサと呼んで下さい」


 ショウは、メリッサとは確か同じ年だと思ったけど、何だか怖いと武者震いする。メリッサは、綺麗だけど、その威圧感が姉上達の雰囲気が似ていると思ったのだ。


 ショウはあまり姉妹とは交流が無かったが、五歳までは後宮に居たので、綺麗な怖い姉上達を覚えていた。幼い弟を可愛がってくれたが、父上の傲慢な性格を受け継いでいた姉上達の気紛れに翻弄された記憶があり、ショウは苦手だった。


 ショウの二人の新たな許嫁の第一印象は、ロジーナは可愛いけど、メリッサはセクシー過ぎて、手に余るというものだった。


 可愛いロジーナがどれほどの悪魔の尻尾を隠しているか、もうすぐ十四歳になるショウは見抜けなかった。メリッサはショウがロジーナに騙されているのに気づいて、馬鹿な王子など第一夫人のステップアップにしようと割り切った。


 メリッサは、父上の命令だからショウと結婚するけど、サッサと王子の一人か二人産んで私の支配できる男を見つけて第一夫人になろうと野心を燃やしていた。ショウの許嫁であるララやロジーナみたいに可愛い子路線をやっている暇なんて無いと、少し冷めた目で見ていた。


 メリッサは肉感的な外見によらず、理知的な頭脳を持っており、第一夫人になって好きなように財産や家を管理したいと考えていたのだ。


 ショウはロジーナの貴方って素敵という視線に、クラクラしていた。


「ショウ様は、新航路を発見されたのですよね。誰も航海したことの無い海に船を進めるだなんて、勇敢ですわね」


「いえ、パロマ大学で理論は確認してましたし、カドフェル号の乗組員達と一緒でしたから」


 ロジーナはショウを誉めていい気持ちにさせようとしたが、少しやり過ぎだった。フラナガン宰相や、メルト伯父は、まだまだ修行が足りないなと呆れたが、ショウは少し違和感を感じながらもロジーナが一生懸命に話を合わせているからかなと思った。


 それを横で聞いていたメリッサは、ロジーナの調子の悪さに気づき、本気でショウに惚れたのかと驚いた。


 メリッサは結婚してから、やることをやって子作りしたら良いと、この場はロジーナに任せていたが、男を転がすのが上手いのに見え透いたお世辞を口にしているのを不思議に思った。


「ショウ王子、お二方ともお美しい姫君でよろしいですね」


 フラナガン宰相にお祝いを言われ、確かにロジーナは可愛いし、メリッサは綺麗だけど、ショウは少しも嬉しくなかった。


 ショウはこの場に及んでも、許嫁はララだけでいいのにと内心で愚痴っていた。顔合わせはこのくらいで良いだろうと、フラナガン宰相はお開きにしたが、ロジーナは別れ際に屋敷にいらしてねと頼んだ。


「父上、ショウ様を屋敷にお呼びして下さい」


 娘に甘いラズローは、ショウに明日は屋敷に来るようにと命じた。


「伯父上、わかりました」


 伯父上に逆らうことなど出来ず、ララ、ごめん! と内心で謝るショウだ。


「ショウ王子、我が家にも来て頂きたい。メリッサとろくに話していないからな」


「はい……」


 メルトはラズローと違い、王家の女に天使などいないと思っていたので姪のロジーナの演技を見抜いていた。メリッサが第一夫人を目指しているのは知っているが、王太子に嫁ぐ限りは王子を産んで貰わないと意味が無いのだった。


 メルトは、メリッサが折角の魅惑的な身体の使い方を未だ知らないと落胆していた。第一夫人になるにしても、ロジーナやララに遅れをとるようでは、しれた男の元にしか嫁げない。


 こうしてショウには三人の許嫁ができた。ショウはロジーナにグラッときた自分の弱さに嫌気がさした。


「サンズとどこかに飛んで行きたいな~」


 ショウの呟きを地獄耳で聞きつけたフラナガン宰相は、アスラン王のようになってはいけないとガッチリ腕を掴んた。

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