第14話 新しい許嫁

 帰国した次の朝、ショウはカジムの屋敷で目覚めた。


「う~ん、宴会の途中で寝てしまったんだなぁ~」


 背伸びを思いっきりすると、ベッドから降りる。


「ショウ王子、おはようございます」


 ショウは、あまりにタイミングが良すぎるので、監視しているのかと疑問を持つ。


 兄上達がいなくなった離宮でも、此処でも、目覚めた途端に洗面器が捧げられるのに、ショウは不思議に思っていたのだ。


「ショウ、おはよう。昨夜は長旅で疲れているのに、長い宴会に付き合わせてしまったね。さぁ、朝御飯を一緒に食べよう」


「伯父上、おはようございます。折角、帰国のお祝いをして頂いている最中に寝てしまって、すみませんでした」


 二人で朝食を食べようと食堂へ向かうと、階段をララが降りてきた。


「ショウ様、おはようございます」


 しっかり睡眠をとり、朝から湯浴みをすませ、綺麗な髪をなびかせながら階段を降りてくるララにショウはボォとする。

 

「おはよう、ララ」


 ショウは、カジムがいなければ、抱きしめてキスしたいと思ったが、グッと我慢する。


 二人がラブラブ視線を交わすのを、カジムはいつまでも仲良く出来れば良いがと内心で心配しながら、三人で食堂へ向かう。


「ユーアン、ミミはどうしたのだ?」


 二人が仲良く朝食をお互いの皿に取り合っているのを、微笑ましく眺めていたカジムは、もう一人の嫁にいってない娘を思い出す。


「ミミは夜中に本を読んだのか、未だ寝てますの。本当に私の監督不行き届きですわ」


 ララはユーアンの言葉を一つも信じていなかったが、ミミがいないのは好都合だと、ショウの皿にフルーツを取り分ける。


「航海の間は、新鮮な果物や野菜が不足しがちでしょ。ショウ様の健康は、私が管理しますわ」


 父上がいなければ、ショウ様にあ~んしてあげるのにと少し不満を持ちつつ、ララはいちゃいちゃと朝食を楽しんだ。


「やはり若い男の子の食べっぷりは、見ていて気持ち良いな。ショウは細身なのに、気持ち良いほど食べるなぁ」


 ララが甲斐甲斐しく世話をして、ショウの皿に山盛りのサラダやフルーツを取り分けるのを、ぱくぱく平らげるのをカジムは頼もしいと喜んだ。


 カジムは、アスランも細身なのに、大食だったと懐かしく思い出す。ショウはアスランから風の魔力を引き継いでいるから、魔力持ちはお腹が空くのだろうと推測する。


 自分の弟のアスランの優れた能力を引き継いだショウが、傲慢さは全く持ち合わせて無いのに、カジムは目を細める。


「ララも食べないと、駄目だよ」


 ショウはララが自分の世話ばかりしていると朝食を勧めた。


「ショウ様が食べているのを見ているだけで、お腹いっぱいになったわ。でも、食べさせて下さるなら」


 ショウは少し躊躇ったが、カジムが第一夫人のユーアンと話しをしているのを見て、留守番ばかりさせている許嫁の我が儘に付き合う。美味しいフルーツをショウに食べさせて貰って、ララは幸せを感じていた。




 ショウはずっとララの側にいたかったが、王宮から呼び出しがあった。


「何だろう? 後でカドフェル号の乗組員達に恩賞が出ると言われていたから、その話かもしれませんね。ミヤにも帰国の挨拶もしていないから、一度、王宮に帰ります」


 ショウがいなくなると、ララはガックリした。


「父上、アスラン王は他の許嫁を、ショウ様に会わせるつもりなのでは……」


「ララ、ショウは後継者なのだから仕方無いだろう。お前はショウを困らせてはいけないよ」


 ララとて王族の娘なのだから、ショウに他の夫人が嫁いで来るのは覚悟していた。


「誰がショウ様の許嫁になるのですか? 知っておきたいわ」


 カジムは弟達が後継者のショウに娘を嫁がせるつもりだとララに伝えた。 


「ラズロー叔父上のロジーナ! メルト叔父上のメリッサ! 最悪ですわ! よりによって、あんな肉食系ばかり。父上、これではショウ様が気の毒過ぎるわ」


 年の近い従姉妹だけに、ララは二人の本性を熟知している。


 ロジーナは見た目は天使の様にあどけないけど、油断したら知らないうちにショウは罠に掛けられて、ベッドに連れ込まれてしまうと眉を顰める。


 メリッサは、本当の肉食獣だ。フェロモン全開にして、ショウ様を頭から食べてしまいそうだと身震いした。


「他にも許嫁の候補はいるのでしょうね。でも、この二人ほど強烈な女なんて居ないわ」


 カジムはロジーナもメリッサも自分の姪ではあるが、王家の女の恐ろしさは知っていたので、少しボンヤリしているララには荷が重いのではと心配していたのだ。


「まあララ、物は考えようだよ。ロジーナやメリッサは王家の女らしい肉食系だが、アスランの竜姫達よりは大人しいだろう。ショウの姉上達はそれぞれ嫁いでいるが、恐ろしさはレイテに鳴り響いているぞ」


 ララは確かにショウの姉上達がライバルにならなくて良かったと思う。何度か親族の女達の集まりで見たことがあるアスラン王の姫達は美貌と傲慢さを引き継いでいたのだ。アスラン王の威光もあり、嫁ぎ先の第一夫人も苦労しているとの噂を聞いた事があった。


「今は年下の従姉妹として可愛がって下さっているけど、姉上になるのね……」


 ララは竜のような姉妹達はライバルにはならないが、小姑になるのだと深い溜め息をつく。

 

「なんだか、ロジーナやメリッサなんかどうでも良い気分になってきたわ。ショウ様は五歳から兄上達と離宮で暮らしていたから、親しくないと話してたけど……」


 ララはライバルの許嫁より、ショウの姉上達に気持ちが飛んでいた。ユーアンはやはりララでは、ロジーナやメリッサに押しのけられてしまうのではと案じる。


「ミミなら家臣や王族に嫁いだショウ王子の姉上達の事など歯牙にもかけないでしょう。後継者のショウ王子をがっちり捕まえて、他のライバル達を蹴散らす方法のみに集中するでしょうね。ララは本を読むのが好きで賢いけど、肉食度が足りないわ。ショウ王子はどう見ても草食系だから、ぼんやりしていたら肉食獣にパクリと先に食べられてしまうわ」




 ショウはサンズと王宮に帰って、父上の執務室へと向かった。


「お前ときたら、帰国そうそう朝帰りか。あまりミヤに心配をかけるなよ」


 真っ赤になってララとはそんな事してませんよとアタフタ言い訳し始めたショウを、つまんなさそうに手で制してアスランは驚くべき話を告げた。


「サンズ島はお前の領地だ。まあ、今は何にも無い無人島だが、あそこを整備して東航路の拠点になれば、夫人達を養うこともできるだろう」


 ショウは蛇が居そうな島に飛ばされるのかとウンザリしながら聞いてたが、夫人達? という言葉に引っかかりを感じた。


「父上、夫人達とは……」


 聞くのは恐ろしかったが、聞かないのも恐ろしくてショウは質問を口にする。


「お前は王太子になるのだぞ。何人もの夫人がいるのは当然だろう。ああ、午後にもお前の許嫁に会わせてやろう。ラズロー兄上のロジーナと、メルト兄上のメリッサだ。他にも何人か許嫁候補がいるが、兄上達の頼みは断れないからな。お前とは従姉妹になるから、仲良くするのだぞ」


 ショウが許嫁はララだけで良いですと抗議するのを、無視して手で退室を促した。


「父上、僕には……」


 沢山の妻を養う自信が無いと言いかけたショウは、父上にサンズ島の島主にされたのに気づいた。


「お前は王太子だし、夫人達を養う島もある。あきらめるんだな!」




 ショウは父上に言っても無駄だと、ミヤの部屋に急いだ。


「ショウ、お手柄でしたね。新航路の発見のみならず、島まで発見するとは、おめでとうございます」


 ミヤに褒められるのは嬉しかったが、今はそれどころではない。


「ミヤ、帰国の挨拶もしないで、カジム伯父上の屋敷に行って御免ね。ララに会いたいと思って……ねえ、父上が僕に許嫁を押し付けようとするんだ。僕はララ一人で十分だよ」


 ミヤはショウが狼狽えているのを見て可哀想に思ったが、厳しく言い聞かせる。


「ショウ、アスラン様は許嫁以外に何か言いませんでしたか?」


 いつも優しいミヤの厳しい口調に、ショウは驚いた。


「サンズ島を僕に下さるとか……」


「まぁ、おめでとうございます。サンズ島はレイテから遠い島ですが、東航路を航行する船にとって重要な補給基地になるでしょう。父上に感謝の言葉を、ちゃんと言いましたか」


 ショウは夫人達を養えると言われて、お礼どころか、ララ以外の許嫁は要らないと愚図っただけだと顔を赤くした。


「それは……でも、あんな蛇が居そうな島は要らないよ。それにサンズ島があるから、夫人達が養えるだろうなんて許嫁を押し付けられるなら、絶対に要らない」


 駄々っ子のような態度に、ミヤはショウを甘やかし過ぎたかもと反省した。


「サンズ島を返上しても、許嫁は断れませんよ。貴方は王太子なのですから」


「ミヤ、僕は第六王子なんだよ。サリーム兄上か、カリン兄上か、ハッサン兄上が王太子になれば良いよ」


「ショウ! 後継者は王が決める問題です。王子といえど、口を出してはいけません。それに兄上達を争わせたくないなら、貴方が腹を括るしか無いのです」


 ミヤにビシッと叱られて、ショウは兄上達の誰が後継者になっても、お互いに反発するだろうと溜め息をついた。


「王太子には、複数の夫人が必要です。まして貴方には、後ろ盾がいないのですからね。カジム伯父上に続き、ラズロー伯父上、メルト伯父上が、ショウの後ろ盾になって下さるでしょう。ショウ、ララを護りたいなら、貴方が王太子としてしっかりするしかないのですよ。それに、サンズ島の島主として、やることが山積みでしょう。何時までも子供の様に駄々をこねて無いで、大人になりなさい」


 ミヤに言い聞かされて、ショウは溜め息をついた。


「ララ、僕はどうしたら良いんだろう……」


 途方にくれているショウを抱き締めてヨシヨシしたくなったミヤだったが、王太子として自覚させなければとグッと掌を握り締めて我慢する。


「ショウ、先ずはアスラン様に、サンズ島の件のお礼を言いに行きなさい。そして、カドフェル号の乗組員達の恩賞について、フラナガン宰相と話しなさい」


 ミヤの言葉に後押しされて、ショウは気を取り直した。


「せめてカドフェル号の乗組員達には、恩賞を沢山あげれるようにしたい」


 未知の海域を航海する不安を味あわせたカドフェル号の皆に報いたいと、父上の執務室に向かうショウを見送りながら、ミヤは新しい許嫁のロジーナと、メリッサを思い浮かべて溜め息をついた。


「ショウがしっかりしなければ、ララは二人に押しのけられてしまうわ」


 ララの祖母としての立場と、アスラン王の第一夫人としての立場との板挟みでミヤは心を痛めるのだった。


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