第13話 帰国した夜に
ショウはカジムの延々と続く宴会の途中から、大変に無礼な事にうとうとしだした。
「それで、ショウ、サンズ島の大きさはどの位なのだ……?」
上機嫌で酒を飲んで航海の様子を聞いていたカジムは、自分の質問に返事が無いので、ショウが寝かけているのに気づく。
「あっ、失礼しました。伯父上……何を聞かれたのですか……」
そう言いつつ、ご馳走の山につんのめりそうなショウを抱きかかえたカジムは、長旅で疲れ果てているのだと宴会を長引かせたのを反省した。
細身のショウだが抱いて運ぶのは無理だと、屈強な召使いに客間まで運ばせると、ララとミミが後ろから付いて来た。
「こら! お前ら、ショウに夜這いをかけてはいけないぞ! ショウは長旅で疲れているのだからな」
第一夫人のユーアンは、夫が未婚の娘達に何を言い出すのかと呆れたが、肉食系の王家の女を思い出して二人を自室に閉じ込める。
「ユーアン、酷いわ! 私はショウ様の許嫁なのよ。新航路発見のお祝いの夜を、一緒に過ごす権利があるわ」
「未だ、結婚前なのになんて事を! ショウ王子の独立の宴まで許しませんよ」
ぶ~ぶ~と文句を言うララを部屋に閉じこめると、外から鍵をかける。その間に部屋を抜け出そうとしていたミミの後ろ襟を捕まえると、猫の子みたいに部屋へ放り込んだ。
「ミミ、ショウ王子は諦めなさい。父上に素敵な殿方を探して貰いましょう。貴女も今夜は部屋から出てはいけません」
ミミは鍵を掛けられた扉を叩きながら抗議する。
「ショウ兄上は、姉上より先に私が目を付けたのよ! 姉上は始め乗り気じゃなかったんだもの」
ドア越しにミミの勝手な言葉を聞いたララは怒り出した。
「ミミ、貴女はいつも私の物を欲しがるのね! でも、ショウ様は私の旦那様よ」
「姉上は本を読んでいれば、幸せなのでしょ」
低次元な姉妹喧嘩に頭が痛くなったユーアンは、静かにしないと朝になっても閉じ込めたままにしますと脅しつけたので、二人はピタリと口を閉じる。
第一夫人ユーアンに逆らうと酷い目にあうのは骨身にしみている姉妹だったし、朝ご飯をショウと食べたいと聞き分け良くしたのだ。
やっと静かになったので、ユーアンは夫のカジムの部屋に、ミミに許婚を早く見つけるようと話しに行った。
「ああ、ユーアン、娘達に言い聞かせてくれたか?」
宴会の時は上機嫌だったカジムが難しい顔をしているので、ユーアンはミミの件は後回しにして何を悩んでいるのかと聞く。
「ショウは新航路のみならず、水のある無人島を発見したのだ。アスラン王はカドフェル号の乗組員達に恩賞金とは別に、祝い金を百マーク金貨で与えたそうだ。今頃、レイテの街の全員が、新航路と無人島の事を知っているだろうよ。アスランは、乗組員達が酒場や家で吹聴するのを見越して、金貨を与えたのだ。弟のやり方はわかっている……」
カジムが何を心配しているのか、ユーアンは悟った。前からショウが後継者だと察した他の王族達がアスラン王の第一夫人のミヤに姫君を許婚にと申し込んでいたが、一夫一妻制のカザリア王国に留学中なので、偏見の目に曝したくないと話を棚上げにされていたのだ。
「アスラン王は、ショウ王子を後継者として華々しくデビューさせたのですねぇ。まぁ、他の兄王子達を納得させるには良いやり方ですが、ララには気の毒な事になりますわ。ララが他の王族の姫君に勝てるか心配されているのですね」
悩む夫を気遣って優しく話し相手になってやるユーアンだったが、同じ第一夫人でもミヤはアスラン王を叱り飛ばしていた。
「アスラン様の遣り口はわかってますわ! これでショウを後継者として公表しても、反対する者はいなくなりますもの。でも、こんなやり方をしたら、貴方の兄上達が黙っていないでしょう」
アスランは苦手な兄上達を思い出して、眉を顰める。
「どうせ後継者と公表したら、ショウには許婚が山ほど殺到するのだ……痛い! 何をするんだ!」
クッションで殴りつけられて、アスランはミヤから取り上げながら怒った。
「忘れたとは言わせませんよ。貴方も許婚を山ほど押し付けられて、困り果てて私に第一夫人になってくれと頼みに来られたではありませんか。ショウは、貴方ほど心臓に毛が生えてませんから、一度に沢山の許婚を持たさないように、どれほど私が難しい交渉をしていたかも知らずに!」
「ミヤはショウに優しいなぁ……私にも、その半分でも優しくしてくれれば良いのに……お茶をいれてくれよ」
話をはぐらかすアスランにミヤはぷんぷん怒ったが、基本は愛情を持っているのでお茶をいれて渡す。アスランはミヤがいれてくれた美味しいお茶を飲みながら、苦手な兄上達の可愛い顔をしているが肉食系の姪達を思い浮かべていた。
「王族には、選りすぐりの美人が嫁ぐ。姪達も母親の美貌を受け継いでいるから、ショウも文句は言わないだろうが、彼奴は切って棄てれるかな? 大人数の後宮なんて、ゾッとするぞ」
アスラン王は多くの夫人を後宮に置いているが、多数は古くからの馴染みだった。サリーム王子、カリン王子、ハッサン王子の母親などは今更追い出せないので夫人として置いていたが、閨を共にする事はもうなかった。
それでも、次々と送り込まれる夫人達は、サッサと次の嫁入り先を見つけたりして片付けて、実際に妻と呼べるのは一人か二人に抑えて管理していたのだ。非情に聞こえるが、愛情も無い相手に縛り付けておくより、大切にしてくれる相手と愛のある生活をした方が良いだろうと、アスランは割り切っている。
ミヤも同意見で、持参金を増やして良い嫁入り先に嫁がせるのだった。
「ショウにはしっかりした第一夫人が必要ですわ。あの子は優しいから、夫人を後宮から追い出すように感じてしまうでしょうからね。でも、ショウに第一夫人を口説き落とせるかしら?」
「さぁな? しかし、彼奴は女タラシだからどうにかなるだろう。カリンほどは不器用じゃないさ。それにしても、よく娘は、カリンの第一夫人になったな」
ミヤが武官を嫌っているのを知っているアスランは、娘のラビータがカリンの第一夫人になるのを許したなと苦笑した。
「酷い言い方ね。私はカリンも育てたのですよ。まぁ、母親が付いているから、ナッシュや、ラジックや、ショウほどは面倒を見ていませんけど。それに、気の毒で見ていられませんでしたからね。カリンもラビータに感謝しているみたいですわ。あっ! そう言えばラビータが面白い事を言ってました。カリンの夫人の一人が、ショウの第一夫人を目指して勉強中だとか」
「チェ、彼奴はずるいな~。少しは苦労したら良いのに」
「まぁ、なんて事を仰るの! 貴方の息子というだけで、ショウには大迷惑ですよ。カジム様以外の兄上は、私も苦手ですわ。特に次兄のラズロー様は計算高くて嫌いですの。あそこのロジーナは可愛い顔ですが、中身は肉食獣です。ショウは押し倒されてしまいますわ。三兄のメルト様のメリッサは、もう見るからに王家の女ね。未だ十三歳なのに美貌を武器に、男を跪かさなければ我慢できない女王様だわ」
アスランは姪達を酷評されたが、その通りだなと笑う。
「ミヤ、どうする? ララは王家の女の割には、押しが弱いぞ。ロジーナやメリッサは会ったその日に押し倒しかねない肉食獣だ。ぼんやりしているショウなど、美味しく頂かれちゃうぞ」
他人事みたいに笑っているアスランを睨みつけて、ミヤは孫娘とショウとの板ばさみに悩んだ。
「そう言えば、カザリア王国からスチュワート皇太子の結婚式にショウを招待されていましたね」
「おいおい、ショウを一生カザリア王国で過ごさせるわけにはいかないぞ」
アスランはミヤの作戦に気付いて、時間稼ぎにしかならないと笑った。
「何の事かしら? カザリア王国の皇太子の結婚式に列席と、レイテ湾の埋め立て埠頭の工事を監督して頂く教授を迎えに行って貰うだけですよ」
「ラズロー兄上とメルト兄上が、その説明を納得するかな? ララを同伴させるのだろ。旧帝国三国は女性同伴がマナーだとか変な習慣があるからな」
「ええ、ララを許嫁として同伴させますわ。そして付き添いにミミもね。あの子はララの付き添いとして、最強ですから間違いなど絶対おこさせませんわ」
アスランは、飲んでいたお茶を咽せてしまった。
「ミヤ、ちょっとそれは拙いぞ! カジム兄上は恥知らずなのか、二人をショウの嫁にと言われたが、姉妹は拙いだろ」
ミヤは素知らぬ顔で、ミミは付き添いですと言い切った。
「ララと違って、ミミは典型的な王家の女だ。姉妹丼は面倒くさいぞ!」
アスランは少しショウに同情した。
レイテの街はショウ王子が新航路と無人島を発見した話題で盛り上がっていたし、相応しい年頃の娘を持つ身分の高い屋敷では、将来の王の外戚になる野心を燃やす者達がいた。
ララは窓から月を眺めて、同じ屋敷にショウが寝ているのにと不満を募らせたが、明日の朝に寝不足の顔を見せたく無かったので渋々ベッドに入った。
ミミはどうにか部屋から抜け出せないか、鍵穴にヘアピンを突っ込んで見たが無理だと諦めた。
「窓から下に降りれないかしら?」
何処までも諦めないミミは窓から下へ降りるべく、ベッドカバーを切り裂きだした。しかし、ユーアンが夜中にビリビリと音が響くのに気付き、飛んでやって来て折角作ったロープもどきを取り上げてしまった。
「ミミ、朝御飯は抜きです!」
逆らったらお爺さんの所へ嫁に行かすと脅されて、ミミは流石にびびった。王家の女がこの世で唯一恐ろしく思う人は、父上の第一夫人なのだった。
父親や、アスラン王ですら、ミミには恐ろしい存在では無かったが、ユーアンにだけは逆らったら怖いので大人しく従うのだ。
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