第12話 新航路発見!

 ショウが甲板で巨大な竜に寄っかかって風を帆に送っている風景に、カドフェル号の乗組員達が慣れてしまった頃、マストの上の見張りが叫んだ。


「陸が見えるぞ~! ゴルチェ大陸だ!」


 東海岸に比べると未開だけど、西海岸にも小さな港は点在する。


「やったぁ、着いたぞ~」


 カドフェル号の前のパドマ号から乗船している乗務員達は、見覚えのあるゴルチェ大陸西海岸の港に飛び上がって喜んだ。


 ペナン島を出てサンズ島まで海流の逆行に悩まされて六日、サンズ島からゴルチェ大陸西海岸まで四日と、サンズ島で一日休憩したものの十日でゴルチェ大陸西海岸へとたどり着いた。


「新航路の発見、おめでとうございます」


 レッサ艦長は、ショウ王子がゴルチェ大陸西海岸の測量からずっと新航路発見の為に苦労を重ねて来たのを知っていたので、涙を抑えながら祝福の言葉をかけた。


「レッサ艦長、他の方々のお陰です」


 ショウは頭では東航路の方がゴルチェ大陸にまで早いとわかっていたが、実際に航海して実証出来た喜びを感じる。


「嵐にも遭わなかったし、商船の補給島も発見できたし、僕の役目は終わりましたね。後は、カリン兄上にまかせます。ところで、何処に着いたのかな?」


 あまり発展していないゴルチェ大陸の西側の港は、何処も同じに見えて、ショウは横にいるワンダーに尋ねた。


「チェンナイの港みたいですね」


 ワンダーも二年半もゴルチェ大陸西海岸の測量をしたので、遠目に見覚えのある港の名前を思い出した。


「まだ、帰り道があるけど、海流に乗れば一週間で帰国できるかもね……」


 そう言ったショウは、サンズの空腹感を猛烈に感じる。


『サンズ、御免! お腹が空いてるよね』


 レッサ艦長にサンズに餌をやらなくてはと慌ただしく許可を取ると、ショウは小さなチェンナイの港へと飛んで行った。何度か訪れたチェンナイなので、家畜の水牛を一頭サンズの為に買ってやる。家畜商が水牛の首を切るや否や、まだ暖かい肉にかじりついた。


 ショウは心よりサンズは愛していたが、食事をするのを見るのは苦手だった。


『お腹いっぱいになった?』


 ショウは満足そうに血で汚れた鼻や口の周りを舐めているサンズに尋ねた。


『一応はね……でも、ゴルチェ大陸の水牛は痩せていて筋が堅いよ。イルバニア王国の牛はおいしいのになぁ』


『そりぁ、イルバニア王国は農業王国だからね。食料自給率200%の輸出国だもの。高級な牛には穀物を食べさせているから、脂がのっているとタジン領事が話していたよ』


 筋ばっていた水牛に文句タラタラのサンズに、ショウは島を発見してくれた御礼に、家畜商から丸々とした黒豚を買ってやった。デザートの方が美味しいとご機嫌をなおしたサンズの食事風景に、ショウの食欲はゲッソリ落ち込んだ。


 満腹になったサンズは海水浴をしたがり、毎日してたじゃないかとショウを呆れさせる。


『だって、ショウと海水浴したいんだ。ショウは船の上で見ているだけだったから、つまらなかったんだ』


 他の乗組員達が水や食糧の補給をしているのに、サンズの餌は仕方無いけど、海水浴はねぇとショウは躊躇う。


『食後すぐは海水浴しない方が良いよ。カドフェル号も、落ち着いたら海水浴しよう』


 お腹いっぱいになったサンズも、海水浴より昼寝がしたくなってきて、ショウの言葉を素直に受け入れた。


『ちょっと、サンズ! 寝る前にカドフェル号に行こうよ』


 チェンナイで寝るのは勘弁してくれとショウにうとうとしかけているのを起こされて、フラフラとカドフェル号に飛んで着くと直ぐに寝てしまった。


「サンズは、お腹いっぱい食べたみたいですな」


 ショウが寝てしまったサンズに苦笑していると、レッサ艦長が話しかけてきた。


「これからの予定はどうなっているのですか?」


「水や食糧を積み込み次第、出航すると言いたいですが、乗組員達も休ませないといけませんからね。本来の航海なら半月やそこら港には上げませんが、今回のは見知らぬ海でしたから奴らも疲れています。交代で今日は休ませてやるつもりです」


 レッサ艦長は厳しい時は恐ろしいが、乗組員達を不当に扱わない公平な艦長だとショウは感心する。


「夕方までにサンズが起きたら、海水浴に付き合ってやろう……」


 そう思いながら、ショウは寝ているサンズにもたれて寝てしまった。レッサ艦長は未だ若いショウ王子が自分の提案した新航路発見を果たして、疲れたのだろうと思った。




『ショウ、起きて! 海水浴する約束だよ』


 夕方にサンズに起こされるまで、ショウは爆睡していた。ずっと風の魔力を使い続けたのと、新航路発見の任を果たした安堵感から爆睡してしまったのだ。


『ごめん~、寝てしまった。でも、日が沈むまで海水浴に付き合うよ』


 乗組員達も交代でチェンナイで休憩を取っているなら、自分が抜けても問題ない。サンズと少し離れた海岸で、思いっきり海水浴を楽しんだ。海に仰向けでプカプカ浮いたまま、空がオレンジ色に染まるのを見ていたショウは、そろそろ引き上げなくてはと思う。


『サンズ、一旦チェンナイの町に連れて行ってくれないか?』


 サンズはお腹いっぱいだし、海水浴も出来たので、機嫌よくチェンナイへ連れて行ってくれた。海水浴で潮水に浸かった身体を真水で洗いたいと、ショウは井戸を探そうと思ったが、カドフェル号の乗組員達に見つかった。


「ショウ王子、ずぶ濡れですね」


 少し酔っ払っている乗組員達に、海水浴したけど、身体を洗える井戸を知らないかと尋ねた。


「井戸? 井戸ならあちこちにあるけど、風呂の方が良いでしょう。1、2軒宿屋らしいのが有りますよ」

 

 ショウも宿屋は知っていたが、近づきたくないから井戸をさがしていたのだ。前にゴルチェ大陸西海岸の測量した時に、たまには風呂に入りたいと宿屋へ行ったが、どう見ても娼婦と言うより小母さんが身体を洗ってやろうとしつこくて閉口したのだ。


「綺麗なお姉さんならまだしも……いや、僕にはララがいるし、兎に角、小母さんは勘弁して欲しい。まともな宿屋がいるなぁ……」


 ショウは井戸を見つけて、三、四回、頭から水を被ってこれで良いかと、ずぶ濡れのままカドフェル号へ帰った。船室で乾いた服に着替えると、ずぶ濡れの服を当番の乗組員が引き取りにきた。


「レッサ艦長は?」


「艦長室にいらっしゃいます」


 ショウは明日の予定の確認をしたかった。


「レッサ艦長、帰りの確認なのですが、できたら風の魔力無しで帰りたいのです。いえ、疲れたからではありません。普通の商船でも、東航路が航海できると証明したいのです」


 レッサ艦長はショウが疲れたのかと気遣ったが、意図を知って納得する。二人で海図を見ながら、行きに苦しめられた海流に乗ろうと話し合った。


 地図にはサンズ島が大体の形で書き込まれており、ショウはここの開発もしないといけないので、カリン兄上の仕事を増やしたなと笑った。


 レッサ艦長はザハーン軍務大臣の孫にあたるカリン王子が、優れた軍艦乗りだと認めてはいる。しかし、開発とかは向いていないかもと懸念を持ったが、アスラン王の采配に任せる事にした。


「ショウ王子なら、サンズ島をどうされます?」


「先ずは、東航路の補給基地にしたいな。湖の底に溜まっているヘドロを綺麗に掃除すれば、水浴び場になるし、湧き水を汲み上げる施設も作りたいな。あと、航海中に病気になった乗組員を救護する施設や、食糧の栽培や、家畜も飼育しなきゃ、酒場もいるよね……あっ、嵐に遭った船を修理できる、船屋も欲しいな。それらを管理する人達の家も建てなきゃいけないし、凄く大変そうだね~」


 カリンに任されると信じて、アレコレ提案しているショウに、レッサ艦長はもしかしたら他人事では済まされないかもと笑う。


「レッサ艦長、縁起でも無いことを言わないで下さい。サンズ島には、蛇がいるのですよ」


 普通の王子なら喜びそうなのに、真剣に嫌がるショウにレッサ艦長は苦笑する。


「あのう、レッサ艦長~。父上には僕が蛇が嫌いな事は言わないで貰えませんか? 父上はへそ曲がりだから、蛇が嫌いと知ったらサンズ島へ飛ばされそうです」


 確かに、アスラン王なら自分の王子が蛇嫌いと知ったら、根性を叩き直してやると怒って、そのくらいしそうだとレッサ艦長は爆笑してしまった。


「私はアスラン王の武官ですから、質問されたら嘘は言えません。ですが、私からはショウ王子が蛇嫌いだとは言い出しません」


「それで結構です、ありがとうございます」


 父王に蛇嫌いがバレたくないと必死のショウに、ここの親子関係もなかなか大変そうだと思った。





 帰路は海流に乗って、順調にカドフェル号はペナン島へと航海した。ショウは風の魔力を使わない分、サンズと見回りの距離を伸ばして、数個の小島と言うより、珊瑚礁の浅瀬を見つけた。


「なかなか水のある島は有りませんね」


 計測した位置を海図に書き込みながら愚痴るショウ王子に、レッサ艦長は当たり前ですと言う。


「明日には、ペナン島へ着きますよ」


 途中で軽い嵐に遭ったけど、帰路は順調で六日でペナン島に着いた。


「こんなに東航路は速いんだ~」


 カドフェル号の全員が東航路の有利性を考えていた。


「これなら、カザリア王国へも東航路の方が速いですね。地球一周してみたいなぁ~。ペナン島とサンズ島の上の北半球の空白部分を埋めたいですね」


 レッサ艦長はやっと帰国出来たのにと笑ったが、その冒険航海にも是非参加したいと思った。


「ショウ王子は、強運の王子ですからね」


 船乗りは天候まかせの航海にでるので、運の良い男が好きなのだった。


 カドフェル号はペナン島では水のみ補給して、レイテ港へと急いだ。乗組員達も田舎のペナン島より、首都レイテでの休暇を望んでいたので文句は言わない。


「なぁ、新航路発見や、サンズ島の発見の恩賞金でるかなぁ」


「出るに決まってるさぁ! 俺は可愛い嫁さんを貰うぞ」


 乗組員達は捕らぬ狸の皮算用を始めたが、ページ甲板長も自分の皮算用に夢中で怒鳴るのを忘れる。


 しかし、レイテに帰りたいのは全員一致していたので、頭は妄想でいっぱいだったが乗組員達はきびきび動き、ショウも此処からなら良いかなと風の魔力で帆を満杯にさせたので、二日も経たずに帰港した。




 ショウはレッサ艦長をサンズに乗せて王宮に行こうとしたが、先にアスランがメリルでカドフェル号に舞い降りた。


「父上、ゴルチェ大陸西海岸への新航路を発見した報告をいたします」


 アスラン王は珍しく上機嫌で、レッサ艦長からも報告を受け、それとサンズ島の発見も報告を受けた。


「レッサ艦長、新航路発見の航海、ご苦労だった。カドフェル号の士官、乗組員達も苦労だったな。全員に恩賞金を出そう! それとは別に、今夜は祝うと良い!」


 そう言うと、ずっしりと重そうな皮袋をレッサ艦長に渡し、恩賞金は後で貰えと笑うと、メリルで飛び去った。


 乗組員達は恩賞金が出ると聞いて歓声を上げ、今夜の祝い金は幾らだろうと皮袋を見つめる。


「相変わらず父上は、やることが派手だ」


 レッサ艦長は士官に皮袋を渡し、乗組員達と公平に分けろと命じた。


「ショウ様、やっと新航路を証明できましたね」


 祝い金を分配する士官を手伝いに行く前に、ワンダーは声をかけた。


「ああ、ワンダー、長く掛かったね~」


 祝い金が百マーク金貨だと知った乗組員達から大歓声があがり、ワンダーは殺到する乗組員達を並ばせろとページ甲板長に命令しながらショウの側を離れた。


「レッサ艦長、僕は離宮に帰ります」


 レッサ艦長は離宮ではなく、許嫁のもとへと行くのだろうと思ったが、笑って許可を出した。


 ショウは長旅で汚れているが、離宮に帰る時間も惜しく感じるほどララに会いたくて仕方なくて、サンズとカジムの屋敷へ向かった。


「ララ~、今帰ったよ!」


 普段は礼儀正しくカジムへ挨拶してから、ララを呼び出して貰うショウだったが、屋敷に着くなり大声で呼んだ。


「ショウ様!」


 階段を飛ぶように降りてきたララと抱き合う。


 カジムは玄関のホールで抱き合う二人の姿を笑いながら眺めていたが、長旅でよれよれの服装に風呂と着替えを召使い達に命じた。


「こんな物しかお土産は無いんだ。見つけた島の砂だよ」


 ララは小さなガラス瓶に詰められた星の砂をロマンチックだと喜び、ショウに抱き付いてキスをする。


「これこれ、その辺にしておきなさい」


 少し落ち着いたショウは、笑いながら見ているカジムに帰国の報告をする。


「新航路の発見おめでとう。ショウ、息子の大発見に私も鼻が高い。だが、お前には風呂が必要だぞ」


 ショウは自分でも臭いと思うので、ララに御免ねと謝って、風呂へと召使い達に案内して貰う。久しぶりの風呂を楽しんで、清潔な服に着替えたショウは、カジムにつかまって祝いの宴会になだれ込んだ。


 こうして、ショウの新航路発見の旅は終わった。

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