第12話 夏休みだけど帰国できない

 パロマ大学のバギンズ教授の研究室は書類の入った箱が山積みで、ショウは落ちてきたら下敷きになっちゃうなと思いながら、勧められた椅子に座った。


「春学期の途中からだけど、ショウは真面目に勉強したわね。それで、地球の大きさの計算方法だけど、レポート通りで良いと思います。ただ、計測しなくてはね。何本か、計測して、計算したという論文もあったみたいだけど、自分でやってみないと駄目よね。幸いショウは竜がいるから、計測には便利だと思うの、夏至の日に北回帰線上と同じ経度の離れた場所で計測してみなさい。それと、夏休み中に地図の単位が正確か測量出来る所はしといたら良いわね。地図の測量方法は、この本を見てね。それじゃあ、以上で指導は終わります」


 やれやれと指導教授としての役割は終えたとばかりに、黒いローブを脱ぎ捨てると、ショウをハグして頬にキスをした。


「夏休み、楽しんでらっしゃいね~」


「バギンズ教授も、良い夏休みを」


 ハグから逃れたショウは、夏休みを楽しんでと言う割に、大変な宿題を出されちゃったと、内心で愚痴りながら研究室を後にした。



 留学したての時は、ワンダーとシーガルも同じ講義を受けていたが、ショウの考えを聞いてからは、それぞれが自分に向いた講義を選択して受講するようになった。


 シーガルはレイテ港に埋め立て埠頭を建設するプランが実現可能か、そして埋め立て埠頭でレイテ港がどのような影響を受けるか、建築科の教授について勉強していた。


 ワンダーは、ショウと共にバギンズ教授の数学の基礎、応用編は取っていたが、最新の公式の講義は選択しないで、その間は船の建造に関する講義を探してきて熱心に受講していた。

 

 ショウはバギンズ教授の講義以外に、シーガルの土木の講義を聴いたり、ワンダーの造船の講義を聴いたりしたが、女性学と魔法学も受講していた。特に魔法学ではアレックス教授に真名が読めるのに気づかれてしまい、狂喜乱舞する教授に離して貰えなくなっていた。


 旧帝国が滅ぼした魔法王国シンで使われていた真名は、漢字に似ていたが、物の本質を表す魔法の力を持っていた。ショウは、迂闊に黒板に書かれた真名を読んでしまったのを後悔したが、キラリンと目を輝かせたアレックスに捕まってしまった。


「夏休みは、フォン・フォレストに行かないか。あそこの館には、古文書が未だ眠っているかもしれない。一緒に館を家捜ししよう!」


「フォン・フォレストって、確かイルバニア王国の王妃様の実家ですよね。家捜しなんかして、大丈夫なのかな?」


 ショウは地図の計測をしなくてはいけませんからと、丁重にアレックス教授の申し出を断った。


「ヘザーの出した宿題など、国に帰っても竜で飛べば出来るだろう。それより古文書の探索と、真名の辞書編纂は今しか出来ないぞ!」


 それこそ何時でも出来るのではとショウは考えて、アレックス教授の研究室を慌てて逃げ出した。


「あっ、ショウ様、夏休み前の面談は終わりましたか」


「ええ、スチュワート様も終わりましたか?」


 夏休み前のパロマ大学には、春学期の試験の結果を聞いたり、夏休み中の課題を出された学生達が、深刻な顔や、ホッとした顔で歩き回っていた。


 スチュワートは王位継承者として、パロマ大学の花形である政治と歴史を専攻していたので、結構、手厳しい評価を教授から受けて凹んでいた。


「あまり良い成績じゃなかったのです。言い訳じゃないけど、見習い竜騎士の試験に時間を取られたからなぁ~。教授に当て擦られたように、婚約者のロザリモンド様の事ばかり考えていたわけじゃありませんよ。そりゃ、少しは考えていたけど……」


 スチュワートはイルバニア王国の第二王女ロザリモンドと婚約していて、夏休みにはユングフラウに会いに行く予定だった。


「ショウ様は、夏休みは、お国に帰られるのですか?」


 ショウは帰れそうに無いと思ったので、スチュワートに質問した。


「六歳の弟と、四歳の妹に何か贈りたいのですが、カザリア王国らしい物がわからなくて。夏休みに帰ると約束したけど、果たせそうにないので、せめてプレゼントでも贈らないと」


 ショウはニューパロマに来てから、パロマ大学と大使館の往復ばかりで、たまに土日にサンズを海水浴に連れて行ったことしかないので、街について全く知らなかった。


 スチュワートは見習い竜騎士の試験と、パロマ大学の春学期の試験とで忙しくて、ショウにニューパロマの街の案内もしていなかったのに気付いた。


「ちょうど良い、プレゼントを選ぶ手伝いをしながら、ニューパロマの街を案内しよう。それに、私もロザリモンド様に何かお土産を買って行っても良いし」

 

 未だ子供の東南諸島連合王国の王子なので、王宮のお茶会に一度招待されたぐらいで、後の接待はスチュワートに任されていたが、自分の事が忙しくて放置していたと反省する。


 スチュワートはショウに六歳の弟には少し早いかもしれないけれどと断って、金属加工が有名な店に連れて行った。


「マルシェも勉強と共に武術も習っているだろうけど、剣は贈りたくないなぁ。あっ、このナイフ、便利かも」


 ショウは、小さな折り畳み式ナイフをマルシェに選んだ。


「面白いナイフですね。へ~、ねじ回しや、ワインオープナーも付いているんだ。私も欲しくなりましたよ。そうだ、イルバニア王国の王子達に、お土産で買って行こう」


 いそいそとスチュワートもナイフを買い込んだ。


「スチュワート様は、イルバニア王国のロザリモンド王女と婚約されているのですね。夏休みに会いに行かれるのですか?」


 付き添いのジェームスは、ショウにその話題は駄目ですと目で合図したが遅かった。


「そうなんです! ロザリモンド様はすっごく可愛いくて、離れていると心配で、心配で……あんなに可愛い女の子なんていませんから、他の男も絶対ロザリモンド様に恋するに決まってます! ああ、早くユングフラウに行きたいなぁ」


 それから次の陶器を扱う店まで、延々とロザリモンドの可愛いらしさを聞かされて、ショウは相思相愛振りを羨ましく思った。


 ショウは、自分はララにここまでラブラブじゃないと苦笑する。ララは可愛いけど二回しか会った事ないし、でも二回キスしたのも思い出す。


 ララの柔らかな唇を思い出して、ショウはポッと頬を染めた。ラブモード全開のスチュワートは、他人のラブにも敏感だった。


「もしかして、ショウ様は国に婚約者がいらっしゃるのですか?」


 ジェームスは東南諸島の結婚制度に触れるのは危険だと冷や冷やした。


「ええ、ララという許嫁がいます。私の従姉になります」


 スチュワートとジェームスは、王族の姫君の許嫁を簡単に話すショウに少し同情した。きっと親が勝手に決めたのだと思ったのだ。


「あっ、ララにも何か贈らなきゃいけないかな?」


「それはそうですよ。弟や妹の前に、婚約者を一番に思い出さないだなんて、ショウ様はララ様がお好きでは無いのですか」


 こら、とジェームスは窘めたが、ショウは考え込んでしまった。


「ララは綺麗な髪をした可愛い女の子で、読書が趣味なだけあって賢いから、申し分ないですよ。でも、僕は未だ十歳だし、二回しか会った事の無い相手と、十五歳で結婚しろと言われてもピンとこないのです。僕には後ろ盾がないから、息子のいない伯父上の保護を受けさせようとララを許嫁にしたのだと思いますけど……」


 スチュワートは秋には正式に立太子式をあげる自分と、多分力の無い側室が産んだ第六王子のショウとは、立場が違うのだろうと考えた。


「ララ様は可愛い方なのでしょ、これから何度も会えば好きになりますよ」


「ええ、ララは好きです。それにカジム伯父上は、息子のように可愛がってくれますし、第一夫人が見つかれば上手くいくと思います」


 スチュワートとジェームスは、ララが第一夫人では無いのかと驚いた。


「ああ、第一夫人とは、エッチ無しの人生のパートナーの事です。東南諸島では、男達は航海に出て家を留守にしがちですから、第一夫人が商売や妻や子供の全てを取り仕切るのです。実はよく理解できないところもあるのですが、僕も母上の代わりに、父上の第一夫人に育てられましたから、重要だと思ってます」


 スチュワートとジェームスは東南諸島の結婚制度に興味を持ったが、事情のありそうなショウにこれ以上質問するのは控えた。


 ショウは陶器店でミヤと母上に最高級の極薄のティーセットを買い、妹には可愛いおままごとセットを買った。ララには東南諸島では手に入れ難い、最新の小説を何冊か買ったが、何か他にも女の子の喜びそうな物が見つからないかなとスチュワートに相談した。


「女の子へのプレゼントは、私も悩みますね。本だけでは愛想が無いですし、装飾品を贈るのが普通ですけど……」


 スチュワートも、ファッションの都ユングフラウに住むロザリモンドへのプレゼントには、苦労しているのだ。何軒かプレゼントを探して回った経験から、一番良かった店に案内してくれたので、ショウは綺麗な黒髪に似合う髪飾りをララの為に選んだ。


 ショウは買った髪飾りをララが気に入ってくれれば良いなと思いながら、他の贈り物と共に東南諸島へ帰る船に乗せて貰った。

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