第32話 お土産配りも楽じゃない

 ショウは初の外国への航海で、伯父のリンクの商船隊に参加させてくれたハッサンの部屋を訪ねたが留守だった。


「また、許嫁の顔でも見に行ってるのかな?」


 もうすぐ十五歳になるハッサンは、独立して自分の屋敷を構えることになっていたので、その際に結婚する許嫁にちょくちょく会いに行ったりしていたのだ。


「離宮も寂しくなったなぁ。僕もユーカ号に乗って留守していたけど、ナッシュ兄上とラジック兄上も航海中だなんて……」


 ショウは気持ちを入れ替えて、ラシンドの屋敷に母上と弟と妹にお土産を持って行こうと考えた。


「ショウ兄上~! お久しぶりです」


 少し見ない間にころころのボールのようだった弟のマルシェが、縦に伸びていたのにショウは驚いた。


「マルシェ、大きくなったなぁ」


 ショウはグングン大きくなるマルシェに、背を抜かれたら、兄としてどうなんだろうと焦る。

  

「マルシェにも、お土産を持って来たよ。マリリンは、母上の所かな?」


 お土産と聞いて、ショウが持っている大きな袋を見ると、何だろうと騒ぎながら母上の部屋に向かった。


「母上、無事に帰国しました」


 ルビィは大商人ラシンドの第二夫人として、夫が度々航海に出るのに慣れていたが、未だ子供のショウが小型船で外国まで航海するのを心配していた。日焼けした元気な姿を見て安堵する。


「無事に帰って来て、ホッとしました。ショウ、少し背が伸びたのではないかしら」


 さほど背は伸びてないけどと言いつつも、ショウは嬉しそうに笑う。


「これを母上に買って来ました。あまり高い物では無いのですが、バザールの屋台で見つけて、目が離せなくなって。母上の故郷のマリオ島の海の色みたいでしょう。エメラルドグリーンの海に太陽の光が反射して青く輝いてるみたいだから……」


 ショウは、母上がジッとお土産のペンダントを手に取って眺めている様子に、気に入らなかったのかなと不安になって言葉を止める。


 大商人ラシンドの第二夫人の母上に、屋台のペンダントなんか何故買って来たのかと、自分の失敗に真っ赤になった。


 ルビィはお土産のペンダントを一度首にかけると、ショウを側に呼び寄せた。


「このペンダントは、お前が持っていた方が良い物です。無くさないようにしなさい。私へのお土産は、ショウが無事に帰って顔を見せてくれただけで充分ですよ」


 ルビィはそう言うと、そのペンダントをショウの首に掛ける。ショウはペンダントの石が胸に当たった瞬間、チリチリした感触が全身に走った。


「母上、これは……」


 ルビィは、ショウが不思議な顔をするのを微笑んで眺めるだけで説明はしなかったが、王宮に置いてきた我が子の運の強さに驚いていた。


「ミヤ様に、お聞きなさい」


 ショウはペンダントの石を不思議そうに手に取って眺めたが、お土産を待っているマルシェとマリリンにせがまれてしまった。


「ごめん、ほらマルシェとマリリンにお土産だよ」


 マルシェには茶色い熊の縫いぐるみ、マリリンには白い兎の縫いぐるみを渡した。


「ありがとう、ショウ兄上」


 大きな縫いぐるみを抱いた二人にお礼を言われながら、マルシェには別の物が良かったかなと、ショウは何時までも弟が幼いままのイメージを持っていたのを反省する。




 王宮に帰ったショウは、お土産のペンダントを母上から贈り返された件でミヤを訪ねた。


「あら、ショウ? ラシンド様の屋敷にお土産を持って行ったのでしょ。もっとゆっくりして来るのかと思ってましたが、何かあったのですか?」


 ミヤは赤ちゃんの時から育てたショウの微妙な顔を見て、何かあったのかと心配する。ラシンドがライバルのリンクの商船隊に参加したことで、ショウに嫌味など言うとは思わなかったが、何かあったように見えた。


 ショウは上着の下からペンダントを引っ張り出して外すと、ミヤに見せる。 


「これを、母上にお土産にと買って来たんだ。メーリングのバザールの屋台で見つけて、安物だけどマリオ島の海の色みたいで綺麗だったから。母上は、これは僕が持っていた方が良いと返されたのだけど、首に掛けられた瞬間に変な感じがしたんだ。で、母上に尋ねたけど……」

 

 ミヤは手の平のペンダントから目が離せなかった。


「ショウ! これを手に入れた時の事を詳しく話して」


「だから、さっきも言っただろ。メーリングのバザールを見物していた時に、屋台で見つけたんだ。見た瞬間から母上の故郷の海の色に似ていると思って、目が離せなくなって、屋台の親父さんの言い値で買っちゃったよ。確か、一マークだったかな? 屋台なら半値まで値切るべきだとは知っているけど……ミヤ、これは何なの? 母上が僕の首にかけた瞬間に、変な感じがしたんだ。そしたら、母上はミヤに聞けと言われるだけで、説明はしてくれなかった」


 ミヤは自分に質問してくるショウの運の強さに、呆れてしまった。


「ショウ、これは竜心石と呼ばれる物です。世界に数個しか確認されていない、貴重な石なのですよ。私が知っているのは、旧帝国三国の国王陛下がそれぞれ一つと、イルバニア王国のユーリ王妃が一つ、後はアスラン様が持っています。ゴルチェ大陸にも数個あるとは聞いてますが、真偽のほどはわかりません。それをメーリングの屋台で、一マークで買ったなんて……」


 ショウの運の強さには呆れたミヤだったが、竜心石が転がり込むほどの運命が待ち受けているのかと不安にもなった。


 ミヤは、アスランから、イルバニア王国のユーリ王妃が、赤ちゃんの時に祖母から竜心石のペンダントを贈られたエピソードを聞かされていた。王家の血が流れているとはいえ、地方貴族の娘が絆の竜騎士になり、皇太子と結婚など世間では玉の輿と呼ばれているが、ローラン王国の皇太子と無理やり結婚させられそうになったり、戦争を乗り越えたりと、波瀾万丈の人生だとミヤは思っていた。


 それなので、ショウにも何か竜心石が護らなくてはいけない未来が待ち構えているのかと心配する。


「アスラン様に、竜心石のことを尋ねてみなさい。私には世界に数個しか無い貴重な石だとしか答えられませんが、ショウはそのペンダントを掛けられた時に何か感じたのでしょ? そういう方面の知識は、私にはありません」


 ショウはミヤに大切にしなさいと、ペンダントを返されて首から下げた。


「母上のお土産に買っただけなのに、父上に聞きに行かなきゃいけないのか。王宮においでかなぁ~」


 不在がちなアスランを訪ねて王宮へと向かいながら、お土産配りも楽じゃないとショウはボヤいた。

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