第30話 レイテを目指そう!

「ショウ様を一人でペリニョンに行かされまんせや。俺も付いて行くぜ」


 竜に乗るのは苦手だが、外国で未だ幼い王子を一人で目撃者探しになどさせられない。


「でもカインズ船長は、食糧や水の積み込みの監督をしなくてはいけないでしょ。インガス甲板長がいれば、代わりに監督してくれるだろうけど……」


 乗組員達はショウが一人でペリニョンで目撃者探しをしたりするのは危険だと、キチンとチェックしながら食糧や水を積み込むと約束して、船長に付いて行くように口々に言う。


「万が一、誘拐でもされたら、あの恐ろしいアスラン王に殺されちまうぜ……」


「ショウ王子は、可愛い顔をしてるからなぁ。ショタコンの変態どもには、気をつけねぇとヤバいぜ……」


「僕にはサンズが付いているから、平気なのに……」


 凄く緊張して自分の後ろに騎竜したカインズ船長に最後に本当に飛んで良いのか確認して、ショウはペリニョンへ向かった。



「何だか、物々しい雰囲気だね」


 ペリニョンの港には竜が数頭休んでいるし、港湾管理人のオフィスには厳しい顔の警備員が立っていた。


「きっと、不正に井戸使用料を取っていたのがバレたんだ。それにしても、イルバニア王国の官僚は仕事が早いなぁ」


 良くも悪くも商人気質が強い東南諸島だったら、港湾管理人が不正に井戸使用料を値上げしているのに気づいた官僚が一緒になって儲けを山分けしそうだとショウは溜め息をつく。


「父上も、苦労されているのかも……」


 あれくらい傲慢に上から押さえつけないと、収拾が付かなくなるのかもしれないとショウは初めて思った。


「それより、目撃者探しだ。井戸の周りで聞き込みをしよう」


 張り切っているショウには気の毒だったが、外国の船乗りと港湾管理人の揉め事など日常茶飯事で、その上ユングフラウから竜騎士がやってきて不正を暴いている方に興味津々の町の人からは目撃証言は取れなかった。


 それでも何人かは、ショウの正義感に同情してくれた。


「あんたの知り合いには気の毒だけど、一週間以上も前の事なんか覚えてないよ。それにどちらが先に手をだしたかだなんて、その一瞬に立ち会わなきゃわからないだろ。それより、都から来た竜騎士に、港湾管理人を尋問して貰った方が早いぜ。イルバニア王国では、竜騎士に逆らう馬鹿はいないからさ」


 東南諸島との全く違う竜騎士の地位の高さと、尊敬を集めている様子にショウは驚いた。



「ショウ様、外国の竜騎士なんて信用して良いのかよ」


 元々、竜が苦手のカインズ船長はショウが港湾管理人のオフィスに近づくのを、袖を引っ張って止めようとしたが、言い出したら聞かない。


「目撃証言も取れないし、インガス甲板長の無実を勝ち取るには、港湾管理人に真実を話して貰うしかないんだ。イルバニア王国では竜騎士は尊敬されているから、もしかしたら真実を聞き出してくれるかもしれない」


 カインズ船長は不正をするような港湾管理人が、私が先に手を出しましたなど殊勝な告白をするとは思えなかった。


「本当に、強情なんだから! イルバニア王国の竜騎士といやぁ、ローラン王国をボコスコにしたっていうし、噂じゃあ竜が火を噴くとかいってるのによぉ。まぁ、酒場の酔っ払いが言う事だから、眉唾たけどなぁ。そんなに簡単に近づいて良いのか? 丸焼きにされちまうぞ」


「えっ、竜が火を噴くの?」


 竜ラブのショウの質問に、カインズ船長は「まぁ、噂ですから」と肩を竦める。


 九歳でも小柄な方のショウの後ろから、ゴツい顔のカインズ船長が船乗り独特のわっしわっしとバランスを取るような歩き方で港湾管理人のオフィスに近づくのを、乗りかかった船で捜査の立ち会いに来たシュミット卿は怪訝な目で眺めていた。


「まるで、王子と海賊だ。おや、あのどちらかは竜騎士なのか」


 書類探しは港湾管理部の役人にやらして、シュミット卿は不正を徹底的に追求させる為の監督としてオフィスにいたので、外の風景を眺めて、見知らぬ竜が自分達の竜と離れた場所にポツンと一頭座っているのを見つけた。


「あの格好は東南諸島だな。それも上等な生地だし、子供なのに長衣を着慣れているということは王族だな。確か、アスラン王は東南諸島には珍しい竜騎士だった筈だ。もしかしたら、王子か?」


 シュミット卿は、ショウを見た瞬間に感じた王子という印象は間違い無さそうだと思った。


「中の竜騎士と話したいのです。私は東南諸島連合王国のショウと申します」


 警備員にオフィスの中に入りたいと言っているのを聞いて、シュミット卿は話を聞いてみようと思った。


「駄目だ! 誰もオフィスの中に入れないように、厳命されている。第一、子供がくる所ではない」


 さっさと帰れと追い払われて、ショウはガッカリしたが、そこにシュミット卿が現れて警備員に二人を中に入れるように命じた。


 ショウは、シュミット卿の後をトコトコ付いて行きながら、厳しそうな人だと観察していた。先ほどの警備員も、心なしかビビっていたので、きっと地位の高い人なのだろうと判断する。


 応接室に案内すると、シュミット卿は椅子を勧める。


「私は国務次官のシュミットと申します。東南諸島連合王国のショウと名乗られましたが、貴方は竜騎士なのですか?」


「ええ、未だパートナーですが。シュミット卿、ペリニョンの井戸使用料の件で、ここに来られたのですね。実は私の船の甲板長インガスが、井戸使用料の件で揉めてメーリングの牢屋に入れられているのです」


「それは、こちらで調査していますが、逮捕されているのですか?」


 シュミット卿は、井戸使用料で揉めただけでは無さそうだと察し、続きを促す。


「インガスは正規の井戸使用料しか支払わないと言って立ち去ろうとしたら、港湾管理人が殴り掛かってきたので、殴り返しただけだと言っています。その場にいた乗組員達も同じことを言っているのですが、裁判では信じて貰えそうに無いのです。どうにか港湾管理人に真実を話して欲しいと願って、此処に来ました」


 シュミット卿はこのショウが記憶の通りだと、アスラン王の第六王子だった筈だと考えながら話を聞いていた。幼いけど、しっかりしている。流石は遣り手のアスラン王の王子だけあると評価する。


「事情は、わかりました。貴方が、フランツ卿にペリニョンの井戸使用料の件を調査するように言ったのですか?」


「いえ、私はただ井戸使用料の件で、甲板長が揉めて逮捕されたので、何か出来ないかとフランツ卿を訪ねただけです。あのう、井戸使用料の不正料金を払い戻しを東南諸島の船主達は請求すると思うのですが、フランツ卿は困った立場にならないでしょうか」


「不正を正して、困った立場になどなりませんよ。一時的には不正分の返還を求められますが些末な事ですし、それより港湾管理人の横暴を防げた方が国にとって有益です。外国の船に、ペリニョンに安心して寄港して貰いたいですからね」


 軍の食糧でも、士官が見張らないと横流ししかねない国民性を向上させないといけないなぁと、ショウは溜め息をつく。


「私の船のユーカ号は商船隊に参加しているので、明後日には出航しなくてはいけないのです。インガス甲板長も一緒に乗船できる事を私は望んでいますが、無理ならメーリングで釈放されるまで待とうかと」


 メーリングに残ると聞いて、大人しく二人の会話に口を挟まなかったカインズがキレた。


「ショウ王子、あんた俺らを殺すつもりかい! あんたをメーリングに置き去りにしてレイテに帰ったら、アスラン王に頭からかじられてしまう!」


「こら、カインズ船長、シュミット卿の前だぞ。それに父上は、お前達など食べたりしない」


「そりゃ、物の例えだよ。マストに括り付けても、レイテに連れて帰るぜ。シュミット卿とやら、失礼しやした。インガス甲板長は少々牢屋に居ても、蚤か虱がうつされるだけだが、王子を置いて帰ったらアスラン王にどんな目に遭わされるやら」


 ゴツい船長が小柄なショウを引きずって帰ろとする絵面は、まさしく王子を拉致する海賊そのもので、シュミット卿は笑いの発作を抑えるのに苦労した。


「ウォホン、カインズ船長、少しお待ち願えるでしょうか?

 第一に竜騎士のショウ王子の意志に反しても、意味はありませんよ。レイテに着くまで、マストに縛り付けておきますか? 竜がそんな事を許すとは思えませんがね。港湾管理人に質問して来ますので、しばらくお茶でも飲んで待っていて下さい」



 二人っきりになると、ショウはカインズ船長に説教したし、船長も反論する。


「遅いなぁ、もう忘れられてるんだぜ。メーリングに帰ろぜ」


 ショウもお茶でジャボジャボだよと、お腹を押さえた。


「しまった! お腹押さえたら、オシッコしたくなっちゃった」


「そんな事言うなよ、我慢できねぇか?」


 まるで父親が子供にオシッコしたいと言い出されたみたいに、カインズ船長は慌てる。


「う~ん、格好悪いけど漏らすよりはマシだから、トイレ借りてくるよ。カインズ船長は大丈夫?」


 カインズ船長は大丈夫だと答えたが、一人で行かすのは心配だと付いて来た。幸い、警備員にトイレまで案内して貰って漏らす事はなく、ショウはホッとした。


「これからは訪問先では、お茶は控え目にしよう」


「本当だぜ~、なぁ、もう帰ろうぜ」


 カインズも用を足してスッキリしたのか、連ション仲間のショウに、あんな腐れ役人が正直に言うもんかと毒づく。


「シッ、部屋の曲がり角を、間違えたみたいだ」


 東南諸島の開放的な家の構造に慣れているショウにとって、イルバニア王国の無機質な港湾管理のオフィスは右も左も同じに見えた。


「建物の中で迷ったりしてたら、立派な船乗りになれねぇぜ」


 自分もショウの後に付いて来た癖に偉そうな意見を言うカインズ船長に、シッ! 黙れと口に人差し指を立てる。


 どうやら、部屋の中で不正を働いた港湾管理人がシュミット卿に尋問されているらしかったが、その厳しさにトイレ前ならチビっていたなとショウは感じた。書類を捲りながら細かい不正も許さず追及している様子に、これは今日中は無理かもと感じながら応接室に帰った。



「お前の悪事は、お前を殴り倒した東南諸島の何だったか甲板長の告発でバレたんだぞ。殴られた上に告発されるとは、情けないなぁ」


 シュミット卿が席を外した間に、他の竜騎士が港湾管理人に煙草を勧めながら話しかけた。シュミット卿の厳しい取り調べにも耐えていた管理人だったが、冷たい青灰色の目から逃れられてホッとしたのか語るに落ちた。


「インガス甲板長とかいう、小太りのおっさんだろ。覚えてるさ、俺が殴ったのを恨んで言いつけたのか。確かメーリングの牢屋に放り込んだはずだがぁ、反撃しやがったからな」


「お前が先に手をだしたのだな! 井戸使用料の不正の上に、不当に逮捕させたのか!」


 港湾管理人は慌てて否定したが、イルバニア王国で竜騎士の証言ほど重視される物は無い。応接室で待っていたショウとカインズ船長は、シュミット卿からインガス甲板長の即時釈放の書類を受け取ると、急いでメーリングの牢屋へ飛んで行った。



「ショウ王子様、カインズ船長、このご恩は一生忘れませんぜ」


 公務員への暴力で一年と脅されて、相手が不正していたと知った後も一週間は覚悟していたので、出航に間に合わないと落ち込んでいたインガス甲板長は、泣きながらカインズ船長に抱きつこうとしたが拒否された。


「ウッ、お前臭いぜ。風呂に入るまで、乗船禁止だ! 絶対に蚤や虱を、ユーカ号に持ち込むなよ」


「船長、ひでぇよ~」


 インガス甲板長は、アッチへ行けとシッシッと風呂屋まで追いやられた。


「ホラ、インガス! 着ていた服は、洗濯女にわたしたぜ!」


 バザールで服を買って、風呂に入って清潔を取り戻したインガスにカインズ船長は投げ渡す。


「船長~、ユーカ号に帰りてぇ~」


 洗って貰った服は未だ生乾きだったが、それも船で干すと引き取って、カインズ船長とインガス甲板長はユーカ号にボートで向かった。


 ショウは迷惑な程の親切を押し付けてくるタジン領事に、別れの宴席を用意してあると言われていたので、ユーカ号でのインガス甲板長の釈放のお祝いの方に後ろ髪を引かれながらも領事館に帰った。



「やっぱり、インガス甲板長の怒鳴り声が聞こえないと、ユーカ号らしくないね~」


 のんびり甲板でサンズの巨体に寄っかかって、全開の帆に風を送りながら、ショウはインガス甲板長の怒鳴り声を聞いているうちに眠りに落ちた。


「オイ、こんな所で寝たら、日焼けして大変な事になるぞ。チビ助は今回、疲れたんだろうなぁ……」


 カインズ船長は自分と違い王宮育ちの色白のショウが日焼けしないか心配したが、サンズが羽を広げて影を作ってやった。


 風の魔力持ちのショウが寝てしまったので、帆を風を受けるように調整するように命令する。 


「さぁ、レイテを目指そう!」

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