第29話 みんな揃って帰国したいんだ
これからメーリングに帰ると夕方になるかもしれないと、子供のショウを心配してフランツは付き添った。
「息子と同じ年頃なのに、メーリングまで船で来させるなんて、アスラン王は厳しく子育てしているのだなぁ……」
フランツが自分の子育ては甘いのかもと反省しているうちに、メーリングに着いた。
「ショウ王子様~、どちらにいらしたのですか」
領事館の前に竜で舞い降りたショウを抱き留めない勢いで、小太りのタジン領事が走り寄る。
「タジン領事、心配をお掛けしてすみません。ユングフラウへフランツ卿を訪ねに行ったのです」
タジン領事はフランツの姿にハッと威儀を正して、外交官らしく丁寧な挨拶とお礼を始めた。
「ウッ、このパターンは……」
東南諸島連合王国の大使館勤務の長かったフランツが、ヤバいと思った通り、タジン領事は王子のお客様をもてなすと言い出した。
「このままフランツ卿をお帰りさせては、領事としてアスラン王に顔向けできません」
東南諸島の香辛料たっぷりの料理が長年の滞在でも苦手だったフランツは、少し迷惑に思ったが、外交官なので断るとタジン領事の面子を潰す事になるのも知っていたので、渋々宴席に付く。
「あれっ、香辛料があまり使われていませんね」
次々と運び込まれる皿には香辛料が使われているものの、あっさりとした味なのでフランツには食べやすかった。
「ああ、私がいるのでタジン領事が気をきかしたのでしょう。フランツ卿が香辛料のきいた料理がお好きならば、用意させましょう」
「いえ、どちらかと言うと香辛料はこのくらいの方が、私も食べやすいです」
タジン領事は王宮では基本は薄味なので、ショウにあわせたのだと説明した。
フランツは、王宮の宴席で食べた料理が激辛だったのは、アスラン王の悪戯だと知った。
「大人になれば、辛い料理も平気になるのかなぁ。僕の為に料理当番が別に料理するのは、気の毒なのですが、フランツ卿は東南諸島に滞在されていたみたいですが、苦手なままなのですよね」
少し領事館に帰って安心したのか、僕と無意識に年相応の言葉つかいに戻ったショウに微笑みながら、自分は大使館ではイルバニア王国の料理を食べていたからと言った。
「ショウ王子様は料理当番の事など気にしなくて良いのですよ。王族の方々は薄味でお育ちになりますから、香辛料たっぷりの料理が苦手な方も多いです。アスラン王も確か苦手だと聞いてますよ」
フランツは、自分も苦手なくせに、人に激辛料理を食べさせて、目を白黒する姿を見て喜んでいたのかと、アスラン王に怒りを感じる。そういえば、酒ばかり飲んで、料理には箸を付けていなかったと、遅ればせながら気づく。
「王宮での宴席では、軍人や、私達の為に香辛料たっぷりの皿も用意されますが、王族や外国の方々には薄味の皿が出される筈ですが……」
タジン領事はフランツとアスラン王が親しいのに気付いて、からかわれていたのだと察して口を閉じた。
「フランツ卿、父上の考えは僕にも理解できませんが、多分、愛情表現の裏返しでしょう。気に入っている方でなければ、わざわざ指示しないでしょう。父上は気に入らない人間は、無視されますから」
ショウは、産まれて一年もスルーされていたのを思い出す。父上の書簡のお陰でインガス甲板長は助かるかもしれないけど、自分を心配したのではなくて、フランツに嫌がらせをしたかったのではと勘ぐる。
父上の自分への愛情など無いのだと自信喪失しているショウは、書簡を持たせたアスランの親心も誤解していた。
宴席では政治の話はタブーだったので、フランツはタジン領事にペリニョンの港湾管理人が勝手に井戸使用料を値上げしていたみたいなので、調査して悪いようにはしないとだけ伝えた。タジン領事はペリニョンの井戸使用料を不正にボラれていたのかと怒りを感じたが、宴席だし外交官の仮面をつけて、キチンと調査して下さいとのみ伝えて、フランツに酒を勧めた。
「ショウ王子、タジン領事、ご馳走になりました。ショウ王子、また屋敷に訪ねて来てください。ユングフラウをご案内させて頂きます」
あまり遅くなると家人が心配するからと、フランツがユングフラウに竜で帰るのを見送りながら、タジン領事はショウには驚かされると溜め息をついた。
タジンは、可愛い顔に騙されるけど、ショウは間違い無くプチアスラン王だと気持ちを引き締める。態度は傲慢ではないので、皆は似ていないと言うが、思い付いたら即実行したり、本能で動いているようで計算されているのも同じに思えたのだ。
「タジン領事、カインズ船長に報告して来ますね」
「王子様、もう、夜ですよ~」
タジン領事は物思いに耽っている間に、ショウ王子が竜に乗ってユーカ号へと向かおうとしているのを止めるのを遅れてしまった。
「今夜はユーカ号に泊まるかもしれません」
「そんなぁ~! もうすぐ出航してしまうのに……」
ショウがもうすぐ帰国されるのだから、一日一日を大切にお世話しようと考えていたタジン領事はガッカリする。
「アスラン王といい、どうして私の世話を嫌がられるのだろうか……」
優秀な外交官であるタジン領事なのに、その熱心な忠誠心振りが鬱陶しがられているのに気付かない。ショウに逃げられて、八つ当たり気味に不正な井戸使用料を支払わされた東南諸島の船舶への賠償金を分捕ってやろうと、領事館の職員達に調査を命令するのだった。
「それじゃあ、インガス甲板長が正しかったんだ。相手が汚職公務員なら、こちらの言い分を聞いて貰えるかもしれない。先に相手が手を出したと言うのが証明出来れば、無罪放免されるのだけどなぁ」
「俺達の証言じゃあ、駄目なのかい」
カインズ船長は身内の乗組員達では証言の信憑性を疑われるだろうと言った。ぶ~ぶ~文句言っている水の積み替えに行った乗組員達に、ショウはその時の事を念入りに質問する。
「お前たちと港湾管理人の他に誰か、インガス甲板長との揉め事の間に通り掛かったりしなかったか? ペリニョンの町の人とか」
「港には商船隊の他の船の奴らがいたが、揉めた時には先に来た船の奴らは水の樽をボートに積み込んでいたし、次の船の奴らは樽をペリニョンに運んでいたんだ。町の奴らも通り掛かっただろうが、顔も覚えてねぇんだ」
ふ~っと、大きな溜め息を付いたショウが、インガス甲板長を心配しているのだとカインズは感じだ。
「インガス甲板長も相手が不正していたなら、数日の牢屋入りで出して貰えるだろう。出航には間に合わなくても、次の商船隊の船に乗せて貰えるさ。インガスの親父さんは腕利きの船乗りだし、酔っ払って酒場で喧嘩したわけじゃねぇしな。これからペリニョンの井戸を使う奴らは感謝するだろうから、好条件で乗せてくれるさ」
カインズ船長もインガス甲板長が無罪放免されるのを望んではいたが、長年の船乗りの経験からこんな事は何度もあったと諦めている。
「では、インガス甲板長を置いて出航するの?」
「ショウ様、こればっかりは仕方無いんだ。リンクの商船隊に参加しているんだし、船にはメーリングで買った荷物も積み込んだ。インガス甲板長がレイテに帰って来た時に、ユーカ号が港にいたら雇うさ」
他の乗組員達も腹立たしい事だが仕方ないと、諦めている様子にショウは驚く。
「出航はいつなのですか? 確か、明明後日ですね。
明日、ペリニョンに行って目撃者が見つかるか試してみます。
みんな揃って帰国したいんだ!」
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