第28話 ユングフラウは大都会

「げ~、ユングフラウって、こんなに大きな街なの?」


 東南諸島連合王国の首都レイテより大きいだろうと思っていたが、想像以上だったので、ショウはフランツに会えるのか不安になった。


「ともかく、何処かに降りてフランツ・フォン・マウリッツが何処に住んでいるのか聞かないと」


 ユングフラウの上空を見知らぬ竜が旋回しているのを、首都の治安管理を任されている竜騎士隊が見逃すわけが無い。特にショウは父上の知りあいぐらいなのだから、有力な貴族なのだろうと空から見て大きな屋敷がある方向に向かったものだから、其方には王宮があるのだとは知らず竜騎士隊に囲まれてしまった。


『ショウ、竜騎士隊に囲まれている』


 下の屋敷町を眺めて、どこら辺の道に着地しようか考えていたショウはサンズの警告に驚いた。驚いて目線を上げると、数頭の竜に囲まれていた。


「どちらに行かれるのですか? 名前を名乗って下さい」


 見知らぬ竜に乗った子供に、イルバニア王国の竜騎士は危険性は無いと判断したが、不審に思って質問してきた。


「私は東南諸島連合王国のショウです。フランツ・フォン・マウリッツの屋敷を探しているのです」


 きちんと名乗り返したので竜騎士達はホッとしたし、名門のマウリッツの名前を出して来たのでグッと信頼感が増して、一人を残して竜騎士隊の詰め所に帰る。


「私は竜騎士隊長のジークフリート・フォン・キャシディです。フランツ卿の屋敷に案内しましょう」


 ついて来るようにとの指示に従って、ショウはフランツの屋敷の前まで案内して貰った。


「キャシディ卿、ご親切にありがとうございます。ユングフラウに来るのは初めてだったので、屋敷を見つけられるか心配だったのです」


 ショウは竜から降りると、連れて来てくれた竜騎士に丁寧にお辞儀をした。竜騎士隊長はショウの服装や腰にさした短剣の見事さから、東南諸島連合王国の王族だと見抜いたが、自分の知っている傲慢な王とは似ても似つかないポヤポヤした様子に親子だとは気づかなかった。


「フランツ卿が留守だといけないので、ご一緒致しましょう」


 黒目勝ちのチビッ子を一人屋敷の前にほうりだせないとジークフリートは考えて、乗りかかった船だと執事を呼び出す。


「これはキャシディ卿、折角訪ねて頂きましたが、フランツ様は生憎と外務省におられます。おや、この方は?」


 ショウは日中は仕事をしているのが当然だと、自分の考えの甘さに失笑した。


「お仕事なら、仕方ありません。東南諸島連合王国のショウが訪ねて来たと、フランツ卿にお伝え下さい。又、出直して参ります」


 ジークフリートはショウのきっぱりとした態度で、第六王子の名前が確かショウだったと思い出した。


「大使館に案内しましょうか?」


 親切な申し出だったが、私的な用事でフランツを訪ねただけなので、大使館に行くつもりは無かった。


「いえ、結構です。フランツ卿に頼みたい事があって訪ねただけですので、帰宅を待ちます」


 屋敷の前で竜に寄りかかって、フランツの帰りを待つと言う王子をほっておけるわけがないと、ジークフリートは溜め息をつく。


「フランツ卿が帰宅されるまで待っていたら、夕方になりますよ。ショウ様は、誰かに言って来られたのですか? ユングフラウに来るのは初めてだと言われましたが、メーリングから来られたのなら、帰るのは夜になってしまいますよ」


 よく見ると凄いハンサムな竜騎士隊長の忠告に、ショウは夜になって自分が帰らなければ、タジン領事が大騒ぎするだろうと溜め息をつく。


「そうですね、考えて無かった。タジン領事に言ってくるべきでしたが、反対されるかもと思い黙って出てきてしまいました」


 しょんぼりした様子のショウに、何か手助けは必要ですかと尋ねた。


「執事に父上からの書簡を渡して、フランツ卿のご都合の良い時にメーリングの東南諸島連合王国の領事館に、私を訪ねて来て頂けるようにお願いしておきます。お忙しいのなら、諦めるしかありません」


 インガス甲板長を助ける良い案をフランツ卿が思い付くとも限らないし、無駄足だったかもとショウは肩を落とす。


「此処まで来られたのは、緊急の要件があったからでは無いですか? お父上からの書簡を、渡さなくても良いのですか」


 ジークフリートは、この子が第六王子なら、父上とはアスラン王ではないかと驚く。アスラン王が、フランツに何の書簡を書いたのだろうと、興味を持つ。


「ああ、書簡は私がイルバニア王国で困ったら、フランツ卿に助けを求めるようにと父上が書いて下さっただけなので、緊急の物ではありません。それにフランツ卿が、見ず知らずの私の要求に応える義務は無いのですよねぇ。困ってしまって、冷静な判断が出来なかったなぁ」


 東南諸島連合王国の王子が困った立場になって、外交官のフランツにアスラン王から援助を要求する書簡を携えて訪ねて来たのを、手ぶらで帰す訳にはいかなかった。


「貴方は、困った立場になっているのですか?」


「いえ、私では無く……そうかぁ、父上の書簡を使うのは拙いのかなぁ。お手数をお掛けして、申し訳ありませんでした。少し考えが足りなかったようです。僕がイルバニア王国に残って、インガス甲板長の無罪を立証してみます」


 ペコリと頭を下げると、竜に乗って帰ろうとするショウを、ジークフリートは引き止める。


「ちょっと待って下さい。私の言葉を誤解されて、フランツ卿への援助を求めるのを止めて良いのですか? 困っているから、訪ねて来られたのでしょう。フランツ卿を呼んで来ますから、屋敷でお待ち下さい。貴方をこのまま私が帰したとしたら、フランツ卿に叱られてしまいます」


 お仕事中なのにと遠慮するショウに、内心で東南諸島連合王国の王子を助けるほど緊急の仕事はありませんよと呟いて、執事に丁重にもてなすように忠告すると、ジークフリートは外務省へと向かった。



「フランツ卿、貴方の屋敷に東南諸島連合王国のショウ王子と思われる方が、アスラン王の書簡を携えて助けを求めに来ています。どうやらメーリングの領事館には内緒で竜に飛び乗って出てきたみたいですから、早急に対処した方が良いですよ」


 突然、古巣の外務省に現れたジークフリートに、久しぶりだと挨拶していたフランツだったが、かつての赴任先の王子がアスラン王からの書簡を持って自分に援助を求めて来たと聞いて、飛び上がった。


「それは緊急事態だ。私は屋敷に帰らなくては、ジークフリート卿、お知らせ下さり感謝します。又、今度お話します」


 フランツ卿に任せておけば大丈夫だと、ジークフリートは自分の持ち場である竜騎士隊に帰る。




「お待たせして申し訳ありません。私がフランツ・フォン・マウリッツです」


 執事にサロンへ案内され、お茶をサービスされてちびちび飲んでいたショウは、お仕事中なのに呼び出して申し訳ないと謝った。


「私は東南諸島連合王国の第六王子のショウと申します。お仕事中に私の個人的な願いで呼び出してしまって、申し訳ありません。父上にイルバニア王国で困ったら、貴方を訪ねるように書簡を貰っていたので、甘えてしまったのです。冷静に考えてみれば、私の船の甲板長を牢屋から出すのは無理なのに……お手数をお掛けしました」


 フランツは傲慢なアスラン王の王子とは思えない腰の低さに驚いたが、取り敢えず書簡を見せて下さいと頼んだ。


「相変わらずアスラン王らしい……」


 書簡には一言、息子を頼んだぞと書いてあった。


「事情をお話し頂けますか」


 温厚なフランツ卿に促されて、ショウはペリニョンの井戸使用料のごたごたと、揉めて港湾管理人をインガス甲板長が殴った件を説明した。


「井戸使用料の値上げを知らなかったので、前の使用料しか支払わなかったのは此方の落ち度ですから、キチンと差額と罰金も支払います。インガス甲板長も港湾管理人に暴力を振るったのも事実ですから、仕方ありませんが、本人は先に手を出されたと言ってます。でも、うちの船の乗組員の証言では裁判でも認めて貰えないと弁護士が言うのを聞いて、居ても立ってもいられない気分になり、フランツ卿を訪ねてしまいました。ご迷惑をお掛けして、済みませんでした」


 話を聞いて、フランツはペリニョンの井戸使用料が値上げされたとは初耳だと驚く。


「少し確認を取りますから、お待ち願えますか? 私はペリニョンの井戸使用料が値上げされたとは、知りませんでした。外務省にはそのような通達は来て無かったと思いますが、港湾の管理は国務省の管轄なので見過ごしたのかも知れません。しかし、値上げが勝手にされているとしたら大問題です」


 港湾の管理は国務省の管轄だが、外国の船舶の航行の安全は外務省にも関係する事案なので、井戸使用料の値上げとか問題を引き起こしそうなのを、外務省に通達無しで行うとは考えられなかった。


 慌てて出て行ったフランツの帰りを待ちながら、もしかしたらとショウは期待を持ち始める。




 フランツは、国務省にシュミットを訪ねていた。


「シュミット卿、貴方はペリニョンの井戸使用料が値上げされたのをご存知ですか?」


 国務次官のシュミットは、国務省の生き字引と呼ばれている人物で、そんな事は通達されていないと顔色を変えた。


「外務省の貴方が何故このような……何か外国の船舶と揉め事があったのですね。早急に対処します」


 元々、仲の良くない外務省に、自分達の管理不行き届きを指摘されて、シュミット卿は港湾管理者を怒鳴りとばしに向かった。




「港湾管理人が不正を働いていたとしたら、甲板長の言い分を聞いて貰えるかもしれませんね」


 フランツから事情を説明されたショウは、パッと顔を輝かせた。


「フランツ卿、ありがとうございます。後は裁判で彼方から手を出したという証人を、ペリニョンの町で探してみます。乗組員達だけでは、信用されないかもしれませんから」


 フランツは王子が自ら証人探しなどと驚いた。


「だってペリニョンまで船だと2日以上掛かるけど、竜だと直ぐに行けるし」


「ショウ王子は、竜騎士だったのですか? 東南諸島連合王国では珍しい……もしかしてサンズのパートナーですか?」

 

 フランツは急いでいたので、騎竜のルースを玄関に乗り捨てていた。なので、竜舎にいたサンズに気づいて無かった。


「ええ、サンズのパートナーです。サンズは僕と絆を結びたいと言っているのですが、未だ幼いので親竜のメリルの許可が貰えないのです」


 フランツは竜は卵を産んだ方としか親子関係を築かないものだとは知っていたが、自分の騎竜の遺伝子が少しは入っているサンズに会いたいとショウと一緒に竜舎に向かう。


『サンズ、大きくなったね。私のことを覚えてないだろうね。未だ、産まれたばかりの子竜だったもの』


 覚えてないと申し訳無さそうなサンズに、大丈夫だよと答えているフランツを、優しい人だなとショウは感じた。

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