第27話 逮捕!

「タジン領事、メーリングの港湾設備の資料を見せて下さい」


 ショウはリンクにメーリングの港湾見学をさせて貰って、前世の知識を利用出来ないかと考える。どうせ自分に纏わりつくなら、国益になる為に働かそうとショウは割り切った。


 東南諸島連合王国は海洋国家なので、もちろん港湾施設を観察して自国にも取り入れるように資料を揃えていた。ショウは父上がレイテの港にも船を横付けできる桟橋を建設したいと思って調べさせたのだと気づいたが、実行出来ない問題点も同時に悟った。


「レイテ湾は遠浅なんだ……小さなボートならいざ知らず、大型船を横付けする桟橋など建設しても、座礁してしまうだけだ。でも……適している海岸が無いのかな?」


 小船で何往復も荷物を運ぶのは、見ていて活気もあるし楽しいが、非効率的だとショウも思っていたので、港湾設備の改善をするべきだと考える。


「出来ない筈が無いんだ。現にメーリングには建設されているのだから、技術者を連れて帰れば東南諸島連合王国に造れない筈は無い……何故、父上は……商売の都のレイテから、遷都するのは拙いからかな?」 


 ショウは首都レイテとは別に港湾設備だけを造るのは、イルバニア王国のように農業王国という主幹産業があるならいざ知らず、交易が基本の東南諸島では遷都する覚悟がいるのかもと考えた。


 前世では港湾設備になんか興味が無かったショウだったが、あれこれ思い出してみる。


「そうだ、空港は港に埋め立てして造っていたよね。港が遠浅なのなら、埋め立ては可能かな? そこまで橋を付ければ……僕は、勉強すべき事が山積だなぁ」


 アイデアは浮かんだものの、実現可能かどうかもショウには判断できなかった。


「タジン領事、メーリングの港湾施設の改築工事を計画したのは誰だかご存知ですか?」


「グレゴリウス国王陛下が、指揮を取られたと聞いています。勿論、技術的な事はユングフラウ大学が請け負ったみたいですが、プリウス運河といい発想力が普通じゃ無いですよ」


「なかなかのアイデアマンですね」


 タジン領事の言葉を聞いて、一度グレゴリウス国王に会ってみたいとショウは思った。




 タジン領事とショウがプリウス運河の図面を眺めて、水門で高さを調整するやり方を話し合っていた頃、ユーカ号では大問題が発生していた。


「貴方がユーカ号の船長ですね。ペリニョンの井戸使用料未払いと、港湾管理人への暴力の件で、逮捕状が出ています」


 ユーカ号に乗り込んできたイルバニア王国の港湾管理人から、逮捕状が出ていると告げられてカインズ船長は驚いた。


「何かの間違いでは無いのか。確かにペリニョンで水を詰め替えたが、ちゃんと井戸の使用料は支払ったぜ。それに港湾管理人に暴力なんか……」


 カインズ船長は抗議しながらも、そういえばあの時いやにインガス甲板長が船に帰って来るのが遅かったし、井戸使用料をボロうとしやがったと文句を言っていたのを思い出した。メーリングの港湾管理人は船長自らが水の積み替えなどしないのは熟知していたので、誰がやったのかと詰問した。


「ユーカ号の疑いは、船長の俺に責任があるのさ。逮捕するなら俺をすればいい」


 港湾管理人はそう出るなら仕方無いと、カインズ船長を逮捕して裁判にかけようとした。


「ちょっと待って下せい。カインズ船長は、何も知らねぇんだ。俺が水を詰め替えに行って、井戸使用料をぼろうとしやがったから揉めたんだ。でも、正規の井戸使用料は支払ったぜ。それに手を出したのは、彼奴等からだ!」


「インガス、黙れ!」


 カインズ船長が制するのも聞かず、インガスが名乗り出たので、手を後ろに縛られて牢に連れて行かれてしまう。


「拙い事になったなぁ~」


 井戸使用料の未払いは罰金で済むだろうが、港湾管理人にへの暴力はややこしくなりそうだと、カインズ船長は困惑する。


 港に着くと船乗りは羽目を外して喧嘩したりするので、牢にぶち込まれる事も日常茶飯事だったし、相手に怪我などさせたら船の出航に裁判や刑期が間に合わない事もちょくちょく耳にしていた。しかし、それらは酔っ払い同士の喧嘩の場合で、大部分は当事者が酔いを醒ますと、罰金を船長が給金の前払いで支払って牢から出して解決するのだったが、港湾管理人はイルバニア王国の公務員だ。


「仕方無い、ショウ王子とタジン領事に頼むしかない」


 船の航行には自信があるし、商売もまだ未熟な点もあるが頑張っているカインズ船長だったが、他国の法律には歯が立たない。 


「領事館は、自国民がメーリングでトラブルに巻き込まれた時の為のものだ。インガス甲板長の件を相談してくる」


 カインズは何度か喧嘩で酒屋をぶっ潰したりして、牢屋にぶち込まれた船乗りが、船に乗り遅れたのを領事館で外の船に乗せて貰って帰国したりするのを見た事があった。


「インガスの親父さんじゃ無ければなぁ。いや、他の奴らでも拙いが、甲板長がいない船など航海できないぜ……」


 カインズ船長からインガス甲板長の逮捕を聞いたショウは驚いたが、リンクからペリニョンの井戸使用料が値上がりしたと聞いていたので、拙い事になったと困惑する。


「嵐の後で、リンクさんからペリニョンの井戸使用料が値上がりしたのを聞いたんだ。インガス甲板長は、知らなかったんだな」


 嵐を乗り越えた夜のうちに旗船のルルーシュ号に行っていたら、井戸使用料が値上がりしているとの情報を、カインズやインガスに教えられたのにとショウは後悔した。


「井戸使用料の未払いの件は、値上がり前の使用料を払っているのですから、誤解だったと謝って、残り金と罰金で済むでしょうが……港湾管理人を殴ったのは、拙いですね」


 タジン領事は眉を顰めたが、領事館で雇っている弁護士を呼び出した。


「港湾管理人は、イルバニア王国の公務員です。しかも、勤務中の暴力ですから、暴力に公務執行妨害罪も加えられます。悪くすると、一年は牢屋暮らしかもしれません」


「でも、インガス甲板長は、相手が先に手を出したと言ったのでしょ? それならペリニョンの港湾管理人の落ち度を考慮して貰えないのかな」


 カインズ船長はインガス甲板長を信じているが、外国の船乗りの言葉より、自国の公務員の言葉の方が、裁判では真実に聞こえるだろうと言う弁護士の言葉に頭を抱えた。 


「そんなぁ、本当ならインガス甲板長の刑期は何日ぐらいなのですか?」


 弁護士はそれでも公務員を殴ったのには間違えがないのだからと、弱腰の発言しかしなかった。


「このままじゃ、裁判に負けちゃうよ……」


 弁護士が牢のインガスと面会してきても、相手が先に手を出したと見ていたのが自船の乗組員だと聞いて、打つ手が無いと告げた。


「そうだ! イルバニア王国でトラブルに巻き込まれたらと、父上から書簡を貰ったけど……」


 ショウは領事館に運んだ荷物の中から、フランツ・フォン・マウリッツへの書簡を取り出して眺める。


「タジン領事に、相談してみようか?……タジン領事は良い人だけど、インガス甲板長の為に他国の外交官の力を借りるのをよしとしないかも。彼にとっては、インガス甲板長は問題を起こした自国民の一人に過ぎないのだもの。弁護士の手配や、牢屋から出てから帰国させる為の船を探すぐらいはしてくれるけど、職務以上には動いてくれそうにない」


 ショウは、しばらくの間、手の書簡をながめていたが、決心する。


「フランツという人が、どれほど力になってくれるかわからないけど、僕が頭を下げて頼むぐらいは何でも無い事だし、やるだけやってみよう」


 ショウは一番良い服に着替えると、書簡を胸にサンズと首都ユングフラウに単身で飛び立った。

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