第25話 メーリング

 ペリニョン岬で一旦集結したリンクの商船隊は、嵐で傷んだ船も何隻かあったが、幸いにも沈没したりした船や、航行が不能になった船もなく、各々が水や食糧を買い求めたり、メーリング前に少し商売をしたりして過ごす。


『サンズ、お腹空いてない?』


 本来、竜は一週間に一度の食事で大丈夫なのだが、嵐の時にサンズもかなり魔力を使ったので、お腹が空いてないかショウは心配して尋ねる。


『少し空いてるけど、メーリングに着くまで我慢できるよ』


 ショウは船から見える異国の風景に興味津々だったが、竜の餌の牛か山羊を外国で交渉して買う自信が少し無かったので、サンズの応えにホッとする。


『メーリングに着いたら、丸々太った牛を食べさせてあげるよ』


 メーリングには東南諸島の領事館もあるので、竜の餌の手配も頼める筈だとショウは請け負った。




 カインズ船長はインガス甲板長と数人の乗組員に、新鮮な水を樽に詰め替えさせにボートでペリニョンに向かわせていた。


「彼奴等、遅いなぁ。インガス甲板長が付いているから、女としけこんではいないだろうが……」


 乗組員達は見張ってないと、陸にあがると女の尻を追いかける癖があるので、何かトラブルでも起こしたのではと、カインズ船長は心配する。


「船長になると、彼奴等の下半身の心配までしなくちゃいけないとはなぁ」


 メーリングのような大規模な港町には、必要悪の娼婦達が大勢いて金の問題ぐらいしか起こさないが、ペリニョンぐらいの港では娼婦も多くないので、素人女にチョッカイを出したりしないだろうなとカインズは心配する。


「船長、ボートが帰って来やすぜ」


 ユーカ号のボートがペリニョンから此方に帰って来るのを確認して、カインズ船長はホッと溜め息をついた。


「遅かったじゃないか」


 水の樽をロープで船に積み込ませながら、インガス甲板長に尋ねた。


「商船隊が一気に水を買いに来たんで、井戸を使うのをボロうとしやがるから、揉めてしまって……」


 インガス甲板長は怒気混じりに、ペリニョンの港は最低だと報告した。


「これからメーリングに行くのに、イルバニアの港湾関係者との揉め事は御免だぞ。ちゃんと井戸の使用料は、支払って来たんだろうな」


 インガス甲板長は「ヘイ」と答えて、樽の積み込み作業の監督に戻った。


「ここからはプリウス半島添いに北上して行く。本当は直接メーリングに向かう方が早いんだが、嵐にあって帆をやられている船もあるから仕方が無いな」


 ショウは船の航行は商船隊の旗船のルルーシュ号に従うしか無いと、カインズ船長を慰める。


「船長、また旗船からショウ王子に来てほしいと、旗信号が来やしたぜ」


「また?」


 ショウに、どういう事? と視線で詰問されて、あたふたと昨夜も灯りの信号が何度か来たが疲れて寝ていたからと、しどろもどろに説明した。


「そりゃ、夜は寝てしまっていたけど、朝一に報告してくれたら良かったじゃないか。旗船の命に従うのは、仕方が無いんだよ」


 ショウがサンズと旗船に飛んで行くのを、首をすくめて見送りながら、チビっちいのに怒ると怖いなと、カインズ船長は愚痴った。


 他の乗組員達は大型犬が愛玩犬に窘められる様子に、クスッと笑いをかみ殺していたが、不機嫌なインガス甲板長にサッサとボートを引き上げないかと怒鳴りつけられる。


「インガスの親父さん、機嫌悪いな……」


 船の運航では船長が絶対君主だが、乗組員達に細かい指示を与えるのは甲板長の仕事で、船長に報告する程でもない揉め事や、だらけた作業態度には鉄拳制裁をする権利を持っているのだ。


 インガス甲板長もサボリには厳しいが、普段は冗談を飛ばす陽気な親父で、特にショウ王子絡みのネタには目が無いのにと、乗組員達は少し変だなと肩を竦めた。



 ショウは旗船のルルーシュ号で、リンクからお世辞タラタラ聞かされて、昼食をご馳走になり、カインズ船長を叱らなければ良かったと後悔した。


「昨夜は何度も信号を貰ったのに、疲れて寝てしまって」


 ショウは一応謝っておいたが、リンクは商船隊の全船が嵐を乗り越えられたのは王子様のお陰だと上機嫌だった。商船隊の旗船には交易高に応じての参加料が入るのもあったが、嵐でも全船が無事だったのをリンクも心から嬉しく思っていたのだ。


「昨夜はお疲れなのは承知していましたが、ペリニョンの井戸の使用料が値上げされているのをお知らせしておこうと思いまして」


 ショウはカインズ船長とインガス甲板長の会話を思い出して、ああ、その事は知っていますとスルーしてしまった。


「プリウス運河が出来て、ペリニョンに寄って北上する船が少なくなったからでしょうかねぇ。嵐に遭わなければ、この商船隊も一気にメーリングを目指していたのですから、余り前と変わりは無いように思えますが」


 ショウは地図を思い出して、ゴルチェ大陸を目指す船がペリニョン周りを止めたのではと考えて伝えた。


「いえ、ゴルチェ大陸の北部ならプリウス運河を使いますが、中部以南なら通行料を支払うより、前からのペリニョン廻りで航海してますよ。それにプリウス運河は、大型船は荷物を満載したままでは通り難いですからね。グレゴリウス国王は、二期工事を計画して、もっと幅と深さをだすつもりみたいですが、莫大な予算が必要でしょうなぁ」


 ショウは線が細いとか、ニ代目の坊々だとか悪口は言われているリンクだけど、流石に世界情勢を把握していると感心して聞く。


 リンクも甥のハッサン王子に頼まれて、ライバルの大商人ラシンドと縁のあるショウ王子の持ち船を商船隊に参加させたが、風の魔力持ちと竜騎士の有益さのみでなく、王子としての責任感を未だ幼いのに持っていると感嘆した。それで、ご機嫌を取るだけでなく、あれこれと情報を教えてあげたくなるのだ。


「ラシンドの配下みたいなサリーム王子や、軍人のカリン王子より、素直なショウ王子の方がマシだな」


 ユーカ号に竜で帰っていくショウを見送りながら、リンクは甥のハッサンが王位に就けないのならと思案したが、父のアリみたいな目には遭いたくないと首を竦める。


「アスラン王……触らぬ神に、祟り無しだ……」




 商船隊は順調にプリウス半島沿いを北上し、途中プリウス運河の通行を待つ船の一団を迂回して沖に出た以外は問題も無かったので、カインズ船長は上機嫌で鼻歌を唸る。


「メーリングが見えて来たぞ!」


 物見台の見張りの声に、ショウは竜に寄っかかって寝そべっていたのにガバッと起き上がり、ユーカ号から身を乗り出すようにイルバニア王国一の港町メーリングの偉容を眺めた。


「凄い大きな港町だなぁ~! あの高い柱は……クレーンだ! 船が横付けに出来る桟橋があるし、クレーンで荷下ろし出来る港が整備されているんだ」


 ショウは自国のレイテが港としては遅れていると、メーリングの港湾施設を真剣に眺める。

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