第24話 ペリニョン岬が見えたぞ!
順風満帆なリンクの商船隊だったが、海の女神マールか風の神ウルスの気紛れかわからなかったが、赤道を超えた辺りから嵐に巻き込まれた。
「兎も角、プリウス半島の最南端ペリニョン岬を目指すしか無い!」
嵐の中ではメーリングを目指すより、最寄りの避難所に遠回りになろうと辿り着いて、嵐が通り過ぎるのを待つしか無いのだ。
小型船のユーカ号は嵐の中で木の葉のように、クルクルと方向を変えたが、半開きの帆にショウは注意深くペリニョン岬へ向かうように風を送り込んだ。
乗組員達は嵐の中、帆の調整をしながらも、ショウが乗っていてくれてラッキーだと思う。
「嵐の中でも、大型船に付いて行ってるぜ!」
「ユーカ号にはショウ王子が乗っているんだから当然じゃん!」
初めは竜なんかを乗せたショウを迷惑だと内心思っていたが、外洋で嵐に遭っても目的地に向かって風を帆に送り込んでくれる有り難さに、王子様様だと乗組員達も感謝する。
一日中、嵐と格闘したが、ユーカ号と数隻の大型船はどうにかこうにか暴風雨域を抜け出せた。
「まだまだ安心は出来ねえが、嵐の中心は抜けたみたいだな」
カインズ船長は船乗りとして、これより酷い嵐も何度も経験していたが、自分が船長の航行では初体験だったので、船の操縦に神経を使い果たして疲れていた。
「やはり、中型船や小型船は付いて来れていないな。過積載気味の船は、荷物を海に棄てたのかな」
ショウは航海の途中で、遅れ気味だった船の事を心配したが、竜とはいえ嵐の真ん中に飛び込むのは躊躇する。
『なぁ、嵐の中で船を見つけられるかな』
早くしないと夕方になってしまうと、ショウは竜のサンズに尋ねた。
『あれくらいの嵐なら、船を見つけられるよ』
自信満々に言うサンズだったが、未だ成長途中なので羽でも痛めたらとショウは心配した。
『竜は嘘を言わないよ。前にメリルと、もっと強い嵐の中を飛んだこともあるよ。私を信じて欲しい!』
サンズは数ヶ月遅く産まれただけなのに、ショウが子竜扱いするのに腹を立てた。
「カインズ船長、少し嵐の中に取り残された船を見回ってくるよ。荷物を棄ててくれていたら、良いけど」
カインズ船長はショウを危険だと引き止めたが、のんびりしているくせに言い出したら頑固なのだ。
「カインズ船長、僕は第六だけど東南諸島の王子なんだ。国民が危険な嵐の中に取り残されているかも知れないのに、のんびりしてられないよ」
「チビ助め! 言うじゃねぇか」
ショウが竜で船から飛び立つのを、カインズ船長は無事に帰って来い! と祈りながら見送った。
「船長、王子を嵐の中に行かせたんすか? 無事に帰らなきゃ、俺達はあの恐ろしいアスラン王に殺されちまいますぜ」
甲板長のインガスが、小さくなっていく竜を見つめながら、心配そうにカインズに話しかけた。
「大丈夫だろう。チビ助だが、あのアスラン王の息子だ! なかなか見上げた根性だぜ! それより、ペリニョン岬に向かうぞ、帆を開け!」
インガス甲板長はカインズ船長の命令を、竜をぼぉ~と見ている乗組員達にケツを蹴り上げる事で伝えた。
「ほら、ぼやぼやするな! マストに登って帆を全開にするんだ! 一番遅くマストに登った奴は、酒の配布は無しにするぞ!」
嵐の後は酒の配布があるのが乗組員達の楽しみになっていたので、インガス甲板長の怒鳴り声で、一斉にマストに飛びついた。
その頃、ショウは嵐の中心に向かってサンズと飛んでいた。嵐の中なのに思ったより、雨風がキツくない。
『サンズが雨風を防いでくれているの?』
『ショウとは絆を結んでないけど、竜騎士を護るのは私の本能だよ。自然とバリアを張っているんだろう』
ショウは、竜が魔力の塊だと父上から説明されたのを思い出した。
バリアを張って、雨風を防いでくれているのだと驚き、竜が大食いなのは、普段から魔力を使っているからなのだと知った。ショウは、今度からサンズが水牛丸かじりしても、嫌がらないようにしてやろうと思う。
『あちらに、船が何隻か見えるよ』
竜のサンズの方が嵐の中でも遠目がきくのか、ショウが見つける前に難破寸前の船に向かった。
『やはり、過積載気味の船だ。船主と船長が揉めているな~』
「荷物を棄てなきゃ、難破します! そこをどけて下さい!」
「荷物は、棄てさせないぞ! これを買うのに、全財産を注ぎ込んだんだ!」
空から舞い降りた竜に乗ったショウに、船主と船長は怒鳴りつけられた。
「揉めている場合じゃないだろう! 命あっての物種だ! 全ての荷物を棄てる必要は無いんだ。過積載分の荷物を諦めるんだ」
船主は風の魔力でどうにか嵐を乗り越えさせてくれと、ショウにしがみついて泣きついた。
「僕は万能じゃない。他の船も救出しなくちゃいけないんだ。普段の航行も難儀していたのに、嵐に遭ったのだから、過積載分は諦めるんだ。荷物を棄てる間に、他の船をどうにかして来るよ」
ショウはしがみつく船主を振り切って、サンズで他の過積載気味の船にも同じ宣言をして回った。船長と王子に説得されて、過積載分の荷物を海に棄てたのを見計らって、ショウは上空から帆を半開きにするように命じて回った。
ショウは数隻の船の帆に風を送って、バラバラだったのをぶつからない程度の間隔を取らせて、一塊に纏めた。
『一気に全部の船に風を送るの?』
無茶だと心配するサンズに、ショウは応えた。
『もうすぐ日が沈む、夜になったら船を救えない。無茶は承知だけど、やるしか無いんだ!』
ショウの気持ちに、サンズも協力した。竜の魔力のお陰で、数隻の船は嵐に逆らってペリニョン岬の方向へと荒波を乗り越えだした。
「おい、もうすぐ日が沈むぜ」
ユーカ号では雨風も止んで、ペリニョン岬に向かって帆を調整していたが、どんよりと曇った中の雲の切れ間がオレンジ色に染まるのを全員で心配して眺めた。
「カインズ船長、王子様は……」
「嵐の中に取り残された船を助けたいという義侠心は買うが、本人がくたばっちまったら元も子もないぜ!」
カインズ船長はチビ助がもう帰って来れないのではと、心配で胸が張り裂けそうだった。
「船長、七時の方向に船影が数隻見えるっす!」
カインズ船長とインガス甲板長は、マストの物見台に乗組員の中で一番遠目がきく男を登らせていた。
カインズは物見台に登り、見張りから望遠鏡を取り上げると、指さしていた方向を眺めた。
「クッソ、見えないぜ! あっ、あれか! ああ、空にチビ助が……豆粒ぐらいの竜に乗っているんだろう。心配かけやがって……」
カインズは安堵のあまり思わず涙ぐんでしまい、照れ隠しで乱暴に望遠鏡を見張りに突き返すと、マストからするすると熟練の海の男らしく降りた。
『どうにか嵐は越えたみたいだね……サンズ、ありがとう……』
『ショウ、後はどうにかするだろ。もうクタクタじゃないか、ユーカ号に向かうよ』
竜に乗っているのがやっとのショウを気遣って、サンズはスピードをあげてユーカ号に舞い降りた。
「ショウ王子様、よく無事に帰って来た……おい、大丈夫か……」
カインズ船長は、甲板に竜から滑り落ちそうになったショウを抱き上げた。
「サンズの鞍を、外してやらなきゃ……」
竜を怖がっている乗組員達には任せられないと、カインズの腕の中から甲板に降りようとする真っ青な顔のショウを怒鳴りつけた。
「竜の鞍なら、俺が外してやるよ。服もびしょびしょだし、顔も真っ青だぜ! ベッドに運んでやるから、寝るんだ!」
軽いショウを船長室に運ぶと、眠たがるのを無理やり着替えせる。ベッドに入るやいなやスヤスヤと眠りだしたのを見て、カインズ船長は大きな溜め息をついた。
「こいつは大物になるかも知れないぜ」
「あのう、船長? 竜の鞍を外してやらないと…」
幼い寝顔を眺めて感慨に耽っていたカインズは、ゲッそう言えばそんな約束をしたなと甲板に向かう。巨大な竜も嵐の中を飛んで疲れたのか、心なしか一回り小さく見えたが、矢張り近づくのは勇気がいるので乗組員達は遠巻きにしていた。
カインズ船長は、乗組員達の前で怯えているとは思われたく無かったし、海の男として他の船を助けた竜に感謝もしていたので、サンズの水を吸って重くなった鞍を外してやった。
『ありがとう』
カインズ船長は鞍を外された竜が寝る前に、自分を金色の瞳で見つめてお礼を言ったように感じた。
「カインズ船長、旗船のルルーシュ号からショウ王子に来てくれと旗信号が来ましたぜ」
「王子様は、お疲れだと返信しろ! オーイ、帆を畳め! 今日は此処までだぁ!」
カインズ船長の号令に、インガス甲板長は乗組員達に縮帆したら酒の配給をするぞと叫んだ。
「やったぁ!」
乗組員達も嵐で疲れきった身体に鞭打って、マストに登り帆を畳んでロープで縛る作業をした。
そうこうしている間に日は沈み、長かった一日も終わりを告げた。乗組員達は各々のコップに酒の配給を貰って、やっと火が使えるようになったので温かい夕食と共に楽しんだ。
「なぁ、カインズ船長。ショウ王子は、第六王子なんだよなぁ~。勿体ないよなぁ~、良い王様になってくれそうなのにさぁ」
少し酔っ払った乗組員達の僭越な意見を、カインズ船長は苦笑いしながら制する。
「手前らが、王様の事なんか心配しなくて良いのさ! アリみたいに牢屋に入れられるぞ」
乗組員達もアスラン王を身近に見て、圧倒的なカリスマ性を感じていたので、あの御方のやり方に口を挟むのは止めておこうと口を閉じる。
「お腹がすいた……」
ショウはかつて感じた事の無い程の空腹感に、突き動かされて目覚めた。ぐぅ~と鳴るお腹を押さえながら、服を着替えたショウは、朝食の匂いに誘われて食堂へと向かった。
「おはようございます!」
昨日の働きで、乗組員達のショウを見る目も変わってきていた。今までも風の魔力持ちの王子様として、有効な存在だとは思っていたが、難破しそうな船を助けた事で尊敬の念を持つようになっていたのだ。
「ショウ王子、こちらに食事を用意してます。香辛料は控え目にしてあるんで、食べてみて下さい」
ショウは空腹なのに香辛料山盛りだと辛いなと思っていたので、料理当番にありがとうと微笑んで食べ始めた。
料理当番は可愛い笑顔と、猛烈なスピードで朝食を平らげるショウに父性本能が刺激されて、キュッと抱き締めたくなったが、恐ろしい父王を思い出して自分の衝動を抑えた。
山盛りの朝食を食べて、少し人心地のついたショウは、甲板で日向ぼっこをしてうつらうつらしているサンズに昨日のお礼を言った。
『お礼なら、目の周りを掻いて……』
『サンズが、寝るまで掻いてあげるよ』
ショウに目の周りを掻いて貰うと、ウットリとサンズは金色の瞳を閉じた。お疲れの若い王子と若い竜は、お互いに寄り添って眠る。
「オーイ、また旗船からショウ王子に来てほしいだとよ~」
カインズ船長は竜に寄り添って寝ているショウを起こしたくなかったので、旗を持っている乗組員の近くまで行って、王子様は寝ていると送れと命令した。
旗船のルルーシュ号からは何度となく同じ旗信号が送られて来たが、カインズ船長はショウが自分で目覚めるまでは起こすつもりはなかった。
しかし、未だ満腹とはいえなかったショウは、昼食の準備の匂いで目覚めた。
「カインズ船長、ここは何処なんだ?」
正午の太陽観測をしていたカインズ船長にショウは尋ねた。
「後、少しでペリニョン岬が見えてくる筈なんですがね」
カインズは計算には余り自信が無かったが、何度もメーリングへの航海をした経験から答えた。
少しカインズ船長の位置計測を鍛えなくてはいけないと思いながら、ショウは六分儀をカインズ船長から受け取ると、計測しなおして海図に今の位置を訂正して書き込んだ。
カインズ船長が書き込んでいた位置と左程差はない。アバウトな計測なのに、誤差は少ないのは良い。経験と勘でカバーしているのだろう。しかし、新航路ではそうはいかない。
カインズはショウに見つめられて、何だか悪い予感がして背中がゾクッとした。
「船長、十一時の方角にペリニョン岬が見えます」
物見台の見張りが言う方向を、全員が眺めた。
「ペリニョン岬が見えたぞ!」
乗組員達はお互い肩や背中を叩き合って喜んだ。ショウもカインズ船長と初の遠洋航海が無事に終わりそうだと握手した。
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