第22話 可愛い子には旅をさせよ

「えっ、メーリングへ行きたいって……」


 船を手に入れたショウが、何時かは旅立って行くとは覚悟していたが、ミヤはまだ幼さの残る王子が外国へ行きたいと言い出したのに動揺した。


「やはり駄目かなぁ」


 小柄のミヤよりも背の低いショウに見上げられると、胸がキュンとして、可愛いと抱き締める。


「良いじゃないか、可愛い子には旅をさせろと昔から言うぞ。もう、九歳なんだから、一般の子供なら働いている者もいる年だ」


 いつの間にか部屋に来たアスランにミヤは眉を顰める。都合の悪い時にばかり、現れるのだ。


 ミヤはショウが十歳になるまでは、近海で航海をさせておく考えだったが、父上の許可を貰って目を輝かせているのを見ると反対はできない。


「充分に気を付けるのですよ。一度、カインズ船長に会わせて下さい」


 アスランは、ミヤがショウに細々と注意を与えるのを苦笑して眺めていたが、机でサラサラっと書簡を書くと、鑞を溶かして指輪の印で封じた。


「ショウ、これをやる! 何か困った事があったら、フランツ・フォン・マウリッツを訪ねたらいい。彼奴は人が良いから、子供には優しいだろう」


 メーリングには領事館もあるし、ユングフラウには大使館もあるが、現地でゴタゴタに巻き込まれたら、マウリッツ公爵家の方がスムーズに対応してくれるだろうと、保険の為に書簡をショウに投げ与えた。


「フランツ・フォン・マウリッツ……前にレイテの大使館にいた外交官ですね。確か絆の竜騎士だった筈ですわ。もしかして、サンズは……」


 ミヤは聞き覚えのある名前に、アスランの騎竜のメリルがどの竜と交尾飛行をしてサンズを作ったのかピンときた。


「竜騎士は竜を愛してますから、サンズのパートナーのショウが困った立場になったら助けてくれるでしょう」


 やっとミヤの諸注意から解放されたショウは、ウキウキと離宮に帰った。


 十四歳のハッサンは先程の祖父アリの逮捕後は今までの横暴振りを潜めて大人しくしていたし、カリンの陣営と思われていた十三歳のナッシュは嫌味を言われなくなってホッとしていた。


 微妙な立場なのが十二歳になったラジックで、船を提供すると約束していたアリが隠居して、息子のリンクが商売を継いだが、あまりパッとしない様子なので船も貰えるのか不安を感じている。


「お前の祖父がアリを信用していたから、馬鹿を見たのだ。今からでもカリン兄上に付いた方が良いぞ」


 ナッシュのカリン兄上へ付けと言う誘惑にグラッとなるラジックだったが、軍には根本的に拒否反応を持っていたので悩む。


「ナッシュ兄上、ラジック兄上、メーリングへ行くんだ!」


 サロンに飛び込んで、嬉しそうに報告するショウを驚いて兄達は質問責めにした。


「メーリングまで、あの小型船で航海するのか?」


「ミヤは、いや、父上の許可は取ったのか?」


 ナッシュも、ラジックも、祖父の船に乗ってメーリングに行った経験があったが、大型船だったし、商船隊を組んでの航海だったので、小型船で行く弟を心配した。 


「まだ九歳だろう、よく許可が下りたな」


「ラシンドの商船隊に、参加する方が良いぞ。サリーム兄上もラシンドの商船隊に加わっているから」


 ラジックはハッサン兄上が後継者の芽を絶たれたなら、軍人のカリン兄上より、商人気質のサリーム兄上の方が良いと感じていたのでショウに安全だと勧めた。


 カリン兄上を推すナッシュは、元々、ショウの母親が大商人ラシンドに嫁いでいるので縁が有る商船隊に加わるのは自然だとは思ったが、サリーム兄上の優等生的な采配では王位を維持出来ないと案じた。


「でも、商船隊は出たばかりだし、帰って来るのを待つのは……」


 折角、許可を取ったのにと愚図るショウを、二人の兄達は説得したが、のんびりしているくせに言い出すと頑固だった。


 ショウは、新しい航路を見つけたいと思っている。だから、少しでも早く遠洋航海を体験したいのだ。


「ショウには、ショウの考えがあるのさ。口出しするなよ」


 祖父のアリの失脚後、離宮でも自室に籠もりがちだったハッサンが、揉めている声に何事だとサロンに顔を出した。


「ハッサン兄上はラシンドが嫌いだから、そんな無責任な事を言うのですか?」


 前からカリンの従姉妹を許嫁に持っているのが気に入らないのか、嫌味を言われていたナッシュが噛みつく。


「ラシンドの商船隊が出航するなら、加わったら良いと思うが、今は港に居ないのだろ。伯父のリンクの商船隊が出航しようとしているから、参加するなら口をきいてやるし、嫌なら好きにすればいい」


 ショウは、カインズ船長はアリに船を騙し取られたので、その息子のリンクの商船隊に加わるとは考えられなかったが、聞いてみると答えた。ハッサンは自分が父王の後継者に選ばれる事はないと諦めたが、軍人のカリンや、商機を掴めないサリームに、偉大なアスラン王の跡取りが出来るとは思えなかった。


 ハッサンは自分が後継者に指名される事がないという事実を受け止めた。そして、客観的に王子達の能力を比べたら、ショウが一番父上の能力を受け継いでいるのに気づいた。自分より商人の勘が劣っているサリームや、軍人馬鹿のカリンに従うのは御免だと思って、ショウに有益な情報を提供したのだ。


 ナッシュとラジックは、ハッサンが何を考えているのか察して、もしかしたら父王の考えも同じかも知れないと考えた。


 兄上達の思惑も知らず、ショウはハッサンの申し出をカインズ船長に一応伝えようとサンズで港へと向かった。

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