第21話 少年老い易く学成り難し
船を本当の意味で手に入れたショウだが、航海ばかりしているわけにはいかなかった。
「海に出たいなぁ~! 皆は今頃どこを航行しているんだろうなぁ」
ショウが船で初航海をしてから、ハッサンは無視する作戦に出たので、パシリに使われる事は無くなって身体的には楽になった。
「ずっと海で暮らしたいなぁ~でも、サンズを乗組員達に受け入れて貰わなきゃいけないんだよね」
どうやって竜を好きになってもらうか、ショウが考えていたら、ナッシュに注意された。
「おい、ショウ、勉強の時間だぞ」
ハッサンに命令されたのかラジックも普段は話しかけなくなって、カリンの陣営のナッシュだけとしか口をきかない閉塞感にショウはウンザリする。
停滞した離宮の雰囲気をミヤは心配していたが、それよりもハッサンの祖父のアリが後継者の件で商人達に金をバラまいたり、料亭で接待しているのを女の身では何も対抗策が打てず、腹立たしく思っていた。
「なぁ、ミヤ、ショウは何歳になったっけ?」
「まぁ、自分のお子様の年も、忘れたのですか!」
ミヤが怒って答えないので、アスランは指を折って数えだす。
「チビ助も九歳かぁ、後一年はこのままで良いかな。航海と勉強と武術訓練をさせておくかぁ。あっ、それからミヤ、アリを少しの間、牢屋に放り込むから、ハッサンと母親のフォローを頼むぞ」
「それは、どういう事ですか!」
衝撃発言をして部屋から出て行くアスランの長衣の裾を捕まえて、つんのめった夫を押さえ込んでミヤは尋ねた。
「お前も気づいていただろう。王の後継者問題に、大商人といえども、口を出すのは不敬罪だぞ。本来なら見せしめの為に、首でも刎ねてやるところだ。叩けば埃の出る身体だが、ハッサンの祖父だし、適当に反省させたら罰金で許してやるさ」
ミヤは、数年前のザハーン軍務大臣の件といい、心配させるだけ心配させて、あっさりと解決してしまうアスランに感心する。
よっこらせと、床に降ろされたままミヤは、アスランがメリルに騎乗するのを見ていた。
「あっ、アスラン様! ショウが十歳になったら、何か考えていらっしゃるのですか」
アリの件で忘れそうになっていたが、ショウにも何か考えている様子だったと、ミヤは飛び立とうとしているメリルに走って行く。
「おい、危ないぞ! ミヤ、ショウに旧帝国三国の礼儀作法を叩き込んでおけ。あっ、他の王子達も一緒に勉強させろ。身に付けておいて、損にはならないだろう」
「まさか、ショウを留学させるつもりでは……」
ミヤが考え込んでいる隙に、アスランは飛び立ってしまった。
それから数日後、レイテの街と王宮は、突然の大商人アリの逮捕に揺れ動いた。
「後継者問題に口を出したのが、アスラン王の逆鱗に触れたらしい」
「いや、商人達に金をバラまいたぐらいなら許されるが、王族の方々にも賄賂を持って行ったみたいだぞ」
ミヤはメリルと飛び立ったまま行方不明のアスランを内心で毒づきながら、泣きついてくるハッサンと母親に後継者問題に口を出すのは死刑になってもおかしくない不敬罪だと釘を刺した。泣き崩れる夫人に、きっと王様はお許し下さるでしょうと恩赦を仄めかして安心させた。
アスランは牢屋で数日を過ごしたアリが、頭が胴体と繋がっていれば後はどうでも良いという心境になる頃に帰って来て、財産の三分一を差し押さえた。
「本来なら、後継者問題に商人風情で口を挟むとは、不敬罪で首を斬ってもおかしくないのだぞ。それから、お前が期日詐欺をしているのも知っている。今回はハッサンに免じて、罰金だけで許してやるが、今度また馬鹿な船長を騙して船を取り上げたりしたら、私が直々に首を刎ねてやるぞ。お前ももう年なのだから引退して、息子に商売を引き継ぐがいい。ヘドナ島が出身地だろう、余生をそこで過ごすのだな」
首都のレイテに置いていたら、アリの事だから喉元を過ぎれば熱さを忘れて、又同じ事をしそうだと、アスランは引退と所払いを言いつけた。
「こいつの首を斬るぐらい簡単だが、ハッサンと母親が泣くと鬱陶しいからな。野心の燃やす余地の無いヘドナ島で、のんびり魚でも釣るのだな」
祖父のアリが引退して、伯父のリンクが跡取りとして家長となっても、商売の方は元々かなり前から引き継いでいたので変わらない筈なのに、勢いは削がれた。アリは悪どい事をしたり、目先の利益を追う癖もあったが、一代で財を成したある種の図太さを持っていた。しかし、二代目のリンクは、産まれた時から贅沢に育っており線が細かった。
ショウのユーカ号のカインズ船長などは、船を騙し取られたアリが逮捕されたのに溜飲を下げたが、財産をかなり没収されたものの隠居と故郷へ帰らされただけなのに不満を持った。
「父上に文句を言ったら、良いじゃないか」
港に帰って来たユーカ号にサンズで舞い降りたショウは、のっけから文句タラタラのカインズ船長に、父上に直接言えと突っぱねる。
「あの恐ろしげなアスラン王に文句なんて付けれるわけが無いだろうが……」
心の中で『このチビ! 無茶を言うな!』と毒付いていたカインズ船長だ。
「運航記録と、取引台帳を見せて」
おおざっぱな書き込みにショウが眉を顰めながら、計算間違いなどをビシバシとチェックしていくのを、首をすくめてカインズ船長は耐えた。
カインズ船長は、ショウがアスラン王の王子だけ有ると感嘆する。滅茶苦茶、計算が早いのだ。
カインズ船長も、海図を読めるし、どうにかこうにか位置の計測も出来るが、船に乗りながら先輩達に教わった見様見真似のアバウトなもので、ショウはササッと計算して誤差をチェックするのだった。
「次の航海は、少し足を伸ばそうと考えているんだ。近海ばかりじゃ、儲けは少ないからな。出来たら、イルバニアのメーリングに行きたいと考えている」
「イルバニア王国かぁ。そこまで行くのは、何日位掛かるの?」
海は外国まで繋がっているんだと、ショウは改めて実感する。
「さぁ、一気にメーリングまで行くわけじゃないからな。途中の島々でも商売したり、食糧や水を積み込みながらだし、イルバニアのプリウス半島の先端のペリニヨン岬まで、半月は掛からないとは思うが、良い風を捕らえればもっと早く着くんだけどなぁ」
カインズ船長は風の魔力持ちのショウが乗船している時と、していない時との船のスピードの差を身にしみて感じていた。
「俺が今まで乗った船には、風の魔力持ちなんて居なかったから、こんなにスピードに差が付くとは知らなかったぜ……」
カインズ船長は十歳の頃から船に乗っているので、貿易港のメーリングにも何度となく行った事があるが、自分では初航海なので風の魔力持ちのショウが乗船してくれると心強い。
「メーリングに行きたいなぁ~。ミヤは許可くれるかなぁ、黙って行ったら拙いかなあ」
「黙って行くのは、拙いぞ!」
あの恐ろしげなアスラン王が、帰ってこない王子を探しに、竜で船に舞い降りるのは勘弁して欲しいとカインズ船長は身震いした。
「サンズも乗せて行かないと、怒るだろしねぇ。乗組員達は、竜が自分達を食べると思ってるみたいだけど、サンズはそんな事しないよ。ただ、一週間以上の航海だと、食事をさせなきゃいけないからなぁ」
ショウは自分でもサンズの食事風景を見ると、当分は食欲が無くなるので、元々竜を怖れている乗組員達は気絶するかもと心配した。
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