第20話 海は広いなぁ

 やっと船長を見つけたショウは、次の日カインズを買った船に連れて行った。


「凄い! 新造船じゃないか!」


 船のデッキに頬をスリスリさせているカインズに、ドン引きのショウだったが、船屋の店主はそうだろう、そうだろうと、頷いていた。

 

「それで王子様、名前はなんて言うんだ?」


 ウットリとマストを眺めながら、カインズは返事を待ったが、いつまで経っても返事が返って来ないのを不審に思って、チビ子王子を振り返る。


「名前? 考えて無かったよ~」


 船屋の店主と新米船長のカインズは呆れ返った。


「船の名前で思い浮かぶのはタイタニック……初航海で沈没した船なんて縁起悪いよね~ユリシーズは? あちこち放浪するけど帰国できたけど、二年もかかってたような……エンタープライズは、名前負けだよね~」


 ぶつぶつ言っているショウを見かねて、カインズは声をかけた。


「好きな女の子の名前とかも良いんだぜ。無事に港に帰る気持ちになれるからさぁ」


 好きな女の子っと言われてショウは悩む。彼女居ない歴、前世から更新中なのだ。死神にモテモテになると言われたのにと首を捻る。


 ふとショウは、前世で好きだった栗色の髪の女の子を思い出した。結花、一度死んじゃったし、八年も経ってるから顔も朧気だけど、綺麗な栗色の髪が翻った夏の日は覚えている。


「ユカは、駄目?」


「ユーカかぁ、良いんじゃない。ユーカ号だぞ、お前は!」


 ユーカではなくユカだと言い換えるのも面倒で、ショウはペンキで名前を船尾に嬉しそうに書き込んでいる店主を眺めた。カインズは船中を見て回り、玩具を貰った子供より興奮してハシャいでいたが、ふと真面目な顔をしてショウの前に立った。

 

「乗組員の件だけど……俺に一任してくれないかなぁ。前のエリナ号の乗組員に、賃金が半分も払えてないんだ。彼奴等が俺を信じてくれるかはわからないが、今度こそは大儲けさせてやりたいんだ」


 古典的な手でアリに騙されて船を取りあげられたりしたが、部下を思うカインズにショウは好感を持って、乗組員も積み荷も一任した。


「ありがたい! つきましては、先立つ物を頂きたいのですが……」


 にこやかなカインズは顔がゴツいだけに、追い剥ぎに遭っている気分になった。


「幾ら必要なんだ? あまり金は持ってないのだけど……」


「いゃあ、ショウ王子様。王子様ともあろう方が、お金を持ってないなんて、御冗談でしょう」


 揉み手をしながらお世辞を言うカインズに、ショウは自分には後ろ盾が居ない事や、離宮の備品を売り飛ばして金を工面している事を説明する。


「貴方は、アスラン王の離宮から、物を盗んで売り飛ばしているのか! 盗人は、手を切り落とされるんだぜ」


 顔を青ざめさせて身震いするカインズに、父上の許可は取ってあると安心させる。


「でも、もう部屋には持ち出せそうな備品が無いんだよね。ベッドとか机とか椅子は持ち出しにくいんだ。それにいい加減にしとかないと、父上の逆鱗に触れそうだしさぁ。だから、最低限のお金で出航準備を整えて欲しいんだ。これから、ケーレブ島までフレッシュチーズを買いに行って、持ち金を倍に増やしてくるよ」


 カインズもケーレブ島のフレッシュチーズを積んだ早船は儲けが大きいのは知っていたが、高速船ではないユーカ号では無理だし、出航準備も出来てないのにと不思議に思ったが、答えは空から舞い降りてきた。


『ショウ、ケーレブ島まで飛ぶんだね』


 サンズは近頃は酒場巡りで、あまり一緒に過ごせなかったので、久しぶりの遠出に張り切っている。


「貴方は……竜騎士だったのか……」


 巨大な竜に腰が引けた体勢で、カインズはとんでもない王子と組んでしまったと思った。アスラン王も竜騎士であり、神出鬼没振りが有名で、悪事を見逃さないと畏れられているのだが、まさかこの小動物が巨大な竜に乗るとは見ても信じられなかった。


「あんた、ショウ王子様を大事にしないと、アスラン王に殺されるぞ。あの王様は、本当に怖いぞ」


 ショウの手に入れた船を見にきたアスラン王を思い出して、船屋の店主は身震いした。


「よくぞ新造船を、売っていたもんだ。ボロい中古船など売りつけていたら、あの黒い瞳に射殺されていたな」




 カインズはどうにかエリナ号の乗組員に、給金の半額を渡して戻って来てもらい、近海の島で腕試しする為の積み荷も買った。


「カリン兄上から、食糧と水は気を使えと言われたけど、近海だったら関係ないかな?」


 カインズは、ショウの呑気な言葉にブチ切れた。


「貴方は素人だから仕方無いが、海に絶対はないぜ。いつ何時、嵐にあって遠い場所まで流されるかわからないんだ。だから、資金の許す限りの食糧や水は積んで置くべきだぜ」


 船長になって、髪もとかしてキチンと後ろで革紐で括り、服も洗濯したのかこざっぱりしたカインズは、ショウに海の男の心得を教えるのだった。


「船長室を使えば良いのに」


 船の一番後ろの狭いながらも個室を、カインズはショウに譲った。


「俺は根っからの女好きだけど、こんな可愛い王子に良からぬ想いを持つ者が出たら、あの恐ろしい王様にケツから口まで火の棒を突き刺されそうだからな」


 カインズは、昨夜のお祝いの宴会を思い出して身震いした。


 大商人のラシンドの第一夫人のハーミヤは、船を手に入れた時に言った通りに、ショウの初航海をお祝いする宴会を盛大に開いてくれた。


「ショウ王子様は、ラシンド様のお知り合いなのか?」


 同じ大商人でもラシンドはアリと違い、小さな目先の利益を追わず大局に立った目線で大儲けしていたので、レイテの若者が憧れる伝説的な商人なのだ。


「カインズ船長、ショウ王子を宜しく頼みますよ」


 船長だけでなく、乗組員を全員招待した宴会は、山ほどのご馳走と、日頃飲むことのない上等なお酒も出されて、今回は綺麗な踊り子達が舞い踊り大盛り上がりになった。


「ショウ兄上~」


 正式な宴会だからと育児室に乳母と居た筈のマルシェが、隙をみて飛びだして来てショウに飛びついた。


「こら、マルシェ! 今宵はショウ王子の大切な祝の席だから、乳母と部屋に帰りなさい」


 ショウはラシンドが幼い弟を乳母に渡そうとするのを、笑いながら制した。


「ラシンドさん、良いですよ。マルシェ、ほら、こちらにおいで」


 甘い兄上の横にちょこんと座るラシンドの息子とショウの黒目勝ちの瞳がそっくりで、カインズ船長達は何となく事情を察した。


「可愛い! プチ小動物だぁ!」


 潮焼けしたゴツい顔に似合わず小動物好きのカインズ船長は、ショウとマルシェに胸キュンキュンだった。


 宴がたけなわになった時、突然アスラン王が訪れた。


「ああ、そのまま続けるが良い。ラシンド、今宵はショウの為に祝いをしてくれて、感謝しているぞ」


 傲慢の権化のようなアスラン王なのに、若い綺麗な顔立ちをしているのにユーカ号の全員が息を飲んだ。


「父上、わざわざお越し頂いて、ありがとうございます」


 ショウがマルシェを膝の上に乗せて、少し主賓の席を横にどけた場所に、当然のごとく座った。


 傲慢な振る舞いが、これほど似合う人が居るだろうか。ラシンドは、アスラン王の我が物顔に酒を飲む様子に感嘆しか感じなかった。


「あれが王様なんだ……凄く怖そうだよなぁ」


 乗組員達は、初めて近くで見た王様に圧倒されていた。


 アスラン王は長身だけど、このくらいの背の男はザラにいるし、どちらかと言うと細身なのに、圧倒的な威圧感に押し潰されそうだ。


 にこやかに宴会を楽しんでいるのに、恐いものから目が離せないような気持ちになり、全員が注目する。


「父上、突然来られたけど、ミヤに言って来ましたか? 後で叱られますよ」


「え~、うちの王子様、あの恐ろしげな王様に突っ込んでますよ~。怖いもの知らずなのかなぁ? もしかして、天然?」


 末席の乗組員達は、ショウが全く呑気に話しかけているのにびっくりした。


「お前がショウの船の船長か、名前はカインズと言ったな。ショウを鍛えてくれ」


 カインズは自分を見つめるアスラン王から、目が離せない。一時間にも感じたが、ほんの数秒だとカインズは席を立ったアスラン王の背中を見送りながら、冷や汗を拭いていた。 




「こんな可愛い小動物の父親が、猛獣より恐ろしいとは詐欺だよなぁ」


 遠慮しながら船長室に私物を運び込んでいるチビ王子を眺めて、カインズは昨夜の宴会に現れたアスラン王の、王者らしい傲慢な姿を思い出して、似てないなぁと溜め息をつく。


「多分、ショウ王子の母親がのんびりした、優しい性格なんだろう」


 乗組員達も私物を片付けると、正式に出帆する儀式を開始した。


 ショウはミヤに教えられた通りに、海の女神マールと風の神ウルスに祈りの言祝ぎを捧げて、酒を海と空にばらまいた。


「碇を上げろ~!」


 乗組員達はカインズ船長の号令に従ってキビキビ動いた。


『ショウ、酷いよ~』


 帆を張れと命令したカインズ船長の声は、突然舞い降りた巨大な竜に驚いて逃げ惑う乗組員達の悲鳴にかき消される。


「竜だぁ!」


「デカいぞ~」


『サンズ、数日で帰るから、離宮の竜舎で待っていてくれ』


 カインズ船長に睨みつけられて、ショウは慌ててサンズに言い聞かせたが、乗組員達が怯えたことに巨大な竜は地団駄踏んで暴れるのだった。


『嫌だ! 未だメリルが許してくれないから、絆は結んでないけど、心は一体なんだから』


 ショウにとっては甘えるサンズは愛おしくて仕方無いので、ヨシヨシと目の周りを掻いてやる。


『今回は本当に直ぐ帰るから、待っていてよ』


 サンズは目の周りを掻きながら、口説かれると弱い。


『今回だけだよ! 次の航海には絶対に付いて行くよ』


 どうにかサンズを説得して、離宮に帰らして、やっと帆を張って出帆する。すったもんだはあったが、海に出たユーカ号の乗組員達は真新しい船に早く慣れようと、帆を全開にしたり、縮帆したりと、カインズ船長の号令に従う。


 ショウも乗組員達の足手纏いになりながらも、一緒にマストに登って帆を縛っているロープを解くのを手伝ったりしていたが、初日から頑張り過ぎるなとデッキに降ろされてしまった。


「僕って、足手纏いですか?」


 黒目勝ちの瞳をウルウルさせて見上げられると、カインズ船長の胸はキュンとするのだったが、マストから落ちたりしたら良くて骨折、下手をすると死んでしまうので、出来たら上の作業はパスさせたい。


「いや、初日から頑張り過ぎては……」


「あっ、マストから落ちたりしたら、大変だと考えています? 僕は、これでも風の魔力持ちだから、大丈夫ですよ」


 そう言うとショウは、全開にされている帆に風を送り込む。風を受けて、船は猛スピードで波を切って航行しだす。


「貴方は、風の魔力持ちだったのか! 早く言ってくれよ」


 カインズ船長は苦労続きの人生が、パァッと開けた様な気持ちになって、ショウを抱き上げる。


「げ~、船長ってショタコンじゃないだろうなぁ」


「いやぁ、カインズ船長は、女好きな筈だぜ」


 マストの上から乗組員達は、あの恐ろしげなアスラン王の王子に手をだすのは止めてくれ! と心の中で叫んだ。


 何処までも続く青い海と、青い空に浮かぶ白い雲を眺めながら、ショウは前世の歌を口ずさむ。


「海は広いな~大きいな~」


 不思議な歌を口ずさむショウを、風の呪文でも唱えてくれているのだろうと、カインズ船長は満足げに眺めるのだった。 

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