第19話 船長になって下さい

「ショウ、ラシンドに船長を探して貰ったらどうだ」


 ナッシュは港の酒場巡りと、ハッサンの低俗な嫌がらせで、疲れ果てているショウを見かねて忠告した。


「船を買うのもラシンドに手伝って貰ったのに、船長まで探して貰うのはちょっと遠慮したいです」


 離宮のサロンでダラ~としながら、ショウはナッシュ兄上と自分の二人は、ハッサンが十五歳になって離宮を出て行くまで地獄の日々だなぁと溜め息をつく。


 午後の武術訓練でハッサンの示唆で武官から、しごかれたショウはその悪どさにウンザリしていた。


「まるで僕が放蕩息子みたいに武官に言って、根性を叩き直して下さいと頼むなんて姑息なんだよなぁ。カリン兄上なら自分でしごくだろうし、武官に離宮の備品を売り飛ばした事なんて言いつけないよ~。まぁ、備品の件は事実だけど、酒場巡りする為だなんて……船長を探す為に、酒場巡りしているのが事実だけに腹立つんだよね」


 ハッサンの悪口には、真実をねじ曲げて散りばめてあるので、聞いた人間は信じ易いし、言われた方は傷つくのだった。


 ナッシュも散々遣られた手口なので、ショウが落ち込んでいるのに同情して、ラシンドの援助を求めよと忠告したのだが、このおっとり系の末っ子は案外プライドが高いのだった。


「おっとりしていても、父上の血を一番濃く引いているのかも知れないな……」


 ショウが打ち身にヨタヨタと脚を引きずりながら、侍従達をつれて酒場に船長探しに向かうのを呆れて眺める。




 毎夜、レイテの港近くの酒場には船乗りや、商人達が繰り出しては店の格式に応じて、上品に酒を飲み交わしたり、どんちゃん騒ぎをしたり、喧嘩や物騒な取引をしていた。此処はお世辞にも上品な酒場とは言えない雰囲気だが、場末の食い潰した船乗り相手に、何かおぞましい酒擬きをだす程は落ちぶれてない店だった。


「あれは、誰だい?」


 酒場の親父に、カウンターにもたれて焼け酒をあおっていたカインズは尋ねた。


「ああ、第六王子のショウ王子だ。この1ヶ月、船長探しにこうして酒場を巡っているんだ」


 船長の言葉に、カインズはピクンと反応する。


「王子が直々に船長を探しに酒場に来ているのか?」


 護衛を兼ねた侍従達をつれた、おチビさんをカインズはじっと見つめる。


「王子様の交易ごっこに付き合うつもりはないが、船が手に入るのはありがたい……」


 舌舐めずりするカインズに、酒場の親父は忠告する。


「おい、悪いことは言わないから、関わるのは止めておきな。大商人のアリが、目の敵にしている王子なんだとさ。どうやらアリは次期の王様に、自分の孫のハッサン王子をならしたいみたいだ。あんなチビッコ王子まで、邪魔しなくても良いと思うがなぁ」


 酒場の親父の話を聞いて、カインズは一気に酒を飲み干す。


「そうか……アリの敵は、おれの味方さ」


 潮焼けした褐色の肌に、伸ばしっぱなしの髪を後ろで革紐でざっくりと括っているカインズは、胡散臭さ満載の船乗りだ。船乗り独特のバランスを取るような歩き方で、カインズは店の隅で飲んでいる船長にアッサリと断られて、ガックリと肩をおとしているショウに近づく。


「ショウ王子様、こちらに」


 胡散臭い男が、可愛い王子に近づいて来るのに気付いた侍従が、自分の後ろにショウを庇う。


「船長を探しているんだって?」


 カインズの言葉で、ショウは侍従達を掻き分けて前に出た。


「ウッ、可愛い」


 カインズはゴツい顔に似合わず小動物が大好きで、黒目勝ちの瞳に見上げられて胸がキュンとした。侍従はカインズの胸キュンに気づいて、ショウを引き離そうとする。


「ショウ王子様、関わらない方が良いです。コイツはショタコンです!」


「ショタコン? ロリコンなら聞いた事あるけど? もしかして……」


 思わずショウは、カインズから身を引いた。


「誰がショタコンだ! 俺は骨の髄まで女好きだ。船長になって金を儲けて、何人もの美人に囲まれて生活するのが夢なんだ! まぁ、小動物は好きだけどな……」


 ショウは小動物とは自分の事だろうかと苦笑したが、女好きで、少年ラブで無いのなら、話をしたいと思った。


「此処ではうるさくて、話が出来ません。静かな所で、話しましょう」


 ショウに、カインズは生まれてこの方足を踏み入れた事のないような高級店に連れて行かれた。


「チビッこくても王子様だぜぇ、こんな店に通い慣れているのかよ」


 カインズは、ショウが酒場以外ではこの店しか知らないとは思いもよらず、運が向いてきたと誤解する。


「先ずは、貴方の名前と経歴を教えて下さい」


 生まれて初めて来た高級店に舞い上がっていたカインズだが、サッと気持ちを切り換える。


「俺はカインズ。親父も船乗りだったが、若い時分に嵐で死んだとお袋に聞いている。十歳の時から、船に乗っている。この前やっと中古の小型船を手に入れたのに……アリの野郎に騙し取られちまった」


 ショウは苦手な相手だが、大商人のアリが中古の小型船などを騙し取るとは信じられなかった。


「大商人のアリが、どうやって貴方の船を騙し取ったのですか?」


「あっ、信じてないな~! だが、本当なんだ。俺は十歳の時からコツコツお金を節約して、二十歳で中古の小型船の半額まで貯めたんだ。そしたら、もう船が欲しくて仕方なくなって、旨い話なんて無いのは承知していた筈なのに、まんまと騙されたのさ」


 アリの手口は巧妙だった。船屋とグルになって、船を持ちたがる男の願望を手玉に取って金を巻き上げる遣り口に、ショウは怒りを覚えた。


「船の半金と初荷の代金は、一度目の交易で返せる筈も無いのに……目先に船をぶら下げられて、俺は頭がボ~ッとしたんだ。それでも俺はどうにかこうにか金を準備して、期日の日にアリのもとへ持って行ったさ。その金を渡したら、乗組員達に給金も払えないし、次の荷が買えないとはわかっていたが、約束だったからな。そしたら……」


 ショウは、商取引の法律も、詐欺の手口も習っていた。


「アリに優しくされて、騙されたのですね。お金は後で良いと言われて、初航海のお祝いだとか、酒でもご馳走されましたか? 次の日には態度を急変させて、船を取り上げられたのですね」


 恥ずかしくて口に出来なかった事を見事に言い当てられて、カインズは驚いた。


「お前も、アリの仲間か!」


「馬鹿なことを、言わないで下さい。それにしてもレイテの大商人ともあろう者が、こんな期日詐欺をしているとは許せない。カインズ、これは昔からある、期日詐欺なのです。しかし、法律上は借金を期日に返さなかった事になりますから、立証は難しいのです」


「じゃあ、俺は泣き寝入りしか出来ないのか」


 ショウは、父上に言いつければ、アリは罰を受けるかも知れないが、それには証拠が少ないと思い留まる。


「僕達で、アリをギャフンと言わしてやりましょう! その為には、航海の仕方をマスターしないといけないのです。船長になって下さい。そして、僕と新しい航路を発見しませんか?」


「チビッコイくせに、言うことはデカいよなぁ。大商人アリをギャフンと言わせようとか、新しい航路を発見しようだとか上等だぜ!」


 感激したカインズは船長になると宣言したが、その後ショウのとんでもない計画を聞いて、少し後悔することになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る