第18話 人材探しは難しい
「お目覚めですか?」
見知らぬ部屋で、見知らぬ綺麗な女の人に微笑みかけられて、寝起きのショウは夢を見ているのかと頬をつねる。
「ショウ様は、私をお忘れですのね……」
「ひぇ~! どちら様ですか?……この髪は……」
髪フェチのショウは綺麗に化粧した顔でわからなかったが、コシのある艶やかな髪で昔一度か二度会った事があるラシンドの娘のリリィだと思い出した。
「リリィ様ですね。と言うことは、ここはカリン兄上の屋敷ですか……」
ショウは昨夜の料亭で酒を一杯飲んだのを思い出した。キョトンとした様子のショウに洗面の世話をやきながら、やはり可愛いとリリィは笑う。
上流階級の女の子は十歳を過ぎた頃から家族以外の男の人には会わないように躾られるので、ショウが五、六歳の時に異母兄弟のマルシェと遊んでいるのを見たのにすぎなかった。
「ショウ、起きたのか? 一緒に朝食を食べよう」
どの夫人と夜を過ごしたのか、カリンは朝食を弟と食べようとリリィの部屋に来た。
「おはようございます。カリン兄上にご迷惑をお掛けしました」
ショウは酔って寝ていた自分を屋敷に連れて帰ってくれたお礼を言った。
「ああ、それより食事だ。これから、港に軍艦への備品の搬入の見張りをしに行かなくてはいけないのだ」
「兄上が乗船されている軍艦には、何名が収容されているのですか?」
「士官が数名と、士官候補生が十名。後は乗務員が百人ぐらいだな」
「百人以上の食糧を準備されるのですか。見学しても良いですか?」
弟が驚いている様子に、カリンは鼻高々だ。
「商船とは違い軍艦は海賊討伐が任務だから、斬り込む人員は不可欠なんだ。だから、健康管理の上でも食糧や水の積み込みは、充分に気をつけなくてはいけない。士官が立ち会わない事を良いことに、食糧の横流しをしかねかない輩もいるからな」
東南諸島では商人気質が徒となって、見張って無いと軍とはいえ横流しを企む輩も多いのが、カリンには腹立たしく思われるのだ。
ショウは、カリンを見直す。威張ってるだけじゃなくて、ちゃんと士官として働いてる。
王子だし、祖父のザハーン軍務大臣の七光りで、格好だけの士官として軍艦勤務をしているのだとの失礼な思い込みを改めた。ショウの小型船とは比べものにならない人数だが、船の知識が全く無いので勉強しようと思った。
二人は朝食を急いで食べると馬で港に向かった。
「あれが私が乗艦しているシープスナー号だ。いつかは艦長になってやるぞ!」
港の沖に碇泊しているシープスナー号を愛しそうに眺めるカリンも、東南諸島の男で船ラブなのであった。港の軍の倉庫から書類とチェックしながら、食糧や水の樽を積み込ませているカリンを眺めていたが、ショウは自分も頑張らないといけないと船長探しを始める決意をする。
「兄上、船長は給料制なのですか? それとも歩合制なのですか?」
軍艦と商船では違うのだが、何も知らないショウは質問する。
「軍艦の事を聞いているのか? やっとお前も軍艦に乗る気持ちになったか!」
慌てて、ショウは小さな船を手に入れた件を打ち明けた。軍艦勤務が希望では無いと知って失望したが、小型船でもカリンには興味深い話だ。
「ああ、やっと来たか。ここにリストがあるから、備品の積み込み作業を見張るのだぞ!」
帰国一日目の夜をどんちゃん騒ぎで明かしたのがバレバレの、二日酔いを滲ませた士官候補生達にリストを押しつけると、船を見に行こうとショウを急かす。
「どうして人の船なのに、見に行きたがるのだろう?」
東南諸島の王子らしく無い感想を呟きながら、二人で船屋に向かう。
「良い船じゃないか! 素材も上等な木材を使っているし、帆の張り方も最新の物だ。これなら安心だ」
末っ子のボンヤリが、クズ船を騙されて手に入れたのではと、カリンなりに心配していたのだが、小型だが新造船で造りもシッカリしているのを船中見て回って確認して安心した。
「後は船長だな。お前は未だ若いから勉強もしなくてはいけないし、その間を任せて大丈夫な人間を探さなくてはいけないぞ。ああ、だから給料制か歩合制か質問したのか」
カリンは、ショウの為に自分の知識を探り出す。
「私は軍のやり方しか知らないが、基本は給料制だが、海賊討伐で船や貨物を手に入れたら分け前が貰えるな。自国の商人の貨物の場合は返さなくてはいけないが、半額は納入されるのが慣例になっている。商船の船長も、給料と歩合の二本立てだと思うぞ。我が国の悪い点だが、儲けを鼻先にぶら下げないと真面目に働かないからなぁ。それから、帳簿の管理には気を付けろよ! ボンヤリしていたら、尻の毛まで抜かれるぞ」
「尻の毛? カリン兄上も軍艦勤務でガラが悪くなったのでは……」
士官候補生達に任せっきりには出来ないと、軍の倉庫に帰るカリンと別れてショウは離宮へと帰った。
「ショウ、何処へ行っていたんだ。勉強をサボってばかりで、弛んでるぞ」
離宮に帰った途端にハッサンに怒鳴りつけられて、ウンザリしたショウだが、確かにここ数日サボっていたと反省する。ショウが素直に謝るのに満足したのか、ハッサンが許嫁に会いに出かけると全員がサロンで寛ぐ。
「ハッサン兄上では無いが、お前は近頃うろちょろし過ぎだぞ。何をしているんだ?」
「ナッシュ兄上、ラジック兄上、船を手に入れたんだけど、船長の給料とか知らないですか? 船長を見つけなくてはいけないのだけど、どのくらいの給料が必要なのか見当もつかなくて困っているのです」
ショウの発言で、クッションに寄っ掛かって寛いでいたナッシュとラジックは、ガバッと起き上がってアレコレ質問しだす。
「何処に碇泊しているのだ? 見に行こう!」
商人を祖父に持つナッシュとラジックも、船ラブの東南諸島魂をメラメラ燃やしだす。
「え~、さっきカリン兄上と船を見て帰ったところですよ。港の外れだから、馬だと時間がかかりますし、昼からの武術訓練もサボることに……あっ、竜ならひとっ飛びですよ」
竜と聞いてナッシュとラジックも少し興醒めしかけたが、末っ子が手に入れた船を見たいという好奇心には勝てない。ハッサンは許嫁に会いに出掛けたし、他の三人も武術訓練をサボったら、指南役の武官がミヤに言い付けるだろうと、竜が苦手な兄達も竜で船を見に行くのを了承した。
小柄のショウが巨大な竜を恐れもしないのに、兄である自分達が尻込みできないと勇気を振り絞って騎竜する。
「確かにひとっ飛びだな」
二人の兄達は少し青ざめた顔をしていたが、船を見ると元気になった。
「小型だけど良い船だ!」
カリンと違い、ナッシュとラジックはどうやって船を手に入れたのか、ショウを詰問する。
「まさかハッサン兄上の祖父から貰ったのか? それにしては小型船だしなぁ」
「アリならもう少し大きな船を用意するだろう。なぁ、ショウ、ラシンドから貰ったのか?」
二人に誤解されるのも嫌なので、ショウは仕方なく離宮の壺を売り払って買ったと打ち明けた。
「父上にバレたら、殺されるぞ!」
「ミヤが知ったら、大騒ぎになるぞ!」
末っ子が考えなしの行動をしたと、二人は頭を抱え込む。
「大丈夫です。父上が備品を売り飛ばして良いと、許可を下さったのですから。ミヤも知ってますよ」
「え~、あの父上が~」
「ショウ、それは冗談で言われたのではないか? お前が勘違いして真に受けてこんな事をしたのなら、一緒に謝ってやる」
ショウは駄賃稼ぎの件から全てを話して説明した。
「我が父上ながら、何を考えておられるのやら……」
「私達も壺を売っても良いのかなぁ」
ハッサンの祖父から船を貰う約束をして、縛り付けられているラジックは、一瞬良い手があったと目を輝かしたが、ナッシュに今更遅いと笑われた。
「父上から許可を貰わずに、売り飛ばす根性は無いだろう。それに許可を貰う根性も無いしな。なぁ、ショウ、お前はサリーム兄上やカリン兄上とも上手くやっているが、この船の件が知られたらハッサン兄上には目の敵にされるぞ。前にアリから船の提供を申し込まれたのを断っているし、船長どころか乗務員を見つけるのも苦労するかもな」
ナッシュはカリンの従姉妹を許嫁に持っているので、ハッサンに嫌味を言われたり、弟の下座に座らされたりと低俗な嫌がらせを受けていたのでショウに忠告した。
「仕方無いよ~僕には後ろ盾は無いし、アリの申し出を断った時から覚悟はしていたんだ。それに船があれば、海に逃げられる。ハッサン兄上が離宮を出て行くまで、船で過ごそうかな」
その海に出る為には船長や乗務員が必要なのだが、ショウは本当に人材探しに苦労する羽目になる。
元々、腕の良い船長は大商人に抱え込まれている上に、大人げないアリの嫌がらせが、港で人材探しするショウには高い障壁になった。勉強や武術訓練の合間を縫っての船長探しは難航し、ショウは諦めそうに何度もなったが、アリの嫌がらせに怒りを燃やしていたので港の酒場巡りを止めなかった。
「アリは、馬鹿な事をしたな。あの根性無しを怒らせて、なけなしの根性をひきだすとはな……」
アスランはショウが港の酒場で船長達に相手にされず、断られ続けているのを影ながら見守っていた。
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