第17話 一夫多妻は楽じゃない

 レイテの街に連れ出されたショウは、カリンの屋敷に行くものだとばかり思っていたが、高級そうな建物に連れて行かれた。


「カリン兄上は、新婚なのに……軍艦勤務から帰ったら、奥方達が待っているのでは無いのかな……」


 十五歳で独立したカリンには、祖父のザハーン軍務大臣が決めた 五人もの夫人がいた。実は、カリンはその夫人達から逃げて、離宮に弟達に会いに行くと出掛けて来たのだ。


 若くて世慣れていないカリンは、夫人達を持て余している。屋敷を取り仕切る第一夫人が居れば、軍艦勤務で留守がちなカリンに代わって、五人の夫人達が諍いを起こさないように取り仕切ってくれるのだが、残念なことにカリンは未だ第一夫人を得ていない。


 年の近いナッシュに愚痴ろうにも、お互いの従姉妹を許嫁に持っているので話し難かったし、ハッサンやラジックには絶対に知られたく無いと思った。


 軍艦勤務をあけて屋敷に帰宅したカリンを、五人もの夫人が待ち受けていて、口々に留守の間の苦情を言い立てるし、今宵の伽を迫るのだった。カリンとて若いし、女気の無い軍艦勤務あけなので、妻とエッチはしたいが、五人は勘弁して欲しい。それも、あちらを立てれば、こちらが立たずで、元々、我慢強い性格では無いカリンは家出してきたのだ。


 五人の夫人を押し付けた祖父のザハーン軍務大臣の屋敷には行くわけにもいかず、弟達の住む離宮を訪ねたものの、ハッサンの天下になっているのが不快で早々に帰りかけたら、回廊をブツブツ言いながら歩いているショウを見つけたのだ。


「何でも、食べたい物を言え」


 ショウは高級そうな建物の中は個室になっていて、食事も出来るし、会合もできる料亭みたいな所だと思った。


「カリン兄上にお任せします。僕はこんな所に来た事がありませんから」


 カリンは、ザハーン軍務大臣や伯父達に連れられて何回か来た事があったので、王子様の来店に店主は自ら挨拶に来る。


「適当に見繕って持ってきてくれ。ああ、ショウは余り辛いのは好きでは無かったな。香辛料の少ない料理にしてやってくれ」


 東南諸島の料理は香辛料が使われている物が多いが、王宮や高級な料亭にいくほど薄味になる傾向がある。この料亭も薄味ではあるが、王宮や離宮よりは香辛料のきいた料理もあるので、カリンは店主に言ったのだ。


「兄上のお好きな物で良いですよ。軍艦では美味しい物が食べれずに、不自由なさったでしょうから」


 軍艦では激務に耐える為か、香辛料のきいた料理ばかりだったので、王宮育ちのカリンもあっさりした物が食べたかったのだ。店主は恭しく注文を受けて、部屋から出て行った。


「ショウも九歳になるのだな。何時までも幼児のように思えるが、許嫁が決まる年になったのだな」


 カリンは許嫁と顔合わせした時の、甘酸っぱい気持ちは何処へいったのだろうかと溜め息をつく。


 ショウは、もしかして、帰宅拒否? やっぱり5人もの夫人が揉めているのかな? と、何時もの威張り散らす元気が無い様子にショウは同情したが、人ごとでは無いのを知らなかった。


「ところで、お前は何処へ行っていたんだ? ナッシュも近頃のショウは離宮を抜け出す事が多いと言ってたぞ」


 カリンは幼い弟に夫人達の愚痴を言うわけにもいかず、ショウが離宮を抜け出して、勉強や武術の鍛錬をサボっているのではと説教しだす。

 

 威張りん坊の兄上に捕まって説教されるとはツイてないと、ショウはお腹いっぱいだけど、料理でも食べないとやってられないとつつく。


「お前も、少し飲め」


 東南諸島では十五歳で家を構えているカリンは大人扱いで、酒を飲んでも誰もおかしく思わないが、八歳のショウは飲んだ事もなかった。が、少し好奇心があったので、テーブルにセットされていたグラスをとる。


「じゃあ、少し頂きます」


 小さなカットグラスにつがれた透明なお酒を、一気に飲んだショウは咽せてしまった。


「キツイ!」


「未だ、お酒は早すぎるみたいだな……ショウ、大丈夫か?」


 初めてのお酒に咽せている弟を笑っていたカリンは、バタンキューと倒れてしまったのに慌てた。真っ赤になってクッションの上に仰向けで倒れているショウに、水を飲ませたり、店の者に濡れたタオルを持って来させて額を冷やしたりと、カリンも散々な帰国一日目の夜を過ごす事になった。


「ショウが、こんなに酒に弱いとは……」


 同じ兄弟のカリンは酒に強く、ちょくちょく祖父の家では盗み飲みしていたので、小さなグラス一杯でひっくり返るとは考えもしなかった。


「酔っ払ったショウを離宮に帰したら、ミヤに叱られる」


 ミヤがショウを可愛がっているのを知っているカリンは、仕方なくショウを背負って屋敷に帰ることにした。屋敷では5人の夫人がカリンの帰りを待ち構えていたが、酔っ払ったショウを背負って帰宅したので勢いは削がれた。


「ショウ様に、お酒を飲ませたのですか?」


 ラシンドの娘のリリィは、何度かショウが屋敷に母親のルビィを訪ねて来るのを見かけていたので、酔った看病を引き受けた。


「小さなグラス一杯で、酔いつぶれるとは思わなかった」


 リリィがショウをベッドに寝かしつけるのを見ながら、カリンは言い訳をする。


「未だ、幼い弟にお酒を飲ませてはいけませんよ。こちらは見ておきますから、他の方の相手をなさって下さい」


 リリィは親の言い付けでカリンと結婚したが、基本的には第一夫人向きのタイプの女で、子供を一人か二人産んだらサッサと出て行って、人生のパートナーを決めたいと考えていた。しかし、カリンは五人の夫人の中で、一番気性のさっぱりしたリリィが好きなのだ。


「弟が心配だから、ここにいる」


 他の四人は、如何にも第二夫人を目指すタイプで、帰国一夜目の寵を争っているのを、夫が煩わしく思って逃げようとしているのだとリリィは溜め息をつく。


「カリン様には、第一夫人が必要ですわ。軍艦に乗って留守ばかりの貴方に代わって、屋敷を管理してくれる方を早急に探して口説き落として下さい。でないと、諍いが絶えないですよ」


 ウッと痛い所を指摘されて、カリンは困惑する。普通の夫人は親や祖父が選んでくるが、第一夫人は本人が自分のパートナーとして口説き落とさなくてはいけないのだ。


 何故なら、女の子は親の言い付けで一回目の結婚をするが、二度目からは自分の意志で相手を選ぶから、良い第一夫人を得るには評判を聞きつけたライバル達を蹴落としたり大変なのだった。


 祖父や伯父達から第一夫人に向いている女性を何人か教えて貰ったが、プライドの高いカリンは口説きに行く勇気がなかった。


「こちらから口説きに行って、断られたら格好悪いではないか。ショウの世話は任せたぞ」


 都合の悪い話に慌てて部屋を出て行ったカリンの後ろ姿を見送りながら、リリィはこれでは当分の間第一夫人は来てくれそうに無いと溜め息をつく。


 スヤスヤ寝ているショウのあどけない寝顔に胸がキュンとしたリリィは、この子が第一夫人にと口説きに来てくれたら、二つ返事で引き受けるのにと鼻の頭を弾いた。 

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