第16話 船長を探さなきゃ
「さぁ、今夜はお祝いですね」
竜のサンズでラシンドを屋敷まで送って行ったショウは、船を手に入れたお祝いをしなくてはと引き止められた。
「でも、ミヤに何も言わずに出て来ましたから……」
断ろうとしていたショウに伏兵が現れる。大理石の回廊の反対側から大好きな兄を見つけた四歳になった弟のマルシェが、中庭を噴水をぐるっと回りながら突っ切って来る。
「ショウ兄上~」
ちょっと舌足らずの口調で叫びながら、マルシェに抱きつかれたショウは、仕方ないなと苦笑する。ショウの下にも何人か王女が産まれているのだが、離宮に住まうショウは会うことも稀で、母親のルビィが産んだ父親違いのマルシェとマリリンに甘かった。
「マルシェ、大きくなったなぁ」
ショウは四歳のマルシェを抱き上げる。
「うっ、重い……」
黒目勝ちの瞳は似ているが、小柄でどちらかというと痩せているショウとは違い、押し出しの立派なラシンドの体格を受け継いだマルシェはずっしりと重かった。
「ショウ様、船を手に入れられたとか。おめでとうございます」
マルシェに足止めされている間に、ラシンドの第一夫人のハーミヤに祝いの用意が出来ましたと言われる。
船を手に入れたと言っても、離宮の備品を売り飛ばしただけで、僕のお手柄など何も無いのだけどと、低いテーブルに次々と運ばれてくるご馳走に、ショウは後ろめたく思う。
「ミヤ様には使いを出しましたから、ご安心してお過ごし下さい」
ハーミヤなら何の手落ちもなく段取りをするだろうと、ショウは全く役立たずの自分に自己嫌悪を感じた。
航海するには、船長を見つけなきゃいけない。船はラシンド任せだったから、船長は自分一人で見つけようと決意する。
ショウの要望で弟のマルシェも祝いのご馳走を一緒に食べた。ラシンドとハーミヤは、幼い弟の世話をやいているショウの様子を微笑ましく思った。
「ショウ様はお優しい方ですね」
王子だというのに、弟の皿に香辛料の少ない料理を選んで取り分けてやっているのを、産みの母親のルビィは子までなしたけど数回会っただけのアスラン王とは似ていないと、複雑な想いに捕らわれて見る。
ショウがアスラン王にに似ていないのを、ルビィは喜んでいるのか、それとも残念に思っているのか、自分でもわからなかった。
ラシンドとの結婚生活は穏やかな愛情に満ちていて、何の不満も感じていないルビィだったが、冷ややかな王宮で太陽のように輝いていたアスラン王の、傲慢な振る舞いの中にふと見せた優しさを少し懐かしく思い出した。
祝いの席と言っても、八歳のショウが主賓では、酒や芸妓の踊りも無く、楽しげな音楽の演奏のみだった。
「ラシンドさん、ハーミヤさん、ご馳走になりました」
小柄なショウだが、身体に似合わない大食漢で、ラシンドも少し驚く程食べた。
「いえ、今日は急な事だったので、キチンとしたお祝いの席が用意できませんでした。初航海の時は、盛大な祝いをいしましょう」
お腹がぱんぱんになる程食べたショウは、これ以上は食べられないと笑った。
ショウが竜のサンズに乗って、離宮に帰って行くのを見送っていたラシンドは、ハーミヤから今日は大事な客との商談があったのにと嫌味を言われた。
「貴方は船と聞いたら、見境が無くなるのですから……」
ハーミヤが客との商談を説明しているのを、話半分に聞き流して、ラシンドは自分が初めて船を手に入れた時のわくわくした気持ちを思い出していた。
離宮に帰ったショウは、ミヤに船を手に入れた事や、ラシンドにお祝いをして貰った事を報告した。ミヤはショウがラシンドに手伝って貰ったのを複雑に感じているのに気付いて、少年らしいプライドの高さを感じる。
「今日は、自分が何一つ出来ない子供だとわかったよ。船は手に入れたけど、船長を探さなきゃ。港で募集するのかなぁ。何か職業相談所とか、船乗りの組合とか無いの?」
前の世界なら職安とか、就職情報誌に募集広告をだすのだろうけど、この世界の事情は知らない。
「船長は信頼できる者を選ばなくてはいけません。ショウはずっと船に乗っているわけにはいけませんからね。勉強や武術も身につけなくては、立派な王子になれませんから、船に乗りっぱなしなど許しませんからね。貴方が乗船しない時も、信頼して船や商売を任せられる船長を見つけなくてはいけません」
ミヤは若い内の一度や二度の失敗は、経験しておくべきだと考えて、船長の手配をショウにさせる事にした。万が一、その船長が船を乗っ取って逃げたとしても、アスランが黙って見過ごさないと思ったし、東南諸島の人達は王を畏れていたので、そんな真似をする根性のある者はいないだろうと思ったのだ。
万が一、悪い船長だとしても、せいぜいお金をちょろまかすぐらいだし、ショウがそれに気づけるか、その後どう処理するのかも勉強だとミヤは鍛えるチャンスだと放置する。
ミヤは、真っ当な船長は大商人が抱え込んでいるのを知っていたので、ショウがろくでもないのを引き当てると悲観的に考えていたのだ。
「そうですねぇ、船乗りの組合はありませんが、港には職を求めている船乗りは大勢います。その人達は酒場で、良い条件の船を待っているのです。あっ、絶対に護衛を付けて行くのですよ。胡散臭い輩もいますからね」
ショウは、ミヤの部屋から帰りながら、割と放任主義だと驚いていた。
ミヤがもっと事細く注意すると思ったが、ザックリとした説明だったのをショウは訝しく感じる。自分がアスラン王の後継者として、ビシバシ鍛えられているのに気付かないショウだった。
「可愛い孫娘のララの為にも、ショウをしっかりした王子に育てなくては」
ミヤの思惑も知らず、ショウは船長を雇うのは幾らぐらいの給金をあげなくてはいけないのか、それとも交易の儲けの歩合制なのかもわからず考え込む。
「ショウ、何処へ行っていたんだ」
王宮のミヤの部屋から、離宮への回廊をブツブツ言いながら歩いていると、独立したカリン兄上が声をかけてきた。
「カリン兄上、お久しぶりです。お元気そうですね」
軍艦勤務で日焼けしたカリンは、少し大人に見えた。
「久しぶりにレイテに帰ったから、弟達の顔でも見ようと離宮に訪ねて来たが、お前は留守だし、ハッサンはふんぞり返っているし……」
ショウは、軍人気質のカリンと、商人気質のハッサンとでは話が弾まなかっただろうと苦笑する。
「折角、訪ねて来られたのに留守をしていて、申し訳ありませんでした」
カリンは、兄弟の中ではショウを気に入っていた。ナッシュもお互いに祖父同士が話し合って婚姻関係を結ぶ約束をしてあったが、ぼんやりした雰囲気だが、能力の高い末っ子に一目置いていたのだ。
プライドの高いカリンはその事を認めはしなかったが、軍艦勤務をして他の士官候補生達が海図の読み方や、位置の測定をなかなか覚えられないのを目にする度に、ショウの頭脳明晰振りを思い出していた。
「もう、夕飯は食べたのか? 私は、未だだから、少し付き合え」
ショウは喉までご馳走を詰め込んでいたので迷惑だったが、強引さはアスランに似たのか、引きずられてレイテの街に逆戻りするのだった。
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