第14話 猫に小判

 ショウは、ミヤに駄賃稼ぎの件を謝った。

「ごめんなさい。ミヤに心配かけたりして」

 ションボリしているショウを抱き寄せてヨシヨシしながら、これからの注意を懇々と言い聞かせる。

「何でも私に相談して下さいね。貴方はアスラン王の王子なのですから、立場を考えて行動して下さい。何か行動する前に、それが王子として相応しいのかどうか一度考えてからにしなさい」

 優しいミヤに迷惑をかけて、ショウは落ち込んだ。いつもなら、ミヤの髪を撫でるところなのに、それさえも出来ないぐらい反省した。

「あのう、ミヤ……父上は離宮の備品を売り飛ばして良いと言われたのだけど……」

『アスラン様! 息子に何てことを仰るの!』と内心で毒づいてから、ミヤはにっこり微笑んだ。

「まぁ、ショウ、それは御冗談を言われたのでしょう。真に受けてはいけませんよ」

「冗談では無かったと思うけどなぁ……」

 ショウとミヤが話していると、アスランが顔をだす。

「ショウ、ちゃんとミヤに謝ったか?」

 ミヤは離宮の備品を売り飛ばせと言ったアスランを睨みつける。

「アスラン様、ショウに備品を売り飛ばしたら良いなんて、冗談を言われたのですか? 子供は本気にしてしまいますよ」

 アスランは、ショウがミヤに言ったのかと呆れた。

「馬鹿だなぁ、ミヤに言う奴がいるとはな。こういう事は親に黙ってする事じゃないか」

 確かに家の物を持ち出して売り飛ばすなんて、親に言ってからする事では無いとショウは思った。

「アスラン様!」

「まぁ、まぁ、王子なら誰でも壺の一つや二つ売り飛ばして、女の子にプレゼントを買ったりするさ。親には言えないお金も必要なんだ。ショウ、足元を見られるなよ! 離宮の備品なんだから千マーク以上で売れよ!」

 父上から備品の売り飛ばす許可を貰ったショウは、微妙な顔をしてミヤの部屋を辞した。

「アスラン様、何て事を仰るのですか!」

 ミヤがきゃんきゃん文句を言うのを黙って聞いていたアスランは重大発言をする。

「私には跡取りが必要だ。ショウに関しては、お前の言う通りだと思ってね。後継者に指名しようと思っている」

 衝撃的な発言に、ミヤは驚いた。

「本気なのですか? いつもショウをボンヤリしていると言っていたのに……なら、何故、備品を売り飛ばすのを唆したりしたのです。後継者なら、相応しい行動をさせなくては!」

 慌ててショウを呼び戻そうとするミヤをアスランは制する。

「ショウが後継者になるには、経験が必要なんだ。古物商の親父に鍛えて貰うと、役に立つぞ。彼奴らは、人を騙すベテランだからなぁ。私も何度も痛い目にあった」

 笑いながら話すアスランを、ミヤは睨みつける。

「後継者問題は笑い事ではありませんよ! ショウは末っ子ですし、何故、急に後継者にする気になったのですか」

 アスランは、ショウが後継者になりたく無いと本心から考えているから嫌がらせでと、答えたら殴られるなと思う。

「あれは、面白い発想をする。駄賃を貯めて、ケーリン島のフレッシュチーズでボロ儲けをするまではわかるが、その金でかき氷屋を始めるつもりだったみたいだぞ。私の息子がバザールで、かき氷屋とは面白いではないか」

 アスランがふざけているのだと、ミヤはふくれる。

「その後が、彼奴の変な所なんだよな~」

 ミヤは後継者問題という重要な話なのに冗談半分で決めようとしているアスランに怒って、席を立とうとしたのを引き止められる。

「ショウはかき氷屋で金を貯めて船を買ったら、新しい航路を見つけようと考えていたのだ」

 ミヤは新しい航路と聞いて、興味を持った。

「新しい航路? もう商人達があらゆる海を航海しているのに、何処に新しい航路を見つけるのですか?」

 アスランは簡単にショウの考えを説明する。

「にわかには信じられませんわ。それにしても、ショウは何処でこんな話を聞いたのでしょう?」

「ショウは耳にしたと言っていたが、パロマ大学にいるならわかるけど怪しいな。まぁ、彼奴が変なのは、勉強だけでは無いがな。ミヤは彼奴の変な力に捕らわれているからわからないだろうが、ショウは人を魅了する力を持っている。あれの兄達も、ショウには好意を持っているだろう」

「それは、ショウが素直な性格だから……」

 そう言いながら、ミヤは赤ちゃんの時のショウを抱いたら、放すのを苦労したのを思い出した。

「ナッシュやラジックも私の手で育てましたし、可愛く思ってますが……そうですね、ショウには人を魅了する力があるのかもしれません」

 アスランはミヤが納得したと思って出て行こうとしたが、捕まって本気でショウを後継者にするのか? と確認される。

「何だ、前からショウを評価していたのに文句あるのか?」

 ミヤの微妙な表情に、アスランは何を考えているのだと質問した。

「ショウが苦労しそうで……それに私は……」

 アスランはピンときた。

「娘を第一夫人にするつもりだったのか? それとも、孫娘を嫁にするつもりだったのか? 良いじゃないか、ミヤの娘は何と言ったかなぁ? そうだラビータなら、ショウを支えてくれるだろう」

 良いアイデアだと喜ぶアスランを、ミヤは睨みつける。

「いいえ、ショウが貴方の跡取りなら、ラビータは第一夫人にしません。こんな苦労はさせたくありませんもの」

 ビシッと日頃の苦労を指摘されて、アスランは苦笑する。

「なら、孫娘は……カジム兄上の娘になるのか……」

 少し苦手な兄の娘をショウの嫁に貰うのかと、アスランは眉をしかめる。

「ララは可愛い娘ですよ。それにカジム様はショウの伯父上になりますので、後ろ盾になって貰えますし」

「後ろ盾? それなら私がいるではないか。何も、兄上の力添えなど必要ないさ」

 傲慢そのものアスランなら他の王族が何か文句を言おうと、無視するか、撃破してしまうだろうが、普通の人間は協議しながら物事を進めていくので、王族の意見を纏めてくれるカジムを後ろ盾に持つと助かるのだ。 

「貴方は、ララが気に入りませんの?」

 アスランはミヤを怒らせるつもりは更々無かったので、ショウの許嫁の選抜は任せると逃げ出した。

「カジム様とラビータを訪ねてみましょう。それにララとミミに会うのは久しぶりですし」

 甘いお祖母ちゃんの顔になったミヤは、可愛い孫娘に何をお土産に持って行こうかと考える。

「良い髪を育てる香油は外せませんわ。ショウは髪フェチですもの」


 ショウは後継者や許嫁の話が進んでいるとは知らず、離宮の備品の壺を持ち出してバザールに来ていた。

「何処で売れば良いのかなぁ」

 余り煌びやかなのは目立つだろうと、駄賃を貯めていた壺を抱えてバザールをキョロキョロしながら歩いているショウは人目をひいていた。

「あれを見ろよ! どこぞの坊ちゃんが家宝の壺を持ち出してきているぞ」

「鴨がネギを背負って歩いてるなぁ。服も上等のを着てるじゃないか」

「おおっと、あれは俺が先に見つけたんだからなぁ。短剣も見事なのを差している。丸ごといただくぜ」

 バザールに蔓延る胡散臭い連中は舌なめずりして、ショウを眺めていた。

「ショウ様、こんな所に護衛も付けずいらっしゃるとは」

 大商人のラシンドが出てきて、美味しそうな鴨を攫って行ってしまった。

「チェッ、ラシンド様の知り合いかぁ。まぁ、服までむしり取る前で良かったよ」

  バザールやレイテの街では、大商人に逆らう馬鹿はいない。

「ラシンド様、今日はバザールに壺を売りに来たのです。何処で買ってくれるのか、わからなくて困っていたのですが、ご存知ですか?」

 ショウは気付いて無かったが、胡散臭い連中が目を付けていたのにと、ラシンドは冷や汗をかいていた。

「ショウ様、そんな呑気な事を言ってる場合ではありませんよ。ほら、あそこら辺の輩は、騙して身ぐるみ剥ぐ算段をしてましたよ。そのような高価な壺を、持ち歩いてはいけません」

「でも、この壺を売ろうと思っているから……」

 バザールの雑踏の中で立ち話は無理だと、ラシンドは少しはマシなチャイ屋にショウを案内した。

「へぇ~、此処でお茶が飲めるのですね」

 王宮育ちの王子様が場末のチャイ屋で、美味しそうにお茶を飲んでいる姿にラシンドは頭痛がしてきた。

「その壺は、離宮から持ち出されたのですか? 拝見しても宜しいでしょうか?」

 テーブルの上に置かれた地味な壺を、ラシンドは手に取って溜め息をつく。

 その壺は、ガルシア焼きの逸品だった。離宮の備品だから一流品が揃っているのは当然だが、何もわざわざガルシア焼きを選ばなくてもと、ラシンドは世間知らずのショウに溜息がでる。

「このような事をされなくても、お小遣いが必要ならご用意させて頂きますのに」

 ショウはぶるぶると頭を振る。

「ラシンド様にお小遣いを貰うわけにはいきません。それに父上が離宮の備品を売り飛ばして良いと許可を下さいましたから、心配しないで下さい」

 ラシンドは、アスラン王が許可を与えたと聞いて驚いた。変わった王だとは思っていたが、王子に備品を売り飛ばす許可を与えるとは破天荒すぎる。

 神出鬼没振りや、傲慢な態度で、東南諸島連合王国を見事に繁栄させているアスラン王には、何か凡人には思いも及ばない考えが有るのだろうとラシンドは溜め息をつく。

「それでも、その格好で壺を見えるように持ち歩いては危険です。売り飛ばす許可を貰っているなら、護衛をお付け下さい」

 ショウは護衛を付けて、壺を売り飛ばすのは何か変だと感じる。それに王子が離宮の備品を売り飛ばしていると、世間に宣伝する事では無いとも思う。

「この格好って目立ってますか? 普通の服は、何処で買えるのでしょう。五マークで買えますか?」

 世間知らずの王子様を放り出すわけにはいかない、乗り掛かった船だとラシンドは付き合う事にした。

「屋敷に、少し帰宅が遅くなると伝えてくれ」

 連れて歩いていた召使いを帰すのを見て、ショウは慌てて抗議する。

「大丈夫ですよ。僕は一人でどうにかします。五マークで服を買って、壺は上着かなんかに包んで歩きますから。お仕事が忙しいのに、お手数をお掛けしました」

 わたわたと立ち去ろうとするショウをラシンドは引き止める。

「その壺はガルシア焼きといいまして、今から数百年前のガルシア王朝で焼かれた物なのです。好事家が見たら涎を垂らす逸品を千マークぽっちで売り払うのを見てられません」

「え~、何で千マークで売り払うつもりだと、わかったのですか?」

 父上から離宮の備品だから千マーク以上で売り飛ばせと言われていたが、地味な壺だから千マークで売れたら御の字だと考えていたと説明した。

「地味な壺ねぇ……確かに煌びやか離宮には相応しく無い、地味な壺に見えるかも知れませんね」

「そうか、これはガルシア焼きという骨董品なんだ。僕にはただの地味な壺に見えたんだ。こういうのって、猫に小判、豚に真珠って言うんですね。帰って煌びやかな壺と変えてくるべきなのかなぁ。でも、幾らぐらいなのか知りたいな。船が買えるなら、かき氷屋はパスして良いかも」

 ラシンドはかき氷屋と聞いて目眩がしたが、船と聞いて目を輝かせた。東南諸島の男は、船に目が無いのだ。

 バザールの屋台の親父も、何時かは小さな船を手に入れて近海でも良いから交易をしたいという願望を持っている。ラシンドのような大商人になっても、店や屋敷を放り出して、大海原に航海に出る誘惑には弱いのだ。

「船を手に入れるなら、ガルシア焼きの壺ぐらい売り飛ばしても罰は当たりません。この壺を売るなら、身なりは今のままで大丈夫ですよ。いえ、五マークの服など着た子供が売りに来たら、盗品だと思われて買い叩かれてしまいます。五万マーク以下で売ってはいけませんよ」

 船と聞いて積極的になったラシンドに引き連れられてショウはバザールを後にすると、一流の骨董品店へと向かう。

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