第13話 お前は馬鹿か! 天才か?

「十チームのお駄賃だと、十マークのチーズを買うのに百回お使いに行かなきゃいけないのかぁ……でも、女官のお姉様方のは一件の店に行くと、四人ぐらいの買い物が出来るから楽だよね」

 ショウは地味な壺をひっくり返して、十チーム銅貨を数える。その壺が一万マーク以上するとは、ショウは知らなかった。

「やっと五マークかぁ……」

 ショウは王子として家庭教師や武術指南にビシバシ鍛えられている合間しか、お使いが出来ないのでなかなかお金が貯まらないのに溜め息をつく。


 だが、ショウが女官達や侍従達のお使いをしているのを、しっかり者のミヤが気づかないわけが無い。

「何ですって! お前達は、王子様にお使いを頼んでいたのですか?」

 ショウを問い詰める前に、証拠固めをしていたミヤは呆れかえる。やたらと後宮に出入りして、何かを女官達に渡しているのを叱ろうとしていたのだが、話を聞いて目眩がしてきた。

「それも、十チームのお駄賃を貰っていたなんて……ショウは何か欲しい物でも有るのかしら? 言ってくれれば、買ってあげるのに」

 まさかショウがサリームの為に何かしようと、商売の元手を貯めているとは考えも及ばない。他の王子達は欲しい物があれば、外戚の祖父や叔父達に強請れば直ぐに手に入るが、ショウにはそういう親戚が無いのだと、ミヤは配慮が足りなかったと自分を責めた。

「アスラン様のお子様が、女官や侍従の小間使いをするなんて、あってはならない事だわ」

 ミヤが落ち込んでいる時に、タイミング悪くアスランが後宮に来る。

 何時もは紐の切れた凧みたいに、どこかに飛んでいってるくせに、何故か問題が起こると帰って来るアスランにミヤは冷や冷やする。鼻が利くというか、勘が良いのか、兎も角、今回の件はアスラン様に知られたく無い。

 傲慢の塊のようなアスランが、自分の息子が使用人達の御用聞きをして、駄賃を貰っていたと聞いたら、烈火のごとく怒るだろうとミヤは心配した。

 しかし、ミヤはアスランの神出鬼没振りを忘れていた。ミヤが後宮の動きからショウの駄賃稼ぎを気づいたように、アスランはレイテの街を彷徨くショウを目にして訝しく思ったのだ。

「色気づくには、幼いと思うがなぁ~」

 ショウが慣れた様子で香料や紅を買うのを見ていたアスランは、後から店に入ってミヤにお土産を買いながら、店主から何度も買いに来ているとの証言を取った。

「ショウが十歳になっているなら、超おませだと笑うのだが、八歳ではなぁ」と肩を竦め、王宮に帰った。

「ミヤ、お土産を買ってきたぞ」

 ポイと投げて寄越した最高級の香料をミヤは受けとめて、バレていると悟る。

「まぁ、ありがとうございます」

 あくまでシラをきるミヤが、後宮の事を知らないわけがないと、アスランは興味津々に見つめる。

「なぁ、ショウは色気づいたのか?」

 ミヤはアスランにお茶を勧めていたが、珍しく手が滑ってしまった。

「あら、失礼しました。あまりに思いもよらない言葉を聞きましたので……」

 こぼしたお茶を入れ替えながら、ミヤはあくまでアスランに駄賃稼ぎの件は知らせまいとする。

「なぁ、ミヤ、正直に言えよ」

 ミヤは投資に失敗してお金を失ったと、アスランに言う方が楽だと思った。

「ショウは女官達や侍従達のお使いをしていたみたいですわ。私もさっき知ったばかりですの。直ぐに止めさせます」

 アスランは、ミヤが自分の監督不行き届きですと謝るのを制する。

「ミヤのせいでは無い。ショウは王子の自覚が足りないのだ。使用人の御機嫌取りをする王子が何処にいるんだ」

 アスランは、怒りを通り越して呆れかえっていたのだ。投げやりな言い方に、ミヤは心を痛める。

「何か欲しい物が有るのに、私が気づかなかったのが悪いのです。ショウに目配りが足りなかったのです」

 使用人の御機嫌取りと思われるよりはと、駄賃稼ぎをしていたとミヤは真実を打ち明ける。

「駄賃稼ぎ? 私の息子が?」

 アスランは、ゲラゲラと笑いだした。

「変な奴だ、話して来よう」

  こんな上機嫌なアスランを見るのは、サンズが産まれて以来初めてだとミヤは思った。


「お前は馬鹿か! 王子なのに女官達や侍従達の御用聞きをしていたとはな」

 いきなり離宮に現れた父上に怒鳴りつけられて、ショウは驚いて飛び上がる。バレた!

「すみません、お駄賃を貰ってはいけなかったのですね」

 八歳にしても小柄なショウがションボリとしていると、愛玩犬を蹴り飛ばした気分になる。アスランは黒目勝ちのショウに見上げられて、これが苦手な理由だと気づく。

 王女なら甘やかしてやれるが、見た目は女の子みたいだが王子なのだから、もっとシッカリしないといけない。

「何か欲しい物でもあったのか? ミヤはお前に配慮が足りなかったと、落ち込んでいるぞ」

「え~、ミヤを落ち込まさない為に、離宮の備品を売り飛ばすのを断念したのに。何か欲しいのではなく、商売の元手が欲しかったのです」

 離宮の備品を売り飛ばすと聞いて、アスランは若い頃にかなり売り飛ばしたなぁと苦笑する。

「商売といっても、未だ八歳じゃないか。今、お前がすべきなのは勉強と武術訓練だ」

 王子達も十二、三歳になれば、それぞれの道を決めて、商船や軍艦に乗ってみたりするが、片手で抱き上げられそうなショウが何の商売をするつもりだったのか興味を持った。

「十マーク貯まったら、ケーリン島のフレッシュチーズを買って来て売るつもりだったんです。レイテでは二十マーク以上で取り引きされているし、サンズで運んだら船より新鮮だから三十マークで売れるでしょ。で、次はチーズを二十マーク分買って六十マークで売れば四十マーク儲かる。百マーク以上貯まったら、南のワンダ島まで行って氷を持って帰って、かき氷屋を始めるつもりだったんです。で、千マーク貯めたら小さな船を買おうかなと……」

 父上が呆れているのに気付いて、ショウは黙る。

 アスランは、ショウが小銭を稼ごうとしたのはハッサンの影響を受けたのかと心配していたのだ。目先の小銭に捉えられては、王子としては失格だ。

「船を手に入れたら、どうするのだ」

 傲慢そのものの様子で、顎で先を促す。ショウは地図を出してきて、自分の考えを説明する。

「新しい航路を見つけたいと思ってました。イルバニア王国がプリウス運河を作って、アルジエ海には行き易くなりましたが、通行料を取られるでしょ。東南諸島から大東洋を東に行けば、グルッと回ってゴルチェ大陸に着くのではと思ったのです。そうしたら、えっちらゴルチェ大陸までアルジエ海や、南海を行かなくても良いかも知れませんし、未発見の島が見つかるかなと……」

 父上が何も言わないので、自分の考えが荒唐無稽に思われたのだとショウは口ごもる。この世界の人達は土地が平らだと考えているからだ。

 ショウは、地図の距離の単位が正確なら、この世界の地球の大きさからいって、東に行く方がゴルチェ大陸には近いのではと思いついたのだ。

「ショウ、何故、東に行くと西にあるゴルチェ大陸に着くと考えたのだ」

 理解できるかな? と思ったが、父上に地球がメロンみたいに球形な事と、地球の大きさの測量方法を説明する。

「パロマ大学で聴いた事がある。土地が球形だと……地球と呼んでいた」

「父上は、地平線や水平線が弧になっているのを見られているでしょ。船のマストが水平線に沈むのも、何度となく見られている筈です。地球の大きさは正午に井戸に差し込む太陽光の角度を、同じ経度で一サイロ離れた場所で測量して計算したのです。そうしたら、ゴルチェ大陸には東に航行した方が近いと出たのです」 

 ショウは計算式を机の引き出しから持って来て説明する。

 アスランは、この馬鹿は、タダの馬鹿では無かったのかと驚く。

「これはお前が独りで考えたのか?」

 ショウは、前世の記憶があるなんて言ったら、気が狂ったと思われて幽閉されそうだと思い、しどろもどろで誤魔化す。

「いえ、何処かで地球の話を聞いたのです。大きさの測量方法も耳にして、試してみました。カリン兄上に、太陽の観測から位置の計算方法を習っていましたから」

 アスランはショウが何かを誤魔化しているのに気付いたが、新しい航路の可能性に熱中してしまう。

「小船で、大東洋を横断するつもりだったのか?」

 ショウは首をすくめる。

「大きな船だと乗組員とかも食べさせなきゃいけないでしょ。小さな船に食糧と山羊を数匹乗せて、昼はサンズに乗って引っ張るつもりだったのです。夜は船で寝て、二週間以内で着く計算なんですけど……」

「時化や嵐に巻き込まれたら小船なんか、葉っぱの様に沈んでしまうとは考えないのか?」

「嵐かぁ、考えてなかった。ヤバかったかなぁ……良いアイデアだと思ったのですけど……新しい航路なら、サリーム兄上もボロ儲けできるかも……」

 ハッとショウは口を閉ざす。このことは秘密にしておくつもりだったのだ。

 末っ子が第一王子の心配をするなんて、アスランは笑いが込み上げてきた。

「お前に心配される程、サリームはボンクラなのか?」

「違います! ただ、何か力になりたくて……」

 ションボリしているショウの様子に、アスランの胸はざわつく。だから、此奴が苦手なんだ!

「お前は新航路を発見して、自分が儲けようとは考えないのか? その功績で、私の後継者になる算段だったのか?」

「後継者! 冗談でしょう……」

 凄く嫌そうにブルブル頭を振って拒否するのを見て、へそ曲がりのアスランは、此奴に苦労させてやろうと決心する。

 アスランも末っ子なのに前王に跡取りに指名されて、大迷惑を被ったのだ。前からミヤに甘やかされて、気に入らなかったとほくそ笑む。

「お前もまんざら馬鹿では無いらしい。いや、天才かもな?」

 父上の機嫌の良い様子に、ショウは何故か背中がゾクゾクとした。

「ああ、もう女官達や侍従達の使い走りなどするなよ。離宮の備品を売り飛ばせば良いのだ。私も山ほど売ったが、倉庫には未だ一杯あるからな。だが、小船でゴルチェ大陸を目指すのは止めておけよ。死んだりしたら、ミヤとルビィが泣くぞ」

 手をひらひらさせながら、上機嫌で後宮に帰って行く父上を見送りながら、ショウはドッと疲れて座り込む。

「なんだか、嫌な予感がする……」

 ショウはサンズに慰めて貰おうと、竜舎に向かった。  

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