第6話 船もお嫁さんもいりません!
「サリーム兄上が出ていかれてから、離宮の雰囲気が悪くなったね」
十五歳でサリームが独立した後、十四歳のカリンが年長者として弟達を締め付けだした。カリンは商人が多い東南諸島にしては珍しく軍人の祖父を持ち、弟達にも厳しく接する。
それでも十二歳のハッサンには大商人アリの後ろ盾があるので遠慮していたが、十一歳ナッシュの十歳のラジックや、後ろ盾の無い七歳のショウは完全に部下扱いだ。
「一年の辛抱だよ。カリン兄上だって十五歳になれば離宮を出て、軍艦にでも乗るさ」
楽観的なショウの意見に、ナッシュもラジックも、そう上手くいくなかぁなと懐疑的だ。
「僕達、一生カリン兄上の部下かもね……」
ナッシュはカリンの祖父ザハーン軍務大臣から、孫娘を許嫁にと申し込まれていた。
「まさか、ナッシュ兄上はザハーン軍務大臣の孫娘を嫁に貰うのですか?」
ラジックとショウは驚く。ナッシュは良くも悪くも東南諸島の男らしい王子で、軍事より交易が向いてそうな性格だったからだ。
「祖父はザハーン軍務大臣に頭が上がらないんだ。このところ小さな商館は組んで、護衛を頼むしか交易が出来なくなっているんだ。海賊に襲われるよりはマシだけど、商機を逃がしてしまうので儲けは少なくなってるし、護衛艦に儲けの一部を献上しなくてはいけないんだ」
ショウには商人の祖父が居なかったので、近ごろの風潮を耳にしたのは初めてだった。
「サリーム兄上は大丈夫なんだろか? 海賊が出るだなんて、心配だなぁ」
ナッシュとラジックは、後ろ盾のないショウこそ心配だと笑う。
「サリーム兄上の祖父はラシンド様の親戚だから、一緒に商船隊に加わっているから大丈夫だよ。自前の護衛艦もあるし、海賊も狙わないさ。問題なのは自前の護衛艦を持てない、小規模の商人達さ。祖父はザハーン軍務大臣との繋がりを持って、軍艦の護衛を付けて貰うつもりなんだ。でも、そうなると僕は一生カリン兄上の部下だな~」
ラジックも暗い顔をする。
「うちの祖父はハッサン兄上の祖父のアリに急接近しているんだ。商船隊に加えて貰いたいのだろう」
ナッシュもお互いに大変だなぁと溜め息をつく。
「祖父もカリン兄上に孫娘を献上しようと必死だもの。従姉のサリーは優しい娘だから、威張りん坊のカリン兄上に嫁いだら苦労するだろうなぁ」
後ろ盾があると、こういう面倒くさい事もあるんだと、ショウは初めて知る。
兄達の愚痴を聞きながら、母親が生まれた離島に疎開したくなったショウだった。
「こら、昼からは軍艦に乗ると言っただろ。支度は出来ているのか」
三人で愚痴っていると、カリンから雷が落ちる。飛び上がって、わたわたと剣や短剣を腰にさしている弟達を見ながら、ハッサンはカリンのやり方では敵を作るだけだと、内心でほくそ笑む。今日の軍艦乗務も上手く持っていけば、得難い体験として弟達から感謝の気持ちを得られるのにと、怒鳴り散らしているのに呆れる。
「へぇ~、軍艦って格好良いんだね! 商船より細身だし」
「当たり前だろう! 商船みたいに荷物を積む必要が無いんだからな。それに、スピードが無ければ海賊船を拿捕できないじゃないか」
威張り散らしながらも、カリンは弟達が軍艦の素晴らしさに感銘を受けた様子に満足する。
「カリン兄上、あのマストの上に登っても良い?」
ショウは波を切って進む軍艦に夢中になった。
「馬鹿か、見張り台から落ちたら死ぬぞ」
利に敏いハッサンは、風の魔力持ちのショウを手に入れるつもりだったので注意する。
「こんな子供にマストが登れるものか」
カリンは、ショウが年の割にも小さいので、少し馬鹿にしていた。
「じゃあ、登れたら、登って良いのですね」
「途中で動けなくなっても、助けてやらないぞ」
カリンに大丈夫と答えて、ショウはマストに登っていく。
「まるで猿だな」
マストを登る身軽な様子にハッサンは悪口を言ったが、軍艦乗務を何度も経験しているカリンは、良い船乗りになると見直す。
「うぁ~、気持ち良いなぁ」
マストの上の見張り台に立つと、風がばんばん顔に当たったが、見渡す限りの青い海と空にショウの気持ちは晴れ晴れとする。
「船乗りも悪くないかも……」
風を受けてスピードを上げる軍艦は、ショウの意識を変えた。
「そろそろ、降りてこい!」
カリンが甲板から怒鳴るのを聞きながら、あの威張る癖が無ければなぁと、ショウはマストから降りる。
マストから甲板までロープで降りていた時、不意に風向きが変わり艦が大きく傾いた。
「危ない!」
ショウは丁度、ロープを片手しか持ってなかったので、艦が傾いた時に態勢を崩してしまった。
「落ちる!」
ショウは甲板に打ち付けられるか、海に投げ出されると覚悟したが、フワリと甲板に軟着陸した。
「馬鹿か、死ぬところだったんだぞ」
カリンは弟を死なせたなんて、父王に報告したくないと顔を青ざめて怒る。
「なる程ね、ラシンド殿がショウの母親を娶ったのは、風の魔力持ちを手に入れる為なんだな」
ショウが風の魔力持ちだとは聞いていたが、威力の程は知らなかった兄達は、キラリンと目を輝かせる。
この事件以来、ミヤの元にはショウに、各王子の陣営から孫娘を許嫁にとか、船を提供しようという申込みが山の様に届くようになった。
「あのボンヤリのどこが良いのか? 風の魔力持ちだけではないか」
野心を持たないショウに、厳しい意見をアスランは持っている。
「七歳だし、本人も未だ誰に付くか考えて無いだろう。当分、ほっておけよ」
投げやりなアスランとは違い、ミヤは兄王子達の外戚との折衝に悪戦苦闘していた。
「ああ、ザハーンには釘を刺しておいたぞ。しばらくは大人しくしている筈だ」
文句を言おうとした腰を折られて、ミヤは口を閉じる。
「何を言われたのですか?」
手をヒラヒラと振って、女は知らなくて良いと言わんばかりの態度にムカッとしたが、こういう所がかなわないのだとアスランの手腕に感嘆するのだった。
軍務大臣の行き過ぎた締めつけが納まり、近海の海賊討伐に本腰が入ったので、商人達の交易も活発になっていった。
ミヤはアスランがどうやって言うことを聞かせたのか知りたいと思ったが、聞いても無駄だと諦める。
「ねぇ、ミヤ、僕は船乗りになるよ。小さな帆船を手に入れて、海をノンビリ航海するんだ」
人の気持ちも知らない呑気なショウに、ミヤは許嫁や船の提供の話が来ていると教えた。
「え~、お嫁さんも船もいらないよ! 自分で見つけるよ」
全く自分の立場の自覚が無いショウを立派な王子に育てるのは、遣り手で名を馳せているミヤにも難関に思える。
「そうはいかないのですよ。ショウは王子なのですから」
ショウはノンビリ船乗りライフを始める前から挫折してしまった。
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