第7話 竜のいる世界

 やたらとカリンに引きずり回される事が多くなったショウは、八歳になる頃には剣の腕前をあげ、船の操縦の一般知識を身につけた。

「ショウ、意外と賢いな」

 船乗りにとって海図を読むのと、自分の位置を正確に把握するのは重要な事だ。正午の太陽の角度から、自分の位置を計算するのをショウは楽々とできた。

 この時、初めてショウは前世の記憶のお陰だと思った。三角関数が役に立つ世界もあるのだ。

 有名私立校に通っていたショウは、カリスマ美容師が目標だったが、医者の両親の意向で理系を選択させられていた。全く役に立たないと思っていた数学が役に立つ世界に転生して、ショウは眠たい授業を聞いていて良かったと思う。

「これなら良い士官になれる」

 上機嫌のカリンには悪いが、剣の稽古はしているものの、平和な日本育ちのショウとしては斬ったはったの軍人は遠慮したい気分だ。


 前世では代々、医者の家系に生まれたショウは、命を取るより命を助ける方が良いかなと、前世ではあれほど反発していた医者を見直す。この世界での医療事情はどうなのかな? と、ショウはミヤにそれとなく聞いてみる。

「治療師って……」

 船に乗りながら離島でのドクターライフも良いかなと思っていたショウは、この世界では魔術で病気を治すと聞いて驚く。

「ああ、ショウは健康優良児で、風邪ひとつひきませんでしたものね。呪いまじないで病気や怪我は治して貰うのですよ。薬草も使いますけど、治療師に治して貰った方が楽ですわ」

 ミヤの部屋から離宮に帰りながら、自分に治療師になれる魔力があるのかわからないし、何となく胡散臭い気持ちになったショウは、船乗りドクターライフを諦める。

「呪いで治療するだなんて凄く非科学的に聞こえるけど、この世界は魔法の世界だものなぁ。なんたって竜がいるんだもの」

 この世界が前世の世界と違うと気づいたのは、竜を見た時だったなぁとショウは思い出す。

 一歳を過ぎるまで、ショウは赤ちゃんの中で冬眠していたが、傲慢な父王に揺り起こされた。

「竜を見たのも、あの時だったのかなぁ」

 父王のアスランは、東南諸島には珍しい竜騎士だったのだ。後宮から飛び立つ竜を初めて見た時は、心の底から驚いた。

「ここは地球じゃないんだ」

 言葉が聞き覚えが無いのも当然だと、赤ちゃんショウはショックを受けたのだった。  


「近ごろは、よく後宮に顔を出されますね」

 ミヤに不在がちなのを皮肉られてアスランは苦笑したが、ザハーン軍務大臣の尻尾をつかむのに忙しかったのだとは言わない。

「メリルがサンズに会いたがるから、遠出は出来ないのだ」

 メリルが何処で交尾したのか知らないが、七年前に卵を産んでサンズが孵った時のアスランのはしゃぎようを思い出してミヤは笑う。

「もう、サンズも七歳なのですね。誰か竜騎士が見つかれば良いのですけど」

「東南諸島にも、昔はもう少し竜も竜騎士もいたのだがなぁ。竜も少ないし、竜騎士はもっと少ない。このままでは……」

 アスランは竜を愛していたが、東南諸島では船が主流で、いまいち重要視されていないのを悔しく思っている。

「竜のことはよくわかりませんが、絆の竜騎士と普通の竜騎士とは違うのでしょ? 絆の竜騎士はアスラン様だけですわね」

 竜は竜騎士と絆を結んで、人生を共に送る。アスランと絆を結んだメリルは、それまでも巨大だったが一回り大きく成長して子竜を持てる状態になったが、東南諸島には絆の竜騎士持ちの騎竜がいなかった。

 竜が一番多いイルバニア王国から大使館員として、絆の竜騎士のフランツ・フォン・マウリッツが赴任して来たのは、アスランにとって好都合だった。当然、フランツは騎竜のルースを連れて来ていて、交尾飛行をメリルとさせることが出来たのだ。

「貴方の息子達には、竜騎士の素質を受け継いだ者がいるかもしれませんよ。旧帝国の三国でも竜騎士の家系があると聞きますもの」

 アスランはミヤの言葉に、試してみるかと頷く。

「フランツの家系も竜騎士が多いしなぁ」

 ふと、フランツの従姉妹の女性竜騎士を思い出して、苦笑するアスランだった。 


「サリーム兄上! お久しぶりです」

 父王に離宮へ来いと、呼び寄せられたサリームに、ショウは飛び付く。

「ショウ、大きくなったと言いたいけど……相変わらずチビ助だなぁ」

 サリームに軽々と抱き上げられて、ショウはすこしむくれる。

「少しは大きくなりましたよ」

 カリンは、ショウがサリームに懐いている様子にチッと舌打ちする。ハッサンも、サリームとショウにはラシンドという共通点があると、腹立たしく感じる。ハッサンの祖父アリとラシンドはライバル関係なのだ。

 表面上は第一王子のサリームと、にこやかに挨拶を交わすカリンとハッサンだったが、ナッシュとラジックはそれぞれ各王子の陣営に取り込まれかけていたので複雑な思いで見ている。

 ナッシュはカリンの祖父のザハーン軍務大臣の孫娘を許嫁に押し付けられていたし、ラジックはハッサンの祖父アリから船の提供を約束されていた。

「今日は何で集められたのでしょう」

 ショウの無邪気な言葉に、兄上達の間に緊張が走る。

「ははは……父王の気紛れは誰にも理解できないさ」

 サリームは独立して王宮の外に出て、アスランの王としての奇抜さに改めて気づいた。

「暴走気味だったザハーン軍務大臣をアスラン王が抑えて下さり、助かりました。しかし、どうやって抑えたのか、わかりませんね。王宮にあれほど居着かない王様も珍しいですが、キチンと要所だけは押さえていらっしゃるのが不思議です」

 祖父の親戚にあたる大商人のラシンドに感嘆される父王のやり方を、自分には真似出来ないとサリームは思う。かといって威張り散らすカリンや、目先の利益ばかり考えているハッサンに、父王の跡取りが勤まるとも思えない。

 王宮の外にいても、ナッシュやラジックがカリンとハッサンに取り込まれようとしているのはサリームは気づいていた。焦りを感じていたが、自分の祖父にはザハーン軍務大臣や大商人アリに対抗する力が無いのもわかっている。

「おう、集まっているな」

 空からバッサバッサと竜が二頭舞い降りる。アスランは身軽にメリルから飛び降りると、息子達の前に歩む。

 アスランは、サリームとショウ、カリンとナッシュ、ハッサンとラジック、三組に自然と別れているのに舌打ちする。

 これだから糸付きの夫人など御免なのだと、王族としては仕方無いものの、息子達の争いになりそうな雰囲気にウンザリするアスランだ。

「父上、今日は何故集められたのですか?」

 他の王子達がもしや後継者問題についての何らかの発表ではと緊張している中、全く無関心なショウのストレートな発言に苦笑するアスランだった。

「お前たちの中に、竜騎士の素質がある者がいないかと思ったのだ」

 兄達はガッカリした。父王の竜好きには家臣達も呆れているのだ。

 アスランは露骨にガッカリした様子にムッとしたが、これが東南諸島の竜事情なのだと、対策を立てる必要性を感じる。

「へぇ~、竜騎士って素質がいるんですねぇ」

 呑気そうな末の王子のショウに、これが自分の子供とは思えないと、溜め息をつく。

「お前は後でいい。サリームからサンズと話してみろ」

 二頭の竜のうち、小さい方を指し示されて、サリームは近づく。

「話すと言われても……私はサリームといいます」

 流石に第一王子として、メリルより小さいとはいえ巨大な竜に近づくのを恐れなかったサリームにアスランは、満足したが、素質は無いなと落胆する。

「駄目だな、次はカリン」

 次々と王子達に話しかけさせてはみたものの、全く無駄足だったかとアスランは落胆した。

「え~と、次は僕ですね」

 最後のおチビには全く期待していなかったアスランは、驚かされることになる。

『へえ~大きいなぁ! 僕はショウっていうんだ。君にも名前があるのかな?』

『私の名前はサンズだ。ショウは竜騎士の素質があるんだね』

 突然、頭の中に響いた声にショウは驚く。

『嘘だろ~! メリル、ショウは竜騎士の素質があるのか?』

『アスランも聞いていたじゃないですか』

 他のしっかりした王子に素質があれば、竜騎士の地位を上げる為に後継者にしてもいいと考えていたアスランはガッカリする。そんな親の気持ちも知らず、ショウとサンズは仲良く話している。

『竜騎士の素質があると、竜に乗れるの?』

 ワクワクしながらサンズに質問しているショウに、このボンヤリに騎竜訓練をするのかとウンザリするアスランだった。

『もちろん乗れるよ。私はショウを乗せて飛びたい。ショウと絆を結びたい』

『ちょっと、サンズ早まるな! 絆を結んだら、このボンヤリと一緒の人生を送るんだぞ。マストから落ちる馬鹿と絆を結んだりしたら、あっという間に死んでしまうぞ』

 あんまりな父王の言葉に兄達も気の毒に感じたが、カリンはショウがマストから落ちたのを誰から聞いたのだろうかと、得体の知れない怖さに身震いした。

『絆って何?』

 竜騎士のの字も知らないショウに呆れて、アスランはメリルに子竜のサンズに軽はずみな行動を避けるように忠告させる。

『サンズ、先ずは竜騎士の何たるかを、ショウに教えてからにした方が良い。絆は大切な問題だから、慎重に考えなさい』

 サンズは親竜のメリルに窘められて、渋々ショウと今日すぐに絆を結ぶのを諦める。

 サリーム達は末っ子のショウが一番父王の素質を受け継いでいるのだと思ったが、唯一、覇気というか野心のみ受け継ぎ損ねているのにも気づく。

 素質が優れているだけに、野心が無いのは難しいと、サリームは兄として、末の弟が危うい立場にいるのを心配したが、自分には助けてやる力が無いのもわかっていた。

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