第5話 王子稼業も楽じゃない

 ラシンドの屋敷から帰ったショウは、母上が泣く泣く後宮を追い出されたわけではない事や、弟と幸せに暮らしているのを知ってホッとした。

「ここの結婚制度って変わっているなぁ」

 父親は王様なのだから何人もの妻を持ち、後宮を作っているのは確かだが、どうやら女好きでハーレムを楽しんでいるのでは無さそうだとショウは遅ればせながら気づいた。

「僕はハーレムなんか要らないなぁ。綺麗な髪の女の子が一人で良いんだけど、第一夫人とはエッチしないのかな?」

 ショウは東南諸島の結婚制度に疑問だらけで、困惑する。

「ショウ、お帰り。ラシンド様の屋敷はどうだった」

 ナッシュとラジックは首を傾げながら離宮に帰ってきたショウに、大商人のラシンドの屋敷の事を興味津々で尋ねる。

「ラシンド様の屋敷は豪華だったよ。母上も弟のマルシェも幸せそうだったし……」

「ショウ、帰って来たのか」

 三人で話していると、サリームが通りかかった。

「何か変な顔してるな」

 サリームはショウが何か悩んでいるのではと会話に参加する。

「兄上、この国の結婚制度って変じゃ無いですか?」

 サリームはショウが母上と会って、却って別離を寂しく感じているのではと心配になった。

「どの辺が不都合だと思ったんだ」

「何で、第一夫人だけじゃ駄目なのかな? 沢山の奥さんなんて、養うの大変そうじゃないですか。それに、女の人も嫉妬とかしないのかなぁ」

 サリームはショウが全く結婚制度を理解していないのに、溜め息をついた。

「まだ、ショウは五歳だから、わからないよなぁ」

 八歳と九歳のナッシュとラジックにも、訳知り顔でニヤニヤされて、ショウはムスッとする。

「まだ、皆、子供じゃないか……」

 一番年上のサリームですら十三歳の子供だとショウはふくれる。一瞬、シーンとして大爆笑になった。

「サリーム兄上には何人も許嫁がいるし、十五歳になられたら結婚されるんだぞ。おチビさんと一緒にするなよ」

「そうそう、ショウには許嫁が未だ居ないんだよね~」

「え~十五歳で結婚するの? サリーム兄上は何人の奥さんを養わなきゃいけないのですか」

 カルチャーショックで頭グラグラのショウに、何を今更と全員が不審に思う。

「王族と縁を結びたい重臣達や商人達から、娘を嫁にと押し付けられるのは常識じゃないか」

「え~! 選べないのですか。僕は、そんなの嫌だなぁ~」

 髪フェチのショウにとって、ショートカットが存在しない東南諸島の女の子は大多数が好みではあるが、ある程度は性格や相性もあるだろうとショックを受ける。

「相手の女の子も、嫌じゃないのかな」

 ショウの呟きは無視される。

「ショウは未だ五歳だから先の事だけど、ナッシュとラジックは覚悟しておいた方がいいぞ。変な所の娘を押し付けられないように気を付けろよ」

 ショウはサリーム達の話を聞いて驚いたが、ふと自分には祖父とかの後ろ盾が無い事に気づいた。サリーム、ナッシュ、ラジックの祖父は規模は差があるにしても、レイテ島のある程度裕福な商人で、第三王子のハッサンの祖父はラシンドに並ぶ大商人だと知った。

「兄上は船を用意して貰えるのですか。良いなぁ」

「船って、サリーム兄上は船に乗るのですか? 王子なのに船?」

 チンプンカンプンのショウに、三人は驚く。

「東南諸島連合王国は海洋国家だぞ! 船を持たないと、話にならないじゃないか」

「王族でも交易でお金を儲ける才覚が無ければ、末路は悲惨だよ」

「女の子にもモテないし、第一夫人も見つけられないよ」

 ショウは前から疑問だった第一夫人について質問する。

「第一夫人って、他の奥さんと違うの? ミヤは綺麗なのに、父上は……なぜ子供を作らないの?」

 サリーム達はドン引きしてしまう。

「馬鹿なこと言うなよ。第一夫人は人生のパートナーじゃないか」

 東南諸島に産まれた人にとっては、第一夫人はセックス抜きの相棒であって、そういう目で見るのはタブーなのだ。

「まぁ、楽しそうな話題ですこと」

 ショウ達はその言葉に振り返って、ミヤが微笑んで立っているのに気づく。

「私は剣の稽古だった」

 サリームはそそくさと立ち去り、ナッシュとラジックも後に続く。その逃げ足の速さにショウは驚く。

 ショウは良い機会だから、疑問をミヤに聞いておきたいと思う。

「ショウは剣の稽古は良いのですか?」

 逃げ出した兄達を追いかけないショウは、矢張り少し変わっているとミヤは笑った。

「稽古より、ミヤに質問があるから。少し、時間をさいてもらって良いですか?」

 ミヤもラシンドの屋敷から帰って来たショウが心配だったので、様子を見に来たのだ。少し話をしましょうと、サロンの低いソファーに座る。

「ねぇ、何故ミヤは父上の第一夫人になったの? 第一夫人って働いてばかりで、大変そうじゃない。母上は優雅に着飾って子供も産んでいるのに、第一夫人のハーミヤは帳簿の山に囲まれていたんだ。ハーミヤはラシンドの屋敷の管理や、母上や他の夫人の世話、子供達の養育までしているんだよ。ミヤも留守ばかりの父上に代って大変じゃないか」

 ミヤは幼いショウが身体を乗り出して、東南諸島の結婚制度についての疑問を質問するのに苦笑する。

「あら、ショウ。私も初めは親に言われるままに結婚して子供も産みました」 

「えっ、ミヤが子供を産んだんだ!」

 ショウは自分がミヤの子供で無いと知った時と同じぐらいのショックを受けた。

「ミヤの子供達はどうしているの?」

「女の子はもう嫁ぎましたし、男の子も独立しましたわ。15歳になれば独り立ちするのですもの」

 ショウはミヤの大体の年を考えて、父上と結婚した時はまだ子供は幼かった筈だと思う。

「子供を置いて、父上と結婚したの?」

 自分達に優しいミヤが子供を置いてきたのかと混乱した。

「女の子は嫁ぎ先に連れていっても良いのですが、男の子は置いて行くのが一般的ですね。私はアスラン様が王子の時に第一夫人になりましたが、王家に嫁ぐので二人とも置いて来ました。第一夫人のバルディア様を信じていましたし、ちょくちょく会えますから心配はしませんでしたよ」 

「そういうものなの? 母上が僕を置いてラシンド様と結婚したのも、ミヤを信用していたから?」

 ミヤはルビィの存在すら忘れていたアスランより、大事にしてくれそうなラシンドを選んだとは五歳児には言いにくくて、少し考えて口を開いた。

「そうですわね、ルビィ様は留守がちのアスラン様より、ラシンド様との落ち着いた生活をお望みだったのでしょう。ラシンド様も交易に出られるでしょうが、アスラン様ほど忙しくは無いでしょうし、夫人も少ないですからね」

「やはり後宮は夫人が多いんだね。そんなの女の人は嫌じゃないの?」

 良い機会だから、ショウに説明しておくことにする。

「ショウ、東南諸島の女の人の生き方は、大まかに二つに別れます。大部分の人は結婚して、その相手の第二夫人を目指しますが、中には仕事をしたいと思うタイプの女の人もいるのです」

「ミヤは仕事をしたかったの?」

「ええ、私は第一夫人になりたいと思ってました。第二夫人を目指しても上手くいくとは限りませんし、第一夫人を目指しても、考え方や相性の良い相手と巡り会えるとは限りません」

 ショウは父上とミヤが寛いで話しているのを見ていたので、人生のパートナーとしての相性は良いのだろうと頷く。

「ううん、まだよくは理解できないけど、子供も持ちたい、仕事もしたいという女の人には便利なシステムなのかな? 若いうちに子供を産んで、ある程度育てたら第一夫人になって仕事をするって事なんだね」

 ショウはもう一つの疑問も質問した。

「ねぇ、ミヤ、僕も十五歳になったら結婚するの? 独立して船に乗って、交易とかするの?」

 ミヤは後ろ盾のないショウに船を持たせてやりたいと思っていたが、確信が無いので口ごもる。

「普通の庶民は十二、三歳ぐらいから船に乗って、お金を貯めます。小さな船を買ってから結婚するのですが、ショウは王子だから別の問題が生じますね。こんな話は未だ早いかもしれませんが、貴方はアスラン様の息子なのだから知っておいた方が良いでしょう」

 ミヤはショウの複雑な立場を説明した。

「ふぅん、僕は父上の息子として縁を結びたい商人達には狙い目なんだね。後ろ盾がいないから、好きに操られると考えられているんだ。でも、あの父上がそんなの気にするかなぁ」

 ミヤは息子達の事でも冷静に判断するだろうアスランの性質を、未だ幼いショウが見抜いているのに驚いた。ミヤに説明して貰って、兄上達の後ろ盾や、自分には離島の島主の祖父しかいないという立場の違いを聞いたショウは、これからの事を漠然と考える。

「サリーム兄上の祖父は、ラシンド様と親しいんだよね。ハッサン兄上の祖父は、大商人のアリ様かぁ。カリン兄上の祖父は、ザハーン軍務大臣。ナッシュ兄上とラジック兄上の祖父も、商人なんだよね……僕は商人にも軍人にも向いてないよなぁ。この世界にはカリスマ美容師はいなさそうだし、15歳で離宮を追い出されたらどうしようかな。一度、母上の産まれた離島に行ってみたいな。呑気に魚を捕って暮らすのも、良いかもしれないし……王子なんてガラじゃないよ」

 ショウが考えている事を、ミヤが知ったらガッカリしてしまっただろう。しかし、ショウは自分が風の魔力持ちとして、各王子達を推す陣営から狙われているのを知らなかった。

 ルビィの産まれた離島でのスローライフは、ショウには始めから許されていなかったのだ。  

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